文化・ライフ

企業経営者の趣味と言えば、「読書」「ゴルフ」などが定番だが、意外に多いのが「落語」である。CDで聴いたり、足繫く寄席に通ったり、中には自ら落語会を開いて高座に上がる社長さんもいる。落語の何が経営者を惹きつけるのか、落語と経営の共通項とは何か、はたまた、落語の技術はマネージメントに活かせるのか。本シリーズでは、複数の噺家や経営者の取材を通じて、落語と経営の関係について考察していく。

 

話下手を克服するために落語研究会(オチ研)に入った大久保幸夫氏

 

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(おおくぼ・ゆきお)1983年一橋大学経済学部卒業。同年にリクルート入社。人材総合サービス事業部企画室長、地域活性事業部長などを経て、99年リクルートワークス研究所を立ち上げ、所長に就任。2010年から2年間、内閣府参与を兼任。11年専門役員就任。12年より人材サービス産業協議会理事を兼任。著書に『マネージャーのための人材育成スキル』『会社を強くする人材育成戦略』(日本経済新聞出版社)など。

 前回登場した小笹芳央・リンクアンドモチベーション会長と同じく、古今亭志ん朝の大ファンであるという大久保幸夫・リクルートワークス研究所所長。大久保氏は、落語から学んださまざまなことを、現在の仕事に活かしているという。

*****

 一橋大学では落語研究会(オチ研)に入っていましたが、それまで落語に興味はほとんどなかったですね。父親が落語好きだったので、たまに聴く程度でした。

 大学に入学して、どのサークルに入ろうかと考えていて閃いたんです。中学、高校では人と話をするのが得意ではなかったので、これは話し下手を克服するチャンスだと。人前で喋るのはものすごく抵抗があったんですが、落語をやったら人生が変わるのではないかという期待を持ってオチ研に入りました。

 オチ研に入ってからは、深夜にラジオで流れていた寄席の放送を録音、編集して聞いていました。そうして録音した演目が、最終的にはカセット500本ほどになりました。中でも気に入ったのが古今亭志ん朝です。

 自分が落語を演るときも志ん朝の真似をして喋っていたのですが、真似しているはずなのに全然違うんです。なぜ志ん朝が話すと面白くて、自分だと面白くないのかの違いが最初は分かりませんでした。

 志ん朝の落語からは、独特の緩急や間の取り方など、ずいぶんと学びました。志ん朝は声がいいんです。喋り出しを聞くだけで、江戸時代の空気と世界観が感じられるというか、ああいう声を持ってる人はいないですね。志ん朝以外では、志ん朝の兄の金原亭馬生、桂米朝、柳家小三治など、本格派の古典落語が好きでした。

 

リクルートの源流は古典落語の「口入屋」だった!?

 

 明治時代の速記録などを読んでいると、古典落語で使われる言葉がどんどんブラッシュアップされて行き、1つの究極の言葉に仕上げられていくのが分かりました。大学を卒業して最初に就いたのがコピーライターの仕事ですが、自分の仕事の感覚に非常に近いと感じましたね。

 現在の仕事柄、講演することが多いのですが、一対一であろうが一対多数であろうが、喋る技術に関しては落語をやることのメリットは非常に大きいです。経営者をはじめとして、人前で喋らなければならない立場の人にとって、落語は最高の勉強ツールになります。

 講演は笑わせることが目的ではないですが、オチがなければいけないということは意識しています。途中で喋るのを止めて聴衆の反応を見たり、楽しそうにしていれば畳みかけたり、喋る内容も変えたりします。慣れてくるとそういうことができるようになりますね。聴いている人の反応を見ながらしゃべるのは、落語で覚えた感覚です。

 古典落語の効用として、昔の文化・社会に関する知識が凄く入ってくることも挙げられます。たとえば「口入屋」という噺がありますが、口入屋とは今で言う人材紹介業なんです。噺の中で、昔の人材紹介業がどんなふうに人を見立てて、職場に送り込んでいたかといった様子が出てきます。そのネタがきっかけで口入屋について本格的に調べました。

 昔は大店の暖簾の外側にいる人が今で言う新卒採用でした。地縁血縁の中から採用して、最初は学習を兼ねて給金を払わずに育成し、一人前になると給金を払うようにしていたそうです。終身雇用でタイムカードのようなものもあったし、内部昇進を重ねて、最後は宿持ち手代や番頭になるといった制度でした。

 一方、暖簾の内側にいる人がバックヤードで、主に非正規雇用でした。そこに口入屋が人を送り込んでいたんです。地方から出てきた人は最初に口入屋に行き、口入屋が身元保証人になる。そこからいろんな職場に派遣されて、クビになったら次の仕事が見つかるまで住まわせてもらえる、住宅付きの職業紹介所のようなところでした。住居を探している人のために不動産屋もやるし、結婚したい人がいると相手を紹介したりもしていたそうです。

 考えてみれば、これはリクルートだなぁと。リクルートの職業紹介と住宅情報と結婚サービスを合わせたようなものですね(笑)。

 

落語に学ぶ二次聴衆への想像力

 

 オチ研には、先輩にひどいことを言っても笑えればいいというルールがありました。面白くない悪口を言うとボコボコにされましたが、笑いに昇化できると許されたんです。

 物事に対して、自分の思っていることをただ口にするだけでは空気が悪くなりますが、文句を言って終わりではなく、笑いにしたりポジティブな方向に向かうように工夫して、本音をどんどん言えばいいと思います。言わないのではなく、どうやったら言えるのかを考えたほうがいい。言いたいことが言えなくて窮屈になるような社会では、こうした考え方が大事ですし、落語の世界観とも繋がっている気がします。

 政治家などで失言を多くする人には、そうした感覚が欠けているのではないでしょうか。さらに、失言するときは、たぶん目の前の人(一次聴衆)だけを見て、その向こう側にいる人(二次聴衆)のことを考えていないのだと思います。

 二次聴衆のイメージを持っていない人の喋りは上手くありません。経営者でも学者でも、優れた人はその場にいる人たちだけでなく、自分の発言が書き取られて不特定の誰かが読んだ時のことを考えています。

 

キャリア教育にも有効な「書き起こし」

 

 落語は、キャリア教育の1つの方法としても、とても有効だと考えています。

 特にお勧めしたいのが、「書き起こす」ということ。大学生の時に、オチ研の後輩を指導するために、志ん朝の口述を書き起こしたことがあります。手を動かして書き起こすことで、中身がどんどん頭に入ってきます。

 私は小学校に上がる前には漢和辞典を書き写していましたし、高校の時に伊勢物語を全編書き写したら、古文の成績が劇的に上がったということもありました。コピーライターの仕事をしていた時は向田邦子さんの小説を書き写して、文章の素晴らしさに感動したこともあります。

 書き起こすというのはとても良い学習法です。味わいながら書き起こすことで、聴いただけでは分からない、文章の流れや組み立てが頭に入ってきます。学習法であると同時に、深く味わうことにつながります。

 文章を書く仕事ではなくても、書き起こすことは役立ちます。今でも、ミーティングなどで説明のために手書きのチャートなどを書くと、すっと視界が広がる感じがして、みんなに納得されるんです。ただ、それをパソコンで入力すると急にプアになるんです(笑)。キーボードでは駄目ですね。手書きのほうがいい。

 最近、一橋大学のオチ研OB会が再結成されて、年に何度も落語会を開いています。私も出ろと言われていますが、今のところ出ていません。余裕ができたら、まだ真打になっていない落語家の中からすごい人を見つけて、応援するようなこともしてみたいですね。(談)

***

 大久保氏の話を聞いて感じたのは、これまで取材した噺家と共通する部分の多さだ。

 例えば、無駄な言葉を省いて完成していった落語とコピーライティングの魅力に関して言及した部分では、師匠の談志に「徹底的に無駄を省くのが落語」と教わった立川談吉氏のエピソードが思い浮かんだ。「二次聴衆」を意識しているかどうかという問題提起は、立川談慶氏の「独演会名人になるな」という主張と相通じるものがある。先輩に対して文句を言っても、笑いになるならOKというくだりも、落語家的な発想だ。「パワハラ、セクハラの境界線は、ネタになるかどうか」という談慶氏の言葉が思い出された。(文=吉田浩) 

落語に描かれた人間同士の交流は経営に通じる 

立川談志最後の弟子が学んだ「多面的な見方と真っすぐな目」立川談吉 

良い企業と落語の共通点は「人間の弱さに対する優しい目線」立川談慶② 

談志を怒らせた慶応卒サラリーマン出身落語家の「2つのしくじり」立川談慶① 

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