テクノロジー

創薬ベンチャーの株価乱高下は期待の裏返し

 日本で最初の創薬ベンチャーブームが起きたのは、20世紀にまで遡る。既に欧米では、1970年代半ばから80年代にかけて創薬ベンチャーが誕生した。そうした動きから遅れること20年。主に大学の研究室発のスタートアップ企業が数多く誕生した。

 21世紀に入ると、これらの企業の中から上場するところも現れた。しかし実際には、当時IPOした創薬ベンチャーの大半が苦戦しており、上市(開発した薬の販売)までこぎ着けられたところは極めて少数だ。そのため創薬ベンチャーブームという言葉もいつの間にか聞かれなくなった。

20160920hyou

 ところがここにきて再び創薬ベンチャーが注目を集めるようになった。老舗のそーせいグループのように、医薬品を上市し、利益を上げるところも出始めた。あるいはペプチドリームのように、巨大医薬品メーカーと相次いで提携することで営業利益率50%以上という高収益企業も誕生した。

 株式市場においても、今年上半期、創薬ベンチャー株は脚光を浴びた。多くの企業の株価が一気に跳ね上がったのだ。現在、株価は調整局面にあるが、この株価の動きは、創薬ベンチャーに対する期待の大きさを反映している。

 ひとつのきっかけが、2012年の山中伸弥・京都大学教授のノーベル医学・生理学賞受賞だった。世界で初めてiPS細胞(人工多能性幹細胞)を開発したことで、あらゆる臓器、細胞の再生が可能になった。これにより日本のバイオ技術が世界のトップクラスにあることが明らかになり、バイオ企業にスポットが当たった。その結果、ノーベル賞受賞前まで30数社で2千億円台だったバイオベンチャーの時価総額の合計は、受賞半年後には2兆円を超えた。その後、ブーム一巡したことで株価は落ち着くが、今でも時価総額の合計は1兆5千億円を超える。ノーベル賞前に比べると8倍近い水準だ。

 しかし「それだけではない」というのはSBI証券シニアアナリストの岩田俊幸氏だ。岩田氏によれば今、世界の医薬品業界が転換点を迎えているという。

 医薬品の歴史は1890年に誕生したアスピリンに始まる。これは低分子医薬と呼ばれるもので、分子量が非常に小さい。小さいから体の細胞の中にも入っていけるし、経口摂取もできる。ところがどこにでも入り込むため標的分子以外の細胞にも影響を与え、副作用を起こす可能性もある。しかも最初の開発から100年以上がたち、低分子医薬は出尽くした感がある。

 そこで出てきたのが抗体医薬だ。低分子医薬が化学製品であるのに対し、抗体医薬は体の中で起きていることを薬で代替しようというものだ。大腸菌の遺伝子を組み換えて製造するインシュリンなどが、これに該当する。

 2000年に入ってからの医薬品開発は抗体医薬が主役だった。ただし欠点もある。その最大のものは分子量が大き過ぎることだ。低分子医薬を1とすれば、抗体医薬は300もある。そのため、細胞の内部には届かず、服用もできない。注射か点滴で薬を摂取する必要がある。

 何より、分子量の大きさは開発に膨大な時間とコストに跳ね返る。単純化すれば、開発費は分子量に比例する。つまり抗体医薬は低分子医薬の300倍の開発費が必要だ。

 

第三の医薬での日本の創薬ベンチャーの優位性

 

 少し前、オプジーボという薬が話題になった。免疫療法を活用した抗がん剤の一種で、昨年から肺がんへの保険適用が可能となった。従来の抗がん剤が効かなかった患者でも、オプジーボで劇的に改善する例が相次いだ。そのため、製造販売している小野薬品工業の株価は昨年1年間で1万円から2万2千円へと2倍以上となった。

 肺がん患者にとっては朗報だが、問題はその価格だ。オプジーボは1回の投与につき133万円、年間3500万円の薬価が掛かる、その7割、2450万円を健康保険が負担する。日本の肺がん患者の半分がオプジーボを使うと、薬剤費は1兆7500億円が必要だ。慢性的に赤字を抱える健康保険にとって看過できる数字ではない。

 そのため、オプジーボが有名になるに従い、「薬が国を亡ぼす」「高齢者には使用すべきではない」といった論調が目立つようになった。

 オプジーボも抗体医薬のひとつであり、同様の高度なバイオテクノロジーを駆使して開発された薬品と比べても法外に高いわけではない。それほどまでに、最近の薬価は高騰しており、これを抑制しようという動きが、全世界的に始まった。

 「そこで日本の創薬ベンチャーの出番です。抗体医薬では日本は世界から大きく遅れた。しかし抗体医薬は価格が高いことに加え、特許が切れかけている。そこで世界中の製薬メーカーが第三の医薬に注目しています。それが、中分子医薬と呼ばれるもので、ペプチド医薬や核酸医薬です。この分野は日本も強い。世界の市場をリードする可能性もあります」(SBI証券・岩田アナリスト)

 ペプチド医薬とは、アミノ酸が複数個つながったペプチドに薬効を持たせたもので、分子量は低分子医薬が1とすれば3程度。血管壁を通じて細胞内に入り込んで作用する低分子医薬と病因たんぱく質の受容体などに直接作用する抗体医薬の特長を併せ持つ。

 また核酸医薬は、従来の医薬とはまるで違う思想でつくられる。低分子医薬にしても抗体医薬にしても、体の中で生成される好ましくない蛋白質を分解または阻害することで薬効を発揮した。ところが核酸医薬は蛋白質の元となるRNAを標的とし、蛋白質そのものをつくらせない。そのため、RNAからなるウィルスを根治することも可能だ。

 

創薬ベンチャーがアベノミクスの成長戦略の柱に

 

 もうひとつ、日本の創薬ベンチャーが活気づいている理由のひとつに創薬環境の変化がある。これまでは規制の壁が厚く、臨床試験に時間がかかっていた。何より臨床をやろうとしても、医療機関も治験者も非協力的だった。そのため日本での起業を諦め、アメリカに拠点を置く創薬ベンチャーも少なくない。

 しかし時代は変わった。今後の日本経済を成長させていくにはバイオ関連産業の育成が不可欠だ。アベノミクスの成長戦略の一翼を担っていることもあり、政府も積極的に後押しするようになった。

 例えば、2014年11月に施行された医薬品医療機器等法により、再生医療等医薬品に関しては、臨床試験を従来より半分以下にする早期承認が認められた。正式承認は上市後に有効性・安全性を検証してからになるが、製薬メーカーにとっては早目の資金回収に道を開いた。

 また日本版NIHともいわれる日本医療研究開発機構(AMED)もスタートした。NIHは米国立衛生研究所の略で、アメリカの医薬品開発の司令塔の役割を果たしている。AMEDは、各省庁からの一元化予算を活用し、医薬品や再生医療の基礎から実用化までを一貫してサポートする。

 このように、創薬をめぐる環境は、大きく改善されつつある。日本の創薬ベンチャーにとってはまたとないチャンスの到来だ。

 そこで次頁からは、日本を代表する創薬ベンチャーを取り上げた。業績好調のところもあれば、株価暴落に苦しむ企業もある。また次の飛躍のチャンスを虎視眈々と狙っているベンチャーもある。その多くは、いまだ薬の市販には至っていないが、だからこそ夢がある。彼らの一挙手一投足に目が離せない。

オプジーボは夢の新薬か亡国の劇薬か

 

【 創薬ベンチャー 】関連記事一覧はこちら

【テクノロジー】の記事一覧はこちら

 

雑誌「経済界」定期購読のご案内はこちら

経済界電子版トップへ戻る

関連記事

好評連載

エネルギーフォーカス

一覧へ

緑の経済成長とエネルギー

[連載] エネルギーフォーカス

Energy Focus

[連載] エネルギーフォーカス

今後、10年後の電力業界の様相(2)

[連載] エネルギーフォーカス

発電単価から既存原発の経済性を考える

テクノロジー潮流

一覧へ

科学技術開発とチームプレー

[連載] テクノロジー潮流

テクノロジー潮流

[連載] テクノロジー潮流

エボラ出血熱と情報セキュリティー

[連載] テクノロジー潮流

21世紀の日本のかたち 農電業と漁電業

[連載] テクノロジー潮流

工学システムの安全について

[連載] テクノロジー潮流

エネルギー移行と国民の価値観の変化

ビジネストレンド新着記事

注目企業

一覧へ

総合事業プロデューサーとして顧客と共に成長する―中尾賢一郎(グランドビジョン社長)

広告やマーケティング、ブランディングを事業プロデュースという大きな枠で捉え、事業が成功するまで顧客と並走する姿勢が支持されているグランドビジョン。経営者の思いを形にしていく力で、単なる広告代理店とは一線を画している。 中尾賢一郎・グランドビジョン社長プロフィール &nb…

中尾賢一郎(グランドビジョン社長)

人材戦略を経営の核に成長する駐車場ビジネスのプロ集団―清家政彦(セイワパーク社長)

「PCのかかりつけ医」として100年企業への基盤構築を進める―黒木英隆(メディエイター社長)

新社長登場

一覧へ

森島寛晃・セレッソ大阪社長が目指すクラブ経営とは

前身のヤンマーディーゼルサッカー部を経て1993年に創設されたセレッソ大阪。その25周年にあたる2018年12月に社長に就任した森島寛晃氏は、ヤンマー時代も含めて通算28年間セレッソ一筋、「ミスターセレッソ」の愛称を持つ。今も多くのファンに愛される新社長が目指すクラブ経営とは。聞き手=島本哲平 Photo=藤…

森島寛晃・セレッソ大阪社長

カリスマ創業者の後任として描く「新しいマネックス証券像」― マネックス証券社長 清明祐子

「若者需要の開拓でビール市場を盛り上げていく」塩澤賢一(アサヒビール社長)

イノベーターズ

一覧へ

20歳で探検家グランドスラム達成した南谷真鈴さんの素顔

自らの手で未来をつかみ取る革新者たちは、自分の可能性をどう開花させてきたのか。今回インタビューしたのは、学生でありながら自力で資金を集め、世界最年少で探検家グランドスラムを制した南谷真鈴さんだ。文=唐島明子 Photo=山田朋和(『経済界』2020年1月号より転載)南谷真鈴さんプロフィール&nbs…

南谷真鈴

シリコンバレーへの挑戦が生んだ「起業家と投資家が待ち望んだサービス」― 戸村光・ハックジャパンCEO

「測量美術」が起こす道路工事のイノベーション―草木茂雄・エムアールサポート社長

大学の挑戦

一覧へ

専門分野に特化した“差別化戦略”で新設大学ながら知名度・ブランド力向上を実現――了徳寺大学・了徳寺健二理事長・学長

2000年設立で、了徳寺大学が母体のグループ法人。医療法人社団了徳寺会をグループ内に持つ。大学名の「了」は悟る、了解する、「徳」は精神の修養により、その身に得た優れた品性、人格を指す。「了徳寺」は人間としての品性、道を論す館の意味を込めた大学名だ。 聞き手=本誌/榎本正義 、写真/佐々木 伸 …

大学の挑戦

創立100周年、西南学院大学・K.J.シャフナー学長「世界に貢献しインパクトを与える人材を育てる」〜国際交流・就職支援・インターネット出願〜 

「“STAND BY YOU”のスローガンの下、学生一人ひとりに寄り添う教育を」――中央学院大学・佐藤英明学長

経済界からのお知らせ

最新号のご案内

経済界2020年1月号
[特集] 新しい街は懐かしい
  • ・「街の記憶」で未来をリノベーション
  • ・日本橋が「空を取り戻す」水辺と路地がつながる街へ
  • ・水辺はエンタメの宝庫だ 大阪が目指す観光客1300万人
  • ・街の誇りを取り戻せ 名古屋・堀川復活プロジェクト
  • ・なぜ水辺に都市が栄えるのか
  • ・2020以降は海と川がさらに面白くなる
  • ・「住む」と「働く」両方できるが求められている(たまプラーザ)
  • ・「土徳」が育む一流の田舎(南砺市)
  • ・音楽ファンが集う街づくり
[Special Interview]

 辻 慎吾(森ビル社長)

 東京が世界で勝ち抜くために必要なこと

[NEWS REPORT]

◆飛びたくても飛べないスペースジェットの未来

◆エンタメが街を彩る 地方創生に挑むポニーキャニオン

◆問題噴出のコンビニをドラッグストアが抜き去る日

◆始まった自動車世界再編 日本メーカーはどう動く?

[特集2]

 経済界福岡支局開設35周年記念企画

 拓く!九州 財界トップが語る2030年のかたち

ページ上部へ戻る