政治・経済

20161004NISA

個人型DC(確定拠出型年金)が年明けからスタートした。その市場は1兆円規模とも言われており、銀行や証券、生保などが熾烈な獲得競争を行うと思われていた。しかしフタをあけてみれば、滑り出しは極めて静か。その理由を探った。文=ジャーナリスト/野原幸一

NISAを超える国民的商品に育てる

 確定拠出型年金は従来、企業ベースでの利用が原則とされた。このため、企業の正社員であるサラリーマン、OLに対象が限定されていたが、老後生活の安定、あるいは若年層の資産形成の必要性が叫ばれるなかで、制度利用の間口を国民各層に広げる潮流が強まっていた。年明けの対象拡大によって、公務員や専業主婦までが個人型DCを利用できるようになった。

 愛称は「iDeCo(イデコ)」。「individual-type Difined Contribution pention plan」という英語表記の頭文字をとったものだ。非課税少額投資制度のNISAが予想を上回る普及となったことにちなんだ「親しみやすい名称」(大手証券筋)だと言う。果たして、その期待どおりに普及するかどうか。これからの状況を見守るしかないが、少なくとも、同制度を取り扱う証券業界や銀行業界は並々ならぬ力の入れようだ。

 それもそのはずである。なにしろ、同制度の税優遇は厚い。掛け金は所得税の対象である所得から控除され、運用で生じた利息配当収入も非課税扱い。さらには、将来の年金給付金も税控除となる。税制優遇措置という面では「NISAを超える国民的商品になる条件を備えている」(同)わけであり、証券会社や銀行にとっては、個人マネーを取り込む絶好のビジネスチャンスとなりえるからだ。

 ところが、である。なぜか、NISAの解禁前後にみせられたような、激しい顧客口座獲得競争はいまのところ、影を潜めている。これは金融庁がフィデューシャリー・デューティー(顧客本位の業務運営)を証券、銀行両業界に強く求めているなかで、営業の過熱を抑制するムードになっているからでもある。だが、最大の理由は「20年にも及ぶ資産形成商品の販売のやり方が分からない」(準大手証券)というところにあるようだ。

 それでも、何もしていないというわけではない。例えば、リテールバンクの代表と言えるりそなグループでは独自の戦略を明確化させている。同グループは、親密なフィナンシャル・プランナー(FP)と契約して取り組む方式を導入した。具体的には、FPがりそなの顧客である個人宅や職場を訪問して、個人版DCの制度説明や利用方法を無料相談という形式で行う。1回1時間を目安にした相談業務で、原則2回までは無料と言う。

 一方、証券業界では、野村、大和という独立系大手証券会社が独自の営業スタイルを導入している。野村の場合、長期運用に適した投信をラインアップ化し、さらに顧客が支払うことになる運営管理手数料を無料化するキャンペーンを2018年3月まで実施。大和は手数料引き下げ戦略には与せず、制度理解のための活動に徹するスタンスにある。例えば、同社のホームページのウェブ動画で制度のポイントなどを丁寧に説明する手法などをとっている。これは野村も同様で、ウェブサイト、あるいはコールセンター機能などの活用を具体化させている。

銀行業界の本音は「収益メリットは小さい」

 そんな証券業界のなかで漂っているのは、「やはり、銀行優位になるのではないか」(大手証券幹部)という焦りだ。これは、企業ベースの導入方式である従来型DCの利用状況をみると、利用商品に預金を選択する人が半数近くになっているからだ。

 「何十年という長期の運用にもかかわらず、証券投資が選ばれないのはやはり、銀行の力が圧倒的に強いからだ」

 ある中堅証券のトップがこうぼやくほどなのだ。とくに、今回は、掛け金、配当利息収入、年金給付金という三段構えの非課税メリットが備わっており、この点がことさら強調されると資産形成という面よりも「預金で非課税」という理解が利用層の間で広がりかねない。従来以上に利用者のマネーが預金口座に流入する可能性があるわけだ。

 もっとも、マイナス金利の時代にあって、銀行も預金流入を回避したいという想いはある。そこで、「極力、投資信託の利用を促したい」(メガバンク)考えだが、そうなるかどうかは最終的には利用者の判断次第だ。

 証券会社も銀行も投信販売では顧客が購入時に支払う販売・募集手数料の獲得に向けたセールスを展開してきた。その発想からすると、次から次へと商品を乗り換えるのではなく、一つの商品を選んで、じっくり積み立て投資することを前提とする個人型DCは「収益メリットは低い」とある銀行幹部はホンネを語る。そのうえ、証券も銀行も個人型DCと並行して導入準備が進んでいる積み立てNISAへの対応にも迫られている。

 「いずれもシステム投資などコストを費やさざるを得ない」(大手銀行)とあって、実は、対応には頭を痛めている。

 かくして、1月、政府の肝いりで開始した個人型DCセールスはきわめて静かなスタートとなったが、それでも、個人型DCが個人マネー取り込みの有力商品であることはまちがいない。証券業界が「銀行優位」と警戒するなかで、そのうち、いずれかの証券会社が顧客獲得のテンションを一挙に高めることもないわけではない。しばらくは、そんなライバルの動きを見極めるにらみ合いが続きそうな雲行きだ。

 

雑誌「経済界」定期購読のご案内はこちら

経済界電子版トップへ戻る

関連記事

好評連載

深読み経済ニュース

一覧へ
一般社団法人かぎろい出版マーケティング代表 西浦孝次氏

[連載] 深読み経済ニュース解説

2015年の経済見通し

[連載] 深読み経済ニュース解説

再デフレ化に突入し始めた日本経済

[連載] 深読み経済ニュース解説

消費税率引き上げ見送りの評価と影響

[連載] 深読み経済ニュース解説

安倍政権が解散総選挙を急ぐ理由

実録! 関西の勇士たち

一覧へ

稀有のバンカー、大和銀行・寺尾威夫とは

[連載] 実録! 関西の勇士たち(第20回)

実録! 関西の勇士たち

[連載] 実録! 関西の勇士たち(第17回)

三和銀行の法皇・渡辺忠雄の人生

[連載] 実録! 関西の勇士たち(第14回)

住友の天皇・堀田庄三の人生

[連載] 実録! 関西の勇士たち(第11回)

商売の神様2人の友情 江崎利一と松下幸之助

[連載] 実録! 関西の勇士たち(第7回)

関西財界の歴史―関経連トップに君臨した芦原義重の長期政権

ビジネストレンド新着記事

注目企業

一覧へ

売上実績トップ企業に聞く「住宅リフォームの最新トレンドと課題」―榎戸欽治・ニッカホーム会長

素人にはなかなか分かりにくい住宅リフォームの世界。最近の業界動向と事業戦略について、売り上げ規模で全国ナンバーワンを誇るニッカホーム創業者の榎戸欽治会長に聞いた。(聞き手=吉田浩)榎戸欽治氏プロフィールリフォーム業界におけるニッカホームの競争力水廻りと木工事を絡めた中型リフ…

榎戸欽治・ニッカホーム会長

家族葬のファミーユが目指す「生活者目線で故人に寄り添う」葬儀の形

不動産のノウハウや技術を生かしサステナブルインフラへ―いちご

新社長登場

一覧へ

カリスマ創業者の後任として描く「新しいマネックス証券像」― マネックス証券社長 清明祐子

2019年4月、国内インターネット専業証券で初の女性社長が誕生した。創業者であり、カリスマ社長と呼ばれた松本大前社長から後任を託されたのが清明祐子氏。清明氏は09年にマネックスグループに入社し、子会社社長やグループ役員を経て、マネックス証券の社長に就任した。清明社長はカリスマの後任としてどんな会社をつくってい…

マネックス証券社長 清明祐子

「若者需要の開拓でビール市場を盛り上げていく」塩澤賢一(アサヒビール社長)

「事業部門の連携を活性化させ営業利益100億円を目指す」 内藤宏治(ウシオ電機社長 )

イノベーターズ

一覧へ

シリコンバレーへの挑戦が生んだ「起業家と投資家が待ち望んだサービス」― 戸村光・ハックジャパンCEO

起業家のスタンスとして、画期的な技術やビジネスモデルを社会で活かすことを目的としたイノベーション先行型もあれば、社会課題解決を最優先とし、そこに必要な技術やノウハウを当てはめていくやり方もある。ハックジャパンCEOの戸村光氏の場合は後者。対象となる課題は「身の周りの気付いたことすべて」だ。(取材・文=吉田浩)…

戸村光・ハックジャパンCEO

「測量美術」が起こす道路工事のイノベーション―草木茂雄・エムアールサポート社長

IT化で変革する産業廃棄物処理の世界―福田隆(トライシクルCEO)

大学の挑戦

一覧へ

専門分野に特化した“差別化戦略”で新設大学ながら知名度・ブランド力向上を実現――了徳寺大学・了徳寺健二理事長・学長

2000年設立で、了徳寺大学が母体のグループ法人。医療法人社団了徳寺会をグループ内に持つ。大学名の「了」は悟る、了解する、「徳」は精神の修養により、その身に得た優れた品性、人格を指す。「了徳寺」は人間としての品性、道を論す館の意味を込めた大学名だ。 聞き手=本誌/榎本正義 、写真/佐々木 伸 …

大学の挑戦

創立100周年、西南学院大学・K.J.シャフナー学長「世界に貢献しインパクトを与える人材を育てる」〜国際交流・就職支援・インターネット出願〜 

「“STAND BY YOU”のスローガンの下、学生一人ひとりに寄り添う教育を」――中央学院大学・佐藤英明学長

経済界からのお知らせ

最新号のご案内

経済界2019年11月号
[特集] AIが知りたい!
  • ・IT未開の地に挑戦 産業構造をAIが変える!
  • ・AIは物理世界がまだ苦手 汎用ロボットの作り方
  • ・データ分析の起点は「何があれば経営に役立つか」
  • ・AI活用事例
  • ・ワトソン君は業務システムと連携する
  • ・米国で加熱する人工知能ブーム AIは21世紀最大のゲームチェンジャーか
[Special Interview]

 小川啓之(コマツ社長)

 「“経験知”に勝るものはない」コマツ新社長が語る未来

[NEWS REPORT]

◆SBIが島根銀行への出資の先に見据える「第4メガバンク構想」

◆家電同士がデータを共有 クックパッドが描くキッチンの未来

◆新薬の薬価がたった60万円! 日の丸創薬ベンチャーは意気消沈

◆1で久々の優勝を果たすもホンダの4輪部門は五里霧中

[総力特集]

 人材育成企業21

 SBIホールディングス/サイボウズ/メルカリ/ティーケーピー/シニアライフクリエイト/イセ食品/センチュリオン/タカミヤ/中央建設/アドバンテック/合格の天使/明泉学園/オカフーズ

ページ上部へ戻る