マネジメント

所有権を持つと経営資源の効率的活用を真剣に考える

 

 前回見たように、日本において最先端の知識集約的なベンチャー企業が動き始めている。

 社会的に見れば、ベンチャー企業には不確実性が高い未知の技術や市場を開拓する機能がある。

 さらに、ベンチャー企業は、経営資源の効果的・効率的な活用に大企業よりも大きなインセンティブがあることが多い。

 その理由のひとつは、所有権にある。

 ベンチャーの事例ではないが、ベトナムの国営トラックの有名な例から考えよう。

 1990年代初頭、ベトナムの国営トラックは故障だらけであった。トラックはソ連製であり、ソ連が崩壊し、スペアの部品が入手できなくなったためであった。動かないトラックばかりになってしまい、運輸網が完全に機能しなくなってしまった。

 そこで、政府はトラックの所有権を各ドライバーに与えたのである。その結果、さっきまで動かなかったベトナムのトラックが一気に動き出した。

 トラックが自分の資産になった瞬間に、ドライバーは最も生産的な活用を考え始めたのである。

 それまでは、「スペアのパーツがないからトラックが動かない」と言っていたが、実は自分で修理できるものだった。公園のトイレの掃除が行き届いていないのは、公共のもの(共同の所有)であり、誰も自分が所有しているという意識を持っていないからである。

 所有権の力は大きい。所有権を有することは、その資産が生み出す残余収益を受け取る権利を持っているということである。

 もちろん大企業は、ストックオプション等によって経営者に経営資源の効率的な活用へのインセンティブを与えている。

 しかし、ベンチャー企業の経営者のインセンティブと比べるとその大きさは比ではない。所有者であるからこそ、経営資源を効果的に活用し、あるいはそこに投資し、大きなリターンを得ようとするのである。

 企業の規模が大きくなればなるほど所有権は分散していく。そのため、本当に真剣に経営資源の効果的・効率的な活用や投資を考える人は少なくなってしまう。

 さらに、日本において長期的な雇用慣行が崩れてきていることがこれに追い打ちをかけている。労働市場の流動性が低く、長期的な雇用が一般的だったいわゆる大企業の従業員にとっては、自分の会社の行く末を本当に真剣に考えている人たちが多かった。本当に真剣に考えるインセンティブが高かった。

 しかし、長期的な雇用を前提にできなくなってきた今では、そのインセンティブが低くなっているのである。

 

地方企業は経営資源の効率的な活用を真剣に考えるインセンティブが高い

 

 この状況で注目したいのが、地方の企業である。地方経済の衰退が指摘されているが、地方から全国の市場をターゲットとする企業で活発な動きが見えている。

 その1つが、静岡県の中堅地方銀行であったスルガ銀行である。

 スルガ銀行は、地元密着型地銀からの脱却と個人金融サービスへのシフトによって高収益銀行へと大きく成長している。その背景には、トップ・マネジメントの「普通の地方銀行」からの変身を進めた意思決定とともに、社員の大きな自主性があった。

 これまでの地方銀行の典型は、地元の中小企業向けの融資が中心であった。

 ただし、そこはどうしても利ザヤが薄い。スルガ銀行の高収益構造は、利ザヤが高い個人金融にシフトした点にある。

 しかし、個人金融にはどうしても貸し倒れのリスクが伴う。そのリスクを低く抑えることが大切になる。

 そこで、スルガ銀行は業界で初めてJCBカードを発行し、顧客情報のビッグデータを活用したのである。職業、年齢、収入、などとともにクレジットカードの利用や返済履歴の情報を精査し、与信リスクを精緻化できたことによって、一人ひとりに合った商品開発が展開できるようになった。

 このビッグデータを活用し、「中小企業サラリーマン向けローン」や、「システムエンジニア向けローン」、「働く女性向け住宅ローン」、バンドマンに向けた「楽器購入ローン」、ダイビングを楽しむ人のための「ダイバーズローン」など独自のニッチセグメント特有のローン商品を開発している。きめの細かい、特徴のある商品開発の提案が社員からなされているのである。

 スルガ銀行だけではない。まだ、多くはないが、ラスクで有名な群馬のガトーフェスタ・ハラダ、緩まないネジのハードロック工業など、地方からその地元の需要だけでなく、全国あるいは全世界のマーケットを狙う企業が現れている。

 地方の場合は、大きな就職先が限られている。ジョブホッピングは難しい。そのため、自社の経営資源の効果的・効率的な活用を本気で真剣に考えるインセンティブは高い。地方にチャンスが来ているとも言える。

 あなたの組織で既存事業の改善や新事業の提案が少ない、あるいは企業家精神が足りないと感じたら、ベトナムの国営トラックや公園のトイレと同じ状況になっている可能性がある。

 そのような時に、精神論をいくら説いてもムダである。権限の移譲や評価体系の見直しなど、もう一度、自分の組織のインセンティブのデザインを冷静に考え直してみる必要がある。

 

[連載] 世界で勝つためのイノベーション経営論 米倉誠一郎氏 & 清水洋氏の記事一覧はこちら

【マネジメント】の記事一覧はこちら

雑誌「経済界」定期購読のご案内はこちら

経済界電子版トップへ戻る

関連記事

好評連載

銀行交渉術の裏ワザ

一覧へ

融資における金利固定化(金利スワップ)の方法

[連載] 銀行交渉術の裏ワザ(第20回)

銀行交渉術の裏ワザ

[連載] 銀行交渉術の裏ワザ(第19回)

定期的に銀行と接触を持つ方法 ~円滑な融資のために~

[連載] 銀行交渉術の裏ワザ(第18回)

メインバンクとの付き合い方

[連載] 銀行交渉術の裏ワザ(第17回)

銀行融資の裏側 ~金利引き上げの口実とその対処法~

[連載] 銀行交渉術の裏ワザ(第16回)

融資は決算書と日常取引に大きく影響を受ける

元榮太一郎の企業法務教室

一覧へ

社内メールの管理方法

[連載]元榮太一郎の企業法務教室(第20回)

企業法務教室

[連載]元榮太一郎の企業法務教室(第19回)

タカタ事件とダスキン事件に学ぶ 不祥事対応の原則

[連載] 元榮太一郎の企業法務教室(第18回)

ブラック企業と労災認定

[連載] 元榮太一郎の企業法務教室(第17回)

電話等のコミュニケーション・ツールを使った取締役会の適法性

[連載] 元榮太一郎の企業法務教室(第16回)

女性の出産と雇用の問題

本郷孔洋の税務・会計心得帳

一覧へ

税務は人生のごとく「結ばれたり、離れたり」

[連載] 税務・会計心得帳(最終回)

税務・会計心得帳

[連載] 税務・会計心得帳(第18回)

グループ法人税制の勘どころ

[連載] 税務・会計心得帳(第17回)

自己信託のススメ

[連載] 税務・会計心得帳(第16回)

税務の心得 ~所得税の節税ポイント~

[連載] 税務・会計心得帳(第15回)

税務の心得 ~固定資産税の取り戻し方~

子育てに学ぶ人材育成

一覧へ

意欲不足が気になる社員の指導法

[連載] 子どもに学ぶ人材マネジメント(第20回)

子どもに学ぶ人材マネジメント

[連載] 子どもに学ぶ人材マネジメント(第19回)

子育てで重要な「言葉」とは?

[連載] 子どもに学ぶ人材マネジメント(第18回)

女性社員を上手く育成することで企業を強くする

[連載] 子どもに学ぶ人材マネジメント(第17回)

人材育成のコツ ~部下の感情とどうつきあうか~

[連載] 子どもに学ぶ人材マネジメント(第16回)

人材育成 ~“将来有望”な社員の育て方~

ビジネストレンド新着記事

注目企業

一覧へ

家族葬のファミーユが目指す「生活者目線で故人に寄り添う」葬儀の形

家族葬のファミーユは家族や親族など故人の近親者だけで施設を貸し切って行う「家族葬」のパイオニアだ。創業者・高見信光氏は異端児と言われながらも旧態依然とした業界を変えてきた。その思いに共感し、異業種のリクルートから転じて社長を引き継いだ中道康彰氏も業界の常識を打ち破るため奮闘している。文=榎本正義(『経済界』2…

不動産のノウハウや技術を生かしサステナブルインフラへ―いちご

次世代車向け先進技術を応用する日本発プラットフォーマー ―イーソル

新社長登場

一覧へ

「若者需要の開拓でビール市場を盛り上げていく」塩澤賢一(アサヒビール社長)

アサヒグループ食品の副社長から、この3月にアサヒビールの社長に就任した塩澤賢一氏。長年、ビール営業畑を歩み、マーケティングを兼ねた繁華街歩きを趣味にしている。街の変化から世の中の流れを読む塩澤新社長が挑むのは低迷するビール市場の活性化。若者需要を伸ばしつつ、スポーツイベントを商機として攻勢をかけていく。聞き手…

塩澤賢一(アサヒビール社長)

「事業部門の連携を活性化させ営業利益100億円を目指す」 内藤宏治(ウシオ電機社長 )

地域に根差した証券会社が迎えた創業100周年―藍澤卓弥(アイザワ証券社長)

イノベーターズ

一覧へ

シリコンバレーへの挑戦が生んだ「起業家と投資家が待ち望んだサービス」― 戸村光・ハックジャパンCEO

起業家のスタンスとして、画期的な技術やビジネスモデルを社会で活かすことを目的としたイノベーション先行型もあれば、社会課題解決を最優先とし、そこに必要な技術やノウハウを当てはめていくやり方もある。ハックジャパンCEOの戸村光氏の場合は後者。対象となる課題は「身の周りの気付いたことすべて」だ。(取材・文=吉田浩)…

戸村光・ハックジャパンCEO

「測量美術」が起こす道路工事のイノベーション―草木茂雄・エムアールサポート社長

IT化で変革する産業廃棄物処理の世界―福田隆(トライシクルCEO)

大学の挑戦

一覧へ

専門分野に特化した“差別化戦略”で新設大学ながら知名度・ブランド力向上を実現――了徳寺大学・了徳寺健二理事長・学長

2000年設立で、了徳寺大学が母体のグループ法人。医療法人社団了徳寺会をグループ内に持つ。大学名の「了」は悟る、了解する、「徳」は精神の修養により、その身に得た優れた品性、人格を指す。「了徳寺」は人間としての品性、道を論す館の意味を込めた大学名だ。 聞き手=本誌/榎本正義 、写真/佐々木 伸 …

大学の挑戦

創立100周年、西南学院大学・K.J.シャフナー学長「世界に貢献しインパクトを与える人材を育てる」〜国際交流・就職支援・インターネット出願〜 

「“STAND BY YOU”のスローガンの下、学生一人ひとりに寄り添う教育を」――中央学院大学・佐藤英明学長

経済界からのお知らせ

最新号のご案内

経済界2019年10月号
[特集] 進撃のスタートアップ
  • ・スタートアップ・エコシステムの活性化
  • ・[スパイバー]2万5千円のTシャツは完売 実用化が迫った人工クモの糸
  • ・[Rhelixa]エピゲノム関連の研究・開発で人類の役に立つ
  • ・[チャレナジー]台風発電でエジソンになる ビジネス展開は「島」から
  • ・[エイシング]エッジで動く超軽量AIでリアルタイムに予測制御
  • ・[キャディ]製造業に調達革命! 町工場は赤字から脱出へ
  • ・[Clear]目指すは日本酒産業のリーディングカンパニー
  • ・[空]「値付け」の悩みを解決するホテル業界待望のサービス
  • ・宇宙ビジネスに民間の力 地球観測衛星やロボット開発
  • ・71歳で環境スタートアップを立ち上げた「プロ経営者」
[Special Interview]

 荻田敏宏(ホテルオークラ社長)

 「The Okura Tokyo」をショーケースに海外展開を進めていく

[NEWS REPORT]

◆戴正呉会長兼社長を直撃! なぜ、シャープは復活できたのか?

◆アスクル創業社長を退陣させた筆頭株主・ヤフーの焦り

◆サービス開始から3カ月で撤退 セブンペイ事件の背景にあるもの

◆絶滅危惧種ウナギの危機 イオンが挑むトレーサビリティ

[特集2]

 富裕層は知っている

・富裕層の最大の使い道は商品ではなく次代への投資

・シンガポールからケイマン諸島まで 資産フライトはここまで進化した

・年間授業料100万円超は当たり前 教育投資はローリスクハイリターン

・最先端の人間ドックは究極のリスクマネジメント

・家事代行サービスで家族との時間を有効活用

ページ上部へ戻る