文化・ライフ

国際大会で結果を出せば地位と生活は保証された

 ロシアの“国策ドーピング”がメディアをにぎわしている。

 世界アンチドーピング機関(WADA)からの勧告を受けた国際陸連はロシア陸連に対し、暫定的な資格停止処分を課した。この処分が解除されない限り、ロシアの陸上選手は2016年リオデジャネイロ五輪に出場できない。

 五輪を国威発揚のために利用してきた国が、国威を示す最高の舞台である五輪から締め出される――。これ以上の皮肉はあるまい。

 「誰かがアンチドーピングの規則に違反した責任をとるとすれば、それは個人だ」

 ウラジーミル・プーチン大統領はトカゲの尻尾だけ切って生き残ろうとする腹のようだが、そううまくいくのか。

 というのもソ連をはじめとする旧共産国には“国家ぐるみ”でドーピングに手を染めてきた過去があるからだ。

 旧共産国の選手はステートアマと呼ばれ、五輪をはじめとする国際大会で輝かしい成績を残せば、高い地位と安定した生活が保証された。

 つまり国際大会で結果を出すことと国家に貢献することは同義だったのである。そしてその触媒の役割を担ったのがドーピングだった。

 ドーピングが猛威を振るったのが1988年のソウル五輪である。禁止薬物の使用で男子100メートルのベン・ジョンソン(カナダ)をはじめとする10選手が失格処分となった。

 しかし、ドーピング・コントロールセンターの朴鍾世所長は閉会後、計34選手が尿検査で陽性反応を示したことを明らかにした。

 残りの24選手の中には女子100メートル金メダリスト(米国)のフローレンス・グリフィス・ジョイナーも含まれていたといわれるが、今となっては真相は藪の中だ。

 ジョイナーは98年に38歳の若さで世を去った。死因は心臓発作だった。

 ジョイナーはソウル五輪直前になって記録を伸ばし始めた。ネイルアートに凝ったり、ケバケバしい化粧や髪型が話題になり始めたのもこの頃である。その頃、欧米のジャーナリストから、よくこんな話を聞いた。

 「これはドーピングでたくましくなった筋肉をカムフラージュするためにやっているのではないか……」

 鎧のような筋肉に向けられるはずの視線を、別の部分に振り向けるためにジョイナー陣営が画策したのだ。

 実際のところは分からないが、さもありなんという話ではあった。

ベルリンの壁の崩壊でドイツのメダル数は激減

 東ドイツの女子競泳選手クリスティン・オットーも、陽性反応を示しながら罰せられなかった選手のひとりだと言われている。

 オットーはソウル一大会だけで50メートル自由形、100メートル自由形、100メートル背泳ぎ、100メートルバタフライ、400メートルリレー、400メートルメドレーリレーと6つの金メダルを胸に飾った。

 彼女は「知らなかった」と弁明したが、大会後、西ドイツに亡命した役員によってオットーのドーピングが明らかになる。

 東側諸国の中でも、特にドーピングに染まりきっていたのが東ドイツである。素質を見込まれた女子選手は早い段階から筋肉増強剤のアナボリック・ステロイドや男性ホルモンのテストステロンを投与、もしくは注入された。

 これらによる健康被害は深刻で、後に性転換手術を余儀なくされる選手まで現れた。

 ソウル五輪で東ドイツは金銀銅合わせて、ソ連に次ぐ102個のメダルを獲得した。人口1700万人の小さな国を大きく見せるため、時の政権は、これでもかと言わんばかりにスポーツを政治利用したのである。

 ソウル五輪の翌年、ベルリンの壁は崩壊し、ドイツは統一される。そして迎えた92年のバルセロナ五輪、統一ドイツは82個にまでメダル数を減らした。

 4年前には先述したように東ドイツだけで102個、西ドイツも合わせると142個ものメダルを獲得していた。メダル数の激減は東ドイツの国家ぐるみのドーピングを裏付ける傍証となった。

 ドーピングに関与したコーチが後に中国に招かれ、東ドイツ流の“国策ドーピング”を移植したのは記憶に新しい。

 その結果、中国は「競泳王国」となったが、選手の多くは禁止薬物の存在を知らされていなかったという。

 94年の広島アジア大会で中国は11人ものドーピングによる失格選手を出し「国家ぐるみではないか?」と追及された。検査に立ち会った競技役員は「地方のコーチが実績を上げるために勝手にやった。断じて国家レベルの政策ではない」とシラを切り通した。まさに今のプーチンが、その態度だ。あたかも出来損ないの映画のリメイクを見ているようである。

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