マネジメント

サラリーマン色に染まる以前

 独立してから仕事がほとんどなかった理由を「サラリーマンの馬鹿プライドに染まっていた」と分析する山本。確かに、以前の山本の人生は、普通の勤め人のそれとは懸け離れていた。

 山本の父はパレスホテルのシェフから独立して赤坂にレストランを開いた。本格パスタの店として大繁盛し、父は赤坂の駅前にビルを建てた。一晩で100万円を使うライフスタイルの一方で、息子たちには、義務教育が済んだら一銭もやらないから自分で稼げ、と言い渡していた。

 だから山本は小学4年生から新聞配達を始め、長期休みは工場倉庫で箱詰め仕事、夜中にはコーラビンを集めてお金を稼いだ。中学生になると4トントラックの助手、定食屋の皿洗い、高校生になっても渋谷のイタリアンで黒服のバイト、調査会社の訪問調査などをやって稼いだ。

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(Photo=Shinsuke Yamamoto)

 高校卒業後は稼いだ金でカリフォルニア州立大学へ9カ月遊学、サーフィンばかりやって過ごして帰国した1987年、伊藤園に入社し、半年間は専務の専属運転手となった。子どもの頃から大人に揉まれて、彼らの懐に飛び込んで好かれることによって生き延びてきた才能はここで開花した。

 「お前、ひどいコートだな、これ、やるよ」と専務は自分のカシミアのコートを山本に差し出した。当時のガールフレンドとデートするために車を貸して貰えないかと尋ねると、専務は「ガソリンはカードで入れておけよ」とすべて社費でカバーしてくれた。専務は会長の係累だった。運転していると後部座席の専務は、いつも会社の上層部の様子や心理戦や駆け引きを思い起こしながら語ってくれたので、これは山本にとって、またとない耳学問となった。

 「いわゆる爺殺しをしないとリアルに生きていけなかったのです」と、山本は述懐する。

「充実野菜」誕生の裏側

 そして山本は24歳の時に伊藤園の飲料事業拡大のため企画部へ移動、そこで「充実野菜」を開発した。

 「充実野菜」というネーミングを考えた際のノートが山本の著書『ヒットの正体』(日本実業出版社)では掲載されている。無数の候補があり、そこに『充実野菜』が載っている。「ネーミングには何十時間と費やします。500個以上書き出します。当時の伊藤園のボスは厳しくて、『おい、辞書を読んだのか』と聞かれて『1回読みました』と返したら、『駄目だろ、3回は読まなきゃ』と言われました。今では辞書は10回以上読み込みます」

 山本は紀伊国屋書店で野菜に関する本を山のように買って、使われている形容詞を研究し、書き抜き、辞書を読み込んだ。そして直感で行き着いたのが、「充実野菜」というネーミングだった。「これが例えばカタカナでベジタブル・アンド・ミックスなんてネーミングになっていたら絶対に売れなかったでしょう」

文句の集積と事実の「でっち上げ」

 ドカン! と大ヒットさせるには山本流の秘策がある。それは、悪いところ、改良すべきだと思っているところを徹底的に洗い出すのだ。社内の文句、流通の文句、販売店の文句、お客さんの文句、ヘビーユーザーの文句、新規顧客の文句、何千と集めると見えてくるものがある。「マーケッターの陥る罠はここにあります。調査をする際に、どんな商品が欲しいかとか、この製品をどう思うか、と聞いてしまうのですね」

 お客さんが欲しいというものではなく、お客さんも気付いてないもの。それが見えてくる。

 ところが、誰にも見えない未来の商品だから、トップは「そんなの先例がない」と潰してしまう。常識的なものしか受け付けないトップを説得するのも1つのテクニックだ。トップは経営責任があるから無難な方向に走るのは仕方ないとも言えるが、それでは爆発的なヒットは産めない。

 そこでトップの安心材料となるデータを、嘘ではない事実の積み重ねで「でっちあげる」必要がある。さもなければトップは自然と無難な選択をしてしまい、結局、製品は売れずに不良在庫となる。

 宣伝会議で受け持つ山本の講座は、満足度で1位を獲得したこともある。

 「売り込もうとするのではなく何か困っていることを助けてあげるという視点から企画を書く」。それが大切だと山本は教えている。文句の集積から、誰も気付かなかった商品のアイデアを生み出し、爺殺しの人懐っこさとデータに裏打ちされた説得材料でトップを納得させて自分の信じる企画を正面突破させる。

 「幼少時期から社会の荒波を泳ぎきるチカラがとっても大事で、それが、社会人になってから効き目を発揮するのだと痛感しています。今では会社のトップから、『ブランドをマネージしながら、後輩マーケターを育て、さらに株価を上げろ』という注文が入ってくるようになりました。受けて立ちます」(文中敬称略)

(文=戸田光太郎)

ヒットを生み出す地べたのマーケティング(前編)

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