文化・ライフ

企業経営者の趣味と言えば、「読書」「ゴルフ」などが定番だが、意外に多いのが「落語」である。CDで聴いたり、足繫く寄席に通ったり、中には自ら落語会を開いて高座に上がる社長さんもいる。落語の何が経営者を惹きつけるのか、落語と経営の共通項とは何か、はたまた、落語の技術はマネージメントに活かせるのか。本シリーズでは、複数の噺家や経営者の取材を通じて、落語と経営の関係について考察していく。

文・聞き手=吉田浩 写真=佐藤元樹

 直接話法で聴衆を引き込む

小笹会長2

(おざさ・よしひさ)1961年生まれ、大阪府出身。早稲田大学政治経済学部卒業後、リクルート入社。組織人事コンサルティング室長、ワークス研究所主幹研究員などを経て、2000年リンクアンドモチベーションを設立、代表取締役社長に就任。13年代表取締役会長就任。

  本シリーズ初回から第3回までは、噺家への取材を通じて立川談志の思考法やマネージメント術を中心に探っていった。今回からは2回にわたり、古今亭志ん朝の大ファンである2人のビジネスパーソンに登場してもらい、落語の魅力と経営との共通点について語ってもらう。今回登場するのは、志ん朝の話術を講演で大いに参考にしているというリンクアンドモチベーションの小笹芳央会長。落語がテーマとあって、同社社内にある掘りごたつの和室でインタビューを行うこととなった。

*****

―― 落語に興味を持ったのはいつ頃ですか。

小笹 父親がよくカセットテープで落語を聴いていたんです。私の実家は大阪でして、当時ですと桂米朝や笑福亭仁鶴など、上方の噺家が多かったですね。それを聞いて引き込まれる部分がありまして、小学生3~4年の頃から、自分の寝床にカセットデッキを置いて、夜聞いていました。中学生になると部活動が忙しくなって聞かなくなりましたが。

―― 再び落語を聞き出したのはいつからですか。

小笹 経営者になってからです。多い時で年に100回くらい経営者やビジネスパーソン相手に講演会を行っているのですが、さすがにそれだけやると聴衆が被ることもあるし、話にもそれほどバリエーションがあるわけではないので困ったなあと。それで子供の頃を思い出し、講演の技術を高めて同じ話をしてもウケるためには古典落語がいいんじゃないかと思ったんです。最初、落語に詳しい人にアドバイスをもらい、古今亭志ん生を聞いたのですが、晩年の志ん生は滑舌が悪くて噺が聞き取りづらかった。その後、息子の志ん朝を聞いてハマりまして、志ん朝のCDは全部買いそろえました。

―― 志ん朝のどのあたりが参考になりましたか。

小笹 最も参考になったのは、滑舌の良さです。滑舌よくはっきりとした語り口は、聞く側にとってもリズムがとてもいいものです。あとは、マクラのところですね。最初に聴衆を和ませるアイスブレイキングの技術は講演会でも必要です。

 落語は噺家が登場人物の会話を演じる直接話法ですが、講演会でも「誰々がこう言ってました」と説明するのではなく「小笹さん、実はこういう悩みがありまして」「そりゃ、あんたこうでしょ」みたいに会話調にするとグッと聴衆が惹きつけられるんですね。エピソードを紹介するときに直接話法を使うと効果的だと分かりました。

―― 噺家は聴衆の様子を見ながらマクラの中身や話し方を変えますが、そういうこともやるんですか。

小笹 講演会によって参加者は経営者だったり学生だったりするので、ネタは当然変えます。ただ自分の場合、鉄板の掴みがあって、自己紹介の時に新卒でリクルートに就職した時の母親との会話を再現して、「お母ちゃんリクルートに就職決まったで」「アンタ、ヤクルトに行くのか?」と演ります。ここは、年代問わずに最初に笑いを取れるところなのでワンパターン化していますね。あとは話の間に挟むエピソードなどを、聴衆に合わせて工夫しています。

―― ウケを狙ってスベることもありますよね。

小笹 ええ。ただ、年間100回も講演をやると、何を喋ればウケるとか滑るとか確実に学びはあるので、だんだん自信につながってきますね。自信を持って喋ると大体スベらないので、重要なのは回数ではないでしょうか。講演は落語と違ってロジックをきちんと伝えなければいけないので、ここはもう少し噛み砕かないと聴衆が腑に落ちないなと感じたときなどは、間を使いながら、理解してもらえるように話を深めていくこともあります。

 無駄を削ぎ落すのが上手い話し手

 小笹会長1―― プレゼンの達人と落語の真打の共通項みたいなものはあるんでしょうか。

小笹 話が分かりやすいというのは共通でしょうね。プレゼンのプロは無駄なものを削ぎ落として、伝えたいことを中心に据えて伝えようとします。そこは、噺家さんにも通じるかなと。

―― そういえば、立川談志は「無駄を省くのが落語だ」と言っていたらしいです。

小笹 下手な講演者は、伝えたいことが100個あったら全て伝えようとします。でも講演後にアンケートを見ると、コンテンツのどこが聞く側に刺さっていたのかが分かります。いろんなものを詰め込んでも、結局100のうち3くらいしか残りません。それなら、100のうちの5を深く伝えて、その5を確実に持って帰ってもらうほうがいい。コミュニケーションで重要なのは、「いかに伝えたか」ではなく「何が伝わったか」ですから。

―― ご自身の講演の音声や動画をチェックしたりはしますか。

小笹 最近は見ませんが、昔はよく見ていました。客観的に見ると無駄な言葉をたくさん喋っているのが分かって、次からは削ぎ落したりしていましたね。社員総会や社員の結婚式のスピーチでも、話の構成きちんと考えるようになったのは落語のおかげです。

―― 講演や落語は一対多数のコミュニケーションですが、ビジネス交渉のような1対1の場面でも役立ちますか。

小笹 相手との距離を詰めると言う部分では、一対一でも一対多数でも同じでしょうね。一対一の場合はまず相手の話を聞くことから始めるという違いはありますが、大きな目線で見れば活用できていると思います。

落語に学ぶ歴史観

 ―― 古典落語の魅力とは。

小笹 いろんな登場人物にいろんなキャラクターがあって、聞いている側に「ああ、こんな人いる」と想像力を掻き立てる部分でしょうか。志ん朝に限らず一流の噺家はみんなそうだと思いますが、自分の話と振る舞いで複数の人が現実にいるかの如く想像力を掻き立て、話にリアリティを与えるところは凄いと思います。

―― 特に印象に残っている演目は何ですか。

小笹 志ん朝の「寝床」が好きで何百回も聞いていますね。あとは「鰻の幇間(うなぎのたいこ)」も好きです。

―― 何百回聞いても飽きないのは凄いですね。

小笹 同じ展開、同じ間なのに、同じところで笑うんですよ。不思議なことに。

―― 話術以外に落語の世界観という点で引かれる部分はありますか。

小笹 古典落語は江戸時代から語り継がれている話なので、世界観というより歴史観でしょうか。長屋を思い浮かべたり侍を思い浮かべたり、時空を超えた世界が自分の中に立ちあがるのが魅力だと思います。今の自分が聞いても、周りにこんな人いるよなとか、こんなヘマやるよなというのが時空を超えて存在しているのが面白い。人間共通の「性」と言いますか、「善」と「悪」、「シロ」と「クロ」など、一刀両断するのではなく、登場人物全員が愛すべきキャラクターになっているところも、長く支持される理由でしょう。

―― 今の日本社会には、落語の世界観のような愛情や優しさが減って、何でも「シロ」と「クロ」をはっきりつける息苦しさがあるように思えます。

小笹 会計監査もコンプライアンスもそうですからね(笑)。遊びの部分がどんどん許されなくなってきている。それは長い経営者生活でも感じます。

―― 落語とは少し外れますが、今の企業社会の問題点はどこにあると思いますか。

小笹 多くの企業を見ていて思うのは、まだ過去の慣性を引きずっているということです。過去は良いものをつくってお客さんに売ればそれで良かった。企業は商品市場において、ライバル企業に勝つということだけ考えていれば良かったんです。でも、これからは商品市場での戦いだけではなく、労働市場から選ばれる企業にならないといけません。労働力人口が減少し、経済がソフト化する中では、モノよりも人に備わるホスピタリティやアイデアが重要になります。だから、もっと労働市場に向き合わないといけないのに、人が辞めたら補充すればいい、コマのように使えばいい、と考えるのがブラック企業の始まりです。変化に耐えうる人材をどう育成するかという部分で、多くの企業は危機意識がまだ足りないのではないかと感じています。

―― そうやって最先端の動向を見ている小笹さんのような経営者が、古典落語が好きというのも興味深く感じます。

小笹 経営者は人を雇ったり交渉したりという役割を担っているので、古典落語に出てくる多様なキャラクターはすごく勉強になります。時代が変わっても変わらない人間同士の交流や人情といった要素は、企業経営の重要な部分に通じるものがあると思います。

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