政治・経済

三越伊勢丹ホールディングス(HD)で摩訶不思議な社長交代があった。社長辞任だけが独り歩きし後任の名前が出てこない。交代会見もリリース発表から6日後になってようやく開かれた。その謎を解いていくと、日本社会が直面する根源的問題が見えてきた。文=本誌/関 慎夫

大西社長の失敗は対話の不足にあり

20170404三越伊勢丹

三越伊勢丹HD次期社長の杉江俊彦氏

 3月13日、三越伊勢丹HD次期社長の杉江俊彦氏が社長交代会見に臨んだ。通常、社長交代会見というと、退任する社長と新社長が並んで座るもの。時には会長も含め3人のこともある。しかし今回、姿を見せたのは杉江氏ただ1人。

 三越伊勢丹HDでは、1人きりの会見になったことについて「石塚(邦雄)会長、大西(洋)社長が出席すると、質問が杉江に集中されない」と説明していた。実際、仮に大西社長が出席していたら、恐らく質問の大半は大西氏退任の理由を問うものになっていたはずだ。それほどまでに不自然な社長交代劇だった。

 簡単に整理すると、大西社長辞任と報道されたのは3月6日午前のこと。午後になって三越伊勢丹HDは「(報道は)当社が発表したものではありません」とのリリースを出すが、そこには「代表取締役の異動につきましては、3月7日開催の取締役会で決議する」とも書かれており、事実上、社長交代を追認した。ただしこの時点では次期社長名は明らかになっていない。そして翌7日朝、指名報酬委員会が開かれ、大西社長辞任(3月31日付)と杉江新社長案(4月1日付)が承認され、続く取締役会で正式決定となった。通常、社長交代が決まれば、すぐに会見を開くものだがそれもなく、結局13日にずれこんだことからも、社内のドタバタぶりがうかがえる。

 既に多くの報道にあるように、今回の社長交代の背景には、急速に悪化した業績がある。わずか1年前までは百貨店業界の勝ち組と言われていた三越伊勢丹だが、消費低迷に加え中国人の爆買いが消滅したこともあり、伊勢丹新宿店、三越日本橋本店、三越銀座店の基幹3店の売り上げが低下、11月に発表した中間決算でも大幅な減益となった。そしてこの席で大西社長は、2018年度営業利益500億円の目標を2年先送りすることを明らかにした。

 杉江次期社長によると、「営業利益500億円を達成するとコミットし、できない場合責任を取ると言っていたため、昨年11月に目標達成を断念した頃からどういう形で責任を取るか、(会長、社長の)2人で話し始めた。さらに今年はじめには社外取締役から構造改革を行うなら新しい経営体制を、というご意見をいただいた」というが、そんな単純なものではない。

 杉江氏は大西社長の経営手法の問題点として「対話やコミュニケーションがやや不足していた」と語っている。大西氏は百貨店業界一、メディアへの露出が派手な社長だ。その分、中の対話が不足だったというのである。その一方で大西社長は、縮み続ける市場を補うため、新規事業を広げていくと同時に結果を求めた。しかし社員にしてみれば、慣れない仕事で成果は上がらず、疲弊する一方だった。しかも対話が足りないため社長の真意が下に伝わらない。これが社長への不信感へとつながった。

 一部報道では、労組が石塚会長に面談し、社長退任を訴えたという。三越伊勢丹HDは「確認しようがない」と肯定も否定もしないが、杉江氏も労使の正式の会議で組合が大西社長にクレームをつけたことを認めており、何らかのアクションがあった可能性は高い。

 過去にも労組が社長に辞任を迫ったケースはある。1990年代、ヤマハとTBSで労組が社長に退任要求を突き付けるという「事件」があった。それぞれ事情は違うが、共通しているのはバブル経済が崩壊し業績が悪化する中、有効な手を打てない一方、社長が情実人事をするなどした結果、社員の士気が著しく低下したことだった。

 しかし三越伊勢丹の場合は、業績の悪化よりも労働環境の悪化が労組を動かした。これは今の世相を反映している。

人手不足が招いた労使の新たな緊張

 今、あらゆる職場で人手不足が深刻化している。政府は働き方改革を唱えているが、そう簡単なことではない。政府が目指す罰則付き時間外労働の上限設定も、結局は繁忙期には月100時間未満と、過労死認定レベルぎりぎりまで認めざるを得なかった。それ以下では労働力が不足し企業運営ができないという実態があるためだ。

 先頃、ヤマト運輸が運賃の値上げを検討していることが大きく取り上げられた。ネット通販での購入が増え、宅急便の取り扱い件数が激増したものの人手が追いつかない。そのため労使協議の場で、労組からこれ以上、仕事を増やさないとの要請があり、会社側もそれに応えた形だ。

 少し前まで、労組の要求の最大のものは賃上げだった。もちろん今でも重要なテーマだが、それと同じくらい、労働環境の改善が重視される時代となったのだ。三越伊勢丹HDとヤマト運輸の2つの事例はその象徴だ。そして恐らく、こうしたケースが続出するはずで、今後経営者は、今まで以上に労働者の生産性を上げ、労働環境を改善することが求められる。それができない経営者は、社員からノーを突き付けられる時代となった。

 三越伊勢丹HDの社長交代会見の席で、杉江氏は何度か労働組合を話題にした。それだけ、労組との関係を気にしているということだ。新しい労使緊張時代が到来した。

関連記事

好評連載

深読み経済ニュース

一覧へ

2015年の経済見通し

[連載] 深読み経済ニュース解説

永濱利廣

[連載] 深読み経済ニュース解説

再デフレ化に突入し始めた日本経済

[連載] 深読み経済ニュース解説

消費税率引き上げ見送りの評価と影響

[連載] 深読み経済ニュース解説

安倍政権が解散総選挙を急ぐ理由

[連載] 深読み経済ニュース解説

日銀による追加緩和決定の影響は!?

実録! 関西の勇士たち

一覧へ

ワンマンシリーズ(7)稀有のバンカー、大和銀行・寺尾威夫〈1〉

[連載] 実録! 関西の勇士たち(第20回)

実録! 関西の勇士たち

[連載] 実録! 関西の勇士たち(第19回)

ワンマンシリーズ(6)三和の法皇・渡辺忠雄〈3〉

[連載] 実録! 関西の勇士たち(第18回)

ワンマンシリーズ(5) 三和の法皇・渡辺忠雄〈2〉

[連載] 実録! 関西の勇士たち(第17回)

ワンマンシリーズ(4) 三和の法皇・渡辺忠雄〈1〉

[連載] 実録! 関西の勇士たち(第16回)

ワンマンシリーズ(3)住友銀行に残る堀田の魂魄

ビジネストレンド新着記事

注目企業

一覧へ

「日本初」にこだわる男のユニークな発想とビジネス――佐野秀光(情報通信ネットワークグループ社長)

「損して得を取る」事業モデル  不動産登記情報を扱う「登記簿図書館」をご存じだろうか。 かつては法務局でしか取得できなかった登記簿情報がオンラインで簡単に取得でき、かつ、法務局では対応できないさまざまなサービスを提供するというものだ。保有登記情報は全国2450万件、会員数9500社を誇る。 この登記簿図書館を…

支持政党なし

外国人を中心に需要が高まるソーシャルレジデンスで快走―オークハウス

独自のプラットフォーム戦略で、外食産業の新たなスタンダードを創造する――きちり社長 平川昌紀

新社長登場

一覧へ

「技術立脚の理念の下、付加価値の高い香料を開発します」――高砂香料工業社長 桝村聡

創業から95年、海外に進出してから50年以上たつ国際派企業の高砂香料工業。合成香料では日本最大手であり、国際的にも6%以上のシェアを持つ優良企業だ。 100年弱の歴史を持つ合成香料のトップメーカー ── まず御社の特徴をお聞かせください。 桝村 1920年創業ですから、2020年に100周年を迎える…

桝村 聡

「ネット広告が変わってもクライアント本位の姿勢は変わりません」--バリューコマース社長 香川仁

「最新情報を発信、人と企業の働く環境を良くしていきます」--マンパワーグループ社長 池田匡弥

イノベーターズ

一覧へ

老舗コニャックメゾンがブランド強化で日本市場を深耕――Remy Cointreau Japan代表取締役 宮﨑俊治

フランスの大手高級酒グループ、レミー・コアントロー社の日本法人。18世紀から愛飲されてきた名門コニャックの「レミーマルタン」や世界有数のリキュール「コアントロー」をはじめ、スピリッツやウイスキーなど戦略的なラインアップを日本市場で展開している。同社の宮﨑俊治代表取締役に事業展開について聞いた。 &nbs…

20150609_INNOV_P02

デザイナーズ家具のEC販売で業界の“常識打破”に挑戦――リグナ社長 小澤良介

内装空間の総合プロデュースで想いをカタチに創り上げる――ユニオンテック社長 大川祐介

大学の挑戦

一覧へ

専門分野に特化した“差別化戦略”で新設大学ながら知名度・ブランド力向上を実現――了徳寺大学・了徳寺健二理事長・学長

2000年設立で、了徳寺大学が母体のグループ法人。医療法人社団了徳寺会をグループ内に持つ。大学名の「了」は悟る、了解する、「徳」は精神の修養により、その身に得た優れた品性、人格を指す。「了徳寺」は人間としての品性、道を論す館の意味を込めた大学名だ。 聞き手=本誌/榎本正義 、写真/佐々木 伸 教育部門と…

大学の挑戦

創立100周年を控えて「世界に貢献し、インパクトを与える人」の育成に努めます――西南学院大学・K.J.シャフナー学長

「“STAND BY YOU”のスローガンの下、学生一人ひとりに寄り添う教育を」――中央学院大学・佐藤英明学長

企業eye

一覧へ

社員の人間力を武器に5期連続増収を果たす投資用不動産会社――パートナーズ

パートナーズは全国の中古投資用不動産の売買仲介を手掛けている。2011年の創業以来、5期連続増収を達成。吉村社長は業績好調の原動力を「社員の人間力を養い、顧客満足度の向上に取り組む姿勢にある」と語る。── 数ある投資用不動産会社の中、独自の強みについて。吉村 当社では、社員の人間力を徹底的に磨きな…

企業eye

クラウドソーシングを活用した動画制作やオンライン動画制作プラットフォームを提供――Crevo

海外ビジネスの第一線で活躍した2400人のエキスパートを擁し、日本企業の海外事業を支援。

経済界からのお知らせ

最新号のご案内

経済界7月号
[特集]
我がベンチャー魂

  • ・藤田 晋(サイバーエージェント社長)
  • ・髙島勇二(MCJ会長)
  • ・小池信三(三栄建築設計社長)
  • ・田中 仁(JINS社長)
  • ・宇野康秀(U-NEXT社長CEO/USEN会長)
  • ・寺田和正(サマンサタバサジャパンリミテッド社長)
  • ・坂下英樹(リンクアンドモチベーション社長)
  • ・冨田英揮(ディップ社長)
  • ・平野岳史(フルキャストホールディングス会長)
  • ・河野貴輝(ティーケーピー社長)
  • ・出雲 充(ユーグレナ社長)
  • ・方 永義(RSテクノロジーズ社長)
  • ・山海嘉之(CYBERDYNE社長/CEO)
  • ・高岡本州(エアウィーヴ会長)
  • ・酒井 将(ベリーベスト法律事務所代表弁護士)

[Interview]

 後藤 亘(東京メトロポリタンテレビジョン会長)

 技術がどんなに進歩しても、求められるのは「心に響く」コンテンツ

[NEWS REPORT]

◆金融業界に打ち寄せる人工知能の衝撃波

◆ついに会長職を退任 フジテレビと日枝 久の30年

◆停滞かそれとも飛躍への助走か 元年が過ぎた後のVR業界

◆爆買い超えも目前 インバウンドショッピング復活の裏側!

[政知巡礼]

 小野寺五典(衆議院議員)

 「北朝鮮の脅威で安全保障の潮目が変わった」

ページ上部へ戻る