政治・経済

日本の製薬業界の盟主である武田薬品は、海外での大型M&Aを連発し、日本から世界企業への脱皮に向けた大改革を行っている。その先頭に立つ長谷川閑史社長の剛腕ぶりから「長谷川改革」がクローズアップされてきたが、改革の成果が経営数値に反映されない異変が生じている。 (ジャーナリスト/上島剣)

肥満症治療薬の発売に支払サイドが「待った」

長谷川閑史社長(写真:時事)

長谷川閑史社長(写真:時事)

 国内最大手の製薬企業・武田薬品は最近、あるアクシデントに見舞われた。日本で初めての薬理作用を持つ肥満症治療薬として9月に薬事承認を得た同社の「オブリーン」の保険適用に「待った」を掛けられたのだ。厚生労働省の担当者によると、発売直前の新薬の薬価収載が見送りになるのは「前例のないこと」だという。

 公定薬価制をとる日本では、薬価収載は厚労省の専門委員会との交渉で決まるが、最終的には厚労大臣の諮問機関である中央社会保険医療協議会(中医協)の委員の了解を取り付けなければならない。

 武田薬品は、ここで躓いた。オブリーンは、服用で期待できる減量効果が2%程度と、それほど効き目の強い薬ではない。医療費節減の時節柄、〝ダイエット・サプリ〟まがいの薬に貴重な保険財源を充てることはできないと、会議で異論が噴出したのだが、武田薬品は事前の折衝でこうした懸念を摘み取る努力を怠っていたようだ。同社OBのひとりに言わせると、「根回しを得意としていた昔のタケダだったら、絶対にやらない大チョンボ」である。

 ピーク時国内年商140億円を見込むオブリーンの初動トラブルは、グローバル売上高1兆5千億円を超える武田薬品にとって、それほど大きな痛手ではないかもしれない。だが、国内製薬企業の盟主・タケダらしからぬこのドタバタを、「長谷川改革」の副作用と見なす声も少なからずあるのだ。

 武田薬品は目下、「プロジェクト・サミット」と銘打った、大規模なコスト構造改革の真っ最中である。改革の柱は事業オペレーションやビジネスプロセスの効率化で、全世界で3万人を超える従業員のリストラは「1桁台前半の%」にとどめる方針だ。とはいえ、対象地域や部門に聖域はなく、合理化の荒波は日本の従業員にも及んでいる。

 2000年代、突出した利益率と潤沢な資金力から、日本でも指折りの優良企業として投資家筋から認知されてきた武田薬品だが、ここ5年でその実力にも陰りが見えはじめた。

 糖尿病治療薬「アクトス」を筆頭に、全盛期には世界売上高1千億円を超え、利益率も高い4つの自社創製新薬を擁していたが、これら主力品の特許期間満了と次世代新薬の相次ぐ開発失敗から、グローバル製薬企業としての生き残りが難しくなってきた。

旗振り役は外国人幹部日本人社員は戦々恐々

 そこで長谷川閑史社長が打った手が、08年と11年に踏み切った総額約2兆円に及ぶ大型買収だった。米ミレニアム・ファーマシューティカルズをおよそ9千億円で買収した前者では、製品パイプライン、技術力とも不足していた抗がん剤などのバイオ新薬を、1兆1千億円でスイスのナイコメッドを傘下に収めた後者では、中国をはじめ、出遅れていた新興国市場の販売インフラを獲得した。

 結果、直近13年3月期の年間営業利益は約1225億円。円高の名残やアクトスなど主要製品の特許切れ、それに大型買収の償却費用が重なって、営業利益はその前の期から半分に落とした。最盛期には30%を超えていた対売上高営業利益率も、10%を割り込む水準にまで落ち込んでいる。

 買収効果がまだ発揮されていない現状に市場の評価も厳しく、「製薬企業としては落第レベル」(証券アナリスト)に急降下した収益力の回復こそ、係数的には最も長谷川社長の頭を悩ませる経営課題だ。

 今年立ち上げたプロジェクト・サミットでは、18年3月期まで5年間をかけて、中期成長戦略を達成しつつ、年間1千億円の経費削減を実現するというのが目標である。今期の営業利益見通しが1400億円だから、文字通りの大鉈だ。

 しかし、03年6月の就任から10年の節目を過ぎた長谷川社長の最近の舵取りを、前出の同社OBの言葉を借りて表現すると、「欧米メガファーマ(巨大製薬企業)の悪しき模倣」。プロジェクト・サミットを筆頭とする一連の長谷川改革を端的に言い換えれば、〝タケダのTakeda化〟だ。

 人材の多様化や組織の現地化は、海外市場を目指す大手製造業であれば避けられない通過儀礼とはいえ、長谷川社長の組織・風土改革はいささか性急に過ぎる。

 はなはだしきはマネジメント人材の登用だ。11年のナイコメッド買収で広大な新興国市場を抱えることになった海外の営業責任者はもとより、製薬企業の生命線である研究開発部門の責任者など、幹部ポストの多くを外国人が占めている。極めつけはプロジェクト・サミットでコストカットの陣頭指揮を執る財務責任者と調達責任者で、2人とも最近、欧州系メガファーマからヘッドハンティングしたばかりの外国人。この人事には、日本の生え抜き社員も戦々恐々としている。

 経済同友会代表幹事の肩書とともに、任期11年目に入った長谷川社長は常々、武田薬品の次期社長は日本人だと公言してきた。だが、しがらみや情実の一切を排し、効率性がなにより尊ばれるTakedaの新たな社風の下で、日本人人材は育つのだろうか。

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