政治・経済

生命保険協会(会長=筒井義信・日本生命保険社長)が公的年金を補完する任意の終身年金保険「長寿安心年金」の創設を提言する。ただ、実現に向けては、生命保険会社間で温度差があり、今後、どこまで縮められるかは、各社の思惑を払拭する必要がありそうだ。 文=ジャーナリスト/柴田達之

【私的年金制度”長寿安心年金”】ー老後の所得を確保する狙い

 公的年金制度は、増加する公的債務の問題に加え、少子高齢化を背景に支給水準の低下が避けられない見通しで、長寿安心年金を新たにつくることで、老後の所得を確保できるようにするのが狙いだ。

 生命保険協会が提唱する長寿安心年金は全国民を加入対象者として、支払った分の元本を保証するほか、国が加入者に対し、一定額を公平に負担する。期限を定めず年金が支払われる仕組み。一部報道によると、働き方の多様化で非正規労働者の割合が増えるなど、厚生年金、企業年金の適用から外れているケースも目立っているため、長寿安心年金で、公的年金の機能を補完する役割を果たせると見ているようだ。今後、3〜5年後の実現に向け、金融庁、厚生労働省などと協議していく。

 現在、民間の保険会社が販売する年金保険のうち、終身年金の加入者は、利回りの低さもあり少ない。長寿安心年金の創設は終身年金の加入率を高める契機にもなりそうだ。

 関係者の話を総合すると、長寿安心年金は、「日本生命保険が構想を長年練っていた」(中堅生保)という。日本生命は、個人年金に国が補助するドイツのリースター年金を参考に独自研究してきた経緯があり、かつてニッセイ基礎研究所が2012年に「欧米諸国の年金事情」というリポートでまとめている。

 ドイツの場合も日本と同様で、少子高齢化や社会保障財政がひっ迫する中で、ドイツは公的年金の給付水準の引き下げに合わせ、私的なリースター年金を01年から導入した。14年の契約件数は1600万件と、対象者3千万人の半数を超える水準となっているようだ。ドイツの場合、最低掛け金として年約8千円の支払いが求められる代わりに、「補助金」か「所得控除」のいずれか有利なほうが適用される。補助金の場合は、基本補助金として年約2万円が国から加入者に支払われている。例えば、年収約530万円の独身会社員が、月1万6千円のリースター年金に加入すると、67歳から月2万8千円の年金を受け取る仕組みだ。

 対する日本の長寿安心年金は、政府が年3万6千円(月3千円)を補助金として支払うことを想定。月1万2400円を支払えば、加入者は65歳から月3万6千円が亡くなるまで受け取れる仕組みを整える。低所得者ほど積み立て金に占める補助金の割合が大きくなる。

 実現に向けて生保協会は、「民間で一部の年金業務を請け負えば、社会保障給付費の増大を押さえられる」とのメリットを訴えていく。また、公的年金だけで生活できない高齢貧困層の問題が深刻化するのを早期に防げるとの意義も強調する。

 加えて、長寿安心年金の創設は、低迷する個人消費の活性化にも役立ちそうだ。現在、年金支給額の伸びを物価や賃金の上昇よりも低く抑える「マクロ経済スライド」の導入などで、老後の生活資金に対する不安感が増大している。「個人消費が浮上しないのは年金受給者が将来不安で貯蓄に回しているからだ」(経済アナリスト)との声もある。長寿安心年金の創設で将来への不安が和らげは、消費の活性化も見込めそうだ。生保業界は、老齢期の所得を確保する役割を国と共に担いたい考えだ。

【私的年金制度”長寿安心年金”】ー支払期間の長期化でリスク資産となる懸念

 一方で、長寿安心年金の創設は、「貯蓄から投資へ」の流れをさらに業界に呼び込みたい流れの一環との思いも透けて見える。現在、外貨建て一時払い終身、年金保険といった商品は、利回りの高さで販売が好調だが、数百万円を一括で支払う商品のため、一部の富裕層に販売が限られている。所得の低い層に、「リスクがない投資商品」として、長寿安心年金の魅力を伝えることで、加入を促すといった側面も期待できるからだ。

 また、少子高齢化で市場の先細りも懸念される保険業界にとっては、国から補助金が出る保険の販売は、いわば国が“お墨付き”を与えるようなもの。是が非でも、長寿安心年金を創設することで、業界が長期に安定できるような体制を整えたいとの思いもあるようだ。

 特に、終身年金保険の商品を持っていない明治安田生命保険にとっては、新規事業参入への追い風となる。加えて、「生保協会の次期会長として、根岸秋男社長が長寿安心年金の創設に道筋を立てれば、協会長として評判も上がる、と早くも算盤を弾いている」(大手生保)と見る向きもある。

 ただ、実現に向けてはハードルが待ち構える。金融庁が検討する国際的な資本規制が適用されれば、支払時期が長期化する懸念もある長寿安心年金は、リスク資産とみなされる可能性があるからだ。第一生命保険、住友生命保険が長寿安心年金の創設に及び腰なのはこのためだ。「長寿安心年金よりも、DC(確定拠出年金)制度が現実的には先行して動いている。企業年金は代行返上で揺れ動いている。個人年金分野に新しい制度を入れるのは難しいのではないか」(生保大手首脳)との意見もある。

 現在のところ、長寿安心年金の実現に奔走するのは、業界大手では日本生命だけのようだ。大手4社が一枚岩となって協調する日はくるのだろうか。

 

雑誌「経済界」定期購読のご案内はこちら

経済界電子版トップへ戻る

関連記事

好評連載

深読み経済ニュース

一覧へ
一般社団法人かぎろい出版マーケティング代表 西浦孝次氏

[連載] 深読み経済ニュース解説

2015年の経済見通し

[連載] 深読み経済ニュース解説

再デフレ化に突入し始めた日本経済

[連載] 深読み経済ニュース解説

消費税率引き上げ見送りの評価と影響

[連載] 深読み経済ニュース解説

安倍政権が解散総選挙を急ぐ理由

実録! 関西の勇士たち

一覧へ

稀有のバンカー、大和銀行・寺尾威夫とは

[連載] 実録! 関西の勇士たち(第20回)

実録! 関西の勇士たち

[連載] 実録! 関西の勇士たち(第17回)

三和銀行の法皇・渡辺忠雄の人生

[連載] 実録! 関西の勇士たち(第14回)

住友の天皇・堀田庄三の人生

[連載] 実録! 関西の勇士たち(第11回)

商売の神様2人の友情 江崎利一と松下幸之助

[連載] 実録! 関西の勇士たち(第7回)

関西財界の歴史―関経連トップに君臨した芦原義重の長期政権

ビジネストレンド新着記事

注目企業

一覧へ

不動産のノウハウや技術を生かしサステナブルインフラへ―いちご

現存の不動産に新しい価値を創造する「心築(しんちく)事業」とJ‐REIT運用、太陽光などのクリーンエネルギー事業が主力。社名の「いちご」は一期一会に由来しており、サステナブルインフラを通じて日本の社会を豊かにすることを目指している。文=榎本正義(『経済界』2019年9月号より転載) 長谷川拓…

次世代車向け先進技術を応用する日本発プラットフォーマー ―イーソル

社員に奨学金を提供―ミツバファクトリーが実践する中小企業が勝つための福利厚生とは

新社長登場

一覧へ

「若者需要の開拓でビール市場を盛り上げていく」塩澤賢一(アサヒビール社長)

アサヒグループ食品の副社長から、この3月にアサヒビールの社長に就任した塩澤賢一氏。長年、ビール営業畑を歩み、マーケティングを兼ねた繁華街歩きを趣味にしている。街の変化から世の中の流れを読む塩澤新社長が挑むのは低迷するビール市場の活性化。若者需要を伸ばしつつ、スポーツイベントを商機として攻勢をかけていく。聞き手…

「事業部門の連携を活性化させ営業利益100億円を目指す」 内藤宏治(ウシオ電機社長 )

地域に根差した証券会社が迎えた創業100周年―藍澤卓弥(アイザワ証券社長)

イノベーターズ

一覧へ

シリコンバレーへの挑戦が生んだ「起業家と投資家が待ち望んだサービス」― 戸村光・ハックジャパンCEO

起業家のスタンスとして、画期的な技術やビジネスモデルを社会で活かすことを目的としたイノベーション先行型もあれば、社会課題解決を最優先とし、そこに必要な技術やノウハウを当てはめていくやり方もある。ハックジャパンCEOの戸村光氏の場合は後者。対象となる課題は「身の周りの気付いたことすべて」だ。(取材・文=吉田浩)…

「測量美術」が起こす道路工事のイノベーション―草木茂雄・エムアールサポート社長

IT化で変革する産業廃棄物処理の世界―福田隆(トライシクルCEO)

大学の挑戦

一覧へ

専門分野に特化した“差別化戦略”で新設大学ながら知名度・ブランド力向上を実現――了徳寺大学・了徳寺健二理事長・学長

2000年設立で、了徳寺大学が母体のグループ法人。医療法人社団了徳寺会をグループ内に持つ。大学名の「了」は悟る、了解する、「徳」は精神の修養により、その身に得た優れた品性、人格を指す。「了徳寺」は人間としての品性、道を論す館の意味を込めた大学名だ。 聞き手=本誌/榎本正義 、写真/佐々木 伸 …

大学の挑戦

創立100周年、西南学院大学・K.J.シャフナー学長「世界に貢献しインパクトを与える人材を育てる」〜国際交流・就職支援・インターネット出願〜 

「“STAND BY YOU”のスローガンの下、学生一人ひとりに寄り添う教育を」――中央学院大学・佐藤英明学長

経済界からのお知らせ

最新号のご案内

経済界2019年9月号
[特集] 東京五輪以降──ニッポンの未来
  • ・2度目の東京五輪 今度はどんなレガシーが生まれるのか
  • ・高岡浩三 ネスレ日本社長兼CEO
  • ・脱CO2の切り札となる水素活用のスマートシティ
  • ・五輪契機にテレワーク普及へ「柔軟な働き方でハッピーに」
  • ・ワーケーション=仕事×余暇 地域とつながる新しい働き方
  • ・「ピッ」と一瞬で決済完了! QRしのぐタッチ決済の潜在力
  • ・東京五輪で懸念される調達リスク
  • ・フェアウッド100%使用にこだわる佐藤岳利(ワイス・ワイス社長)の挑戦
[Special Interview]

 原田義昭(環境大臣・内閣府特命担当大臣)

 世界の脱炭素化、SDGs「環境」が社会を牽引する

[NEWS REPORT]

◆フェイスブックの「リブラ」で仮想通貨も「GAFA」が支配

◆脱炭素社会へ 鉄リサイクルという光明

◆PBの扱いを巡り業界二分 ビール商戦「夏の陣」に異変あり

◆中国の次は日本に矛先? トランプに脅える自動車業界の前途

[特集2]

 北の大地の幕開け 北海道新時代

・ 鈴木直道(北海道知事)

・ 岩田圭剛(北海道商工会議所連合会会頭)

・ 安田光春(北洋銀行頭取)

・ 笹原晶博(北海道銀行頭取)

・ 佐々木康行(北海道コカ・コーラボトリング社長)

・ 會澤祥弘(會澤高圧コンクリート社長)

・ 佐藤仁志(北海道共伸特機社長)

・ 内間木義勝(ムラタ社長)

ページ上部へ戻る