政治・経済

地方政治に献身した父親の薫陶を受けて、ラグビー少年となった森喜朗氏。だが、念願かなって入学を果たした早稲田大学では、ラグビー部に入ったものの、心労から胃を痛め、退部。その後、薦められて入った雄弁会で、社会党代議士たちの本音を調べるという、学生離れした行動を取り、後の社会党分裂、民社党誕生を予見した。異能の大学生は、代議士への野心を抱きつつ社会人となった。

無所属非公認で出馬しトップ当選

德川 早稲田大学卒業後は産経新聞社に入り、新聞記者として社会人生活をスタートさせます。

森 雄弁会で活動しているうちに自民党の先生方との関係もできました。その中に千葉三郎さんという非常に真面目で立派な先生がおられて、各大学の仲間と千葉先生にご指導を受けていたところ、「君らの悩みは何だ?」と聞いてくださった。そこでみんな口をそろえて、「就職ですよ」(笑)。「就職さえ決まれば、安心して政治活動をがんばれる」というのがみんなの気持ちでした。

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 そこで就職指導の会が行われて、千葉先生のところで各大学の4年生が一人ずつ、自分の進路希望を言うことになったのです。私はなんて言おうか悩みました。「国会議員になりたい」なんて言ったら親父が怒るだろうし、だからといって県会議員になったら、絶対に国会に出られない。石川県の人たちは、下から上がって行こうとすると足を引っ張るところがある。ですから地方議員から国会議員への転身はとても難しい。でも政治家を諦めることもできない。

 どうしたものかと悩んでいた時に、「マスコミへ行こう」と思いついた。千葉先生は「サンケイの水野成夫社長に紹介しよう」と言ってくださって、産経新聞社に入社することになりました。

德川 新聞記者の後、政治家秘書を経て、1969年の総選挙に出馬、当選を果たします。この時は自民党の公認が取れずに無所属で戦ったにもかかわらず、岸信介元総理が応援に駆けつけたそうですね。

森 政治の世界の勉強をしようと新聞記者を辞め、縁あって岸先生直系の今松治郎代議士の秘書となりました。今松先生は、東条内閣の警保局長を務めた元内務官僚です。その先生が亡くなられた後、後継者として愛媛3区からの出馬要請があった。それなら郷里の石川でと、出馬を決意します。だけど自民党の公認はもらえない。金もなくなるし時間もない。誰もが私を泡沫候補だと思っていた。そこで公示直前、窮余の一策で岸先生に頼みました。先生は私の話をじぃっと聞いてくれて、ひと言「行きましょう」。まさか「OK」と言ってくれるとは思っていなかったから、ひっくり返るくらいびっくりした(笑)。

 今松先生は岸先生に尽くし続けた人でした。60年安保で岸先生が総理を辞任、その後岸派が分裂した時も、岸派に残り支え続けた。そこで「今松君のところにいた森という男は、秘書としてよくやってくれていたと聞いている。今松君の霊のためにも応援してやろう」と思われたらしいです。

 無所属候補のところには誰も応援演説に来ないだろうとみんな思っていた。そこに岸先生が来てくれて、「私は元総理大臣であり元自民党総裁でもある。それでも私が森君のところに来たということは、私と弟(佐藤栄作首相=当時)の間に阿吽の呼吸があるからだ」などと都合のいい私への推薦の弁を語ってくれた。これで私の支持が一気に盛り上がって、無所属非公認がトップ当選を果たすことができました。岸先生には本当に感謝しています。

德川 当選後は自民党に入り、福田派に所属します。

森 福田さんは私が生涯尊敬する政治家です。立派な方でした。ですから福田さんのようになりたいなと思ったけれども、性格的には全く違います。そこで私は冗談で、福田さんの物まねまでしたものです(笑)。できるだけ近づきたいと思っていました。

德川 福田内閣では官房副長官に抜擢されます。福田内閣の時、日中平和友好条約が締結されますが、内閣の内側からどうご覧になっていましたか。

森 私は台湾に対する思い入れがありました。日本は蒋介石の「以徳報怨」に助けられた。日本が戦争に負けた時、当時の中国を代表していたのが蒋介石で、彼がいたから日本はドイツや朝鮮のように分割されないですんだ。その蒋介石が生きておられる間に、北京(中華人民共和国)を取って台北(中華民国)を捨てることには反対でした。将来のことを考えれば、北京と握手し、中国と国交を結ばなくてはならないことは分かる。でもせめて蒋介石が生きている間は、私はやらないほうが良いという思いでした(日中国交回復は1972年。蒋介石は75年に死去、日中平和友好条約締結は78年)。

首脳外交では不可欠の相手の胸襟を開くコツ

德川 蒋介石に直接会ったことはありますか。

森 当選した翌年、金丸信さんを団長に約30人で台湾を訪問した時にお目にかかりました。「この人が頑張ってくれたお陰で日本は救われた」と感動したのを覚えています。訪台前に外務省からは「日本語で声をかけては絶対に駄目だ」と注意されていたんですが、帰り際に蒋介石が玄関まで見送って、一人ずつ握手をしてくれた。一番最後が最年少の私だったのですが、蒋介石が「君、若いな」と日本語で話しかけてくれました。「いくつだ?」「はい、32歳になります」「しっかり頑張れよ」と会話したことは生涯忘れられません。それもあって蒋介石に対する感謝の気持ちは今でも強く持っています。

德川 森さんの首脳外交には定評があります。今の蒋介石とのやりとりの中にもその萌芽が見られます。個性の強い外国の首脳と付き合うコツは何ですか。

森 その人の懐に入ることです。私は語学ができませんが、通訳を介してでもかまわない。まずは相手を信じ、そのかわり自分も人間として信用してもらう。政治などの重要な話をする前に役人が書いた原稿ではなく、まず信頼関係を築いておく。そのためには、最初に一番疑問に思っていること、前から訊きたいと思っていることをずばり聞く。そうすることで胸襟を開くことができるんです。プーチン(露大統領)もそういうタイプの人だから、気が合うんですよ。

 プーチンは私にこう言ったことがあります。「ヨシ、ロシアは自由と民主主義の国に変わった。アメリカや日本と同じ価値観を持つ国になったんだ。ハンガリーもルーマニアもチェコも全部解放した。彼らは全部EUに入ったが、それはよしとしよう、豊かになるためだから。でも何でNATOに入るんだ。NATOはアメリカとイギリスが作ったソ連包囲網の名残の軍事同盟だ。われわれが解放した国々がそこに入るのはおかしいだろう」。だからこう言ってやりました。「確かにおかしい。その状況を覆すには、ハンガリーやルーマニア、チェコを説得してNATOを脱退させるか、それよりもあなたの国がEUに入ってヨーロッパの一員になる。そのどちらかでしょう」。このようにプーチンとは本音で話し合える関係を築いています。

東京五輪で職員の心をひとつにする20160920KOU_P003

德川 東京オリンピック・パラリンピックまであと4年となりました。組織委員会の会長として苦労も多いのではないですか。

森 組織委員会の会長になって分かりましたが、オリンピックを開くというのは大変なことです。先日の誕生日(7月14日)にもらったバースデーカードに「難しい連立方程式を見事に一つひとつ解答されていますね。感服致しました」と書いてありました。連立方程式というのはうまいことを言う。まさにそのとおりです。

 組織委員会にはいま700人が働いていますが、最終的には5千人を超えると言われています。しかもほぼ全員が出向です。都庁が約4割、あとは他の自治体の人たち、それから民間企業やメディア関係から。さらに外務省や国交省などの役所からも人が来ている。14年に会長に就任してから、この人たちと心を一つにするのに2年半かかりました。というのも、彼らの多くは「本国(出向元)」を向いている。それも当然で、オリンピックが終われば組織委員会は解体され、彼らはもとの職場へ帰っていく。組織委員会ができた2年前からオリンピックが終わるまで働くとすると、6年間も持ち場を離れていることになるため、居場所がなくなっている、あるいは同期が出世しているかもしれない。だからある程度勤めると、古巣に帰りたくなる。これが多くの職員の本音ではないでしょうか。その職員の気持ちも考えなければならない。

 その人たちの心をひとつにするには、オリンピックという歴史的な国家プロジェクトにかかわったという人生が、何物にも替えがたい喜びだ、と思ってもらうよりほかにない。オリンピックに参加するというのは、アスリートだけではなく、その舞台をつくるのも一生に一度あるかどうか、というすごいこと。そこに生き甲斐と誇りを持ってくれれば、頑張ることができる。2年半たって、ようやくみんながそういう気持ちになってきたと思います。その気持ちをもっと鼓舞して、一つの荘厳な曲をつくる。そのため私は真に奉仕の精神で、コンダクターとして頑張りたい。

文=德川家広 写真=幸田 森

(もり・よしろう)1937年石川県生まれ。早稲田大学卒業後、新聞記者、代議士秘書を経て69年衆議院議員初当選(以後14期連続当選)。自民党三役(幹事長、総務会長、政務調査会長)、総務局長、文部大臣、通産大臣、建設大臣を歴任。2000年内閣総理大臣に就任。12年代議士引退後、現在は東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会会長、日本ラグビーフットボール協会名誉会長。

政界の最重鎮が本音で語る「わが人生」(前編)

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