政治・経済

これまで抗がん剤が効かなかった患者に劇的な効果を持つ、小野薬品の肺がん特効薬「オプジーボ」が人気を呼んでいる。しかし問題はその価格。年間3500万円という価格に対し「健康保険を破壊する」との批判も起きている。

世界的潮流になった高額薬剤費批判

 「このままでは国を滅ぼす」

 小野薬品が開発に成功し、2014年9月から日本で販売している全く新しいメカニズムの抗がん剤「オプジーボ」に、そんな批判が持ち上がっている。がん専門医の多くが、価格が高過ぎて日本の医療費財源を食いつぶしてしまうと口を揃えているのだ。

 海外に目を向けると、昨年来、米国の大統領選挙の過程でやり玉に挙がっているのが、ほかならぬ高額薬剤の問題である。公的保険で国が薬価を統制している日本と違い、米国では製薬企業が自由に薬剤の販売価格を決めることができる。

 この市場原理を逆手に取り、米国では特許切れとジェネリック医薬品の参入で利ザヤが薄くなり、大手メーカーが権利を手放した、安価だが治療には必須な抗エイズ薬などを買い集め、価格を大幅に釣り上げて再販売する企業が現れた。確かにこれは、ほかに供給企業がないことを見越した上での、ファンド業界的な発想で編み出された悪質な商売である。

 だが現在の米国では、オプジーボ(米国での販売元は米ブリストル・マイヤーズ スクイブ)のように、まっとうな製薬企業が多額の研究開発投資で創り出した抗がん剤に対しても「高過ぎるのではないか」という議論が持ち上がっているのだ。

 実は、この高額薬剤費の問題は自由市場の米国に限った話ではない。税金でNHS(国民健康サービス)を運営する英国も、薬剤費に対する保険償還は費用対効果評価と呼ばれる手法で制限している。独国や仏国も似たような仕組みで薬剤費や薬価そのものをコントロールしている。

 そして、保険料と公費注入ではもはや足りず、受診者の窓口負担も取り入れて国民皆保険制度を維持している日本でも、高額薬剤費の問題がにわかに注目を集めるようになった。その主人公が、オプジーボだ。

 日本の基礎研究の成果を基に生み出されたオプジーボは、誰の目から見ても画期的な抗がん剤と言える。

 現在のがん化学療法の多くは、古典的な殺細胞性抗がん剤をベースに、がんの成長や栄養供給を阻害する分子標的薬を上乗せすることで成り立っている。

 これに対し、抗PD-1抗体と呼ばれるオプジーボは、全く違うメカニズムを持つ。がん細胞そのものを攻撃したり、増殖を妨げるのではなく、人がもともと持っている免疫を活性化することで、がん細胞を攻撃するよう仕向ける「腫瘍免疫療法」の草分けなのだ。

 オプジーボはもともと、悪性黒色腫という皮膚がんの一種に対する治療薬として開発された。オプジーボが脚光を浴びるようになったきっかけは、このほとんど治療の手立てのない、極めて予後が悪い皮膚がんで、目覚ましい治療成績を示したためだ。

「生きている限り使いたい」に強制制限の可能性も

 がんの根治という人類の悲願に一歩近づけたオプジーボは、日本が誇るべき「夢の新薬」である。ただ、問題はその薬剤費で、患者1人当たり年間3500万円にもなる。

 実はオプジーボの薬価そのものは、高度なバイオテクノロジーを駆使して開発された海外の最新の分子標的薬と比べても、法外に高いわけではない。ただ、「免疫に作用してがんを攻撃させる」というコンセプトから、オプジーボはほかの分子標的薬に比べて多種多様ながんに対しても有望で、潜在市場が非常に大きい。加えて、劇的な延命効果の「副作用」で、投与期間が非常に長くなる可能性があるのだ。

 実際、昨年12月に肺がんに対する使用が認められて以降、オプジーボの売り上げは爆発的に増えている。17年3月期予想は1260億円で、これは小野薬品の全売上高予想(2590億円)のほぼ半分。ほとんどが肺がん治療での需要と見込んでいる。しかも、遠からず薬事当局の承認が見込まれる腎臓がんや血液がんの適応症での売り上げは織り込んでいない。

 こうした状況を受けてオプジーボの薬価に対し、実際にがん患者を診療する臨床医が、危機意識を訴えるようになってきた。「80歳の生活保護受給者にこの薬を使うことは、本当に正しいことなのか」(がん専門医)といった問いも投げ掛けられている。

 極端な試算を紹介すると、オプジーボを日本の肺がん患者の半数程度が1年間使うと、薬剤費は1兆7500億円掛かるという。小野薬品の予想と大きな乖離があるが、一部のがん患者では劇的な延命効果が得られているだけに、延々と投与し続けられてしまう可能性があることも確かだ。

 国は現在、売り上げ規模に応じて問答無用で薬価を大幅に引き下げる新ルールとともに、英国に倣ってオプジーボのような高額薬剤の費用対効果を定期的に検証する仕組みの整備を急いでいる。加えて、高額薬剤の投与を制限するガイドラインも検討中だ。ここ2、3年、オプジーボがもたらすであろう莫大な収益を見込んで、小野薬品の株価は高騰を続けていた。だが、こうした国の動きもあって、4月頃から調整局面に入っている。「亡国の新薬」を生み出した小野薬品は、思いもよらぬ苦境に立たされている。

小野薬品が勝ち取った可能性とリスク

関連記事

好評連載

深読み経済ニュース

一覧へ
一般社団法人かぎろい出版マーケティング代表 西浦孝次氏

[連載] 深読み経済ニュース解説

2015年の経済見通し

[連載] 深読み経済ニュース解説

再デフレ化に突入し始めた日本経済

[連載] 深読み経済ニュース解説

消費税率引き上げ見送りの評価と影響

[連載] 深読み経済ニュース解説

安倍政権が解散総選挙を急ぐ理由

実録! 関西の勇士たち

一覧へ

稀有のバンカー、大和銀行・寺尾威夫とは

[連載] 実録! 関西の勇士たち(第20回)

実録! 関西の勇士たち

[連載] 実録! 関西の勇士たち(第17回)

三和銀行の法皇・渡辺忠雄の人生

[連載] 実録! 関西の勇士たち(第14回)

住友の天皇・堀田庄三の人生

[連載] 実録! 関西の勇士たち(第11回)

商売の神様2人の友情 江崎利一と松下幸之助

[連載] 実録! 関西の勇士たち(第7回)

関西財界の歴史―関経連トップに君臨した芦原義重の長期政権

ビジネストレンド新着記事

注目企業

一覧へ

上場して分かったTOKYO PRO Marketのメリット―前田浩・ニッソウ社長に聞く

多くの経営者が目標とする株式上場。しかし、上場に掛かるコストや時間、その他諸々の条件を考慮して、「上場は到底無理」と諦めてしまうケースも少なくない。そんな経営者にとって有力な選択肢となるのが東京証券取引所の運営する第五の市場TOKYO PRO Marketへの上場だ。2018年に同市場に上場を果たした、株式会…

前田浩氏

未来のモビリティ社会実現に向け日本と欧州の懸け橋に―シェフラージャパン

日本一歴史の長い女性用化粧品会社が挑む「革新と独創」―伊勢半

新社長登場

一覧へ

地域に根差した証券会社が迎えた創業100周年―藍澤卓弥(アイザワ証券社長)

中堅証券会社のアイザワ証券は今年7月、創業100周年を迎えた。この記念すべき年に父からバトンを受け継ぎ新社長となったのが、創業者のひ孫にあたる藍澤卓弥氏。地域密着を旗印に掲げてここまで成長してきたアイザワ証券だが、変化の激しい時代に、藍澤社長は何を引き継ぎ、何を変えていくのか。聞き手=関 慎夫 Photo:西…

メディカル事業を横串にすることでシナジーを発揮し、顧客満足度向上へ 伏見有貴(リゾートトラスト社長)

新事業の芽を伸ばすことでさらに大きな個性的な会社を目指す――日髙祥博(ヤマハ発動機社長)

イノベーターズ

一覧へ

佐藤輝英・BEENEXTファウンダーに聞く「起業家から投資家に転身した理由」

Eコマースを中心に成長を続けるBEENOS。その創業者である佐藤輝英氏は、5年前に社長を退任。4年前には取締役を辞任し、経営から退いた。それまで起業家として生きてきた佐藤氏が次に選んだのは起業家支援。BEENEXTを設立し、新しいイノベーションを起こそうとしている起業家への投資を始めた。その中でも投資の中心と…

チェ・ゲバラに憧れた10代起業家が目指す「働き方革命」― 谷口怜央・Wakrak(ワクラク)社長

ペット仏具の先駆企業が「ペットロスカフェ」で目指す癒しの空間づくり

大学の挑戦

一覧へ

専門分野に特化した“差別化戦略”で新設大学ながら知名度・ブランド力向上を実現――了徳寺大学・了徳寺健二理事長・学長

2000年設立で、了徳寺大学が母体のグループ法人。医療法人社団了徳寺会をグループ内に持つ。大学名の「了」は悟る、了解する、「徳」は精神の修養により、その身に得た優れた品性、人格を指す。「了徳寺」は人間としての品性、道を論す館の意味を込めた大学名だ。 聞き手=本誌/榎本正義 、写真/佐々木 伸 …

大学の挑戦

創立100周年、西南学院大学・K.J.シャフナー学長「世界に貢献しインパクトを与える人材を育てる」〜国際交流・就職支援・インターネット出願〜 

「“STAND BY YOU”のスローガンの下、学生一人ひとりに寄り添う教育を」――中央学院大学・佐藤英明学長

経済界からのお知らせ

最新号のご案内

経済界2019年7月号
[特集] 素材の底力〜世界をリードする素材産業〜
  • ・素材のイノベーションが日本経済をリードする
  • ・化学工場 企業ごとの特色も鮮明に存在感増す化学素材
  • ・電気自動車普及が始まる車載バッテリーの覇権戦争
  • ・炭素繊維 市場を開拓してきた日本が技術的優位を保ち続ける法
  • ・「鉄は国家なり」の時代を経て問われる「日の丸製鉄」の競争力
  • ・経産省 日本の素材産業が世界をリードするための3つの課題
  • ・就職人気は下位に低迷でも焦らない素材メーカー
[Special Interview]

 日覺昭廣(東レ社長)

 「長期的視点で開発するのが素材企業のDNA」

[NEWS REPORT]

◆営業利益率10%突破 ソニーならではの「儲けの構造」

◆日本初の民間ロケットが宇宙空間に到達

◆携帯参入まであと4カ月 国内4番手「楽天」の勝算

◆日産・ルノーが直面する「経営統合問題」長期化の落とし穴

[Interview]

 「君は生き延びることができるか」──ガンダム世代が歩んだ40年

 常見陽平(評論家・労働社会学者)

ページ上部へ戻る