政治・経済

今年、120周年を迎える松竹。足下をみれば歌舞伎も映画も不動産も、好調さが際立つ。その安定基盤をベースに新たな取り組みに挑む迫本淳一社長に話を聞いた。 聞き手=本誌/古賀寛明 写真=佐々木伸

「お客さまの反応はどうだったのか」

(さこもと・じゅんいち)1953年東京都生まれ。76年慶応義塾大学経済学部卒業、78年同大学法学部を卒業。その後、93年日本で弁護士登録し、97年UCLAロースクール法学修士。帰国後の98年4月松竹顧問、同年5月代表取締役副社長、2004年代表取締役社長就任。

(さこもと・じゅんいち)1953年東京都生まれ。76年慶応義塾大学経済学部卒業、78年同大学法学部を卒業。その後、93年日本で弁護士登録し、97年UCLAロースクール法学修士。帰国後の98年4月松竹顧問、同年5月代表取締役副社長、2004年代表取締役社長就任。

―― 120周年を迎えますが、社外向け施策でなく社内向け施策を中心に打ち出した理由は。

迫本 きちんとしたモノづくりを行うためのチームづくりという意味で、社内・グループ内に目を向けました。モノづくりのために安定した収益は欠かせませんが、その基盤はできつつあるので、今はつくったコンテンツを利用して、水平展開とグローバル展開していく段階に来たと感じています。今後は、未知の仕事にも挑戦していくので、そのためにも、今から一体感を持つことが求められています。社内がきちんとまとまっていれば、どんな局面でも対応できますからね。それで、「松竹フェス 会社はつらいよ」といったグループ社員全体の気持ちを1つにするイベントを行うわけです。

―― 120年という長い歴史で大事にしてきたことは。

迫本 どうやったら、きちんとしたモノづくりを続けられるかということをいちばんに考えていました。作品には、つくり手側の気持ちと、お客さまの気持ちの両方があります。お客さまの目線をないがしろにするとつくり手側のエゴになってしまい、そうすると、お客さまは離れてしまう。いいものをつくるといった思いと、お客さまの目線というものをいかにすり合わせていくか、ということを大事にしてきました。

 ある時、松竹の創業者のひとりである大谷竹次郎さんが、息子である隆三(後の社長)さんに芝居の感想を聞いたそうです。隆三さんが「この役者はこうで、芝居はこうで……」といった返事をしたところ、「俺はそんなことは聞いていない。お客さまの反応はどうだったのかを聞いているんだ」と仰った話が残っています。そこに松竹の原点があると思います。その意味では、つくり手の思いを達成できるような仕組みをつくるのが私の役割で、具体的な作品は現場に任せますが、お客さまの目線に欠けることがある場合には口を挟もうと思っています。

―― 歌舞伎にも苦しかった時期があったそうですね。

迫本 映画が隆盛であった昭和40年以前や、50年代がそうですね。そういった時代を映画や藤山寛美さんの舞台などで支えたと聞いています。私が学生の頃は、無料招待券をお配りしても歌舞伎座が半分も埋まらなかったこともありました。先代の永山武臣会長は歌舞伎公演だけで歌舞伎座を1年通じて開けることを悲願にされていて、それを達成されて私たちに引き継いでくださったわけです。

新たな挑戦と、裾野を広げる努力

―― 歌舞伎座の再開場からまもなく3年、今も好調ですがその要因は。

迫本 ひとつは、歌舞伎に関わる人たちの熱意と、お客さま視点でのモノづくりを行ってきたことでしょう。もう1つは劇場を開発するにあたり、お客さまが来やすいようにしたことです。地下鉄通路とつながる木挽町広場を設け、歌舞伎座ギャラリーで歌舞伎に触れていただける工夫をするなど、歌舞伎を見に来るお客さまだけではない、裾野を広げる努力が実を結んだと思っています。また、エンターテインメントの世界も多様化しているのですが、本格的な日本文化への回帰が始まっていることもあると感じています。「本物を見たい」、そういった時代の風潮もあるのではないでしょうか。

―― では、若い方も劇場に足を運んでいると。

迫本 実際に若いお客さまが徐々に増えていますね。ただ、若い方や外国の方たちにもっと気楽に歌舞伎を見ていただきコアなファンになっていただきたい。歌舞伎は、必要以上の説明がいらないハイコンテクストなものですから、もう少し入りやすくすることで、もっと可能性は広がるはずです。それは、歌舞伎に限らず日本の文化の共通する特長だと思いますね。

―― 市川染五郎さんのラスベガスでの公演や、市川猿之助さんが漫画『ワンピース』をスーパー歌舞伎Ⅱで歌舞伎にしたのも、裾野を広げる意図ですか。

迫本 そうです。安定収益のもとで伝統を踏まえた濃い密度のきっちりとした作品をつくり、それを水平展開、グローバル展開していく。それが、お客さまの裾野を広げることにつながっていくと考えています。ラスベガス公演は5公演で10万人の観客を集客しました。これは会場のベラージオ始まって以来の数字だそうです。この10万人という数字は歌舞伎と新技術のプロジェクションマッピングが融合した新しいものだからこそ実現したのだと思います。今後も、われわれにしかつくれないものを海外で展開していきたいと考えています。

―― 映画はいかがですか。

迫本 映画も基本的には同じです。まだまだメジャーなヒットとは言えないかもしれませんが、われわれにしかつくれないモノづくりを行っていきます。若者向けやエンターテインメント性の高い作品もやりつつ、山田洋次監督の「母と暮せば」といった松竹らしい作品も出していきます。10億円以上のヒット作はほとんど社内企画ですよ。もちろん外部とも組んでいこうとは思っていますが、基本的には強い製作部隊を育てていきたいと考えています。

ヒューマニズムを世界に広げていく

20151201SYOCHIKU_P02―― 松竹の映画には独特の「らしさ」がありますね。

迫本 ヒューマニズムですね。3つありまして、いいところも悪いところも含めて人間をしっかり描くというのがひとつ。悪いところも描くがトータルで見れば人間を善意で見るというのがもう1つで、3つ目は、庶民や弱い立場の人の応援歌になるようなものをつくっていく。これは、映画でも芝居でも、その他の事業でもすべてに通じる哲学ではないかなと思っています。もちろん、その前提の中で、どういったものをつくるかは現場に任せていますけどね。

―― 松竹の象徴のような「男はつらいよ」や「釣りバカ日誌」のような作品の復活は。

迫本 それも課題なんです。何とか定番シリーズ作品をやりたいですね。現在、テレビ東京さんで「釣りバカ日誌」のテレビドラマをやっていただいて西田敏行さんがスーさん役を、濱田岳さんが浜ちゃん役をされていて、ほかのキャストも良く視聴率も高いです。

―― 社長就任から11年がたちますが振り返って。

迫本 何とか企業が継続できるように、といった思いだけで続けてきましたね。振り返ってみると、う~ん、やはり長かったですね。

―― 手本とされた方は。

迫本 局面によって参考にする方はいます。経営というのは辛いことが多く、それを乗り越えねばなりません。そういった意味では、経営の手腕というよりは姿勢といったものを塩野七生さんが書かれた『ローマ人の物語』にでてくるリーダーたちから随分学び、励まされましたね。

―― 次へのバトンタッチは。

迫本 社長に就任した時から考えていますね。それが、社長としての重要な仕事ですから。

―― 今後、どんな会社にしていきたいですか。

迫本 結局は人材に尽きると思います。失敗を恐れずに挑戦してほしいですし、挑戦を成功させて日本だけに留まらず世界中にインパクトを与えるような仕事をする人が多く出て、かつ切磋琢磨していける、そんな会社にしたいと思っています。

―― 今、世界中でヒューマニズムが求められていますから、そういった意味では松竹にチャンスがありますね。

迫本 いやぁ、ほんとに。私もそう思っていますよ(笑)。

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