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国内携帯市場で一人負けのソフトバンクに何が起きているのか

携帯契約純増数で連戦連勝だったソフトバンク。ところが最近は様変わり。NTTドコモやKDDIの後塵を拝し続けている。ソフトバンクグループを率いる孫正義社長の興味が海外、そしてIoTに移ったことも遠因のひとつ。ソフトバンクに何が起こっているのか。文=ジャーナリスト/石川 温

携帯市場で減り始めたソフトバンクの契約者数

ソフトバンクにかつての勢いがなくなっている。

直近のデータとなる2016年12月末現在のソフトバンクの契約数はは、3928万件となっている。同年9月末現在が3936万件であるから、8万件ほど純減しているのだ。

一方のNTTドコモは同じ期間に64万契約、KDDIは59万契約増えている。つまり、ソフトバンクは携帯電話市場において、今では「一人負け」といえる状況に陥っている。

最近、契約者数が増えるどころか減少している理由は主に3つある。

ソフトバンク急成長の原動力であったiPhoneであったが、11年にKDDI、13年にNTTドコモが扱い始めると、3キャリアの同質化が一気に進んだ。

そんな中、KDDIは、光回線やケーブルテレビをセットにすると割引となるプランが強く、契約数を伸ばすことができていた。

NTTドコモは「ドコモ光」として、光回線のセット販売が解禁となったことで、「家族でドコモ」という流れが加速した。

ソフトバンクは、iPhone人気がメーンであり、顧客は若年層が中心であったため、「固定回線もまとめて家族でソフトバンク」という状況を作り出せずにいたのだ。

2つめの敗因の理由が「契約者数を盛り過ぎていた」という点だ。

ソフトバンクが毎月のように「契約者数ナンバーワン」を達成していた背景には、液晶パネルに写真を表示する「フォトフレーム」や体組成計などの機器にも通信回線を内蔵し、熱心に販売していたというのが大きかった。

iPhoneを契約しに来た客に通信回線が内蔵されたフォトフレームや体組成計をセットで販売すれば、1人当たり2回線の契約者数を計上できる。これが積み重なり、毎月のようにナンバーワンを獲得できていたのだ。しかし、一度、契約したことがあるユーザーであればそれらが「無用の長物」であることは、すぐに理解できる。2年縛りが明ければ誰もが解約手続きを取るため、結果、契約数がマイナスにふれていくのだ。

勢いがなくなったもう一つの理由が「PHSの存在」だ。

ソフトバンクは、10年に経営難に陥ったPHS会社・ウィルコムを救済するために傘下に収めた。当時、ソフトバンクはiPhoneが人気だったが「つながらない。ネットの速度が遅い」とユーザーから酷評されていた。

ネットワーク品質を改善するには街中にアンテナ設備を建設する必要がある。しかし、場所の確保には時間とコストがかかってしまう。そこで、経営難のウィルコムを救済する一方、ウィルコムが全国に持つアンテナ設備の場所に、ソフトバンクのアンテナを設置していった。これにより、ソフトバンクのiPhoneはつながり、速度も改善した。

しかし、ウィルコムを救済するということは、PHSを使っているユーザーも引き受けなければならない。PHS離れが進む中、先ほどの3カ月で8万契約減少しているという数字にはPHSユーザーは含まれていない。つまり、ソフトバンクにおける契約者数の減少は、もっと大きな数字になっていると思われる。

孫正義・ソフトバンクグループ社長としては、既にNTTドコモがiPhoneを取り扱い始めた13年9月の段階で、国内の通信事業に興味を失っていた。そのころ、孫社長の気持ちは、アメリカ市場の開拓にあったからだ。

相次ぐ巨額買収で有利子負債は12兆円

13年7月、ソフトバンクはアメリカ第3位のキャリアであるスプリントを買収した。買収額は201億ドル(当時、約1兆5千億円)。孫社長は、第4位のTモバイルも買収して2社を合併し、アメリカ市場で2強のAT&Tとベライゾンに対抗できる勢力をつくろうとしていた。

しかし、3社体制になることで寡占化が進むと危惧した米連邦通信委員会と司法省が2社の合併に反発。孫社長の野望は夢と終わり、赤字を垂れ流すスプリントだけが残った。

孫社長は17年2月の決算会見で「スプリントを買収しなければよかったと思ったこともあった」と当時を振り返った。

しかし、そうした本音を吐露できるのは、この数年でスプリントの再建が順調に進んでいるからだ。ネットワーク品質が改善し、契約者数は回復。大胆なリストラ、コストカットを実施し、経営上の数字も底を打った。孫社長の手腕でスプリント再建へのめどが立ったのだった。

ここ最近の孫社長は、スプリントについて語るとき、余裕の笑みさえ浮かべることが多い。今年になって孫社長は真っ先にニューヨークのトランプタワーを訪れて、トランプ大統領と面会している。トランプ大統領が誕生して潮目が変わり、スプリントとTモバイルを合併できる可能性が出てきたのだ。

ただし、孫社長がTモバイルを買収して、スプリントと合併させるかと言えば、必ずしもそうとは限らない。その逆のシナリオもあり得そうなのだ。

今年2月、スペイン・バルセロナ。毎年、この時期に開催される世界最大の通信関連見本市に孫社長の姿があった。孫社長は基調講演で「スプリントに新しい技術を導入することで、ネットワーク品質は飛躍的に向上する。コストの安い周波数帯に新技術を導入すれば、私の試算ではスプリントの企業価値が1千億ドルも高まる」と豪語した。

この発言は2つの意味に解釈できる。ひとつは、スプリントのネットワーク品質が上がり、AT&Tやベライゾンとも戦えるようになるというアピールにとれる。

一方で、1千億ドルの企業価値になるスプリントは「お買い得ですよ」という売り口上にも聞こえるのだ。

既に孫社長は、アメリカ市場の開拓には飽きており、次に夢中になることが見つかったのだ。

この1年、孫社長は公の場に出ると、必ず「IoT」と「シンギュラリティ」という言葉を口にする。

IoTとはあらゆるものがインターネットにつながるようになる世界観だ。シンギュラリティは、コンピューターの処理能力が人間の脳を超えるようになることを指す。

バルセロナの通信関連見本市で行われた基調講演で孫社長は「靴の中にも通信機能が入り、その処理能力はわれわれの頭脳を超えるようになる。私たちは靴に負ける時代が来る」と冗談交じりに語っていた。

IoT時代に向けて孫社長が16年9月に3.3兆円で買収したのが、イギリスにあるアームという会社だ。アームはコンピューターを処理するチップセットの設計を行っている。スマホに入っているチップセットなどもアームの技術を元に設計されているが、アームは現在、1800億円程度の売上高しかない。

孫社長としては、30年にはIoT機器が世界で1兆個も普及し、そのすべてのチップセットにアームの技術が載ると期待している。

ただ、IoTやシンギュラリティが本格化する時代が来るにはまだ数年かかるだろう。その間にも次々と、将来性のある企業が世界中から雨後の竹の子のように生まれてくる可能性がある。孫社長率いるソフトバンクであっても、既に12兆円という有利子負債を抱えているだけに、これ以上、借金をするわけにはいかない。しかし、孫社長とすれば、まだまだ買い物をしたくて仕方ないといった感じだ。

そこで、編み出したのが、「ソフトバンク・ビジョン・ファンド」の設立だ。1千億ドル規模のファンドで、ソフトバンクが250億ドル、さらにサウジアラビア政府が450億ドルを出資する。孫社長はトランプ大統領と会談をしたが、その場で「アメリカに500億ドルと5万人の新規雇用を生み出す」と口約束したのも、このファンド計画があったからにほかならない。

孫正義

決算発表でも孫正義社長の口から出るのはIoTとシンギュラリティばかり

投資活動の背景に後継者選びの失敗

孫社長をここまで投資活動に駆り立てるものは何なのか。ひとつには後継者選びに失敗したというのが大きそうだ。

孫社長はかつて後継者を発掘・育成しようと「ソフトバンクアカデミア」を設立。社内外から有望な人材を集めたが、眼鏡にかなう候補は見つからなかった。

そこで後継者の候補としては海外からニケシュ・アローラ氏を招聘した。ニケシュ氏はグーグルの元シニアバイスプレジデントという経歴を持つ。孫社長は会見や株主総会で「ニケシュは私の後継者候補。毎晩のように長電話をする仲だ」と熱愛ぶりを公言していた。ソフトバンクではニケシュ氏に対して、初年度に165億円、2年目に80億円という年俸を払っていたが、2年も立たないうちにニケシュ氏はソフトバンクを去ってしまった。

その理由を孫社長は「私にはまだやり残した仕事がある。あと5年から10年、社長を続ける。そうなると、後継者候補として来てもらったニケシュ氏に対して約束が果たせなくなる」としていた。だが、巨額な年俸をもらっていたニケシュがあっさりとソフトバンクを去るのも不思議な話で、水面下で何があったのか、本当の理由は分からない。

孫社長は若い頃「20代で名乗りを上げ、30代で軍資金を最低で1千億円貯め、40代でひと勝負し、50代で事業を完成させ、60代で事業を後継者に引き継ぐ」という人生50年計画を立て、実践してきた。孫社長は今年の8月11日に60歳になる。

孫社長は「本当であれば60歳を祝う誕生パーティでニケシュ氏にソフトバンクグループの経営を引き継いでもらうと発表するつもりだった」という。

ところが、ニケシュ氏がいなくなったことで、この計画も頓挫した。

1千億ドルのファンドを手にしたことで、今まで以上に孫社長の目は輝き、新たな投資先の発掘に意欲的だ。

孫氏がソフトバンクグループの社長であるうちは、同社の経営は競合他社と比べて足下の数字は見劣りするものの安泰だろう。一方で、孫社長の次は誰になるのか、という「後継者問題」は、ソフトバンクグループの巨額な有利子負債よりも遙かに大きなリスクとなっている。

孫社長の60代が終わるまでのあと10年、カウントダウンは始まっているのだ。

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