政治・経済

日銀は10月30日の金融政策決定会合で、物価目標の達成時期を先延ばししたにもかかわらず、追加緩和に踏み切らなかった。ただ、黒田東彦総裁は“伝家の宝刀”をいつでも抜く覚悟もちらつかせた。その裏には、日銀のプレゼンス(存在感)低下を憂う焦燥感もにじむ。 文=ジャーナリスト/橘 義彦

追加緩和ムードで盛り上がる市場と黒田日銀総裁の発言

 日銀は2016年から決定会合を現在の年14回から米連邦公開市場委員会(FOMC)と同じ年8回に減らす。このため、この10月は1カ月間に2回(6~7日と30日)開く最後の月となった。

 「追加緩和に踏み切った昨年10月とは何が違うのでしょうか?」

 7日の会合後の記者会見では核心を突く質問が飛んだ。

 黒田総裁は「企業の価格設定行動は昨年と様変わりし、値上げが続いている。賃金も昨年以上のベースアップがあり、(企業や家計の)予想物価上昇率も長い目で見れば上昇している」と答えた。

 黒田総裁の会見や講演での発言をチェックしている市場関係者は、「当面の追加緩和の可能性は低い」と感じたはずだ。昨年10月に追加緩和を行ったのは「(企業や家計の)デフレマインドの転換を遅延するリスクを未然に防ぐ」という大義名分があったためだ。あるエコノミストは「最近の総裁からは、近い将来の追加緩和を示唆する発言はみられない」と言い切っていた。

 日銀が心配していた中国の7~9月期国内総生産(GDP)も前年同期比6・9%増。6年半ぶりに7%の大台を割り込んだものの、市場予想を上回ったため、日銀内では安堵感すら漂っていた。

 実は会合前まで市場では、追加緩和ムードが盛り上がっていた。主に指摘される理由は以下の3つだ。

 1つ目は、中国など新興国経済の失速による企業マインドの悪化である。日銀がまとめた「企業の物価見通し」(9月)で全規模・全産業の1年後の消費者物価上昇率の見通しは前年比1・2%と、前回6月調査から0・2ポイント低下した。“下方修正”は9カ月ぶりのことで、日銀と企業の物価予想の乖離をうかがわせた。

 2つ目は、夏場以降の円高・株安だ。6月に2万952円の年初来高値を付けた日経平均株価は、米利上げを見据えた新興国からの資金流出懸念や中国景気不安を受けて急落。9月末には約8カ月半ぶりに1万7千円を割り込んだ。

 円相場も6月に約13年ぶりの円安水準となる1ドル=125円台後半を付ける場面があったが、9月から10月にかけては120円を挟んだ動きだった。

 3つ目は、30日の決定会合でまとめる「経済・物価情勢の展望(展望リポート)」。16年度の消費者物価上昇率(生鮮食品を除く)の予想を7月時点の1・9%から引き下げるのは必至とみられていた。

 市場では、「16年度前半ごろに2%」という物価目標の達成時期も先送りせざるを得なくなるとの観測が浮上。「何度も先送りして手を打たなければ、日銀の本気度が疑われる」として、追加緩和は当然というムードが高まっていた。

追加緩和の可能性を残す黒田日銀総裁

 実際、日銀は30日の会合で物価目標の達成時期を「16年度後半ごろ」に半年先送りした。同年度の物価上昇率についても1・4%へと大幅に下方修正したが、追加緩和に言及することはなかった。

 「いろいろな議論はあったものの、具体的に追加緩和の提案はなかった」

 会合後の記者会見で、黒田総裁は淡々と説明した。

 来夏には参院選が控えている。政府・与党からは「追加緩和で円安による物価高が加速すれば、地方の中小企業や高齢者世帯から反発を食らう」と牽制論が挙がっていた。

 また、米連邦準備制度理事会(FRB)の利上げ、欧州中央銀行(ECB)の緩和拡充の影響を見極める必要もある。

 一方、黒田総裁は会見で「経済成長と物価にやや下方リスクが大きい」「物価の基調に変化が生じれば追加緩和であれ何であれ、躊躇なく調整する」と言及することも忘れなかった。

 日銀の国債保有額は300兆円を超え、発行残高の3割に迫る。「追加緩和の手段が尽きてきているのでは」と尋ねられた黒田総裁は「英イングランド銀行は7割(11月2日に4割と訂正)まで買い進めた。手段に限界があるとは思わない」と強調した。

 こうした発言からは、黒田総裁の焦りが感じ取れる。「もはや日銀に打つ手なし」と思われれば、金融政策は効かなくなるからだ。黒田総裁も日銀事務方も強烈ないらだちを抱えていたようだ。

「リスクは大きくなっている。追加緩和は全くないなんて決めつけないでほしい」

 全国紙経済部記者によると、それまで追加緩和のそぶりも見せなかった事務方も、30日の決定会合の数日前に明らかに態度が変化したという。「追加緩和を議論」などと各紙が報じたのもこのためだ。

 しかし、決定会合はわずか3時間17分で終了した。たった1日のみの会合では、12年ぶりの短さとあって、追加緩和を本格的に議論した形跡は見られなかった。

 それでも追加緩和のカードをちらつかせる黒田総裁と事務方の口調には、大規模緩和の果たしてきた役割が忘れ去られることへの焦燥感もにじみ出ているようだ。

 

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