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「生活にそぐわないものは廃れ、新しいしきたりが生まれる。葬儀のやり方も同様です」――島田裕巳(宗教学者)

宗教学者 島田裕巳氏

 予測どおりに多死社会が到来し、葬儀市場の規模は拡大すると見られていたが、現実にはそうなっていない。死亡者数の伸びに反比例して、葬儀費用が下落しているからだ。意識の変化もあるが、そもそもしきたりに伝統的なものなどなく、そう思い込まされているだけだと島田裕巳氏は過去の歴史を踏まえながら言う。

多死社会到来を前にして市場規模はなぜ横ばいに

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(しまだ・ひろみ)1953年東京都生まれ。東京大学文学部宗教学宗教史学専修課程卒業、東京大学大学院人文科学研究課博士課程修了。放送教育開発センター助教授、日本女子大学教授、東京大学先端科学技術研究センター特任研究員を歴任。現在は作家、宗教学者、東京女子大学非常勤講師。主な著書に『創価学会』『日本の10大新宗教』『葬式は、要らない』『浄土真宗はなぜ日本でいちばん多いのか』などがある。特に『葬式は、要らない』は30万部のベストセラーになる。

 戦後のベビーブームで、将来多死社会が到来することは予想されていて、それが現実になりました。昭和40年ごろ年間60万人ほどだった死亡者数は平成の時代になるとどんどん増えて100万人を超え、今や130万人。このままいくと160万人になる、葬儀市場も拡大するとの読みがありました。

 葬祭業は地域が基本だから、規模が小さいところが多い。いずれ大手が全国に広がるという予測もありました。イオンは子会社のイオンライフを通じて、イオンカードの会員向けに葬儀を提供しています。当初、お布施の額を開示したため仏教界から猛反発を受けたけれど、消費者からは支持されたので、今でも続いています。ただ、実際は地域の葬儀社と提携し、イオンが直接葬儀を施行する訳ではありません。その後、コンビニが参入するのではと言われましたけれど、実際にはそうはなっていません。2兆円弱といわれる葬儀市場ですが、地域によって葬儀のやり方が違うし、死亡者も冬や夏に多いという季節による変動もあって、チェーン化しにくいのでしょう。

 バブル期には葬儀がものすごく派手になりました。石原裕次郎や美空ひばりの葬儀ではビッグバンドが入り、会場は何カ所にも分かれ、テレビ中継も行われました。でも今はそれに値するスターもいないし、何より亡くなる人が高齢化したことが大きい。90歳になったら周りの知り合いは既に亡く、大規模な葬儀をやろうにも、参列者が集まらない。平成になってからは葬儀の簡略化が著しく、費用は掛けない流れになっているので、市場規模は膨らんでいません。今は身内だけの家族葬か、火葬場に直行する直葬が3割を超える時代です。あまりにも老後が長くなったが故に、そういう死を迎えるしかなくなりました。

 やはりバブル期に派手になった社葬は日本特有のものです。戦後の社会では、企業が冠婚葬祭に深く関わりました。社員の見合いをセットし、仲人は上司。葬式になれば社員が手伝う。知らない人でも企業で関係があれば葬儀に参列する。ところが今は企業も冠婚葬祭に力を入れなくなり、葬儀に来る人が減った。これも簡略化の一因です。

葬儀にお金は掛けずお墓を建てない人も

 今は誰でも老後という言葉を使いますが、朝日新聞の紙面に初めて登場したのは1984年。恐らく平成に入ってから老後という言葉がクローズアップされたのだと思います。高度成長期に都会に出てきた人たちが亡くなる時代になり、その人たちは故郷に帰らなくなっている。地域との接点が薄いし、60歳までの人生プラス30年という長い老後が待っている。歳をとったらそんなにお金は稼げないので、葬儀にはお金はかけられない。お墓も建てないという人も増えています。

 お墓は後継者がいないと購入できないのが原則です。今は後継者がいない家が多いので、永代供養墓が選ばれるようになった。しかし、これは墓ではなく、納骨場なのです。千鳥ヶ淵の戦没者墓苑も納骨場です。

 死んだら日本ではほぼ火葬にするので、葬儀社に遺体の搬送を依頼します。この部分は変わらない。でも火葬した骨を、わざわざ納骨して墓に収めるというのは、基本的に他の国ではないことです。火葬するということは、撒いてしまうという意味です。アメリカは土葬が基本だから墓を作って埋葬するけど、それでお終い。ヨーロッパでも墓に埋葬はするけれど、場所を忘れてしまうことも少なくない。フランスでは火葬が増えて、処理に困るので、地下鉄内に遺骨をわざと置いてきてしまうケースも多い。日本でも同様で、車内で“忘れて”来る人が結構います。

 私はゼロ葬といって、遺骨を火葬場で引き取らないのがいいと言っています。そもそも火葬の後に全骨収骨するのは東日本。西日本では3分の1か4分の1しか引き取らない。このため西日本の骨壺は東日本のものより小さい。

 東北のある地方では、まず通夜をしてから火葬します。遺体で葬儀はしません。葬祭会館で行う場合もお骨で、骨葬という言葉もあるくらいです。通夜は身内だけで行い、一般参列はなし。葬儀、告別式の方に行く。お坊さんは代表焼香と一部の人が終わったら帰ってしまう。東京などに比べてよほど簡単です。地域によってかなりやり方が違います。

 今や送骨というのもあって、火葬の後のお骨を引き取ってくれるお寺にゆうパックで送るサービスです。ご主人が亡くなっても、奥さんは寝たきりということもあるし、結婚して子どもが生まれ、それが巣立って行くと、夫婦二人になります。子どもも海外にいるかもしれないし、夫婦の片方が死に、最後にもう一人が死んでなくなるのが「家」だから、せいぜい50年くらいしか持たない。供養してくれる人もいないし、供養することも面倒なことで、少子化時代にいくつもの墓を引き継いで困っている人もいます。

今や葬儀を重要視して行う時代ではなくなった

 実は土葬というのは墓ではありません。日本の場合、遺体を埋めるための場所であって、他の遺体も入ってくるし、そこに個別に墓を建てることはありませんでした。誰もそこにお参りはせず、家庭の中にある仏壇にお参りし、位牌が供養の対象でした。骨は関係なかった。それでずっとやってきて、戦後、急速に火葬が普及し、そのときに祀る習慣が残ったため、今のような状況になった。しきたりに伝統的なものなどなく、そう思い込まされているだけ。生活にそぐわないものは廃れ、新しいしきたりができていく。クリスマスも以前より盛り上がる行事じゃなくなって、ハロウィーンのほうが流行っていたりします。

 多死社会は今後20年くらいで終わるので、また死亡者数は減っていきます。ということは、今のような葬儀のやり方からは、そんなに変わらないのではないでしょうか。簡略化も行きつくところまで行ったし、選択肢はもうすべて用意されています。昔の人は葬儀に強い関心があったけど、今の人はあまり関心がない。葬式ではいろんなことが表面化します。隠し子がいてもめ事になったり、商売のネタになったりもする。映画にもなったように、葬式には楽しみの要素もあったのです。

 昭和24年ごろまであった家督相続制度がなくなり、家というものを一人の人に譲り渡す形態ではなくなった時に、決定的に社会は変わったと思います。家督相続をしないと、家は続きません。均分相続になると、財産はどんどん細分化されていきます。土地の相続税も高くなったので、大土地所有者もいなくなりました。家というものが衰えている。

 それは企業も同様です。オーナー企業がどんどん淘汰され、オーナー家が一つの企業を引き継いでいくことが難しくなっているから、そうなってくると社葬もそんなに意味を持たなくなってきました。平成になってからの20数年で、世の中はすっかり様変わりしました。今や葬儀をかつてのように重要視して行う時代ではなくなったということです。(談)

 
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