マネジメント

 2014年に経営の第一線から退いた宮内義彦氏だが、コーポレートガバナンスに関する鋭い視点は健在だ。今回は長いキャリアを通じて感じてきた日本企業の問題点、企業と株主との関係などについて、牛島信氏と熱い議論を展開する。構成=本誌/吉田 浩 写真=幸田 森

ガバナンスのために企業があるわけではない

牛島 宮内さんのように総資産が数兆円にもなる企業を作りあげるというのは、並大抵ではないと思います。宮内さんは以前、「会社を大きくしたら解決すると思っていた問題が、大きくなったことで解決しないばかりか、むしろ大変になった」とおっしゃっていましたね。

宮内 グループ全体で従業員数が3万人を越えたようです。

牛島 私の持論ですが、コーポレートガバナンスで最も大事なのは、雇用を生むことだと考えています。そのために優れたリーダーが必要です。企業のトップになる人は、自分が雇用を生み出しているとか、多くの従業員に生きがいを与え、充実した人生を送らせているなんて意識していないかもしれません。しかし、リーダーが頑張ると仕事が生み出されて、多くの迷える小羊が充実した人生を送ることができるようになる。リーダーになれる人はほんの一握りですが、多くの人にやりがいと人生の価値を提供する。これが私のガバナンス論の中核です。そう考えると、3万人の雇用を生み出した宮内さんは、まさに稀有な経営者ということになります。

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(みやうち・よしひこ)1935年生まれ、兵庫県神戸市出身。58年関西学院大学商学部卒業。60年米ワシントン大学経営学部大学院修士課程修了後、日綿實業(現双日)に入社。調査部、海外統括部、オリエント・リース設立準備事務所を経て、64年オリエント・リース(現オリックス)出向。80年代表取締役社長・グループCEOに就任。2000年代表取締役会長・グループCEO、03年取締役兼代表執行役会長・グループCEO。14年6月の株主総会後に取締役、会長・グループCEOを退任し、シニア・チェアマンに就く。94年度から10年間、経済同友会副代表幹事を務めたほか、規制緩和委員会委員長、総合規制改革会議議長、規制改革・民間開放推進会議議長等、規制緩和を進める政府関係審議会のトップを歴任。

宮内 私自身が今お話しいただいたような経営者かどうかは別にして、企業というものに完成はありません。常に成長を続けていく存在です。企業は常に途中経過であり、気を抜けばあっという間に転げおちます。

 成長しているということは、何らかの形で社会に貢献しているということを意味します。その貢献の一つが、牛島さんがおっしゃる雇用の創出であることは間違いないと思いますが、私はもう少し拡大解釈していて、それを「社会に経済的な富を提供すること」と考えています。雇用を含む“良いもの”を社会に提供しているということです。

牛島 そうなると、コーポレートガバナンスの意味はどうとらえられるのでしょうか。

宮内 企業が存続するためのプラットフォームのパートの一つでしょうね。ガバナンスのために企業があるわけではありません。極論すれば、ガバナンスを無視しても、世の役に立つ企業は存在しえる。ただ、ほとんどの場合、あまりうまくいかないので、ガバナンスを大事にしようと言われているんですね。

牛島 出光興産のような例もありますね。あれほどの規模の企業に育ちながら、(創業者である)出光佐三氏の時代は、非上場主義を貫いていた。佐三氏は「株式会社だっていかがわしい」と発言されていました。ガバナンスも同じかもしれません。

 宮内さんは例えば、後継者問題にしても、「トップが長く君臨することは必ずしも悪いことではない」とおっしゃっています。宮内さん自身は、既にオリックスグループのトップからは退かれていますが、「自分自身が経営を続けるメリットと、このまま続けて万一の時に突然いなくなるデメリット」を天秤にかけて退任されたとおっしゃられていました。そこで考えるのは、イノベーティブではない平均的な経営者であっても、企業を存続し、成長させていけるようにしようというのが、ガバナンスの一つの目的ではないかということです。

宮内 私は幸いにして、若い頃から欧米の会社のことを見聞する機会が多かった。自然と日本の会社と比較するわけですが、一番違うと思ったのは、社外役員の存在と、経営者が非常に社外役員に気を遣っているということです。当時の日本にも社外取締役はいましたが、まるで存在感が違う。また、日本と欧米の企業の経営力を考えると総合的に欧米のほうが上だと感じられた。その表れの一つが社外取締役だったのでしょう。確かにイノベーティブな経営者が存在することはベストですが、加えて“仕組み”があると、もっといい。日本にはその仕組みがなかったので、ガバナンスを提唱する必要性があったのです。

長期保有株主の議決権を増やすべき

牛島 そういった考えにはいつ頃至ったのでしょうか。

宮内 若い頃からアメリカの会社を見せてもらって、アメリカの会社の社外取締役をやらせていただいたりした頃から徐々に考え出しました。1980年代に社長になりましたが、その頃には、日本の企業は遅れていると感じていました。

牛島 80年代というと「ジャパン・アズ・ナンバーワン」で、日本はもうアメリカに勝っていると言われていた時代ですね。

宮内 個人的にはアメリカだろうが日本だろうが、勉強しなければならないと思っていました。

牛島 日本興業銀行の頭取もされていた中村金夫さんと経済同友会でコーポレートガバナンスの研究をされるようになったのは、その頃でしたね。

宮内 もともと日本にコーポレートガバナンスという考えはありませんでした。そこで中村さんが提唱されて、勉強を始めたんです。それが90年代半ばで、バブルが弾けて日本の様子がおかしくなってきた頃だったと思います。

牛島 そこでガバナンスの重要性をより強く意識したのでしょうか。

宮内 あの時代、日本の経営者はいろいろと言われました。能力がない、駄目だと、本当にいろいろと言われた。そこで何が違うんだと考えたら、先ほど言った「ガバナンスの仕組み」が日本の会社にはない。まずはそこに手を付けなければと考えたわけです。

牛島 その表れが社外取締役の積極的導入であり、もっと突っこんで言うと「株主のために働こう」ということなんですね。

宮内 その頃の私は「株主は神だ」と思っていました。経営者は株主に仕えるものだと思っていたんです。

牛島 過去形なんですね。また、「長期保有株主の議決権を増やすことを考慮すべきだ」ともおっしゃっている。そこは私も非常に共感できます。

宮内 中長期保有の株主と短期売買の株主は根本的に違う存在です。企業が社会に貢献しようとすると、普通の会社で中期的、業種によっては長期の視点が必要になります。短期視点で、直近の四半期で利益を出そうとする経営者は貢献できない。経営者が5年かけて企業を成長させようと考えているならば、それに寄りそうのが株主のあるべき姿です。だから長く株を保有するなら、その株主の議決権は3倍、5倍になって良い。それこそ、株主平等の原則に合致しているのではないでしょうか。

牛島 あえて言うならば、なかなかの極論ではありますね。

宮内 株主にはそれだけの責任があります。経営者に寄りそい、会社の成長に寄りそっていく責任がある。だからこそ、経営者にチェックを入れる資格ができるんです。昨日株を買って今日売るという人に、そういう責任は取れない。これは議決権ゼロでも良いくらいです。

牛島 そうなると短期株主の存在意義という問題が出て来ます。

宮内 私はマネーゲームを否定しません。短期も含め、売買が活発であればあるほど企業の適正な価値が分かる。それはとても重要な役割です。

株主などによる監視があるほうが経営者は楽

牛島 IT系の急成長している企業などは、上場をしても創業者でもある経営者が大多数の株を保有して、議決権も多数を占めているケースが多いのですが、こ20161004USHIJIMA_P02ういうやり方はガバナンスとしてはあるべき姿と言えるのでしょうか。

宮内 極端な姿だとは思いますが否定する理由はありません。ただ、短期保有者だけが株主という状態だと、経営者の視点も短期に迎合する危険性が生まれます。それは長期的経営にはリスクだと思います。経営者が間違えたらそれで終わりになってしまう。

牛島 例えば、アメリカのフォード・モーターでは、株式の4割を経営陣が握っています。

宮内 それはもう、マーケットも「そういう会社だ」と認識していますよね。その上でフォードの成長が最適になる仕組みになっているかどうかがポイントなんです。マーケットはそこで判断している。

 監視があると経営者は楽なんですよ。株主の監視だけではなく、いろんな仕掛けがあって縛られたほうが経営者は楽です。業績を落とすと怒る株主がいる。難しい会計原則で縛られる。顧問弁護士や監査役に注意を受ける。チェックする人と確認する仕組みが多いと、ミスは減ります。

牛島 ただ、宮内さんの経験の中で、「監視はいいから、黙って見ていてくれ」と感じたことはありませんか。

宮内 それはあります。そこは上場会社の悲哀だと思うんです。上場会社は外部に向けてみっともないところは見せられない。でも、本当はドタバタとしたほうがいいときもある。

 最近では、アメリカであえて非上場にしようという動きもありますが、それは理解できる。そのほうが経営的には自由度が上がりますから。

(後編に続く)

(うしじま・しん)1949年生まれ。東京大学法学部卒業後、東京地検検事、広島地検検事を経て弁護士に。牛島総合法律事務所代表として、多くのM&Aやコーポレートガバナンス関連の案件を手掛ける。97年『株主総会』(幻冬舎)で作家デビュー。この他、『株主代表訴訟』『買収者(アクワイアラー)』等、企業社会を舞台にした多くの作品がある。日本コーポレート・ガバナンス・ネットワーク(CGネット)理事長。上場会社など4社の社外役員を務めている。

コストカッターではなくイノベーティブな経営者を—宮内義彦×牛島信(後編)

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