文化・ライフ

“不当な扱い”が西本の負けん気に火をつけた

 ドラフト1位といえば、プロ野球の世界ではエリート中のエリートである。

 入団発表の写真撮影からしてそうだ。1位は“ひな壇”の真ん中に座り、無数のフラッシュを浴びる。

 翻って下位指名の選手の席は端の方に用意され、記者からの質問も少ない。監督から直接声を掛けられる機会も、ほとんどない。

 ドラフト外入団ながら、通算165勝を挙げた名投手がいる。巨人などで活躍した西本聖だ。

 1974年のドラフトは長嶋茂雄が巨人の監督に就任したばかりということもあり、ホテルにはあふれんばかりの報道陣が詰め掛けた。

 1位は鹿児島実業のエース定岡正二。この年の夏の甲子園を沸かせたスターで、甘いマスクにファンが群がった。

 その一方で、甲子園にも出場したことのない西本に向けられる視線は皆無だった。

 自ら、こう述べている。

 〈緊張してガチガチになって立ち尽くしている僕の目の前には、憧れの長嶋さんと、甲子園のスターでドラフト1位指名を受けた鹿児島実業出身の定岡正二の背中があった。

 マスコミのフラッシュはそのふたりに向けて放たれていて、僕はまるで映画のエキストラのような、その他大勢のひとりにすぎなかった〉(自著『長嶋監督の往復ビンタ』)

 キャンプでは屈辱的な扱いも受けた。いつもどおりにブルペンで投球練習をしていると、あるコーチから、こう命じられた。

 「おい西本、投げるのを定岡に代われ。もうすぐ監督が見にくるから」

 西本は黙ってボールを定岡に手渡すしかなかった。

 この“不当な扱い”が、西本の負けん気に火をつけた。

 ランニングでは、常にトラックの一番外側を走った。必然的に走る距離は他の選手より長くなる。自分を甘やかすことなく鍛え続けたのが、その後の成功につながったのだ。

 「ドラフト外入団じゃなかったら、僕はあそこまで必死になって練習しなかったかもしれない」

 西本からそんな話を聞いたのは引退後のことだ。

 非エリートという立場は西本にとっては、いわば成功への約束手形だったのである。

 今季限りでユニホームを脱いだ通算219勝投手の元中日・山本昌も“非エリートの星”である。

 NPB史上最年長試合出場と史上最年長勝利。これらの記録が破られることは、しばらくないだろう。

米国留学の“島流し”で体得した山本の“武器”

 現役生活32年。10月7日の広島戦では、50歳で公式戦に出場した。もちろん、これもNPB史上初の快挙だ。

 彼もまた西本同様、甲子園には出場していない。84年にドラフト5位で入団した。

 プロ入り最初のキャンプで腰を抜かしかけた。プルペンで先輩たちの投げるボールが、あまりにも速いのだ。

 「とんでもない世界に入ってしまったなぁ」

 後悔しても後の祭りだった。

 クビを覚悟したのは入団4年目だ。3年後輩のルーキー近藤真一がデビュー戦でいきなりノーヒット・ノーランを達成した。

 まだ1勝も挙げていなかった山本が絶望的な気持ちに襲われたのは言うまでもない。

 「あの時点で僕は覚悟を決めました。“あぁ、もうこれでクビだな”って。だって同じサウスポーの近藤がいたら、僕は要らないじゃないですか。

 しかも、その頃の僕は左腕を疲労骨折していて、全く投げられない状態だった。あの夜はショックで一睡もできませんでした」

 しかし人生、いつ転機が訪れるか分からない。入団5年目、山本は米国留学のメンバーに選ばれる。

 野球留学と言えば聞こえはいいが、実態は“島流し”も同然だった。

 星野仙一監督(当時)には「11月まで帰ってこなくていい」と言われていた。要するに「戦力としては考えていない」ということである。

 生き残るには何が必要か。山本は米国でオンリーワンの武器をマスターする。219勝の原動力となるスクリューボールである。

 「ある日、チームメートがキャッチボールで変わったボールを投げていた。よく変化するので“どうやって握るの?”と聞いたら、自慢げに教えてくれた。“へぇー、じゃあ試してみようか”と思って投げたのがきっかけなんです」

 人生に“たら・れば”は禁句だが、山本が将来を嘱望された選手で、島流しに遭わなかったら、その後の大活躍はなかっただろう。

 企業人に例えていえば、本社勤務だけが華ではない。左遷によって花開く人生もあるということだ。

 その意味でドラフトは人生の縮図と言えるかもしれない。(文中敬称略)

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