マネジメント

日本がさまざまな点でお手本としてきたアメリカでも、グローバリゼーションやコーポレートガバナンスに関するこれまでの考え方に変化の兆しが見えるという。日米両国で経営を経験した森口氏だからこそ実感している現状について、今回も語ってもらった。構成=本誌編集長/吉田 浩 写真=幸田 森

雇用を取り巻く環境はあと数年で大きく変わる

牛島 私が問題にしたいのは雇用です。そもそも上場株式会社という制度は、雇用のためにあるとさえ思っています。人間にとって、大事なのは、自立して生きているという誇りだと思います。社会の中で役割を果たしてそれにふさわしい報酬をもらう。そのためには職場がないと働けない。その職場を作りあげる、雇用を生むための知恵が上場株式会社制度だと思っています。森口さんは、こういうことについてどう思われますか。

森口 そこまで仕事に生き甲斐を見いだすという考え方に違和感はないですか。

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(もりぐち・たかひろ)1944年生まれ、兵庫県出身。67年神戸大学経済学部卒業後、東京銀行入行。バンク・オブ・トウキョウ・キャピタル・マーケッツ社長、ユニオンバンク・オブ・カリフォルニアCEOなどを務める。その後、東京三菱銀行副頭取、三菱東京UFJ銀行常任顧問などを経て、2006年JPモルガン証券会長兼社長兼CEO、07年会長。16年7月よりシニアアドバイザー。

牛島 アメリカと日本では、労働慣行がかなり違いますが、その点については、いかがでしょうか。

森口 日本の労働者、大手企業で働いている人の企業への帰属意識の高さはすごいと思います。でも、そこで何をするかという意識が希薄です。長期雇用環境が良いことだという意識はアメリカにもあります。ただ、日本は企業への思い入れが強い。大学を出てキャリアアップして、経営者にまで登って行く人もいればそうでない人も出てきます。キャリアを順調に登っていけない人は、いわばミスマッチとなり不満を抱きやすい。企業はそういう人も内包していくわけですが、これは非効率です。アメリカではそういう場合転職していくケースが多いので、社内に不満は比較的たまらない。日本では就職するときに、どの会社に入るかは考えても、「どの職に就くか」という意識が低い傾向があります。そこが競争力の違いになるかもしれません。グローバル化、労働人口減少の中で日本でも労働の流動化が進みつつあります。アメリカ人と仕事をすると、食事もろくに取らず、寝る時間も削ってバリバリやっているのをよく見ます。あの集中力、目標に対する推進力、プロフェッショナリズムはすごいと思います。

牛島 そういう面では、私の「仕事」=「誇り」論はアメリカの方が親和性は高いのでしょうか。

森口 日本の大手企業を取り巻く環境、すなわちグローバル化と労働人口減少の中でいかに生産性を上げていくのか。そこで転職マーケットが急速に広がっていくでしょう。いよいよ広義の戦略的合理化、効率化に本気で取り組むべき時代になっていると思います。もう3~4年くらいで、状況が大きく変わってしまうかもしれません。

牛島 ものすごくシンプルに言うと、アメリカ的な雇用の流動化、人員削減のやりやすい環境ができるということでしょうか。

森口 厳しい競争環境の中で変わらざるを得ないと思います。

牛島 なぜ働くかと言うと幸せ、満足を得るためだと思うんです。何に幸せを感じるかは人それぞれですが、個人的にはお金のためだけに働く人は少数派だと思います。

 

森口 アメリカも変わってきています。ワークライフバランスやダイバーシティなどに、本気で取り組みを始めています。アメリカでは働きがいとか生きがいといったテーマが、リーマンショックや大きなクライシスへの対応の中でより明確になってきています。

牛島 人の幸せの元は会社にあるという考えと、会社は単なる道具で、幸せはそれで得られるお金や仕事、達成感にあるという考えがあると思います。人生を何に費やすかという根本的な部分で、日本人は集団の中で過ごすことを重視してきたのかもしれません。

森口 組織依存性はアメリカよりも強いですが、最近の若者は明確に変わりつつありますね。しかし、通勤時間を含めて、仕事に関わる時間は相当長い。ですから、仕事の中に生きがいを見付けなければやっていけない。私はそういうつもりでやってきました。

グローバリゼーションに変化の兆しが見える

牛島 大人になってからは、圧倒的に仕事をしている時間、会社で過ごす時間が長い。だから、自由時間のために嫌々仕事をするのは、不合理です。それを突き詰めると「仕事が趣味」になってしまいますが、私はそれで良いと思います。仕事だけが人生だという必要はないですが、仕事に楽しさを求めるべきだと思っています。一方で自分の人生のウェイトを会社に置かない人がいても良いし、それを認めるのがダイバーシティなのでしょう。その意味で、あと3~4年で大変な変化が起きるというのも、産みの苦しみではないかと感じます。変化するにしても、どのような形になっていくかが重要ですね。発展途上国が日本を見て、「こういうやり方もあるな」と思われる国になるための産みの苦しみであってほしい。

森口 同感です。海外に16年いて日本の特異さと素晴らしさを実感しましたが、これからどの国にいたいかと問われたら日本しかありません。産まれた国ということをさし引いても、人間の前向きに生きていく気力や一体感がこれだけある国はほかにない。競争力が厳しくなる中で、日本にはそれに対応するだけの底力はあると確信しています。

牛島 森口さんがそれに取り組むとしたら、まずどうしますか。

森口 グローバリゼーションやダイバーシティという大きな潮流が避けられない中で、経営には一層の工夫が必要でしょう。工夫の決め手は自前主義からの決別と、外の良いものを取り入れる柔軟性ではないでしょうか。さらに日本の位置付けを高めていくには、グローバル企業が展開するための諸制度の整備、グローバル人材の育成も絡むと思います。

牛島 ロバート・ライシュというクリントン政権の時の労働長官は、「国の経済は居住する国民のために存在すべき」と言っていますが、これは非常に重要だと思います。例えば大企業の本社が海外に出ていったとしても、人によっては「仕方がないから、新しい産業を国内に育てよう」と言うかもしれません。でも利益が出ることと仕事があることとは違います。生産工場をすべて海外に移せば利益が上がって株価も上昇するかもしれませんが、日本にその雇用はなくなってしまいます。

森口 今までの基幹産業は大なり小なり外に出ざるを得ないので、国内に違う産業が必要になるでしょう。でも新しい産業を生む土壌がよく見えてこない。内外をもっと一体的に見て、グローバルなセンスを研ぎ澄ますことが肝要です。金融業で見ると、1990年代から一貫しているグローバリゼーションの流れはここにきて変わりつつあります。日本でも国内銀行が相対的に強くなっています。一方でグローバルな顧客ニーズがますます高度化、多様化する中で、体力、グローバルネットワークの規模、専門性を擁する国際的金融機関へのニーズが高まっています。

コーポレートガバナンスを企業論から文明論へ

牛島 コーポレートガバナンスはもともと金融業界が始めたものです。そうした動きに日本人がどう対応していくかという点で、コーポレートガバナンスという出産、産みの苦しみが起きているのではないかと思います。かつて、海外からいろんなものが日本に持ちこまれたように、日本人の会社観に対して変化が持ちこまれています。それが顕著に出ているのが社外取締役制度だと感じますが、森口さんは今の動きをどうとらえていますか。

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森口 株価だけでなく社会的責任やCSRも大事で、それをやらないと企業価値が上がらないという認識が、アメリカでも急速に進んでいます。かつてアメリカでは「最大のステークホルダーは株主だ」と言われていました。ところが、リーマンショック以降は、すべてのステークホルダーに対してバランスを取っていかないと、結果的に企業価値が上がらないと認識されてきている。アメリカでも株主至上主義とは言いきれなくなっていることはポイントでしょうね。

牛島 私は、コーポレートガバナンスを企業論ではなく、文明論まで広げて良いと思うんです。アメリカでも長期雇用を基本とする会社は多いのですが、それは解雇しやすい社会だから余計目立つのではないかと考えています。一方で、今の森口さんのお話のようにアメリカも変化しつつある。日本も変化を受けいれて、日本らしい、日本の良さを持った形になればいいですね。

森口 日本のコーポレートガバナンスはじっくり育てていけばいいと思うんです。焦ることはないし、ちゃんと検証しながら、進めていくべきだと思います。ただ社外取締役を2人にすればいいという話ではない。形だけ整えてもだめです。日本にあったやり方をきちんと考え尽くさないといけませんね。

牛島 信 弁護士、作家 (うしじま・しん)1949年生まれ。東京大学法学部卒業後、東京地検検事、広島地検検事を経て弁護士に。牛島総合法律事務所代表として、多くのM&Aやコーポレートガバナンス関連の案件を手掛ける。97年『株主総会』(幻冬舎)で作家デビュー。この他、『株主代表訴訟』『買収者(アクワイアラー)』等、企業社会を舞台にした多くの作品がある。日本コーポレート・ガバナンス・ネットワーク(CGネット)理事長。上場会社など4社の社外役員を務めている。

日米でこんなに違うCEOの役割――森口隆宏×牛島信(前編)

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