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円高で赤字続出、脆さを露呈した鉄鋼メーカー

中国の過剰生産により大混乱に陥った鉄鋼市況。それでも日本メーカーは、高級鋼にシフトし利益を確保してきた。しかし春先からの円高で採算は一気に悪化。海外メーカーより比較優位と言われていたが、その脆弱さが明らかになった。文=ジャーナリスト/斎藤重雄

中国発の市況悪化でも黒字を確保してきたが

「急激な円高で……」。鉄鋼大手の担当役員が異口同音にこの4~6月期決算の悪化要因を説明する。新日鉄住金をはじめ、JFEホールディングス、神戸製鋼所、日新製鋼と鉄鋼大手が軒並み最終赤字に転落。いずれもその要因の一つに春先から一段と進んだ円高を挙げる。

新日鉄住金の4~6月期決算は120億円の経常赤字。実に4年ぶりの赤字転落だ。中国の過剰生産による鋼材マーケット悪化の影響も大きかったが、為替が10円の円高となったことにより、製鉄事業だけで前年同期比330億円のマイナス要因が発生。つまり、為替が前年並みなら黒字は確保できた計算になる。状況はJFEや神戸製鋼なども同様だ。神戸製鋼は経常損益こそ黒字を確保したが、鉄鋼事業に限れば大赤字だ。

昨年は中国を震源とするマーケットの悪化で、当の中国をはじめ世界中の鉄鋼企業が大きな損害を受けた。欧州では製鉄所の休止や1千人単位での雇用削減などが社会問題化。伊勢志摩サミットでは、首脳宣言に中国が過剰生産・過剰輸出をやめるよう、協調して圧力をかけることなどが盛り込まれたほどだ。

これに対し、日本の鉄鋼メーカーは2016年3月期決算で減益とはいえ、一定程度の黒字を確保。世界最大手のアルセロール・ミタルや韓国のポスコなど、赤字に転落した競合相手に対し、「日本企業も悪化しているが、それでも海外企業に対しては比較優位にある」(鉄鋼大手首脳)と自信満々だった。中国企業などが製造する汎用品とは一線を画し、自動車の軽量化に資する「ハイテン材」や腐食に強い「シームレス鋼管」など高級鋼の生産に傾注。「長期間、安定的に高品質の鋼材をタイムリーに顧客に供給する」(鉄鋼大手関係者)という体制、さらには02年のJFE、12年の新日鉄住金の誕生と業界再編が進み、設備集約や合理化などの統合効果で企業体質が強化されたことが、その自信の背景になっている。

かつて日本企業を震え上がらせたアルセロール・ミタルは、経営再建のため創業者のミタル一族が私財をなげうつほどの苦境に陥った。ポスコは新日鉄住金と繰り広げていた特許訴訟で和解を決断。300億円の合意金を支払うなど大幅な譲歩をしてまで関係正常化を選んだ。

一方、日本勢は財務面での「比較優位」を背景に、相次いで積極策に出た。新日鉄住金は鋼管メーカーの仏バローレックに救済目的で15%出資。経営不振に陥っているブラジル鉄鋼大手のウジミナスに対しては、約300億円の増資の大半を引き受けた。国内でも日新製鋼の子会社化を決めるなど矢継ぎ早に手を打っている。また、JFEはメキシコに自動車用鋼板の合弁工場建設を決定。神戸製鋼は米国にアルミ押出加工品の工場建設を決め、さらにアルミパネル材での進出もうかがっている。

米大統領選の結果次第で超円高懸念も

悪化の一途をたどっていた鋼材マーケットは、今年に入ってようやく反転。中国では2月に政府が大規模な財政出動を決めたことを受け、マーケットが急騰。5月以降、反落に転じたが、それでも市況は踏みとどまり、足元の水準は大底だった昨年11~12月を3、4割上回っている。

こうした市況改善にリストラ効果などが寄与し、アルセロール・ミタルやポスコなどの4~6月期業績は大幅に改善。これに対し、同様の追い風を受けているはずの日本勢は逆に赤字に転落。「国内の鋼材販売が思ったより伸びなかった」(鉄鋼大手首脳)、「原油安が続き、シームレス鋼管など単価の高いエネルギー向け高級鋼が低迷したまま」(同)という要因もあるが、それ以上に円高が痛めつけた。

これまでの「比較優位」は、円安局面が演出したものであり、その追い風がやんだ途端、脆さをさらけ出してしまった。結局、円高にも動じない強い企業体質を築くまでには至らなかった。

今後も悩ましい問題が立ちはだかる。中国と欧米など世界各国の貿易摩擦が激化。中国製の鉄鋼製品に対し、各国が反ダンピング措置や緊急輸入制限の発動を連発。猛反発する中国も対抗措置を繰り出している。これに日本製品も巻き込まれ、高い関税を課されるようになってきた。日本の輸出比率は4割を超えるだけに、大きな痛手だ。

加えて、環太平洋連携協定(TPP)の発効も怪しくなってきた。域内で鉄鋼製品の関税が徐々に撤廃され、日本勢に追い風となるはずのTPPに対し、米2大政党の大統領候補はいずれも消極的だ。

もっと怖いのは、米国優先主義を掲げるトランプ大統領が誕生すれば、内向き政策の一環で、通貨安政策を仕掛けること。これにより、かつてのような超円高時代が再来しかねない。「われわれの主要顧客は輸出産業が多い。円高でそうした顧客の業績が悪化したほうがもっと打撃は大きい」(同)と語るように、そのダメージは今回のような直接的な影響をはるかに上回る。

比較優位と浮かれている間に、中国や欧州でも大手メーカー同士の統合再編が進んできた。日本勢は今一度、為替変動などさまざまな外部要因にも耐え得る強靱な企業体質を築くことが大きな命題になっている。

 
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