政治・経済

日本生命保険が10月末、豪銀行大手ナショナル・オーストラリア銀行(NAB)傘下の生保事業を買収することでNABと合意した。今回の買収をきっかけに、日生は世界進出を加速させるとみられ、次の買収先は世界最大の保険市場である米国ではないかとの観測が出ている。 文=ジャーナリスト/谷口修平

豪生保事業と三井生命の買収を同時進行する日本生命の底力

世界展開を加速させる筒井義信・日本生命保険社長

世界展開を加速させる筒井義信・日本生命保険社長

 日生によると、買収額は約24億豪ドル(約2040億円)で、来年9~12月に手続きを完了させるとしている。日生は保険商品や販売に関わるノウハウを提供するなどして、豪における保険の事業拡大に乗り出す。

 日生の海外事業は、タイやインドネシアの生保会社への少額出資にとどまっていたが、今回は経営権を握る初の買収案件となる。

 「さすが日生。100億円を超える買収は、どんな案件でも手間が掛かる。三井生命保険と同時進行で買収ができる底力は、さすがに他の生保にはない」

 ライバル生命保険の幹部はこう舌を巻く。

 2015年3月期の決算において売上高に相当する保険料等収入が前年同期比10・6%増の5兆3371億円にとどまり、躍進した第一生命保険(同24・8%増の5兆4327億円)に戦後初の首位を奪われた。そのため、「尻に火が付き、焦って三井生命やNABの買収を進めている」(生保業界関係者)との見方が目立っている。社内でも「業界トップに君臨してきたからこそ、いい人材が集まり、客も安心する。これが崩れると、いろいろな場面で、劣勢になるケースも出てくる」(日生幹部)と危機感が強まっている。

 ただ、確かに「資金は他社よりも潤沢」(中堅生保幹部)といわれる日生だが、闇雲に買収を進めているかというと、どうやら違うようだ。

 NABに対しては、社内でも「2千億円でも高過ぎる」などと反対する向きもあったが、NABが手掛けてきた保険事業に対して、日生が8割、NABが2割を出資することで決着。新会社をNABとの共同出資にすることで、主な販路である銀行窓口での保険販売を続けられれば、成長が見込めるとして買収に舵を切った。NABは豪四大銀行の一角を占め、豪保険市場は日本の15%程度だが、死亡保障や医療保障への需要が強く、安定した成長が見込めることも決め手となった。

 また、日生幹部は「うちは、経営権を握る海外生保の買収はしてこなかった。グローバルな人材を育てるためにも、保険料等収入が1500億円程度の小ぶりなNABの保険事業はうってつけだった」と理由を明かす。

 日本では、本当に欲しかった銀行窓販の専門会社、三井住友海上プライマリー生命保険の買収提案を断られ、事業が重複する三井生命保険に鞍替えした経緯を持つとされるが、グループの結束力の強い三井系を傘下に持つことで経営の安定感が見込めると判断し、買収に踏み切った。今後は住友生命保険を加えて、「三井住友生命保険」を傘下で誕生させるなどの秘策もあるとされる。

ユナム買収のタイミングは今しかない?

 ただ、日生が掲げる「安定的・持続的な事業収益基盤を強化することで、相互会社として契約者利益の持続的な拡大を重視する」という経営スタンスを具現化するには、まだまだこの2社の買収は序の口。「海外経験を積んで米国の生保企業の買収をもくろんでいる」というのが、保険業界関係者の見立てだ。

 こうした中、既に噂されているのが、米ユナム・グループ(テネシー州)だ。傷害保険、団体生命保険のほか、企業の従業員を対象とした給料天引きによる任意加入の福利厚生商品を提供する保険会社で、団体生命保険では全米シェアでトップ10入りしているなど、有力プレーヤーの一角としても名を馳せる。しかも、かつて日本に進出していた経緯もあり、「日本企業に買収されることに抵抗感はない」というのがM&A(企業の合併・買収)市場での評価だ。

 ただ、8400万ドル(約1兆円)を超える時価総額がネックだ。今後10年で1兆5千億円をM&A資金として準備すると公言する日生は、三井生命に約3千億円、NABに約2千億円をつぎ込んでおり、仮にユナムを取り込めば、1兆円掛かるともいわれ、買収金額を使い果たす計算となる。

 とはいえ、足元の経営環境は、円安で外貨建て債券の利息収入が円換算で増えたほか、株高で株式の配当金も増加。運用利回りが契約者に約束した予定利回り(予定利率)を上回る「順ざや」を確保するなど、高水準を維持しており、「タイミングは今しかない」との声も漏れる。

 ライバル第一生命保険に続き、明治安田生命がスタンコープ・フィナンシャル・グループ、住友生命保険がシメトラ・ファイナンシャルの買収を決めるなど、国内競合他社が続々と米国進出を決めているのも、好決算の今のうちとの判断も働いた。

 また、米国市場は、国民皆保険を目指す医療保険改革法(オバマケア)で保険加入者が大幅に増加。人口も移民などで着実に伸びている上、米利上げも実施される見通しで、規模はさらに高まるのは確実だ。生命保険市場の規制が強化されていることも重なるが、大型買収が米国内で続いており、「効率化や規模拡大を意識した業界再編が進むのは間違いない」(大手生保幹部)ようだ。

 日生にとって、出遅れた米国進出は悲願とされるが、果たしてユナムは、日生にとって魅力的に映っているのだろうか。

関連記事

好評連載

深読み経済ニュース

一覧へ

[連載] 深読み経済ニュース解説

2015年の経済見通し

[連載] 深読み経済ニュース解説

再デフレ化に突入し始めた日本経済

[連載] 深読み経済ニュース解説

消費税率引き上げ見送りの評価と影響

[連載] 深読み経済ニュース解説

安倍政権が解散総選挙を急ぐ理由

実録! 関西の勇士たち

一覧へ

ワンマンシリーズ(7)稀有のバンカー、大和銀行・寺尾威夫〈1〉

[連載] 実録! 関西の勇士たち(第20回)

実録! 関西の勇士たち

[連載] 実録! 関西の勇士たち(第19回)

ワンマンシリーズ(6)三和の法皇・渡辺忠雄〈3〉

[連載] 実録! 関西の勇士たち(第18回)

ワンマンシリーズ(5) 三和の法皇・渡辺忠雄〈2〉

[連載] 実録! 関西の勇士たち(第17回)

ワンマンシリーズ(4) 三和銀行の法皇・渡辺忠雄〈1〉

[連載] 実録! 関西の勇士たち(第16回)

ワンマンシリーズ(3)住友銀行に残る堀田の魂魄

ビジネストレンド新着記事

注目企業

一覧へ

次世代の医療現場を支える病院経営の効率化を推進――保木潤一(ホギメディカル社長)

1964年にメッキンバッグを販売して以来、医療用不織布などの、医療現場の安全性を向上する製品の普及を担ってきた。国は医療費を抑える診断群分類別包括評価(DPC制度)の導入や、効率的な医療を行うため病院のさらなる機能分化を実施する方針を掲げており、病院経営も難しい時代に入っている。ホギメディカルは手術室の改善か…

刺激を浴びて徹底的に考え抜くことで自らを変革する―― 鎌田英治 グロービス 知命社中代表

ワンストップで手厚くサイトの売却をサポートするサイトマ――中島優太(エベレディア社長)

新社長登場

一覧へ

地域に根差した証券会社が迎えた創業100周年―藍澤卓弥(アイザワ証券社長)

中堅証券会社のアイザワ証券は今年7月、創業100周年を迎えた。この記念すべき年に父からバトンを受け継ぎ新社長となったのが、創業者のひ孫にあたる藍澤卓弥氏。地域密着を旗印に掲げてここまで成長してきたアイザワ証券だが、変化の激しい時代に、藍澤社長は何を引き継ぎ、何を変えていくのか。聞き手=関 慎夫 Photo:西…

メディカル事業を横串にすることでシナジーを発揮し、顧客満足度向上へ 伏見有貴(リゾートトラスト社長)

新事業の芽を伸ばすことでさらに大きな個性的な会社を目指す――日髙祥博(ヤマハ発動機社長)

イノベーターズ

一覧へ

元引きこもり青年が「cluster」で創造する新たなVRビジネスとエンターテインメント(加藤直人・クラスターCEO)

バーチャル空間で開催される会議や音楽ライブなどに、3Dアバターで参加できる画期的サービス「cluster」を生み出したのは、元引きこもりのオタク青年だった。エンタメの世界を大きく変える可能性を秘めたビジネスで注目を浴びる経営者、加藤直人氏の人物像と「cluster」の展望を探る。(取材・文=吉田浩)加藤直人・…

日本人の英語学習の課題解決に向け、学習者目線のアプリを開発―― 山口隼也(ポリグロッツ社長)

老舗コニャックメゾンがブランド強化で日本市場を深耕――Remy Cointreau Japan代表取締役 宮﨑俊治

大学の挑戦

一覧へ

専門分野に特化した“差別化戦略”で新設大学ながら知名度・ブランド力向上を実現――了徳寺大学・了徳寺健二理事長・学長

2000年設立で、了徳寺大学が母体のグループ法人。医療法人社団了徳寺会をグループ内に持つ。大学名の「了」は悟る、了解する、「徳」は精神の修養により、その身に得た優れた品性、人格を指す。「了徳寺」は人間としての品性、道を論す館の意味を込めた大学名だ。 聞き手=本誌/榎本正義 、写真/佐々木 伸教育部…

大学の挑戦

創立100周年、西南学院大学・K.J.シャフナー学長「世界に貢献しインパクトを与える人材を育てる」〜国際交流・就職支援・インターネット出願〜 

「“STAND BY YOU”のスローガンの下、学生一人ひとりに寄り添う教育を」――中央学院大学・佐藤英明学長

経済界からのお知らせ

最新号のご案内

経済界2019年1月号
[特集]
平成の事件簿

  • ・[イトマン事件]闇勢力に銀行が食い荒らされた戦後最大の経済事件
  • ・[ダイエー、産業再生機構入り]一代で栄枯盛衰を体現した日本の流通王・中内 功の信念
  • ・[ライブドアショック]一大社会現象を起こしたホリエモンの功罪
  • ・[日本航空経営破綻]親方日の丸航空会社の破綻と再生の物語

[Special Interview]

 高橋和夫(東京急行電鉄社長)

 「100周年に向けて、オンリーワン企業の強みを磨き続ける」

[NEWS REPORT]

◆かつてのライバル対決 明暗分けたパナとソニー

◆経営陣に強い危機感 富士通が異例の構造改革断行

◆売上高1兆円が見えた ミネベアミツミがユーシンを統合

◆前門の貿易戦争、後門の技術革新 好決算でも喜べない自動車各社

[特集2]経営に生かすAI

 「人工知能は『お弟子さん』
日常生活が作品になるということ」
落合陽一(筑波大学准教授)

ページ上部へ戻る