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三井住友銀行の頭取人事で崩れた暗黙のルール

4月1日、三井住友銀行に新頭取が誕生した。最大のポイントはたすき掛け人事に終止符を打ったこと。髙島誠新頭取は住友銀行出身。同じく住友銀行出身の國部毅前頭取が持ち株会社の社長に昇格し、三井銀行出身者のトップが消えた。合併から16年。三井住友銀行は新しいステージに突入した。文=ジャーナリスト/須田慎一郎

ノーマークだった髙島誠・三井住友銀行新頭取

正直言って、全くの「サプライズ人事」だった。こうした思いは、民間金融業界をフォローする日銀記者クラブを中心とする多くの金融マスコミにとっても同様だったはずだ。

昨年12月、メガバンクの一角を占める三井住友フィナンシャルグループ(FG)が、この4月1日付で発令されるトップ人事を発表した。

あらためて指摘するまでもなく、その発表内容が、銀行内外の大方の予想を裏切り、まさに「サプライズ」だったのだ。金融持ち株会社である三井住友FGのトップに、三井住友銀行の國部毅頭取(1976年住友銀行入行)が就任し、後任の頭取には髙島誠専務執行役員(82年住友銀行入行)が昇格するというのが、その「サプライズ人事」の中身だ。

なぜこのトップ人事が「サプライズ」なのかというと、髙島新頭取という存在が全くのノーマークだったからにほかならない。もっと言えば、今回のトップ人事に関しては、銀行内外で認知されていたガチガチの本命候補が存在していた。その本命候補とは、旧住友銀行にあっては橘正喜副頭取(80年住友銀行入行)、旧三井銀行にあっては“プリンス”と称された車谷暢昭副頭取(同年三井銀行入行)のことにほかならない。

「場合によっては、太田純専務(82年住友銀行入行)の昇格もあり得る、と行内では見られていたが、あくまでも本命候補は橘、車谷だった……」(三井住友銀行幹部)

しかし今回のトップ人事では、そうした事前予想はことごとく外れてしまうことになったのである。

三井住友銀行頭取に就任した髙島誠と三井住友FG社長に就任した國部毅

三井住友銀行頭取に就任した髙島誠氏(左)と三井住友FG社長に就任した國部毅氏

三井住友銀行のトップ人事における不文律

なぜそうなってしまったのか、以下順を追って説明していくことにする。

そもそも旧住友銀行と旧三井銀行の合併銀行である三井住友銀行のトップ人事には、いくつかの不文律があった。その不文律の一つが、言うところの“たすき掛け人事”だ。

金融持ち株会社を設置している銀行にとって「トップ」とは持ち株会社社長と銀行頭取の2つのポストのことを指す。合併銀行である三井住友銀行は、その2つのポストに関して、これまでは旧行間で分け合うという対応を取っていたのだ。これが“たすき掛け人事”の基本構図だ。

この持ち株会社社長と銀行頭取の序列に関して、合併した三井住友銀行の初代頭取である西川善文氏がかつて筆者にこう語ったことがある。

「三井住友銀行の場合、銀行頭取のほうが格上であることは間違いない。そして銀行頭取には旧住友出身者が、一方の持ち株会社社長には旧三井出身者がそれぞれ就くことになっている」

こうした“ルール”は、決して明文化されたものではない。あくまでも“暗黙のルール”とでもいうべき類のものだが、三井住友銀行のトップ人事は、以後、そのとおりに回ってきた。

今回のトップ人事も、そうした“暗黙のルール”にそって決められていたならば、「車谷・三井住友FG社長―橘・三井住友銀行頭取」という線に落ち着いていた可能性が高かった。そのためこの両名は、銀行内外で「ガチガチの本命候補」と目されていたのである。

「今回のトップ人事の最大のポイントは、合併以来続いてきた“暗黙のルール”を壊すことにあった、と言っていい」(三井住友銀行有力OB)

車谷暢昭氏、橘正喜氏が頭取にならなかった事情

「暗黙のルールを壊すこと」という表現は、ガバナンス改革と言い換えると分かりやすい。具体的には、西川元頭取が敷いた“銀行主導”という路線を、“持ち株会社中心”に転換させることを指す。

その転換を名実ともに示すために、前頭取の國部氏が、持ち株会社社長に“昇格”したと言える。もっと言えば、ガバナンス改革を進めていくためには、國部氏が持ち株会社社長に就くことで銀行頭取との年次差をつける必要があった。

つまり今回のトップ人事は、國部氏の持ち株会社社長就任がまずありきだった、と見るべきだ。

そしてそのことを前提に、銀行頭取の選定作業が行われたことは明らかだ。

「もし仮に、車谷氏なり橘氏なりがポスト國部に選ばれたならば、さまざまな形でハレーションが起こっていたことは確実だった」(三井住友銀行幹部)

単純に旧行間のバランスだけを考えると、車谷氏がポスト國部に就くことが最も収まりがいいように思える。

「旧三井はそれを歓迎するだろうが、旧住友サイドからは猛烈な反発が起こるだろう。それというのも、過去にあることがあって旧住友勢は、車谷氏に対してネガティブな感情を持っているからです」(前述の三井住友銀行幹部)

ならば車谷氏を外して、橘氏の頭取昇格についてはどうだろうか。

「そもそも橘氏は、行内にあっては20年以上も前から『将来の頭取候補の一人』と目されていた。加えて“住友カラー”が色濃く出ていた人物。それだけに橘、車谷両氏がワンセットでトップに就任するなら旧三井も納得するだろうが、橘氏単独となると、あまりにも強く住友色が出てしまい旧三井サイドが大きく反発することになるはずだ」(旧三井系の三井住友銀行有力OB)

もちろん、そうした“旧行意識”は、悪弊以外の何ものでもない。早々に払拭すべきものなのだが、そんなに簡単に実現できる類の話ではないことは、あらためて言うまでもないだろう。

國部氏は、そのことを強く意識したからこそ、車谷氏、橘氏をワンセットで外さざるを得なかったと言えるだろう。

「そうした意味で、國部氏は、旧三井、旧住友のどちらも納得するような人物を選ぶ、という難しい作業が要求されることになったのです」(三井住友銀行幹部)

その結果、頭取に選ばれたのが、旧住友銀行出身の髙島誠専務だったのだ。正直言って、頭取レースの中で髙島専務の存在は、完全にダークホース。下馬評にすら名前は挙がっていなかったと言っていい。

「髙島新頭取を、そのキャリアなどから色付けするならば、バリバリの国際派であることは間違いない。キャリアの3分の1を米国で積み上げ、頭取に指名された時点の役職も『国際部門共同統括役員』というもの。そうした点においても、サプライズだったのです」(前述の三井住友銀行幹部)

これまでメガバンクや大手銀行において、いわゆる“国際畑”は傍流と目されてきた。銀行の顔である頭取には、やはり国内の主要取引先のトップとも親密で、なおかつ財界や官庁、はたまた政界にも顔が効く人物でなければ務まらない、とされてきた。そのためトップは代々“ドメスティック派”の中から選ばれてきた経緯がある。今回のトップ人事で、國部氏はそうした銀行風土や風潮にも風穴を開けようとしたのだろう。

金融庁のドンと太いパイプを持つ髙島誠新頭取

昨年12月に開かれた記者会見で、國部氏は髙島氏を次期頭取に選定した理由をこう語っている。

「(三井住友銀行が)大きく成長していく上で有力な分野は海外部門であり、(髙島氏は)海外業務に精通している。そもそも今の銀行の頭取には国際感覚、グローバルな視野を持っていることが非常に大事――」

この國部氏のコメントを聞いた時、筆者はこれとほぼそっくり同じコメントを過去に聞いた記憶があることを思い出した。

発言の主は、奥正之・三井住友FG前会長だ。

今から数年前のこと。あるパーティで筆者は奥氏とバッタリと出くわして、たわいもない雑談に興じていた。その際に、奥氏はいつになく真剣な面持ちで、これからの銀行経営にとっていかに国際業務が重要かを熱心に語っていたのだ。ということは、今回のトップ人事は、奥氏の意向が強く働いたものなのだろう。

「奥氏は、三井住友FGの『人事委員会』の中心メンバーでもあるのです。その人事委員会が『髙島頭取案』を満場一致で同意しているところをみると、今回のトップ人事に関して、奥氏と國部氏の気脈が通じていたとみるべきでしょう」(三井住友FGの有力OB)

バリバリの“国際畑”と見られてきた髙島氏だが、意外にも金融庁、中でも“金融庁のドン”と異名をとる森信親長官との間に、太いパイプを築いていると言うのだ。

「そもそも2人の出会いは、髙島氏が米州統括部長を務めていた2003年頃にさかのぼります。当時、森長官はニューヨーク総領事の職にあり、たちまち意気投合したというのです」(関係者)

その2人が再会を果たすのは、それから7年後のことだ。当時の髙島氏の肩書は「執行役員経営企画部長」で、片や、森長官の当時の役職は「金融庁総括審議官」というもの。まさに監督官庁対応を担当する髙島氏の金融庁のカウンターパートナーが、森氏だったということになる。

「そうした髙島氏の過去のキャリアを見ていくと、随分とうまい人事だな、というのが素直な感想だ」(三井住友とはライバル関係にあるメガバンク首脳)

こうした声は、旧三井勢を含めて銀行内部からも挙がっていると聞く。結果的に、2トップを旧住友出身者が独占することになってしまったが、少なくとも現時点ではそのことを批判する声は、銀行内部からは出てきていないようだ。

「奥―國部ラインは、人事トータルで見ると、かなり旧三井出身者に気を遣っていることが明白だ。ポストの割り振りも含めて、バランスもとれていると言っていい。不満は出てこないだろう」(旧三井出身の三井住友銀行幹部)

結果的には名人事だった三井住友銀行の頭取レース

さて、頭取レースに敗れた格好となった2人の本命候補たちの現在の心境はどうなのだろうか。車谷氏は周囲に「自分はやりたいことがある」と語っているそうで、遠からず銀行を離れていくことになりそうだ。

「もう既に、いくつかのファンドが、車谷氏の獲得に動いているそうです」(三井住友FG関係者)

一方の橘氏だが、リース業界のトップの「三井住友ファイナンス&リース」の社長に就任し、グループにとどまることとなった。

実を言うと、筆者はこの3月末、その橘氏と面談を果たしている。もちろん今回の人事をめぐる一件などという無粋な話は、一切無しだ。やり取りの具体的な内容をここで紹介させていただくのは避けるが、非常にサバサバした顔つきだったことだけは確かだ。

いずれにしても今回の人事は、2人にとっても納得ずくのものだったのだろう。そうした意味でも、名人事とは言えないだろうか。

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