政治・経済

日銀は昨年12月18日の金融政策決定会合で、現在の大規模金融緩和の「補完策」を決めた。設備投資や賃上げに積極的な企業の株式を組み込んだ上場投資信託(ETF)を買うことなどが柱。しかし、市場が期待した追加緩和とは異なる“変化球”に投資家は混乱した。 文=ジャーナリスト/豊田健一

異彩を放つ策で限界説の払拭狙う

 日銀は現在、市場に大量のお金を供給するため、年間80兆円のペースで市場から国債を買い入れている。ただその一方で、国が「財政健全化」を掲げる中、新規発行は年々抑制されており、市場に出回る国債は減り続けている。

 日銀が3カ月に1度公表している「資金循環統計」によると、昨年9月末時点の国債残高は過去最高の1040兆円。このうち日銀の保有残高は前年同期比35%増の315兆円。日銀が保有する割合が30・3%と初めて3割を突破した。

 さらに、これまで行われてきた日銀の大規模緩和によって2年物など年限の短い国債の不足感が強まり、マイナス金利も常態化している。エコノミストの間では「大規模緩和は、あと2〜3年間で限界がくる」と噂され始めていた。

 このため、日銀は今回の補完策でこうした〝限界説〟の払拭を狙った。

 銀行は、日銀の資金供給を受ける際に日銀に担保として国債を差し出さなければならない。日銀は今回、国債の代わりに国内全体で約130兆円の残高がある住宅ローン債権なども担保として認めることにした。

 これにより、銀行が担保用に抱え込んでいる国債を手放しやすくする。さらに、日銀が購入する国債の平均残存期間を7〜10年から7〜12年に広げ、市場の流通量に比較的余裕がある償還期限10年超の超長期債を買いやすくした。不動産投資信託(REIT)も買い入れ上限額を引き上げた。

 これらの施策を行う一方で、特に今回の補完策の中で「異彩」を放ったのが、ETF購入枠を年3千億円増やしたことだ。ただ、日銀の求める設備・人材投資に着目したETFは存在せず、当面はJPX日経インデックス400に連動するETFを購入する方針。日銀は新型ETFをつくるよう運用会社に呼び掛けるという。

 補完策の背景には、10年以上塩漬けになっている約3兆円の株式売却問題がある。

 日銀は2002年11月に金融機関が保有する株式の買い入れを始めた。これらは16年4月から年3千億円ずつ売る予定になっており、市場への悪影響が懸念されていた。

 このため、補完策によって、毎年の売却分と同額のETFを買い入れれば、マーケットの動揺を抑えられるのではないかというもくろみがある。

 大企業が過去最高水準の利益を稼いでいるにもかかわらず、設備投資や賃上げになかなか意欲的にならないことへの日銀の苛立ちも感じられる。今年の春闘で昨年よりベースアップ水準を減らす方針の労働組合も目に付く。

 政府による「官民対話」と歩調を合わせ、賃金交渉が本格化する直前の絶妙のタイミングで企業に賃上げを促すことが、日銀の狙いだ。

本格的な追加緩和はいつ?物価目標達成の長期化も

 「総裁はこれまで、戦略の逐次投入はしないと仰ってきた。今回の措置は逐次投入ではないのか」

 補完策を決めた決定会合後の記者会見では、厳しい質問が飛んだ。黒田東彦総裁は「経済・物価見通しの下振れに対応する追加緩和ではない」と、繰り返し釈明に追われた。

 しかし、黒田総裁はこれまで、大胆さと分かりやすさで、白川方明前総裁時代との違いを強調してきただけに、銀行系エコノミストは「先祖返りだ」と揶揄する。

 黒田総裁も「(決定内容が)技術的なものなので、若干分かりにくいという指摘はある」と認める場面もあった。

 この日の金融市場は補完策をいったん好感して、日経平均株価は前日比515円高まで上昇した。

 しかし、「よくみれば大したことはない」との失望感が瞬く間に広がり、3日ぶりに終値で1万9千円を割り込んだ。値幅(高値と安値の差)は880円を超え、補完策の評価をめぐって投資家が右往左往した実態を浮かび上がらせた。

 日銀は果たして今後、本格的な追加緩和に踏み切るのか。「16年度後半ごろ」とする2%の物価上昇目標の達成時期は原油安の長期化で日に日に難しくなっている。

 外資系証券エコノミストは「消費税再増税による景気減速が薄れてくる19年度にようやく2%に到達する」との見方を示す。今回の補完策は日銀の大規模緩和の長期化をにらんだ動きとみる。

 「追加緩和しなければならないときは、当然思い切ったことをやる」

 「(補完策は)追加緩和が必要と判断した場合、迅速に調整できるための措置」

 黒田総裁は会見でこう強調したが、ETF購入枠の拡大には石田浩二、木内登英、佐藤健裕の3審議委員が反対するなど、必ずしも日銀も「一枚岩」というわけではない。

 物価2%目標の達成がさらに遠のいた場合、黒田日銀は〝真〟の追加緩和に動けるのかという点に注目が集まっている。

 「16年は勝負の年になる」

 会合後、日銀幹部はこうつぶやいた。

関連記事

好評連載

深読み経済ニュース

一覧へ

2015年の経済見通し

[連載] 深読み経済ニュース解説

永濱利廣

[連載] 深読み経済ニュース解説

再デフレ化に突入し始めた日本経済

[連載] 深読み経済ニュース解説

消費税率引き上げ見送りの評価と影響

[連載] 深読み経済ニュース解説

安倍政権が解散総選挙を急ぐ理由

[連載] 深読み経済ニュース解説

日銀による追加緩和決定の影響は!?

実録! 関西の勇士たち

一覧へ

ワンマンシリーズ(7)稀有のバンカー、大和銀行・寺尾威夫〈1〉

[連載] 実録! 関西の勇士たち(第20回)

実録! 関西の勇士たち

[連載] 実録! 関西の勇士たち(第19回)

ワンマンシリーズ(6)三和の法皇・渡辺忠雄〈3〉

[連載] 実録! 関西の勇士たち(第18回)

ワンマンシリーズ(5) 三和の法皇・渡辺忠雄〈2〉

[連載] 実録! 関西の勇士たち(第17回)

ワンマンシリーズ(4) 三和の法皇・渡辺忠雄〈1〉

[連載] 実録! 関西の勇士たち(第16回)

ワンマンシリーズ(3)住友銀行に残る堀田の魂魄

ビジネストレンド新着記事

注目企業

一覧へ

「日本初」にこだわる男のユニークな発想とビジネス――佐野秀光(情報通信ネットワークグループ社長)

「損して得を取る」事業モデル  不動産登記情報を扱う「登記簿図書館」をご存じだろうか。 かつては法務局でしか取得できなかった登記簿情報がオンラインで簡単に取得でき、かつ、法務局では対応できないさまざまなサービスを提供するというものだ。保有登記情報は全国2450万件、会員数9500社を誇る。 この登記簿図書館を…

支持政党なし

外国人を中心に需要が高まるソーシャルレジデンスで快走―オークハウス

独自のプラットフォーム戦略で、外食産業の新たなスタンダードを創造する――きちり社長 平川昌紀

新社長登場

一覧へ

「技術立脚の理念の下、付加価値の高い香料を開発します」――高砂香料工業社長 桝村聡

創業から95年、海外に進出してから50年以上たつ国際派企業の高砂香料工業。合成香料では日本最大手であり、国際的にも6%以上のシェアを持つ優良企業だ。 100年弱の歴史を持つ合成香料のトップメーカー ── まず御社の特徴をお聞かせください。 桝村 1920年創業ですから、2020年に100周年を迎える…

桝村 聡

「ネット広告が変わってもクライアント本位の姿勢は変わりません」--バリューコマース社長 香川仁

「最新情報を発信、人と企業の働く環境を良くしていきます」--マンパワーグループ社長 池田匡弥

イノベーターズ

一覧へ

老舗コニャックメゾンがブランド強化で日本市場を深耕――Remy Cointreau Japan代表取締役 宮﨑俊治

フランスの大手高級酒グループ、レミー・コアントロー社の日本法人。18世紀から愛飲されてきた名門コニャックの「レミーマルタン」や世界有数のリキュール「コアントロー」をはじめ、スピリッツやウイスキーなど戦略的なラインアップを日本市場で展開している。同社の宮﨑俊治代表取締役に事業展開について聞いた。 &nbs…

20150609_INNOV_P02

デザイナーズ家具のEC販売で業界の“常識打破”に挑戦――リグナ社長 小澤良介

内装空間の総合プロデュースで想いをカタチに創り上げる――ユニオンテック社長 大川祐介

大学の挑戦

一覧へ

専門分野に特化した“差別化戦略”で新設大学ながら知名度・ブランド力向上を実現――了徳寺大学・了徳寺健二理事長・学長

2000年設立で、了徳寺大学が母体のグループ法人。医療法人社団了徳寺会をグループ内に持つ。大学名の「了」は悟る、了解する、「徳」は精神の修養により、その身に得た優れた品性、人格を指す。「了徳寺」は人間としての品性、道を論す館の意味を込めた大学名だ。 聞き手=本誌/榎本正義 、写真/佐々木 伸 教育部門と…

大学の挑戦

創立100周年を控えて「世界に貢献し、インパクトを与える人」の育成に努めます――西南学院大学・K.J.シャフナー学長

「“STAND BY YOU”のスローガンの下、学生一人ひとりに寄り添う教育を」――中央学院大学・佐藤英明学長

企業eye

一覧へ

社員の人間力を武器に5期連続増収を果たす投資用不動産会社――パートナーズ

パートナーズは全国の中古投資用不動産の売買仲介を手掛けている。2011年の創業以来、5期連続増収を達成。吉村社長は業績好調の原動力を「社員の人間力を養い、顧客満足度の向上に取り組む姿勢にある」と語る。── 数ある投資用不動産会社の中、独自の強みについて。吉村 当社では、社員の人間力を徹底的に磨きな…

企業eye

クラウドソーシングを活用した動画制作やオンライン動画制作プラットフォームを提供――Crevo

海外ビジネスの第一線で活躍した2400人のエキスパートを擁し、日本企業の海外事業を支援。

経済界からのお知らせ

最新号のご案内

経済界6月号 [月刊記念特別号]
[特集]
トップ企業の経営哲学

  • ・永守重信(日本電産会長兼社長)
  • ・新浪剛史(サントリーホールディングス社長)
  • ・北尾吉孝(SBIホールディングス社長)
  • ・林野 宏(クレディセゾン社長)
  • ・茂木友三郎(キッコーマン取締役名誉会長 取締役会議長)
  • ・樋口武男(大和ハウス工業会長)
  • ・北島義俊(大日本印刷社長)
  • ・澤田秀雄(エイチ・アイ・エス会長兼社長)
  • ・似鳥昭雄(ニトリホールディングス会長)
  • ・押味至一(鹿島社長)

[Interview]

 貝沼由久(ミネベアミツミ社長)

 経営統合で技術の受け皿を広げ新たなIoT時代に備える

[NEWS REPORT]

◆三井住友銀行、脱・たすき掛けの深層

◆一人負け、ソフトバンクに何が起きている

◆大塚家具、ロッテ……親子・兄弟相続の相克

◆ドキュメント シャープ鴻海入り1年のドラマ

◆長者番付で分かった日の丸ベンチャーの弱点

[政知巡礼]

 石破 茂(衆議院議員)

 「地方創生こそがポストオリンピックの鍵だ」

ページ上部へ戻る