マネジメント

 本年から過労死等防止対策推進法を根拠に『過労死等防止対策白書』が厚生労働省において作成されることになった。加えて、このところ過労死認定の判例を目にすることが多い。ご存知かもしれないが“過労死”という言葉は、欧米諸国においても“KAROSHI”で通用してしまう。情けないことに日本発祥の言葉である。国が仕事(Work)と生活(Life)のバランスを保ち多様な働き方を志向する一方で、過労死問題は後を絶たない。過労死は絶対に起こしてはならない。この認識は、おそらく世間一般において共通の認識だと思われるのに、なぜなくならないのだろうか。今回は過労死について考えてみたい。[提供:経営プロ]

過労死が引き起こされる要因

 過労死に陥る要因は様々に指摘されているところであるが、主に大きく次の3つが関係していると思われる。

 第一が世代間のギャップだ。一般的に経営者層・管理職層が50〜60代であることが多く、若い頃は「モーレツ社員」であることが求められた世代である。この世代全員がそうだとは言わないが、働くことは美徳であり、家庭をかえりみないことを価値観とする傾向が高いように思われる。人間はどうしても自らの過去の体験を基準に考えてしまう。だから自分たちの若かりし頃の働き方を基準に比較するためギャップが生じてしまう。「残業100時間で過労死は情けない」という某大学教授の心無い発言も、こうした価値観が依拠しているものと推察される。

 第二はサービス産業へのシフトである。内閣府の発表によれば、GDP・雇用ともに約7割を占めている。ところが、欧米と比較すると日本のサービス産業の生産性は低く、国は生産性向上を課題として掲げている。

 この原因の一つとして考えられるのは、製造業のように作業組織を見直して作業管理を徹底し、生産性向上を志向する取り組みが低いことである。「サービス業はお客様あって……」という言葉を隠れ蓑にして、作業組織等の確立が難しい…あるいはあっても機能していない現実がある。ITを活用した業務効率化や作業短縮を図る工夫は可能なはずである。これをやらない(あるいは、できない)から結局、各社員の頑張り=マンパワーに依存している点が大きい。これが長時間労働を助長する一要因と言え、生産性があがらないことにも繋がっている。この点は、厚生労働省の『2016年版労働経済白書』において、「ソフトウェア等のIT 関連である情報化資産への投資」、「Off-JTを始めとする人的資本への投資」がともに脆弱だと指摘された点からも窺い知ることができる。

 第三は、法制度が現代に追いついていない点だ。労働基準法では、労働者に時間外・休日労働をさせる場合、労使協定(36協定)を締結し管轄労基署に届け出ることが規定されている。これによって協定内で謳われた時間数まで残業させることが可能となる。もちろん、協定内の時間を超えて残業させれば違法となるが罰則(6か月以下の懲役又は30万円以下の罰金)が弱い。また、時間外の上限が「限度時間基準(大臣告示)」として存在するが、特別条項というカードを切ることによって事実上ないに等しい。残業時間が100時間超といった過労死問題が生じている事実こそその証左である。

おわりに

 しばしば人は間違いを犯す生き物であると言われることがある。人事労務の過ちという観点では、例えば過労死も残業代の未払いも同じ経営陣による過ちであると言えよう。ただ誤解を恐れずに言うならば、残業代未払いは支払えば一応問題は解決する(筆者は残業代未払いを推奨している訳ではない)。しかし、過労死の問題だけは別だ。人命は一度失えば取り返すことができない。だから、人の生命・身体に係る事柄は経営管理上、他の何よりも最優先すべきものである。

 かつて、週法定労働時間が48時間という時代があった。段階的な改正によって週40時間制へと移行した経緯がある。当時は週40時間など到底実現できないと言われていたが、蓋を開けてみれば多くの企業が週40時間を原則に遵守している。

 筆者は何でも法規制することが良いことだとは思わない。しかし、人命という取り返しのつかない過ちを防止しなければならない問題であるからこそ、一定の縛りを設けることは有用なのではないだろうか。法規制だけで過労死問題のすべてが解決されるとは思わないが、先で述べた要因を取り除き、問題解決の一つの突破口となり得るのではないかと思うのだ。

 最後に、長時間労働を放置する会社にとって過労死は常に隣り合わせの問題である。決して他人事ではない。中小企業にとっては一発倒産にもなりかねない労務リスクである。起こってからでは遅い。このことを改めて認識し国も企業も早急な防止策がとられることを切に願う。労働時間の長短と生産性が比例する時代はとうに終焉している。【SRC・総合労務センター 株式会社エンブレス 特定社会保険労務士 佐藤正欣】

keieipro_logo_R

 

 

 

【経営プロ関連記事】

日本における人事労務管理制度の不思議

長時間労働削減に必要な視点

官僚制組織のアキレス腱

「かとく」と「過重労働特別監督管理官」が始動する!

「やらない」・「断る」という経営判断

「労使双方幸せな企業になるための就業規則活用法(後編)

関連記事

好評連載

銀行交渉術の裏ワザ

一覧へ

融資における金利固定化(金利スワップ)の方法

[連載] 銀行交渉術の裏ワザ(第20回)

銀行交渉術の裏ワザ

[連載] 銀行交渉術の裏ワザ(第19回)

定期的に銀行と接触を持つ方法 ~円滑な融資のために~

[連載] 銀行交渉術の裏ワザ(第18回)

メインバンクとの付き合い方

[連載] 銀行交渉術の裏ワザ(第17回)

銀行融資の裏側 ~金利引き上げの口実とその対処法~

[連載] 銀行交渉術の裏ワザ(第16回)

融資は決算書と日常取引に大きく影響を受ける

元榮太一郎の企業法務教室

一覧へ

社内メールの管理方法

[連載]元榮太一郎の企業法務教室(第20回)

企業法務教室

[連載]元榮太一郎の企業法務教室(第19回)

タカタ事件とダスキン事件に学ぶ 不祥事対応の原則

[連載] 元榮太一郎の企業法務教室(第18回)

ブラック企業と労災認定

[連載] 元榮太一郎の企業法務教室(第17回)

電話等のコミュニケーション・ツールを使った取締役会の適法性

[連載] 元榮太一郎の企業法務教室(第16回)

女性の出産と雇用の問題

本郷孔洋の税務・会計心得帳

一覧へ

税務は人生のごとく「結ばれたり、離れたり」

[連載] 税務・会計心得帳(最終回)

税務・会計心得帳

[連載] 税務・会計心得帳(第18回)

グループ法人税制の勘どころ

[連載] 税務・会計心得帳(第17回)

自己信託のススメ

[連載] 税務・会計心得帳(第16回)

税務の心得 ~所得税の節税ポイント~

[連載] 税務・会計心得帳(第15回)

税務の心得 ~固定資産税の取り戻し方~

子育てに学ぶ人材育成

一覧へ

意欲不足が気になる社員の指導法

[連載] 子どもに学ぶ人材マネジメント(第20回)

子どもに学ぶ人材マネジメント

[連載] 子どもに学ぶ人材マネジメント(第19回)

子育てで重要な「言葉」とは?

[連載] 子どもに学ぶ人材マネジメント(第18回)

女性社員を上手く育成することで企業を強くする

[連載] 子どもに学ぶ人材マネジメント(第17回)

人材育成のコツ ~部下の感情とどうつきあうか~

[連載] 子どもに学ぶ人材マネジメント(第16回)

人材育成 ~“将来有望”な社員の育て方~

ビジネストレンド新着記事

注目企業

一覧へ

不動産のノウハウや技術を生かしサステナブルインフラへ―いちご

現存の不動産に新しい価値を創造する「心築(しんちく)事業」とJ‐REIT運用、太陽光などのクリーンエネルギー事業が主力。社名の「いちご」は一期一会に由来しており、サステナブルインフラを通じて日本の社会を豊かにすることを目指している。文=榎本正義(『経済界』2019年9月号より転載) 長谷川拓…

次世代車向け先進技術を応用する日本発プラットフォーマー ―イーソル

社員に奨学金を提供―ミツバファクトリーが実践する中小企業が勝つための福利厚生とは

新社長登場

一覧へ

「若者需要の開拓でビール市場を盛り上げていく」塩澤賢一(アサヒビール社長)

アサヒグループ食品の副社長から、この3月にアサヒビールの社長に就任した塩澤賢一氏。長年、ビール営業畑を歩み、マーケティングを兼ねた繁華街歩きを趣味にしている。街の変化から世の中の流れを読む塩澤新社長が挑むのは低迷するビール市場の活性化。若者需要を伸ばしつつ、スポーツイベントを商機として攻勢をかけていく。聞き手…

「事業部門の連携を活性化させ営業利益100億円を目指す」 内藤宏治(ウシオ電機社長 )

地域に根差した証券会社が迎えた創業100周年―藍澤卓弥(アイザワ証券社長)

イノベーターズ

一覧へ

シリコンバレーへの挑戦が生んだ「起業家と投資家が待ち望んだサービス」― 戸村光・ハックジャパンCEO

起業家のスタンスとして、画期的な技術やビジネスモデルを社会で活かすことを目的としたイノベーション先行型もあれば、社会課題解決を最優先とし、そこに必要な技術やノウハウを当てはめていくやり方もある。ハックジャパンCEOの戸村光氏の場合は後者。対象となる課題は「身の周りの気付いたことすべて」だ。(取材・文=吉田浩)…

「測量美術」が起こす道路工事のイノベーション―草木茂雄・エムアールサポート社長

IT化で変革する産業廃棄物処理の世界―福田隆(トライシクルCEO)

大学の挑戦

一覧へ

専門分野に特化した“差別化戦略”で新設大学ながら知名度・ブランド力向上を実現――了徳寺大学・了徳寺健二理事長・学長

2000年設立で、了徳寺大学が母体のグループ法人。医療法人社団了徳寺会をグループ内に持つ。大学名の「了」は悟る、了解する、「徳」は精神の修養により、その身に得た優れた品性、人格を指す。「了徳寺」は人間としての品性、道を論す館の意味を込めた大学名だ。 聞き手=本誌/榎本正義 、写真/佐々木 伸 …

大学の挑戦

創立100周年、西南学院大学・K.J.シャフナー学長「世界に貢献しインパクトを与える人材を育てる」〜国際交流・就職支援・インターネット出願〜 

「“STAND BY YOU”のスローガンの下、学生一人ひとりに寄り添う教育を」――中央学院大学・佐藤英明学長

経済界からのお知らせ

最新号のご案内

経済界2019年9月号
[特集] 東京五輪以降──ニッポンの未来
  • ・2度目の東京五輪 今度はどんなレガシーが生まれるのか
  • ・高岡浩三 ネスレ日本社長兼CEO
  • ・脱CO2の切り札となる水素活用のスマートシティ
  • ・五輪契機にテレワーク普及へ「柔軟な働き方でハッピーに」
  • ・ワーケーション=仕事×余暇 地域とつながる新しい働き方
  • ・「ピッ」と一瞬で決済完了! QRしのぐタッチ決済の潜在力
  • ・東京五輪で懸念される調達リスク
  • ・フェアウッド100%使用にこだわる佐藤岳利(ワイス・ワイス社長)の挑戦
[Special Interview]

 原田義昭(環境大臣・内閣府特命担当大臣)

 世界の脱炭素化、SDGs「環境」が社会を牽引する

[NEWS REPORT]

◆フェイスブックの「リブラ」で仮想通貨も「GAFA」が支配

◆脱炭素社会へ 鉄リサイクルという光明

◆PBの扱いを巡り業界二分 ビール商戦「夏の陣」に異変あり

◆中国の次は日本に矛先? トランプに脅える自動車業界の前途

[特集2]

 北の大地の幕開け 北海道新時代

・ 鈴木直道(北海道知事)

・ 岩田圭剛(北海道商工会議所連合会会頭)

・ 安田光春(北洋銀行頭取)

・ 笹原晶博(北海道銀行頭取)

・ 佐々木康行(北海道コカ・コーラボトリング社長)

・ 會澤祥弘(會澤高圧コンクリート社長)

・ 佐藤仁志(北海道共伸特機社長)

・ 内間木義勝(ムラタ社長)

ページ上部へ戻る