マネジメント

米国出身でありながら日本で起業して成功を収め、わが国の社会問題や企業文化にも深い造詣を持つビル・トッテン氏。同氏が設立したアシストという会社の根底にある思想、そして非上場主義を掲げる背景にあるものとは何か。牛島信氏が鋭く迫る。構成=本誌編集長/吉田 浩 写真=幸田 森

顧客、社員、協力会社の「三方良し」が基本

牛島 これまで、このシリーズでお招きした方は、ほとんど上場企業の経営を経験した方でした。トッテンさんは今は帰化されていますが、米国出身ながら日本でアシストを起業し、会社が成長した今も非上場主義を貫いていますね。

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(ビル・トッテン)1941年生まれ、米国カリフォルニア州出身。ロックウェル社、システム・デベロップメント社に勤務し、在職中に南カリフォルニア大学にて経済学博士号取得。69年市場調査のために初来日し、72年にパッケージソフト販売会社のアシストを設立し、会社を成長に導く。2006年日本国籍を取得。12年に社長を退任し、会長に就任。現在も講演活動などで幅広く活躍する。

トッテン 非上場主義とはいっても株式会社なので、形式上とはいえ株主はいます。以前は私を含めた一部の役員が株主でした。しかし、今では全株をアシスト本舗という会社が保有しています。つまり、事実上アシストには株主がいないんです。ですから、お客さまと社員、協力会社のために仕事をすればいいということになっています。

牛島 トッテンさんの過去の著書などを拝見すると、「アシストの目標は3つ」だとおっしゃっている。第1が顧客であり、2番目が社員、3番目が協力会社だと。これを拝読した時、ジョンソンエンドジョンソンの“Our Credo”に似ていると感じました。“Our Credo”も、「カスタマーファースト」で始まります。次に社員、3番目に地域社会。この地域社会は、アシストの「協力会社」に置きかえることができると思いました。

トッテン もう30年も前に書いたことですね。今は少し変わりました。お客さまを大事にしなければ、お客さまにそっぽを向かれて社員が損をする。社員を大事にしなければ、社員がお客さまを大事にしてくれない。協力会社をないがしろにすれば、いい製品を供給してくれない。そうなると巡り回って、お客さまに満足していただけない。このように、すべてはつながっているという考え方に変わっています。3つの要素のうち、どれが1番と順位を付けられるものではない。すべて1番、いわば、「三方良し」ですね。

日本がかわいそう、と思うことがある

牛島 なるほど、よく分かります。ところで、トッテンさんが来日されたのはどのような経緯なのですか。

トッテン 1969年に初めて来日したのですが、当時働いていたシステム・デベロップメント社による日本市場の調査のためでした。その頃は全く日本のことを知りませんでした。マーロン・ブランド主演の「サヨナラ」という日本を舞台にした映画があるのですが、その映画くらいしか印象がなかった。そこでとにかく日本のことを勉強しようと思ったんです。日本文化のことから、日本の市場、企業のことまで、調べられることはとにかく勉強しました。松下幸之助や本田宗一郎、出光佐三といった著名な経営者の発言や経営論、実際にどういうことをしているかまで、調べたんです。その頃はただの会社員だったので、きちんと経営のことを学んだのは初めてでした。僕の考え方の基本は、その頃に学んだことがベースになっています。ですから、米国人ではありますが、きわめて日本的な経営論を学んだと言えます。

牛島 そういう視点から、日本企業がどのように見えるのか、興味があります。例えば、雇用の面に関しては、米国では優秀な人には高額の報酬を払ってつなぎとめますが、そうでない人は、どんどん入れ代わっていいという考え方があります。しかし、日本企業ではそう考えられなかったし、アシストもそうではありませんね。終身雇用とまでは行かなくても、雇用期間が長いほうが、企業と社員の双方にとって良いことだという発言をされていましたね。

トッテン 企業のガバナンスを考えたときに、今の日本がかわいそうだと思うことがあります。それは、道徳教育です。日本では聖徳太子の時代から第二次世界大戦の敗戦まで、一貫した道徳教育があった。特に江戸時代は寺子屋などもあって、世界でも類を見ない教育が行きとどいた国でした。そのベースには、神道、仏教、儒教がある。ところが戦後、そうしたベースが失われてしまった。その点で、日本はとても損をしたと思います。道徳とは「納得」なんです。日常生活だけではなく、企業でも同じです。

牛島 それはどういうことでしょうか。

トッテン 先ほど、“Our Credo”の話がありましたが、企業理念、働き方など、企業には文化、風土があります。アシストの創業当時、僕と創業メンバーで毎日のように話し合って、それを作りあげた。本当に毎日、食事をしながら、ああでもない、こうでもないと納得できるものを作り、それを社員一人一人と話し合いました。もし納得できなかったら、辞めてほしいと考えていました。

牛島 企業理念に従ってくれとは言っても、辞めてほしいとまではなかなか言いませんよね。

トッテン 最初こそ、トップダウンで叩き台は作りましたが、創業メンバーで何度も話し合い、社員からも取り入れるべき意見は取り入れて、修正していきました。今でも数年ごとに、変えるべきところは変えています。社員の提言で変更した部分も多い。そういう意味ではボトムアップですから、そこで納得できないなら、辞めるべきですよね。

リーダーではなく指揮者に近い経営陣

牛島 事実上、株主の影響を受けることがない経営をしているアシストですが、一方で、今はコーポレートガバナンスの重要性が叫ばれています。これは単に「株主が第一だ」という流れではなく、「株主を第一に考えれば、会社全体、そして社会がうまくいく」ということではないかと思うんです。私は、コーポレートガバナンス論の根底には、雇用があると考えています。今、「コーポレートガバナンス・コードを導入すると何が良いのか」と質問すると多くの人は「会社がもうかるんだ」と言います。では「会社がもうかると何が良いのか」と聞けば「国が豊かになる」と。さらに追い打ちをかけて「国が豊かになると何が良いのか」と聞くと、明確な答えがなくなりがちです。これでは考えが足りないと思う。株式会社という制度のもっとも素晴らしいところは、「人々がより幸せになれる仕組みだから」ということだと考えています。

トッテン その話は興味深いですね。

牛島 優れたリーダーがいて、会社を経営し、そこに雇用が生まれる。会社が成長すると雇用が増える。そのために会社はあるし、成長しなければなりません。世の中の多くの人には、リーダーの資質はありませんが、優れたリーダーのもとで働くことで、やりがいを感じて仕事ができ、報酬を得て、自分の人生に意味を感じることができる。これこそが、株式会社制度の根幹ではないかと。

トッテン 大部分は賛成できます。ただ、アシストという会社に限って言えば、僕や現社長の考えだけではなく、社員全体のアイデアで会社が動いています。私も、現社長も、リーダーというよりは指揮者に近いかもしれない。リーダーの会社ではなく、みんなの会社だと思っています。給与体系まで含めて、全社員が納得ずくで動いていますから。だからこそ、創業当初は数少ないメンバーで毎日議論しましたし、社員が30人くらいまでは、話し合ったことが不文律として徹底されていました。ただ、社員が100人を超えた頃から、明文化しないと駄目だとは感じました。

牛島 100人を超えたあたりがポイントなんですね。今、アシストにはグループ会社を含めて1千人を超える社員がいて、協力会社を含めるとその数は万単位に届くかもしれない。そこでは、やはり不文律では無理が出てくるのでしょうね。

トッテン それだけ人数が増えると、コミュニケーションも仕組みづくりを考えなければうまくいかなくなっていきます。(次号、後編に続く)

(うしじま・しん)1949年生まれ。東京大学法学部卒業後、東京地検検事、広島地検検事を経て弁護士に。牛島総合法律事務所代表として、多くのM&Aやコーポレートガバナンス関連の案件を手掛ける。97年『株主総会』(幻冬舎)で作家デビュー。この他、『株主代表訴訟』『買収者(アクワイアラー)』等、企業社会を舞台にした多くの作品がある。日本コーポレート・ガバナンス・ネットワーク(CGネット)理事長。上場会社など4社の社外役員を務めている。

上場しない会社のガバナンス哲学 ビル・トッテン×牛島信(後編)

 
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