政治・経済

世界的な株安が進行している中、不況下にこそ強い「ディフェンシブ銘柄」と目されてきた製薬関連株も、ここへきて株価を大きく下げている。特に下落の著しいのが小野薬品工業。夢の新薬「オプジーボ」で注目を浴びる同社だが、意外なリスクも抱えている。 文=ジャーナリスト/河野順平

ノーベル賞級の偉業

 小野薬品が開発・販売している画期的な抗がん剤「オプジーボ」の将来性に、不吉な影が見え始めた。

 10年前は5千円台そこそこだった同社の株価は、オプジーボのポテンシャルに対する期待の高まりを反映して、2013年頃から急騰。14年9月に同剤を日本で発売した当初、適応症は日本では患者の少ない悪性黒色腫(皮膚がんの一種)だったが、非小細胞肺がんの追加適応症を厚生労働省が承認した昨年12月18日には、2万2400円という上場来高値を付けた。しかし、年明けから株価は調整局面に入り、1万8千〜1万9千円台を推移している(1月末現在)。

 先に断わっておくと、オプジーボの抗がん剤としての実力に、今のところ疑いの余地はない。

 新薬に未知の副作用は付き物だと考えるべきで、オプジーボとてその限りではないものの、同剤は「免疫チェックポイント阻害剤」と呼ばれる新しいタイプの抗がん剤の地平線を切り開いた画期的新薬だ。既に承認を得ている皮膚がんや肺がん、日本では承認申請段階だが腎がんといったさまざまながんで、目覚ましい治療成績を示している。

 特に、患者数約10万人に上る肺がんに、オプジーボが使えるようになった(現時点では他の抗がん剤が効かなかった患者向け)ことの意味は、医学的にもビジネス的にも、そして社会的にも非常に大きい。

 オプジーボは、がん免疫療法という、比較的古くから提唱されているがん治療に使う薬剤の一種だ。代表的な手法はがんワクチンで、人間が本来持つ免疫の力を引き出し、がんに打ち勝つという手法は数多く研究されてきたが、製品として医学的検証に耐え得る成果を出したものは皆無だった。

 抗PD-1抗体と呼ばれるバイオ医薬品を投与することで免疫のブレーキを外し、がんを「異物」として攻撃するよう誘導するオプジーボは、大規模な臨床試験で、発症後の予後が特に悪いことで知られる悪性黒色腫などで、劇的な腫瘍縮小効果を実証した点が画期的だった。ここ10年、抗がん剤開発の主流だった分子標的薬よりも、さまざまながんに効く可能性がある点も特徴だ。オプジーボの創薬に多大な貢献を果たした京都大学の本庶佑博士は、ノーベル医学・生理学賞候補に上がっている。

 実際、小野薬品は、オプジーボの製品化に当たって提携した米ブリストル・マイヤーズスクイブ(BMS)と協力しながら、国内外で腎がんや頭頸部がん、胃がん、食道がん、さらにはホジキンリンパ腫などの血液がんに至るまで、実に10種類以上のがんに対する臨床試験を進めている。

 小野薬品の今16年3月期の研究開発費は売上高比30%超の460億円に達する見込みだが、ほとんどはオプジーボの適応拡大関連の支出だ。また、免疫チェックポイントにもいろいろな種類があるため、これらの働きを複数の抗体などで抑え込めば、さらに劇的な効果が見込める。現在、売上高1400億円程度の同社だが、オプジーボだけで、現在の事業規模に匹敵する売り上げが見込まれる。

高額薬剤で国が滅ぶ

 小野薬品を一気に3千億円規模の会社に引き上げるだけのポテンシャルを秘め、抗がん剤市場の勢力図を塗り替えようとしているオプジーボだが、ここへきてその成長性に疑いが出てきた理由は明白。とにかく値段が高過ぎて、日本の医療費財政では賄いきれないことがはっきりしているからだ。

 税金と社会保険料を財源とし、平等性が何よりも尊ばれる日本で、非小細胞肺がんの場合、年間治療費2500万円に上るオプジーボをがん患者がこぞって使えば、国民皆保険制度を破綻させかねない。こうした懸念が昨年から持ち上がり、関連学会や著名ながん専門医などが問題提起するようになった。

 25年には、団塊世代が医療費の大半を支出する75歳以上の節目を迎える。こうした危機的状況を迎える中、今年4月の診療報酬改定と同時に実施される関連制度改革は、薬剤費の伸びを抑え込むための仕組みがふんだんに盛り込まれた。一番の目玉は、年間売上高が1千億円を超えた新薬は、薬価を大幅に切り下げるというルールだ。

 要件次第だが、「売れ過ぎたら薬価を切り下げる」という乱暴なルールを国が持ち出したのは、超高額薬剤の存在に危機感を持っていることの証左だ。

 向こう5年ほど、オプジーボの快進撃は続きそうで、ある市場調査会社の試算によると、20年には全世界で売上高8千億円に到達すると見られている。だが、少なくとも日本では同剤も早晩、薬価を大幅に引き下げられてしまうという見方は、既に証券市場でも支配的だ。

 高額薬剤に対する批判的な声はお膝元の日本だけでなく、薬価が自由に決められ、しかも値上げが頻繁に行われる米国もまたしかりだ。今年は大統領選挙の年でもあり、薬価問題は大きな論争を呼んでいる。

 こうした世界的な潮流を踏まえると、オプジーボの製品化で一躍脚光を浴びた小野薬品も、実は研究開発力でも販売力でもないところで、大きなリスクを抱えていることが分かる。

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