マネジメント

「ダイナミックな成長の実現」。今年3月、前任の泉谷直木氏からアサヒグループホールディングス社長の座を譲り受けた小路明善氏は、こう方針を打ち出した。

2015年のビール系飲料(ビール、発泡酒、第3のビール)市場におけるシェアは38.2%と6年連続で首位をキープ。主力の「スーパードライ」がけん引する形で相変わらずの強さを誇っているが、グループ全体で見ると、「ドライゼロ」のビールテイスト清涼飲料、輸入ワインで「アルパカ」、透明炭酸飲料で「三ツ矢サイダー」、乳酸菌飲料で「カルピス」、錠菓で「ミンティア」、さらにはベビーフードやフリーズドライ味噌汁と、8カテゴリーでシェア1位を保持している。こうしたナンバーワンカテゴリーを、「さらに増やしていく」と、小路氏は意気込む。

海外では、約3300億円を投じた英ビール大手SABミラー傘下の欧州ビールブランド「ペローニ」「グロールシュ」「ミーンタイム」の買収が現在進行中だ。この案件が完了しても「まだ3千億円から4千億円の投資余力がある」と、さらなるM&Aにも積極的な姿勢を見せる。このほか、さまざまな分野で提携戦略も推し進めていくという。

就任早々、「攻め」の姿勢を強調する小路氏だが、一方で社員に対する心遣いも忘れない人情家でもある。グループトップとしての心情、そして今後のかじ取りについて話を聞いた。 聞き手=本誌/吉田 浩 写真=佐藤元樹

役割が変わってもトップの条件は共通

―― 事業会社のアサヒビール社長から、ホールディングスの社長に転任して3カ月たちましたが、役割の違いをどう実感していますか。

小路 ビール会社の社長時代は商品に対して直接意見を述べるなど、トップダウンでものごとを決めることも多々ありましたが、ホールディングスの社長としては、事業会社の経営や商品に直接口を出してはいけないと思っています。今はグループ全体の社会的価値や存在意義をいかに向上させていくかが仕事であり、言ってみれば間接経営をしなければならない。その意味で、同じ社長であっても大きな違いがあります。

 ホールディングスの役割は主に5つあります。ひとつはグループの経営陣を指導すること。2つめは商品の研究開発をはじめ、事業会社をさまざまな面でけん引すること。3つめは資源配分です。酒類、飲料、食品というコア事業と、それ以外の非コア事業にヒト、モノ、カネ、ノウハウをどのように提供していくか。4つめは事業の方向性を決めること。昨年の売り上げ構成比は、酒類事業が全体の50%以上を占めましたが、この比率をどうするのか、また、国内と海外の比率などについて定めることです。最後は経営者の育成。この5つを確実に実行していくのが役割だと考えています。

―― やることが変わって難しいと感じることは。

小路 不遜な言い方かもしれませんが、それほど難しさは感じていません。事業会社の社長であれ、ホールディングスの社長であれ、トップとして必要なのは直観力と情熱だと思っています。直観の「観」には観察の「観」と感性の「感」の2つが含まれます。観察とは、例えばデータや得意先の動きから消費動向などを自分なりに読む力。一方、感性とはデータに表れない部分を判断する力です。予測できないことが起きても、スピーディーで最適な経営判断を可能にするのは直感力だと思っています。

 そして、月並みかもしれませんが、経営トップが常に情熱を持って経営し、それが社員一人一人に伝わることで、集団のモチベーションを高めることができると考えています。情熱は最適な決断を促す源にもなるのです。これはビール会社の社長を5年務めた経験から感じたことです。

グローバル・プレミアムの地位を固める

―― 直近の数字を見ると、わずかながらビール市場が盛り返しつつあります。

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(こうじ・あきよし)1951年生まれ、長野県出身。75年青山大学法学部卒業後、アサヒビール入社。人事戦略部長、執行役員経営戦略・人事戦略・事業計画推進担当、常務取締役などを経て、2011年アサヒビール社長に就任。16年3月より現職。

小路 ビール類市場は過去10年で年平均約1・3%ずつ減ってきていて、そのトレンド自体は簡単には変わらないでしょう。ただし、ビール類全体ではそうでも、ビールの構成比は約5割を保っています。今年はスーパードライの缶がプラスに転じ、家庭でもビール回帰の流れがあるのではないかと見ています。そこで、当社としては今年7年ぶりにビールの新ブランド、「アサヒ ザ・ドリーム」を出しました。糖質50%オフという、付加価値の高い商品ですから、これによって市場喚起を促したい。発泡酒や第3のビールではなく、糖質オフのビールを全販売チャネルで展開するのは初の試みです。今は価格競争ではなく、ビール総需要の拡大を目指していく時期だと思っています。

―― 消費者の立場から見ると、ビールで糖質オフというのは味が落ちるというイメージがあります。既成概念を打ち破るのは大変ではないでしょうか。

小路 ドリームは、味に自信を持って作った商品です。発泡酒や新ジャンルなどの機能性ビールを好むお客さまは、もともとビールのヘビーユーザー層が多いのですが、プリン体や糖質を気にしている方が多いのです。ですから、味を犠牲にしない糖質オフのビールであれば、飲んでいただけると思います。

―― 海外事業について伺います。規模の拡大以外に、アサヒの存在感を高めるために必要なことは。

小路 国内市場がシュリンクするから海外に出るのではなく、海外に進出できる商品力が付いたから積極展開すると考えなくてはいけません。例えば、スーパードライは70カ国以上で販売しており、2014年に米で開催されたワールドビアカップで金賞を獲得しました。さらに、15年にはベルギーのブリュッセルビアチャレンジでも金賞を受賞しました。海外の醸造家がわれわれのメーンブランドに対して高い評価を下し、世界に打って出るお墨付きを頂いたということです。

 国内ブランドを海外展開する一方で、海外における生産拠点や販売力の地盤も強化する必要があります。「ペローニ」「グロールシュ」「ミーンタイム」の買収案件に名乗りを上げたのもそうした理由です。これからわれわれが生き残る道は「グローバル・プレミアム・ビール・プレイヤー」になること。欧州でプレミアム・ビール・プレイヤーとしてのポジションを確立し、エリアを拡大していきたいと考えています。

強さだけでは組織は動かせない

―― 今でこそアサヒグループはトップブランドを数多く持っていますが、小路社長が入社されたころは「夕日ビール」と揶揄されていました。なぜ入社しようと思ったのですか。

小路 生活に必要なものを扱う業界に入りたいと思って、衣食住と金融の各分野で1社ずつ試験を受けました。食については、「アサヒ」という言葉に惹かれたのと、たまたま最初に内定を頂いたのでこれも運命かなと。

―― キャリアの転機を挙げるとすれば。

小路 労働組合の専従を10年やったことですね。専従を務めた1980年以降は会社がどんどん苦しくなった時期で、500人超の希望退職、工場の売却など、さまざまな苦しい事態に直面しました。普通にサラリーマンをやっていたのでは得られない、貴重な体験でした。活動のつらさもありましたが、この時期に、人間はいかに生きていくべきか、仲間をいかにつくっていくべきか、ということをつくづく考えさせられました。ビール会社の社長に就いた時に「社員は会社の命である」という方針を出したのも、組合での経験が大きかったからです。人材という会社の成長の源を、経営者として大切にしなければいけないということを心に刻み込んでいます。

―― 小路社長が考えるリーダーシップとはどのようなものですか。

小路 直観力と情熱を傾けることはもちろん、「人間は強くなくては生きていけない。優しくなければ生きていく資格がない」というのが私の座右の銘です。作家のレイモンド・チャンドラーが、作品の中で探偵のフィリップ・マーロウに言わせた言葉ですが、精神的な強さと肉体的な強さを持っていなければ、事業をけん引することは難しい。でも強さだけでは集団は動かないので、社員と同じ目線で語り合える度量の大きさが必要です。強いブランドを持つだけでは、企業の社会的な価値は高まらないと考えています。

経営者自身が成長しなければ組織は強くならない(泉谷直木)

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