政治・経済

「加藤の乱」が政治家人生の節目ではなかった

 長く「人間政治家」を取材してきて、その政治家が大きく変わる節目に出くわすことがある。

 それまでは政局でギラギラと目を輝かせ権力闘争を泳いでいたのに、いろんなことをきっかけにして、国家国民のために何をすべきかを真剣に自らに問い、政治家を全うしようという生き方に変わるのである。そのきっかけは、「政治的な失脚」だったり、「大きな病気」だったり「選挙に落選」したりとさまざまだ。

 9月9日に死去した加藤紘一氏。官房長官や自民党幹事長などを務め、首相候補とも言われた政治家だ。東大卒、外務官僚を経ての政治家への転身で、政策通のエリートでもあった。

 その加藤氏が政局に身を置いて大失敗したのが、俗に言われる「加藤の乱」だ。2000年11月、当時不人気の森喜朗内閣の不信任決議案へ賛成して、一気に政権を狙う賭けに出ようとしたが失敗。これを機に加藤氏がいた名門・宏池会も分裂。その後、求心力も失い、永田町では、多くの人たちがこの「加藤の乱」こそが政治家人生の節目と言う。

 しかし、私は違う。知られざるエピソードを紹介したい。

 02年、加藤氏の元事務所代表の脱税事件が発覚。加藤氏は責任を取ってこの年の3月に自民党を離党したが、自らの政治資金流用疑惑も発覚して03年4月には議員辞職。この年の11月にみそぎ選挙となった衆院選で返り咲き、自民党に復帰した。

 登院してまもなく、私は加藤氏と一対一で久々に話す機会を得た。再び永田町に戻ってきた加藤氏はこんなことを語った。

 「もう1回原点から始めようと政治家になって初めて選挙区を毎日、毎日くまなく回った。どんな山の中も分け入って、有権者の家にお邪魔して1対1で膝を突き合わして話した。気づかされたのが、一人一人、それぞれ人生があって、それぞれ“幸福観”が違うということだった」

 加藤氏の選挙区は、年配者が多い。当時、年金問題などが政治の焦点になっており、話は年金や医療・介護など社会保障になることが多かったのだが……。

 「おじいちゃん、おばあちゃん、これからの人生何をやりたい? 何が幸せ? と聞くと、本当にそれぞれだった。贅沢はいらないが10坪土地が欲しい、そこを畑にして自給自足して暮らしたい。1週間に一度町へ車で買い物に行きたい。孫の顔は見たい。病気になったら病院は近くにあればなおいい。そんな話を聞いて、自分が今まで得意になって考えたり偉そうに語ってきた社会保障政策って一体なんだったろうと思ったんだよね」

 そして加藤氏はこんなことを考えたという。

 「国会で、今生きている老若男女の日本人の“幸福観”を議論したらどうだろうかと。田舎に暮らす年配の夫婦は求めている幸福が都会の人たちとは全く違う。なのに、政治家や官僚は東京にいて、東京での生活を考えて年金がいくらとか決めている。社会保障制度がこうあるべきだとか議論している。それっておかしいよね。だから私は、全国の地方それぞれの暮らしの中から代表として選ばれてきている政治家が、国会で“幸福観”を徹底して何日もかけて議論する。その後に初めて、じゃあその多様な“幸福観”を満たし、その最大公約数の年金額っていくらという風に政策にしていく――、そんな政治をやるべきじゃないだろうか」

政治の本質と姿勢を言い当てた名言

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イラスト/のり

 そう延々と語る加藤氏の話を聞いて、エリート然として首相を目指していたそれまでとは全く別人格になったような、そしてそれは「愕然」ではなく、「感動」や「尊敬」に近い感情を私は抱いたのだった。

 加藤氏の盟友でもあり、当時国民の支持を得て飛ぶ鳥をも落とす勢いの小泉純一郎首相は、加藤氏が復帰して初めて会った時に「なんか加藤さん、雰囲気が変わったんだよなあ」と語っていたという。

 政治とカネで躓き、議員バッジを自らはずし、失意の中で有権者と向き合った。「加藤の乱」ではなく、政治家・加藤氏を変えた節目は、真剣に語り合った有権者たちとの時間だと私は思う。

 その後、加藤氏は要職に就くこともなかったが、一人一人の有権者の民意を反映させるためには中選挙区が望ましいと「中選挙区復活目指す議連」を超党派で作り民主党議員などとも一緒になって活動したり、なんと共産党機関紙「赤旗」のインタビューに応じ、安倍首相の集団的自衛権の行使容認を批判するなど、一人一人の主権や命を守るのが政治という政治信念を掲げて行動した。

 “幸福観”を国会で議論したらどうだろう、そこを大事にしていくのが本当の政策。回りくどくて青臭いが、私は「政治の本質や姿勢」を言い当てた名言だと思い続けている。

 

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