文化・ライフ

地元のファンどころか同級生すら存在を知らず

 サンフレッチェ広島のチーム人件費(選手年俸など)は年間約13・5億円(2014年度)。これはJ1・18チームの中で真ん中より、やや下である。それでいてこの4シーズンで3度のリーグ優勝を果たしているのだから見事の一語だ。

 それを受け、指揮を執る森保一監督の評価が、日増しに高くなっている。「いずれは日本代表監督に」「いや、2020年東京オリンピックの監督に」との声も聞く。

 しかし、サッカーファンや広島に縁のある人を除き、その知名度は、能力とは不釣り合いなほど低い。地味な人柄ゆえか。

 そもそも森保とは、どういう人物なのか。

 彼の名前が一躍、クローズアップされたのは1992年5月、キリンカップでのアルゼンチン戦である。Jリーグがスタートする1年前だ。

 初めて代表メンバーに選出された森保がボランチを務める日本代表はガブリエル・バティストゥータやクラウディオ・カニーヒアといった世界的な点取り屋を擁する南米の強豪相手に0対1で敗れはしたものの、大健闘を演じた。

 苦戦の理由を訊かれた敵将のアルフィオ・バシーレが、目立った選手として真っ先に口にしたのが「モリヤス」だった。

 続けて、カニーヒアが顔をしかめて言った。

 「いやになるほど17番がいつもいるんだ。スペースが開いたから入り込もうとすると、いつの間にかカバーに入っている。僕にとって一番嫌だったのが、あの17番だよ」

 森保は高校(長崎日大)時代も、サンフレッチェの前身のマツダ時代も、一度も年代別の代表に選ばれたことがなかった。92年4月にオランダ人監督のハンス・オフトが日本代表に選出するまでは知る人ぞ知る存在だった。

 こんなエピソードがある。地元・広島で開催されたアジア杯では、観客席から「モリホ!」という声が飛んだ。

 同級生の北澤豪からは「キミ、ポジションどこだっけ?」と真顔で聞かれた。

 地元のファンどころか同級生ですら、その存在を知らなかったのだ。

 しかし、オフトの目に狂いはなかった。オフトジャパンのボランチとしてめきめきと頭角を現し、なくてはならない存在へと成長していった。

 W杯出場こそ果たせなかったものの、アメリカW杯出場にあと一歩と迫った93年10月のアジア地区最終予選では、中盤の底に仕事場を構え、攻守にわたって活躍した。

 その頃、森保から次のような自己評価を聞き、感心したことを覚えている。

 「僕の場合、技術、走力、身体能力……何をとっても他人よりすぐれているところはないんです。

 だからこそ、事前に頭を使って試合の流れを読まないといけない。相手に技術を見せびらかすよりも、味方がプレーしやすいように速く、しかも正確なパスを出すことの方が大切なんです。

 シンキング・スピードっていうんですが、これが遅くなると僕のいる場所はなくなってしまうんです」

 過大評価でも過小評価でもなく、実に客観的に自らを見つめていた。この冷静な視線が指導者となって生きたのだろう。

「チームが勝つことでまちを活性化させたい」

 サンフレッチェは、例年のようにレギュラー選手を引き抜かれる。ここ最近でも、ドウグラス、森脇良太、石原直樹、柏木陽介、西川周作、槙野智章らが移籍している。

 それでいながら昨季もJ1最少30失点という数字に示される堅守を武器にJリーグでは鹿島アントラーズ(07〜09年)以来となる連覇を果たした。それは指揮官に確固とした信念があるからだろう。

 森保は語る。

 「サンフレッチェの最大の武器は和の力。ひとりふたり(レギュラークラスの)選手が抜けても、全員の力を結集すれば、その穴を補うことができる。逆にタイトルを獲りたいと言ってウチにきてくれる選手もいる。

 チームが勝つことでお客さんに喜んでもらい、まちが活性化できれば、サッカー人として、これほどうれしいことはない。やり甲斐のある仕事ですよ。

 本音を言えば、選手全員に出場の機会を与えたい。しかしベンチ入りは18人。先発は11人と限られている。

 たとえ試合には出られなくても、選手として成長することはできるし、それを手助けするのが監督の仕事だと思っています」

 苦労人ゆえに、コメントひとつひとつに味わいがある。

 Jリーグがスタートして、今季で24年目のシーズンを迎える。もうそろそろJリーガー出身の日本代表監督が誕生しても、おかしくはないだろう。実績、人柄ともに森保がその最右翼であることは間違いあるまい。(文中敬称略)

関連記事

好評連載

二宮清純のスポーツインサイドアウト

一覧へ

マラソンでメダル獲得目指す日本に妙案なき現実

[連載]二宮清純のスポーツインサイドアウト(第59回)

二宮清純の「スポーツ羅針盤」

[連載]二宮清純のスポーツインサイドアウト(第57回)

不世出の大投手、沢村栄治をめぐるスピードボール論議

[連載]二宮清純のスポーツインサイドアウト(第56回)

なでしこジャパン再建で高倉監督が着目したこと

[連載]二宮清純のスポーツインサイドアウト(第54回)

世界屈指の強豪クラブと互角に戦ったアントラーズ

[連載]二宮清純のスポーツインサイドアウト(第53回)

王貞治に“一本足打法”を伝授した名コーチ・荒川博

米山公啓の現代医療の真相

一覧へ

見落としやすい薬の副作用

[連載] 現代医療の真相(第19回)

現代医療の真相

[連載] 現代医療の真相(第18回)

肺炎球菌ワクチンから見えるワクチン後進国日本

[連載] 現代医療の真相(第17回)

徘徊老人を受け入れる街づくり

[連載] 現代医療の真相(第16回)

サプリメント・ブームにもの申す

[連載] 現代医療の真相(第15回)

インフルエンザ予防接種は受けるべきか

吉田たかよしのビジネス脳の作り方

一覧へ

ネット検索の集中力は「独り言」で高まる!

[連載]吉田たかよしのビジネス脳の作り方(第20回)

ビジネス脳の作り方

[連載]吉田たかよしのビジネス脳の作り方(第19回)

壮大な目標を立てると努力しない人材になる!

[連載]吉田たかよしのビジネス脳の作り方(第18回)

部下の才能を褒めるとダメ人材に育つ!

[連載]吉田たかよしのビジネス脳の作り方(第17回)

株取引の損得は男性ホルモン量で決まる?

[連載]吉田たかよしのビジネス脳の作り方(第16回)

アルツハイマー病は脳の糖尿病!?

CEOのゴルフ

一覧へ
eyecatch_CEOgolf_new

[連載] CEOのゴルフ(第19回)

腰と肩を同じように回すから飛距離が出ない

[連載] CEOのゴルフ(第18回)

右足の力で飛ばすには左股関節の「受け」が必要

[連載] CEOのゴルフ(第17回)

直線的に振り下ろす感覚がスライスの原因

[連載] CEOのゴルフ(第16回)

切り返しで下へ力を加えることが飛距離の源泉

ビジネストレンド新着記事

注目企業

一覧へ

「日本初」にこだわる男のユニークな発想とビジネス――佐野秀光(情報通信ネットワークグループ社長)

「損して得を取る」事業モデル  不動産登記情報を扱う「登記簿図書館」をご存じだろうか。 かつては法務局でしか取得できなかった登記簿情報がオンラインで簡単に取得でき、かつ、法務局では対応できないさまざまなサービスを提供するというものだ。保有登記情報は全国2450万件、会員数9500社を誇る。 この登記簿図書館を…

支持政党なし

外国人を中心に需要が高まるソーシャルレジデンスで快走―オークハウス

独自のプラットフォーム戦略で、外食産業の新たなスタンダードを創造する――きちり社長 平川昌紀

新社長登場

一覧へ

「技術立脚の理念の下、付加価値の高い香料を開発します」――高砂香料工業社長 桝村聡

創業から95年、海外に進出してから50年以上たつ国際派企業の高砂香料工業。合成香料では日本最大手であり、国際的にも6%以上のシェアを持つ優良企業だ。 100年弱の歴史を持つ合成香料のトップメーカー ── まず御社の特徴をお聞かせください。 桝村 1920年創業ですから、2020年に100周年を迎える…

桝村 聡

「ネット広告が変わってもクライアント本位の姿勢は変わりません」--バリューコマース社長 香川仁

「最新情報を発信、人と企業の働く環境を良くしていきます」--マンパワーグループ社長 池田匡弥

イノベーターズ

一覧へ

老舗コニャックメゾンがブランド強化で日本市場を深耕――Remy Cointreau Japan代表取締役 宮﨑俊治

フランスの大手高級酒グループ、レミー・コアントロー社の日本法人。18世紀から愛飲されてきた名門コニャックの「レミーマルタン」や世界有数のリキュール「コアントロー」をはじめ、スピリッツやウイスキーなど戦略的なラインアップを日本市場で展開している。同社の宮﨑俊治代表取締役に事業展開について聞いた。 &nbs…

20150609_INNOV_P02

デザイナーズ家具のEC販売で業界の“常識打破”に挑戦――リグナ社長 小澤良介

内装空間の総合プロデュースで想いをカタチに創り上げる――ユニオンテック社長 大川祐介

大学の挑戦

一覧へ

専門分野に特化した“差別化戦略”で新設大学ながら知名度・ブランド力向上を実現――了徳寺大学・了徳寺健二理事長・学長

2000年設立で、了徳寺大学が母体のグループ法人。医療法人社団了徳寺会をグループ内に持つ。大学名の「了」は悟る、了解する、「徳」は精神の修養により、その身に得た優れた品性、人格を指す。「了徳寺」は人間としての品性、道を論す館の意味を込めた大学名だ。 聞き手=本誌/榎本正義 、写真/佐々木 伸 教育部門と…

大学の挑戦

創立100周年を控えて「世界に貢献し、インパクトを与える人」の育成に努めます――西南学院大学・K.J.シャフナー学長

「“STAND BY YOU”のスローガンの下、学生一人ひとりに寄り添う教育を」――中央学院大学・佐藤英明学長

企業eye

一覧へ

社員の人間力を武器に5期連続増収を果たす投資用不動産会社――パートナーズ

パートナーズは全国の中古投資用不動産の売買仲介を手掛けている。2011年の創業以来、5期連続増収を達成。吉村社長は業績好調の原動力を「社員の人間力を養い、顧客満足度の向上に取り組む姿勢にある」と語る。── 数ある投資用不動産会社の中、独自の強みについて。吉村 当社では、社員の人間力を徹底的に磨きな…

企業eye

クラウドソーシングを活用した動画制作やオンライン動画制作プラットフォームを提供――Crevo

海外ビジネスの第一線で活躍した2400人のエキスパートを擁し、日本企業の海外事業を支援。

経済界からのお知らせ

最新号のご案内

経済界4月4・18日号
[特集]
紙メディアの未来

  • ・青木康晋(朝日新聞出版社長)
  • ・一木広治(ヘッドライン社長)
  • ・村野 一(デアゴスティーニ・ジャパン社長)
  • ・嶋 浩一郎(博報堂ケトル社長・共同CEO)
  • ・高井昌史(紀伊國屋書店会長兼社長)
  • ・消えたB2Bメディア コントロールドサーキュレーションの功罪

[Special Interview]

 吉永泰之(富士重工業社長)

 「守りに入らず攻め続けるためにスバルへの社名変更を決断した」

[NEWS REPORT]

◆三越伊勢丹、ヤマト運輸……人手不足が労組を動かす

◆攻めの農業の象徴 農水産物輸出1兆円は大丈夫か

◆“豪腕”森信親・金融庁長官の続投濃厚で戦々恐々の金融界

[著者インタビュー]

 手嶋龍一(作家、ジャーナリスト)

 稀代のスパイはインテリジェンスセンスを磨く最高のテキスト

ページ上部へ戻る