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ヒトを超えた人工知能(AI)データ量の増大で進化、創作分野にも進出

学習や推論・判断など人間の知能の働きをコンピューターが行う人工知能(Artificial Intelligence、AI)の発達が目覚ましい。このまま進化が進めば人間の仕事は次々と機械に奪われてしまうという懸念もある。背景や現状、将来展望を探った。 文=ジャーナリスト/梨元勇俊

10年後に半分の仕事が消える?

 小売店の販売員に会計士、事務員にセールスマン、秘書やレストランの接客係、コールセンターの案内係にトラックやタクシーの運転手……。これらの職業はやがて機械にとって替わられる可能性が大きい。

 英オックスフォード大学で人工知能(AI)の研究を行うマイケル・A・オズボーン准教授とカール・ベネディクト・フライ研究員が2013年にまとめた論文『雇用の未来―コンピューター化によって仕事は失われるのか―』が、陳腐化するどころか年々現実味を増している。

 同論文は、米労働省のデータをもとに702の職種についてコンピューターがどれだけ自動化できるかを試算。その結果、これから10年から20年後に米国の総雇用者の47%が従事している冒頭のような仕事が「消えてなくなる可能性がある」と予測した。

 いまやコンピューターは各分野に進出している。人間に代わる音声応答システムが開発されてコールセンター業務も以前より少ない人数で対応できるようになった。ウエーターやウエートレスの代わりにタブレット端末で注文ができるレストランが増えている。企業の入り口でも受付係を通さずに訪問先を自分で入力することは珍しくない。

 いずれ自動運転システムが普及すれば、タクシーやトラックの運転手は要らなくなるだろう。電車の運転士やパイロットも同じだ。IT技術の発展でペーパーレス化が進んでいるので、新聞配達員や郵便配達員の仕事もいずれなくなると思われる。ネット通販の台頭で訪問販売員も減りつつあるし、ネット生保が発展すれば生保レディーも不要になるはずだ。

 AIは1960年代から注目されていたが、2010年代に入ってすさまじい進化を遂げた。

 『雇用の未来』論文に現実味を加味している原動力はビッグデータだ。パソコンやスマートフォンの普及でさまざまなデータが刻々と更新され、いわゆるビッグデータとして蓄積されるようになった。その莫大な量の情報を分析して、AIは探索、予測、分類、選択などいろいろなことができるようになった。

 今年3月、世界最強と目される韓国のイ・セドル棋士が米グーグルの人工知能(AI)ソフト「アルファ碁」と対決して1勝4敗で完敗したことがニュースになった。AIに蓄積されたデータ量が人間より圧倒的に多かったからだ。

「判断」や「創作」への進出も始まる

 センサー技術も格段に進化しており、ビッグデータによる情報分析とセンサーによる認識能力を組み合わせて、単純作業だけでなく、これまで人間の領域とされてきた認知能力を必要とする高度な仕事を機械が代替している事例は珍しくなくなった。

 米ニューヨークのがんセンターでは、米IBMのAI型コンピューター「ワトソン」が医師に代わって医療判断をしている。60万件の医療報告書、150万件の患者記録や臨床試験、200万ページ分の医学雑誌などを分析し、患者個々人の症状や遺伝子、薬歴などをほかの患者と比較することで、AIが患者一人ひとりに合った最良の治療計画を作っている。

 法律の分野では、裁判前のリサーチのために数千件の弁論趣意書や判例を精査するためにAIが活用されている。米ソフトウエア大手シマンテックのサービスを利用すると2日間で57万件以上の文書を分析して分類することが可能なので、AIは契約書や特許専門の弁護士の仕事を代替し始めている。

 金融業界でも人間のトレーダーより大量かつ迅速にコンピューターがプレスリリースや決算資料を分析して投資判断を下している。AIは既に人間を超えた「判断力」を発揮して人間より高い処理能力で仕事に励んでいるのだ。

 人間は集中力を保つために休憩や睡眠をとる必要があるがAIは疲れない。思考にバイアスがかからないので勘違いもしない。いつでも一定の最適な解答を返してきて、それが人間の思いも寄らない内容であることも少なくないので近年は脚本や作曲などクリエーティブ(創作)な分野にも活躍の場を広げている。米ハリウッドの映画制作現場では、AIがあらすじや登場人物の設定を整理して脚本のヒントをくれる「ドラマティカ」という脚本サポートソフトの利用が珍しくないという。

 恐らく、AIの能力はもはや人間を超えている。AIの進化が急速に進む中で重要なのは、AIに支配されることなく人間が使いこなし、より高品質で質の高いモノやサービスを産み出し、技術革新の果実を享受できるかどうかだろう。

 AIにすべてを任せると暴走を始める懸念もある。実際、コンピューターが自動的に超高速・高頻度の売買を行うHFT(High Frequency Trading)が普及している米株式市場では、10年5月に株価が数分間で1千ドル近く暴落する「フラッシュクラッシュ」が起きている。

 AIと人間の仕事をどう線引きするのか。リスク管理をどうするのか。制度設計が急務だが、どこの国でもほとんど手付かずなのが現状だ。

 
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