政治・経済

20170110KIYOTA_P01

(きよた・あきら)1945年福岡県生まれ。69年早稲田大学政経学部を卒業し大和証券入社。74年ワシントン大学でMBAを取得。取締役、常務、副社長を経て99年大和証券SBキャピタル・マーケッツ(現大和証券)社長、2004年大和証券グループ本社副会長、大和総研理事長、08年会長、11年名誉会長。15年日本取引所グループ・グループCEOに就任した。

2016年の株価は大発会以降低調な相場が続いたが、トランプ次期大統領が決まったあと、円安が進み株価も年初来高値をつけた。果たして17年はいかなる年になるのか。また日本経済活性化のために何が必要なのか。日本取引所グループの清田瞭グループCEOに聞いた。聞き手=本誌/関 慎夫 写真=佐藤元樹

個人の銀行預金も事実上のマイナス金利

―― 米大統領選でトランプ氏が当選するまでは厳しい相場が続いていました。この1年を振り返った感想はいかがですか。

清田 2015年夏のチャイナショック以降の世界的な経済の不安定が日本にも波及してきたために、16年の株式市場は厳しいスタートとなりました。1月末に日本銀行がマイナス金利を導入しましたが、残念ながら必ずしも日銀やマーケットの思惑どおりにはならなかったように思われますし、6月にはブレグジット、そして米大統領選でトランプ候補の躍進もあって、先行きが見えなくなってしまいました。その結果、ブレグジット直後には為替が1ドル=100円を割る円高となるなど、日本経済にとってアゲンストとなり、株価も低調に推移しました。

―― ところがトランプ氏の当選した直後に株価は暴落したものの、翌日から跳ね上がりました。今後どうなっていくと予想されますか。

清田 もしクリントン大統領誕生だったなら、オバマ政権とそれほど大きな政策の違いはなかったでしょうが、トランプ次期大統領がどのような方針で臨むのか、現段階では読めないところがあります。心配なのは、アメリカの政策変更により、世界の外交、軍事が不安定化してしまうことです。

ただ、足元では米国金利の上昇と日銀のイールドカーブ・コントロールによって日米金利差が拡大したことで円安が進み、17年3月期の日本の企業業績は改善期待が出てきています。そういう意味では、今から振り返ると9月の日銀の政策変更は絶妙のタイミングだったと言えるわけですが、いずれにせよ、トランプ氏の当選を必ずしも悲観的にばかり受け止める必要はないのではないでしょうか。

―― 新大統領の方針如何で、日本経済にも大きな影響がありそうです。ただでさえ日本はデフレから脱却できず個人消費も回復しません。

清田 個人消費に関して言えば、今の金利では1千万円預けても利息は100円にもならない。その一方でATMを利用すると手数料を108円も取られてしまう。月に1回利用しても年間では約1300円。これは事実上のマイナス金利です。金融資産が利息を生まないわけですから、自分の老後を考えると今の消費を抑えて貯めようと考える。これでは個人消費は伸びず、物価も上がらない。結果、なかなかデフレから脱却できない状態が続いています。

定着してきた資本の生産性重視

―― 企業収益も、ここにきて伸び悩んでいます。かねてから日本企業のROEの低さが課題になっていますが、中間決算では業績の低迷に伴いさらに低下しています。

清田 前期の上場企業の平均ROEは8.5%でしたが、この中間期では7%台に低下しています。でも業績の落ち込みに比べると、ROEの下げ方のほうが小さくなっています。これは、企業経営者が資本の生産性を重視していることの表れです。

 日本取引所グループは、15年6月に「コーポレートガバナンス・コード」を発表しています。これは実効的なコーポレートガバナンスの実現に資する主要な原則を取りまとめたもので、上場企業に対してはこの適用を求めています。

 このコードの中には企業の資本の生産性を重視する経営への方向転換がうたわれています。利益に比べROEの落ち込みが小さかったのは、生産性重視が着実に進んできたのではないでしょうか。具体的には、不要不急の株式の持ち合いの解消や、有効に使われていないキャッシュを配当や自社株買いに回す動きが定着してきました。結果的にこれが資本の生産性向上につながっています。

 もちろん、欧米企業に比べればまだ低い水準にとどまっていますが、経営者のマインドは確実に変わってきています。上場企業に対しては、決算のたびにコーポレートガバナンス報告書を出してもらっていますが、そこに書いたことは経営者にしてみれば約束ごとになります。日本の経営者は責任感が強いので、約束したことは守ろうとする。ですから、経営者の財務に対する意識は非常に高くなっています。

―― 財務部門を戦略的に活用しようとする企業が増えています。

清田 そのとおりです。マイナス金利の時代の到来が、それを加速しています。資金調達のコストがこれほど安い時代はありませんでした。ですからソフトバンクのように積極的なM&Aに打って出る企業も多い。財務戦略を考えるうえで、低金利は大きなチャンスを与えてくれています。

出生率アップへ大胆な出生手当

―― アベノミクスも5年目を迎えます。残念ながらスタート時の勢いはなく、日銀も量的緩和から金利誘導へと舵を切りましたが、なかなか有効な施策が打ち出しにくくなっています。

清田 15年に安倍首相は、「新.3本の矢」を発表しました。「GDP600兆円」「出生率1.8」「介護離職ゼロ」からなりますが、これはあくまで目標であって、そのために何をするべきか明確ではありません。

 私はかねてから、政府はもっと積極的に人口問題に踏み込むべきだと考えています。財政出動にしても、モノではなく出生率引き上げにつなげるために使う。今でも待機児童ゼロへの取り組みなどを行っていますが、既に生まれた子どもへの支援です。それよりも、子どもを産みたくなる政策が必要です。子どもを産んでも経済的な苦労をする必要がない仕組みをつくる。私は10年前、大和総研理事長だった時代に、子ども1人につき毎月10万円の子ども出生手当を支給すべきと提案しました。このくらいのことをしなければ、出生率を伸ばすことはできません。

―― 財源はどうするのですか。

清田 日本再生勘定という特別会計をつくり、日本再生国債という国債を発行し、子ども手当に使います。

 10年前の試算では、これにより毎年200万人の子どもが生まれる見込みでしたので、新生児から20歳までの子ども全員に手当を支給すると、年間48兆円が必要です。その一方で、消費税は20%(当時の5%→20%)に引き上げると年間約38兆円の増収が見込まれるため、差し引きすると年間10兆円の赤字です。ただ、4%程度の成長が期待されるため、40年後には特別会計は黒字化し、60年後には1千兆円の公的債務を完済できるというシミュレーション結果になりました。

 残念ながら、10年前より人口増のペースも落ちると考えられますし、国家財政は悪化しているため、同じ結果にはなりませんが、出生率を上げたいのなら、ここまで思い切った政策を取る覚悟が必要なのです。

個人投資家の信用を得るために

―― 「貯蓄から投資へ」というスローガンが使われるようになってから随分と時間がたちました。でもこれだけの低金利であるにもかかわらず、個人金融資産に対する預貯金の比率は今でも5割を上回ります。なぜ株式に回らないのでしょう。

清田 1980年代のNTT上場や15年の郵政3社の上場時には一時的に個人投資家が増えました。でも値上がりするとすぐに売って、株から離れてしまっています。

 なぜかと言えば、証券会社および証券市場が個人投資家の信用を十分には得られていないためです。残念ながら、何年かに一度、株価は大きく値を下げます。最近ではリーマンショックや東日本大震災で株価が下がりました。こういう「危機」があると、個人投資家は市場から逃げてしまいます。本来なら、長期保有でそれを乗り切れば、株は運用先として非常に魅力があるのに、そこを我慢できない。われわれは、投資家からより高い信頼を獲得し、苦しい相場でも証券市場に参加し続けてもらえるような関係を築く努力が必要なのではないかと考えています。

 金融庁の森信親長官は「フィデューシャリー・デューティー」(受託者責任)という言葉をよくお使いになりますが、これは不透明な手数料収入など、日本の投資・運用業界の問題点を指摘した言葉です。つまり証券会社など金融機関が、自社の利益よりも投資家の利益を優先し投資家目線で提案できるようにならないことには個人投資家の信用は得られないということをおっしゃっています。

 同時にわれわれは、投資家の金融リテラシーを高める努力をこれまで以上にやっていかなければなりません。東京証券取引所では、社会人を対象にセミナーを開くなどの活動を行っていますが、こういう機会を通じて、金融経済に関する知識や情報を提供しています。

 株式投資を一気に増やすような施策はありませんが幸いNISAによって投資に興味を持つ人も増えていますし、今後は積み立て型NISAも解禁されるなど、条件が整ってきました。これからも地道な努力を続けていこうと考えています。

 

雑誌「経済界」定期購読のご案内はこちら

経済界電子版トップへ戻る

関連記事

好評連載

深読み経済ニュース

一覧へ
一般社団法人かぎろい出版マーケティング代表 西浦孝次氏

[連載] 深読み経済ニュース解説

2015年の経済見通し

[連載] 深読み経済ニュース解説

再デフレ化に突入し始めた日本経済

[連載] 深読み経済ニュース解説

消費税率引き上げ見送りの評価と影響

[連載] 深読み経済ニュース解説

安倍政権が解散総選挙を急ぐ理由

実録! 関西の勇士たち

一覧へ

稀有のバンカー、大和銀行・寺尾威夫とは

[連載] 実録! 関西の勇士たち(第20回)

実録! 関西の勇士たち

[連載] 実録! 関西の勇士たち(第17回)

三和銀行の法皇・渡辺忠雄の人生

[連載] 実録! 関西の勇士たち(第14回)

住友の天皇・堀田庄三の人生

[連載] 実録! 関西の勇士たち(第11回)

商売の神様2人の友情 江崎利一と松下幸之助

[連載] 実録! 関西の勇士たち(第7回)

関西財界の歴史―関経連トップに君臨した芦原義重の長期政権

ビジネストレンド新着記事

注目企業

一覧へ

売上実績トップ企業に聞く「住宅リフォームの最新トレンドと課題」―榎戸欽治・ニッカホーム会長

素人にはなかなか分かりにくい住宅リフォームの世界。最近の業界動向と事業戦略について、売り上げ規模で全国ナンバーワンを誇るニッカホーム創業者の榎戸欽治会長に聞いた。(聞き手=吉田浩)榎戸欽治氏プロフィールリフォーム業界におけるニッカホームの競争力水廻りと木工事を絡めた中型リフ…

榎戸欽治・ニッカホーム会長

家族葬のファミーユが目指す「生活者目線で故人に寄り添う」葬儀の形

不動産のノウハウや技術を生かしサステナブルインフラへ―いちご

新社長登場

一覧へ

カリスマ創業者の後任として描く「新しいマネックス証券像」― マネックス証券社長 清明祐子

2019年4月、国内インターネット専業証券で初の女性社長が誕生した。創業者であり、カリスマ社長と呼ばれた松本大前社長から後任を託されたのが清明祐子氏。清明氏は09年にマネックスグループに入社し、子会社社長やグループ役員を経て、マネックス証券の社長に就任した。清明社長はカリスマの後任としてどんな会社をつくってい…

マネックス証券社長 清明祐子

「若者需要の開拓でビール市場を盛り上げていく」塩澤賢一(アサヒビール社長)

「事業部門の連携を活性化させ営業利益100億円を目指す」 内藤宏治(ウシオ電機社長 )

イノベーターズ

一覧へ

シリコンバレーへの挑戦が生んだ「起業家と投資家が待ち望んだサービス」― 戸村光・ハックジャパンCEO

起業家のスタンスとして、画期的な技術やビジネスモデルを社会で活かすことを目的としたイノベーション先行型もあれば、社会課題解決を最優先とし、そこに必要な技術やノウハウを当てはめていくやり方もある。ハックジャパンCEOの戸村光氏の場合は後者。対象となる課題は「身の周りの気付いたことすべて」だ。(取材・文=吉田浩)…

戸村光・ハックジャパンCEO

「測量美術」が起こす道路工事のイノベーション―草木茂雄・エムアールサポート社長

IT化で変革する産業廃棄物処理の世界―福田隆(トライシクルCEO)

大学の挑戦

一覧へ

専門分野に特化した“差別化戦略”で新設大学ながら知名度・ブランド力向上を実現――了徳寺大学・了徳寺健二理事長・学長

2000年設立で、了徳寺大学が母体のグループ法人。医療法人社団了徳寺会をグループ内に持つ。大学名の「了」は悟る、了解する、「徳」は精神の修養により、その身に得た優れた品性、人格を指す。「了徳寺」は人間としての品性、道を論す館の意味を込めた大学名だ。 聞き手=本誌/榎本正義 、写真/佐々木 伸 …

大学の挑戦

創立100周年、西南学院大学・K.J.シャフナー学長「世界に貢献しインパクトを与える人材を育てる」〜国際交流・就職支援・インターネット出願〜 

「“STAND BY YOU”のスローガンの下、学生一人ひとりに寄り添う教育を」――中央学院大学・佐藤英明学長

経済界からのお知らせ

最新号のご案内

経済界2019年12月号
[特集] 沸騰する食ビジネス!!
  • ・食ビジネスが熱い!! 未来型食品が社会課題を解決する
  • ・市場規模70兆円! 食ビジネスが過熱するわけ
  • ・完全バランス栄養食で誰もがラクして健康になれる
  • ・人工光型植物工場で世界の食と農に新しい常識を
  • ・宇宙食ビジネスで勝ちに行く 10年後に5千億円市場創出へ
  • ・“大人の給食”で栄養の基盤をつくる
  • ・人工肉で糖質制限者に無制限のおいしさを
  • ・テクノロジーで高品質なジビエ調達が可能に
  • ・昆虫食ビジネスの時代到来
[Special Interview]

 伊藤秀二(カルビー社長)

 掘り出そうカルビーの未来

[NEWS REPORT]

◆エンジニアへの高額給与で 富士通は生まれ変われるか

◆豊田章男・自工会会長が挑む東京モーターショー100万人

◆消費増税で現金主義は終焉 キャッシュレス時代が到来した

◆加速するeスポーツ市場! インテルが東京で世界大会を開催

[総力特集]

経済界創刊55周年記念 新しい日本のかたち

東京1964からの55年と東京2020以降の日本の姿

ページ上部へ戻る