文化・ライフ

今回のゲストは写真家の織作峰子さん。ミス・ユニバース日本代表に選ばれた後、写真家としてご活躍され、要人の撮影も数多く手掛けてこられたというユニークな経歴をお持ちです。写真家を志した理由と、撮影時のエピソードなどをお聞きしました。

ミス・ユニバースから当時珍しい女性のプロ写真家に

佐藤 かつては「元ミス・ユニバース日本代表の写真家」と紹介されてメディアに出ることが多かったと思いますが、近況はいかがですか。

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(おりさく・みねこ)1960年、石川県生まれ。京都文教体育大学在学中の81年にミス・ユニバース日本代表に選出。82年より写真家の大竹省二氏に師事し、87年独立。写真家として活動する傍ら、テレビのコメンテーター、雑誌、講演等幅広いメディアで活躍。2006年大阪芸術大学写真学科教授に就任。

織作 今は当時を知らない人のほうが多いので楽ですね。一時はテレビのワイドショーにも出ていましたが、ここ10年ほどは、撮影や大学での仕事に集中していたので、表に出ることが少なくなりました。10年周期で自分の生き方が少しずつ変わってきている感じです。

佐藤 写真を撮られる側から、撮る側に転向した理由は何だったのでしょうか。

織作 そもそも華やかな表舞台に出ることは、自分の性格とは真逆でした。ミス・ユニバースは友人に選考会に連れていかれたのがキッカケで、軽い気持ちで参加したら日本代表になってしまったんです。良い社会勉強にはなりましたが、本当はそういう世界が苦手なので、長く続けようとは思っていませんでした。

 特に、一番苦手な仕事が撮影会でした。フィルムメーカーさんがスポンサーだったので、モデルとしてポーズを取ってアマチュアカメラマンに撮影されるのですが、どうしても気分が乗りませんでした。そんな私の態度に気付いて、「モデル嫌いなの?」と聞いてくださったのが写真家の大竹省二先生です。

 それで「はい、嫌いです」と正直に答えて「芸術が好きなのでそちらの世界に行きたい」と言ったら、「じゃあ写真をやれば」と勧めてくださったんです。その一言で写真集を見るようになり、もしかしたら自分にもできるかもという気持ちが芽生えて、ミス・ユニバースの任期終了後すぐに先生に弟子入りしました。

プロ写真家に必要なコミュニケーションスキル

佐藤 特に印象に残っている撮影は何でしょうか。

織作 ポール・マッカートニーさんの撮影は印象深かったですね。最初、撮影はNGと言われていたのですが、NHKのインタビューの仕事だったのでどうしても1枚だけ撮らせてくださいとお願いしたら、マッカートニーさんが「1枚ならいいよ」と。ご自身で「3、2、1、シュート」と掛け声を発して、本当に1枚だけ撮らせてもらいました。

佐藤 写真が嫌いな有名人は多いですからね。経営者にも昔はそういう方がよくいました。

20160719SANSAN_P02織作 例えば、渡邉恒雄さんは写真嫌いとお聞きして、セ・リーグのオーナー会議の時に報道カメラマンと一緒に撮るならいいよと言われたので、私だけがストロボを使わず、スローシャッターで撮影し、プリントをしました。それを後日、本人にお見せしたら、「自分の葬儀に使いたいから畳一畳分に引き伸ばしてほしい」と仰られ、うれしかったですね。

 これはNHKBS「キーパーソンズ」という生放送番組でのエピソードですが、50分の放送時間中に要人を撮影して、最後にプリントアウトして見せるという非常にきわどい仕事でした。2年間やらせていただいたのですが、短い時間でいかに最高の表情を撮るかという点で、良い訓練になりましたね。

佐藤 どんな仕事にも通じることだと思いますが、特にそういう緊迫した現場では、人とのコミュニケーション力が重要なのですね。

織作 海外の方を撮影させてもらうときは、お花を持っていくのが良いと聞いて実行したこともあります。英国のマーガレット・サッチャー首相を撮影したときは、ガーベラを持っていって非常に喜んでいただきました。撮影時間が押していたのですが、彼女のほうから「もう少し撮りたいですか?」と声を掛けていただき、撮らせていただいたこともあります。

佐藤 いい話ですね。私もぜひまねしてみようと思います。

プロ写真家とアマの差が曖昧な日本

佐藤 今やスマートフォンでもかなり良い写真が撮れるので、プロの写真家としてやっていくのはどんどん厳しくなる気がします。

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織作 大変な時代になってきましたね。そうでなくても、一般の人たちがこれだけ高級なカメラを持っているのは日本だけなんです。カメラメーカーさんにとっては喜ばしいことですが、プロとアマチュアの差をどうつけるかという点が非常に曖昧になっています。日本では、プロがアマチュアの方々に手厚く指導するカメラ教室などの場が数多くありますので、両者の技術的な差がなくなってきています。ですから、プロとして自分のテーマやコンセプトを持つことの大切さを痛感しています。

佐藤 大学教授として、学生さんとの交流からはどんな刺激を受けていますか。

織作 生徒たちもデジタル世代になってきて、だからこそアナログの銀塩写真をやりたいという子もいれば、静止画だけでなく動画など、今の時代に合う勉強をしたいという子もいます。双方の望みを叶えるような授業を実施しています。これから未来のある生徒たちには、自分のノウハウを惜しみなく出したいと思っていますし、就職までどうサポートできるかということも考えています。

佐藤 教鞭を取られて10年もたつと、かなりの生徒さんを送り出されたことと思います。若者たちが自分を超えていく姿を見るのは大きな喜びではないでしょうか。

織作 そうですね。鉄道会社や銀行に就職した生徒もいるので全員が写真の世界に行くとは限りませんが、卒業制作の審査で学長賞を受賞した生徒が、世界中から仕事のオファーが来る写真家になっている例もあります。写真は認められるまで時間がかかる世界ですが、そういう生徒がたくさん出てくれることを願っています。

プロ写真家 織作峰子が取り組んでいきたいこと

佐藤 これからどんなことに取り組んでいかれますか。

織作 作品の発表の場である展覧会については、常に何かに取り組んでいきたいと思っています。2017年からは愛媛県立美術館、福井市立美術館など、地方の各県で展覧会を開く予定です。これまで海外でも展覧会を開いてきましたが、海外では写真は「買入するアート」という意識が浸透しています。日本では、写真はギャラリーに飾っているものを見に行って終わりという感覚ですが、これからは写真を買う文化が生まれるべきです。

 日本と違い、海外のギャラリーは作品の販売目的以外で趣味とするものは貸し出さないことが普通ですが、日本ではメーカーさんがそういう場を提供するというのも特殊です。海外では1点で1千万円から数億円の値が付く作品もあります。これからの写真家は、もっともっとプロとアマの意識の差を持つことが大切だと痛感します。それには作家としての誇りを持つことが大事かと思います。

佐藤 確かに、日本の若い企業家などで現代アートなどに投資する方はいますが、写真に関して同じことはあまり聞きませんね。

織作 写真は販売するものだと私は思っているので、展覧会では作品にきちんと値段を付けます。そうやって、仕事と趣味との違いを分かっていただくことで、日本でも芸術に対する理解がさらに深まってほしいと思っています。


対談を終えて

20160802SANSAN_P02誰もが手軽に写真を撮れる時代だからこそ、プロとして圧倒的な差を見せることが必要なのでしょう。気さくな人柄の中にも、織作さんの仕事に対する覚悟がひしひしと伝わってくる対談でした。

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