テクノロジー

株価の乱高下は期待の裏返し

 日本で最初の創薬ベンチャーブームが起きたのは、20世紀にまで遡る。既に欧米では、1970年代半ばから80年代にかけて創薬ベンチャーが誕生した。そうした動きから遅れること20年。主に大学の研究室発のスタートアップ企業が数多く誕生した。

 21世紀に入ると、これらの企業の中から上場するところも現れた。しかし実際には、当時IPOした創薬ベンチャーの大半が苦戦しており、上市(開発した薬の販売)までこぎ着けられたところは極めて少数だ。そのため創薬ベンチャーブームという言葉もいつの間にか聞かれなくなった。

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 ところがここにきて再び創薬ベンチャーが注目を集めるようになった。老舗のそーせいグループのように、医薬品を上市し、利益を上げるところも出始めた。あるいはペプチドリームのように、巨大医薬品メーカーと相次いで提携することで営業利益率50%以上という高収益企業も誕生した。

 株式市場においても、今年上半期、創薬ベンチャー株は脚光を浴びた。多くの企業の株価が一気に跳ね上がったのだ。現在、株価は調整局面にあるが、この株価の動きは、創薬ベンチャーに対する期待の大きさを反映している。

 ひとつのきっかけが、2012年の山中伸弥・京都大学教授のノーベル医学・生理学賞受賞だった。世界で初めてiPS細胞(人工多能性幹細胞)を開発したことで、あらゆる臓器、細胞の再生が可能になった。これにより日本のバイオ技術が世界のトップクラスにあることが明らかになり、バイオ企業にスポットが当たった。その結果、ノーベル賞受賞前まで30数社で2千億円台だったバイオベンチャーの時価総額の合計は、受賞半年後には2兆円を超えた。その後、ブーム一巡したことで株価は落ち着くが、今でも時価総額の合計は1兆5千億円を超える。ノーベル賞前に比べると8倍近い水準だ。

 しかし「それだけではない」というのはSBI証券シニアアナリストの岩田俊幸氏だ。岩田氏によれば今、世界の医薬品業界が転換点を迎えているという。

 医薬品の歴史は1890年に誕生したアスピリンに始まる。これは低分子医薬と呼ばれるもので、分子量が非常に小さい。小さいから体の細胞の中にも入っていけるし、経口摂取もできる。ところがどこにでも入り込むため標的分子以外の細胞にも影響を与え、副作用を起こす可能性もある。しかも最初の開発から100年以上がたち、低分子医薬は出尽くした感がある。

 そこで出てきたのが抗体医薬だ。低分子医薬が化学製品であるのに対し、抗体医薬は体の中で起きていることを薬で代替しようというものだ。大腸菌の遺伝子を組み換えて製造するインシュリンなどが、これに該当する。

 2000年に入ってからの医薬品開発は抗体医薬が主役だった。ただし欠点もある。その最大のものは分子量が大き過ぎることだ。低分子医薬を1とすれば、抗体医薬は300もある。そのため、細胞の内部には届かず、服用もできない。注射か点滴で薬を摂取する必要がある。

 何より、分子量の大きさは開発に膨大な時間とコストに跳ね返る。単純化すれば、開発費は分子量に比例する。つまり抗体医薬は低分子医薬の300倍の開発費が必要だ

第三の医薬での日本の優位性

 少し前、オプジーボという薬が話題になった。免疫療法を活用した抗がん剤の一種で、昨年から肺がんへの保険適用が可能となった。従来の抗がん剤が効かなかった患者でも、オプジーボで劇的に改善する例が相次いだ。そのため、製造販売している小野薬品工業の株価は昨年1年間で1万円から2万2千円へと2倍以上となった。

 肺がん患者にとっては朗報だが、問題はその価格だ。オプジーボは1回の投与につき133万円、年間3500万円の薬価が掛かる、その7割、2450万円を健康保険が負担する。日本の肺がん患者の半分がオプジーボを使うと、薬剤費は1兆7500億円が必要だ。慢性的に赤字を抱える健康保険にとって看過できる数字ではない。

 そのため、オプジーボが有名になるに従い、「薬が国を亡ぼす」「高齢者には使用すべきではない」といった論調が目立つようになった。

 オプジーボも抗体医薬のひとつであり、同様の高度なバイオテクノロジーを駆使して開発された薬品と比べても法外に高いわけではない。それほどまでに、最近の薬価は高騰しており、これを抑制しようという動きが、全世界的に始まった。

 「そこで日本の創薬ベンチャーの出番です。抗体医薬では日本は世界から大きく遅れた。しかし抗体医薬は価格が高いことに加え、特許が切れかけている。そこで世界中の製薬メーカーが第三の医薬に注目しています。それが、中分子医薬と呼ばれるもので、ペプチド医薬や核酸医薬です。この分野は日本も強い。世界の市場をリードする可能性もあります」(SBI証券・岩田アナリスト)

 ペプチド医薬とは、アミノ酸が複数個つながったペプチドに薬効を持たせたもので、分子量は低分子医薬が1とすれば3程度。血管壁を通じて細胞内に入り込んで作用する低分子医薬と病因たんぱく質の受容体などに直接作用する抗体医薬の特長を併せ持つ。

 また核酸医薬は、従来の医薬とはまるで違う思想でつくられる。低分子医薬にしても抗体医薬にしても、体の中で生成される好ましくない蛋白質を分解または阻害することで薬効を発揮した。ところが核酸医薬は蛋白質の元となるRNAを標的とし、蛋白質そのものをつくらせない。そのため、RNAからなるウィルスを根治することも可能だ。

アベノミクスの成長戦略の柱に

 もうひとつ、日本の創薬ベンチャーが活気づいている理由のひとつに創薬環境の変化がある。これまでは規制の壁が厚く、臨床試験に時間がかかっていた。何より臨床をやろうとしても、医療機関も治験者も非協力的だった。そのため日本での起業を諦め、アメリカに拠点を置く創薬ベンチャーも少なくない。

 しかし時代は変わった。今後の日本経済を成長させていくにはバイオ関連産業の育成が不可欠だ。アベノミクスの成長戦略の一翼を担っていることもあり、政府も積極的に後押しするようになった。

 例えば、2014年11月に施行された医薬品医療機器等法により、再生医療等医薬品に関しては、臨床試験を従来より半分以下にする早期承認が認められた。正式承認は上市後に有効性・安全性を検証してからになるが、製薬メーカーにとっては早目の資金回収に道を開いた。

 また日本版NIHともいわれる日本医療研究開発機構(AMED)もスタートした。NIHは米国立衛生研究所の略で、アメリカの医薬品開発の司令塔の役割を果たしている。AMEDは、各省庁からの一元化予算を活用し、医薬品や再生医療の基礎から実用化までを一貫してサポートする。

 このように、創薬をめぐる環境は、大きく改善されつつある。日本の創薬ベンチャーにとってはまたとないチャンスの到来だ。

 そこで次頁からは、日本を代表する創薬ベンチャーを取り上げた。業績好調のところもあれば、株価暴落に苦しむ企業もある。また次の飛躍のチャンスを虎視眈々と狙っているベンチャーもある。その多くは、いまだ薬の市販には至っていないが、だからこそ夢がある。彼らの一挙手一投足に目が離せない。

オプジーボは夢の新薬か亡国の劇薬か

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