政治・経済

日本のATMを悪用した偽造クレジットカード犯罪をめぐって、さまざまな憶測が飛び交っている。犯罪の実行はわずかな時間だった。しかも、偽造されたのは、なんと南アフリカの銀行が発行したクレジットカードであり、その計算された犯罪手口に金融関係者は驚くばかりだ。文=ジャーナリスト/後藤信也

コンビニATM不正引き出し事件は日本のATM事情に精通した犯行

 全国17都府県のコンビニATMにおいて、巨額の現金が不正に引き出される事件が5月15日に発生した。日曜日で、しかも午前5時過ぎから同8時前までの3時間余りというわずかな時間の犯行だった。これについて、大手銀行関係者はこう指摘する。

 「一般的に言って、日曜日で、かつ、早朝の時間帯はATMのチェックが最も手薄になりがちだ」

 犯行はそうした事情に精通していた可能性があるというわけだ。しかも、驚くことに、ATMで偽造カードを使用して不正に現金を引き出した実行犯、いわゆる「出し子」の人数は相当数にのぼる。今のところ、100人規模といわれ、その出し子たちが発覚するまでの短時間のうちに、一挙に大量資金を引き出すという手口だった。結果的に、この日に不正に引き出された金額は14億円に達した。

 クレジットカードによる現金引き出しはキャッシングであり、1回の限度額は10万円である。単純計算すると、100人の出し子が1回10万円の現金引き出しを行って合計額が14億円ということは、1人当たりの現金引き出し件数は140件である。同一ATMでの複数回のキャッシングを行ったとしても、出し子はATMが設置されているコンビニエンスストアを走り回って、次々に犯行を繰り返したことになる。あるいは、出し子の人数は一般に報じられている100人規模よりも、はるかに多いのかもしれない。

 一方、犯行グループが日本のATM事情に精通していたと言える理由は犯行の時間帯の選定だけではない。犯行に使用したATMの選び方にもそれが言えるからだ。

 というのも、今回犯罪に使われたクレジットカードは、南アフリカのスタンダード銀行が発行したカードだが、わが国では現在、海外で発行されたクレジットカードが利用できるATMは限られている。

 具体的に言えば、セブン銀行とゆうちょ銀行のATMと、ATM運営会社、イーネットのATMの一部だけだ。「わが国ではほとんどのATMは海外発行カードは使用不能」と言ったほうが分かりやすいかもしれない。

 それにもかかわらず、犯行グループが短時間で巨額資金を引き出したのは、あらかじめ海外発行カードを使用できるATMに的を絞ったからこそだ。場当たり的ではなく、わが国のATM事情を十分に理解した上での、用意周到な計画のもとでの犯行ということになる。

 その上、注目されるのは、5月という犯行のタイミングである。

 わが国でも最近、クレジットカードの不正防止に向けた対応策が具体化する流れにあった。それは、セキュリティーレベルが低い磁気ストライプ型カードから、セキュリティーレベルが格段に高いICチップ型カードへの移行である。

 ただし、この移行はカードのICカード化はもとより、カードのデータを読み取るATM内の装置や、小売店でカードデータを読み取るカードリーダーという装置をICカード型対応に切り替えることで実現する。その移行を促す割賦販売法の改正作業に、経済産業省が入る矢先というタイミングで今回の事件が発生したのだ。

 偽造されたスタンダード銀行発行カードはセキュリティーレベルの低い磁気ストライプ型カードであり、わが国における今後の対応次第では、この手の仕様の偽造カードでは現金引き出しが難しくなってもおかしくない。つまり、セキュリティーレベルが低く、偽造しやすい磁気ストライプ型カードを使える最後のタイミングを見計らった犯行ということになる。

 タイミングという点では、伊勢志摩サミットの開催直前であったという事情も見逃せない。テロ対策のための厳戒態勢が敷かれていた中での盲点を突かれた。果たして、サミットと無関係だったのかと訝りたくなるほどのタイミングである。

ミステリー小説を彷彿とさせる偶然で深まる謎

 同様の偽造カード犯罪では2013年に中東の銀行発行のデビットカードが偽造され、世界27カ国で同時多発的に不正使用されるという事件が発生したことがある。しかし、今回は16年5月に日本だけで不正引き出しが行われている。犯行に国際犯罪組織が関与しているとすれば、不思議な出来事である。

 ちなみに今回、カードを偽造されたスタンダード銀行は南アの銀行ではあるが、近年、中国資本に買収されており、支配権は中国資本が握っている、いわば、中国系銀行である。

 伊勢志摩サミットでは、安倍晋三首相の根回しで中国による南沙諸島問題への批判がメーンテーマのひとつとなっており、実際、サミットは閉幕と同時に、その批判文書を策定した。そうしたサミット開催の直前に行われた偽造カード事件であり、被害者の立場とはいえ、そのカード発行銀行が中国系銀行だったというのは、あまりにもミステリー小説的な偶然である。

 不正引き出しされた現金14億円は今、どこにあるのかということまで含めて、不思議づくめのこの事件。今後は政治的な問題も絡んで、余波が広がるのだろうか。

 
経済界 電子雑誌版のご購入はこちら!
雑誌の紙面がそのままタブレットやスマートフォンで読める!
電子雑誌版は毎月25日発売です
Amazon Kindleストア
楽天kobo
honto
MAGASTORE
ebookjapan
 

雑誌「経済界」定期購読のご案内はこちら

経済界電子版トップへ戻る

関連記事

好評連載

深読み経済ニュース

一覧へ
一般社団法人かぎろい出版マーケティング代表 西浦孝次氏

[連載] 深読み経済ニュース解説

2015年の経済見通し

[連載] 深読み経済ニュース解説

再デフレ化に突入し始めた日本経済

[連載] 深読み経済ニュース解説

消費税率引き上げ見送りの評価と影響

[連載] 深読み経済ニュース解説

安倍政権が解散総選挙を急ぐ理由

実録! 関西の勇士たち

一覧へ

水辺に都市が栄える理由と開発の事例を探る

[特集 新しい街は懐かしい]

水辺に都市が栄える理由と開発の事例を探る

[連載] 実録! 関西の勇士たち(第20回)

稀有のバンカー、大和銀行・寺尾威夫とは

[連載] 実録! 関西の勇士たち(第17回)

三和銀行の法皇・渡辺忠雄の人生

[連載] 実録! 関西の勇士たち(第14回)

住友の天皇・堀田庄三の人生

[連載] 実録! 関西の勇士たち(第11回)

商売の神様2人の友情 江崎利一と松下幸之助

ビジネストレンド新着記事

注目企業

一覧へ

社員17人で41億円を売り上げた社長が語る「中国で越境ECを成功させる秘訣」―栖原徹(ピルボックスジャパン社長)

今や米国と並び、世界最大級の消費市場となった中国。その中国で爆発的なヒットを飛ばしているのが健康食品・サプリメントなどの越境ECで展開するピルボックスジャパンだ。同社を率いる栖原徹社長に、中国市場で成功するための秘訣を聞いた。(取材・文=吉田浩) 栖原徹・ピルボックスジャパン社長プロフィール…

栖原徹・ピルボックスジャパン社長

意思決定の効率化を実現しデータ活用に革命を起こす―インティメート・マージャー

総合事業プロデューサーとして顧客と共に成長する―中尾賢一郎(グランドビジョン社長)

新社長登場

一覧へ

森島寛晃・セレッソ大阪社長が目指すクラブ経営とは

前身のヤンマーディーゼルサッカー部を経て1993年に創設されたセレッソ大阪。その25周年にあたる2018年12月に社長に就任した森島寛晃氏は、ヤンマー時代も含めて通算28年間セレッソ一筋、「ミスターセレッソ」の愛称を持つ。今も多くのファンに愛される新社長が目指すクラブ経営とは。聞き手=島本哲平 Photo=藤…

森島寛晃・セレッソ大阪社長

カリスマ創業者の後任として描く「新しいマネックス証券像」― マネックス証券社長 清明祐子

「若者需要の開拓でビール市場を盛り上げていく」塩澤賢一(アサヒビール社長)

イノベーターズ

一覧へ

起業家にとって「志」が綺麗ごとではなく重要な理由―坂本憲彦(一般財団法人立志財団理事長)

 企業経営者にとって「理念」や「志」が大事とはよく言われるものの、今一つピンと来ない向きも多いのではないだろうか。成功した経営者がいくら精神面の重要性を説いても、日々の現実と格闘している経営者にとっては、ただの綺麗ごとに聞こえてしまうかもしれない。 それでも、ビジネスを成功させるために最も大切なのは「志」だと…

立志財団

勉強ノウハウと法律知識で企業の「働き方改革」を促進する―鬼頭政人(サイトビジット社長)

アスリートのセカンドキャリア問題に真正面から取り組む―中田仁之(一般社団法人S.E.A代表理事)

大学の挑戦

一覧へ

専門分野に特化した“差別化戦略”で新設大学ながら知名度・ブランド力向上を実現――了徳寺大学・了徳寺健二理事長・学長

2000年設立で、了徳寺大学が母体のグループ法人。医療法人社団了徳寺会をグループ内に持つ。大学名の「了」は悟る、了解する、「徳」は精神の修養により、その身に得た優れた品性、人格を指す。「了徳寺」は人間としての品性、道を論す館の意味を込めた大学名だ。 聞き手=本誌/榎本正義 、写真/佐々木 伸 …

大学の挑戦

創立100周年、西南学院大学・K.J.シャフナー学長「世界に貢献しインパクトを与える人材を育てる」〜国際交流・就職支援・インターネット出願〜 

「“STAND BY YOU”のスローガンの下、学生一人ひとりに寄り添う教育を」――中央学院大学・佐藤英明学長

経済界からのお知らせ

最新号のご案内

経済界2020年3月号
[特集] 令和女史のリーダー哲学
  • ・元谷芙美子(アパホテル社長)
  • ・石黒不二代(ネットイヤーグループ社長)
  • ・小巻亜矢(サンリオエンターテイメント社長)
  • ・石渡美奈(ホッピービバレッジ社長)
  • ・戸田泰子(理化電子社長)
  • ・吉本新喜劇で初の女性座長は「イキらず、驕らず、高ぶらず」の支えるリーダー
  • ・敏腕ヘッドハンターが語る リーダーに求められる力は使命感に裏付けられた勇気
  • ・本と映画に学ぶ女史たちの生き様
[Special Interview]

 橋本聖子(女性活躍・東京五輪・男女共同参画担当大臣)

 女性が輝く新時代へ 政治家もOne Team

[NEWS REPORT]

◆CESでコンセプトカーを発表 ソニーが自動車メーカーになる日

◆アマゾンと提携したライフ 新規顧客獲得は成功するのか

◆ゴーン被告逃亡の影響は? 内田誠・日産新社長の前途

◆血液によるがん診断で日本の医療費は高騰する

[特集2]

 スタートアップ!関西

 日本の起業家たちが関西に注目する理由

ページ上部へ戻る