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「取りあえず参加」の背景にあるもの

 3月22日、インドネシアの首都ジャカルタ中心部は早朝から市民の足であるタクシーやバイクタクシーが全く拾えない状態となった。専用レーンで渋滞知らずのバスも目抜き通り自体が封鎖されたため用をなさず、交通マヒによる混乱と混雑が夕方まで続いた。

 大手タクシー会社やバジャイ(三輪タクシー)の運転手ら約5千人によるデモがその混乱の原因で、デモは最近大ブームとなっている新手のタクシー、バイクタクシーの携帯電話を使った配車アプリに反対するものだった。配車アプリは利用者が自分の位置と目的地を入力すると付近を走行中の運転手が呼応、ピックアップ時間、目的地到着時間、価格、自動車の場合は車種までが表示され、契約が成立すればGPSで接近が分かるというシステムだ。このデモには、現在のインドネシアが直面する「新規参入のサービス(携帯アプリ配車)と既存のシステム(タクシー会社)の相克」という典型的な問題点が投影されている。

 インドネシアはASEAN加盟国中、人口で40%、GDPで36%を占める大国、文字通りの盟主である。この位置付けはこのたび新たに発足したAECにおいても変わらず、インドネシア経済の動向が域内経済統合に向けた重要な要素となるのは間違いない。

 インドネシアはASEAN創設メンバーであり、経済の枠組みではAPEC(アジア太平洋経済協力会議)のメンバーで、中国主導のAIIB(アジア・インフラ投資銀行)に参加しながらも、昨年10月にはジョコ・ウィドド大統領がオバマ米大統領との会談で米主導のTPP(環太平洋パートナーシップ)への参加の意向を表明。中国が主導権を握って2015年内交渉妥結を目指していた「東アジア地域包括的経済連携(RCEP=ASEAN+日中韓印豪など6カ国)」にも参加を予定するなど、輻輳する数多の枠組みの中で自らの立ち位置をより確実なものにしようとしている。「あらゆる機会、可能性への参加、挑戦を続けている状態。はっきり言ってメリットもデメリットも誰も予測不能で、要するになんにでも取りあえず参加しておこうという極めて単純な動機だ」(地元経済誌記者)との指摘もある。

 その「取りあえず参加」の背景にあるのは、2億5千万人という世界第4位の人口を擁する巨大市場であるインドネシアが、域内にとどまらず国際社会の中で「消費国」として位置付けられていることにある。

 インドネシアの総人口に占める生産年齢(15〜60歳)人口比率は30年に向けて年々着実に増加し続けており、その結果として人口増加率を上回る労働力の増加が見込まれ、これはすなわち経済成長に欠かせない「廉価な多くの労働力」が大いに期待できることを意味する。

 加えて09年に全人口の35%だった中間所得層が15年に低所得層を逆転、20年には全人口比で70%超を見込めるという消費経済の拡大、成長がインドネシア経済の強力な牽引力となる、との見方が強い。

 一方で「楽観材料ばかりではなく、実態は相変わらず乱気流に揉まれている状況」との指摘もある。インドネシアで長年進出日本企業のコンサルティングに携わってきたJAC(ジャパン・アジア・コンサルタント)の吉田隆氏は「インドネシアがAECに参加したことの直接的な影響はすぐには現れてこない。加盟各国の利害が錯綜する問題の解決にはコンセンサスを重視し、内政不干渉を掲げる緩やかなASEANという組織の性質を(AECは)受け継ぐだけに、結局は互恵的な統合を目指しながらも各国の成長を重んずる経済共同体となっていく可能性が高いからだ」と分析する。20160524ASEAN_INDONESIA01

信頼を高める日系企業

 こうした「市場」としての期待の一方、ジョコ大統領は以前から「インドネシアをASEANの単なる市場として使われたくない」と強調し、製造業を中核にASEAN内での産業集積を高めるタイへの対抗心から、海外からの各種企業の進出を促進し「製造現場」としての地位を高めようとしている。そのインドネシアが特に歓迎しているのが日本企業で、これまでの繊維、家電、二輪車・自動車に加えて近年食品関連企業の進出への期待が強まっている。

 インドネシアへの日本企業の進出は10年から13年にかけ毎年約200社が新たに進出するという空前のインドネシアブームとなった。その後、政権交代や国内産業保護政策などから日本を含めた海外企業の進出自体は減少傾向に転じたとはいうものの、16年現在の進出日本企業は2千社を超え、日本人駐在員も1万8千人に達している。

 日本が期待されている食品関連企業については、人口2億5千万人の88%を占めるイスラム教徒(世界最大のイスラム人口)の宗教的禁忌(ハラル)への配慮が不可欠となる特殊な事情がある中で、繊細で徹底した品質管理で定評のある日本企業への大きな信頼に裏付けられた期待が存在している。

 ジャカルタ市内の大型ショッピングモールには例外なく日本の外食産業が進出し、「吉野家」「大戸屋」「丸亀製麺」「CoCo壱番屋」「牛角」などにはジルバッブで頭部を覆ったイスラム教徒の女性たちが列をなしている。

 明確な食品成分の表示、ハラル表示の獲得、調理現場の徹底的な管理(豚肉を処理したまな板、包丁さらにコックは基本的に他の肉の処理にかかわれない)によって、こうした宗教を含めた現地の事情、ニーズに的確に応えることで日本企業はインドネシア国民の信頼をさらに高めているのだ。

 これは01年1月にインドネシア現地工場で製造・販売された調味料「味の素」にイスラム教の禁忌である豚肉の成分を使用した疑い(正確には触媒として豚の酵素を使用)で製造停止、製品回収、現地工場の日本人役員逮捕にまで発展したいわゆる「味の素事件」での教訓がある。味の素は事件発覚後素早い謝罪と的確な対応で「さらに日本企業の信頼を高めた」(当時のインドネシア国会議員、F・H・エマン氏)とされ、こうした対応が日本への信頼感、親近感をさらに深化させたことが背景にある。

 こうした「日本ブランド」へのインドネシア人の熱い思いはインドネシア市場における二輪車の実に99%、自動車の95%が日本車であることからも実証されていると言える。

高速鉄道では中国もほぞを噛む

 複数の経済的枠組みに加わることでインドネシアが進もうとする今後の経済発展の道筋に、日本企業は深く関わっている。その意味は、今後の日本企業のインドネシアでの経済活動の在り方そのものがインドネシアの経済、ひいては新たに発足したAECの発展のひとつのカギとなる可能性がある、ということである。

 インドネシアは15年、ジャカルタ近郊の高速鉄道(新幹線)計画で安全面、技術力で上とされた日本ではなく、低価格というだけで中国への受注を決めた。これをもって「インドネシアの日本離れ」、「中国への傾倒」、「習近平戦略の成功」などとの報道が相次いだが、いずれも当を得ていない。

 自動車社会のインドネシアには特に近郊高速鉄道は絶対に必要不可欠なものではない。鉄道技術、運行、保全、安全管理のノウハウもないインドネシアに「インドネシア側の財政負担ゼロ」という中国の提案、日本側にしてみれば「常識では考えられない提案」(菅義偉官房長官)が浮上、それに乗っただけなのだ。構想が実現すればそれでよし、中断、中止になろうともインドネシアの懐は痛まない。起工式はやったものの鉄道建設の許認可がいまだに完全に下りず、早くも前途多難・紆余曲折が予想される事態になっている。さしもの中国もインドネシアのしたたかさにほぞを噛んでいる。

 ジャカルタ中心部では同国初の地下鉄建設工事が進み、その影響でいまや渋滞はタイ・バンコクを抜きASEANで最も深刻化。製薬、医療、健康器具など医療部門での進出企業は伝統的な漢方薬、民間医療、伝統的マッサージなどとの折り合いをいかにつけるか、金融関連ではイスラム教に基づく「金利ゼロ」という伝統とどう競争するのかなど、各分野、業種で冒頭のタクシーサービスと同じような「新規」と「既存」の相克が表面化する。

 冒頭に紹介したタクシーサービスでは、ジョコ大統領の「双方の利点を生かせる方法を探れ」との指示で、既存のタクシーはさらなるサービスとハイテク化を、新規側も価格だけではなく安全面やきめ細かなサービスの提供を目指すなど共存共栄への模索が始まっている。

求められる「今、ここを生きる」ことへの理解

 15年12月に名古屋を訪問したインドネシア人の団体を迎えた河村たかし・名古屋市長はレセプションの席で開口一番「キラキラサマサマ」と語りかけ、インドネシア人の拍手喝さいを受けた。インドネシア語で「キラキラ」は「だいたい、おおよそ」の意、「サマサマ」は「お互いに、一緒に」ということ。几帳面で人付き合いの苦手な日本人には難しいことかもしれないが、この絶妙の感覚が実はインドネシア人あるいはインドネシアという国とのビジネス、交際、人間関係で重要となることを河村市長は見事に表現、この一言でその場の全員のハートをつかんだのだった。

 インドネシアを読み解くキーワードの中にはこの河村節、さらに前述の「したたかさ」がある。だが、最も肝要なのはインドネシアを含む東南アジアの人々の生き方への理解と尊重だろう。その極意は「昨日のこと忘れました。明日のこと知りません。でも今、ここ、自分を一生懸命生きる」でこれを「刹那的、反省も展望もない」などと判断せず、たとえ仕事で、短期間とはいえ現地の人々と同じ目線で実践してみてはどうだろうか。

(文=PanAsiaNews/大塚智彦)

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