テクノロジー

今や生活のあらゆるところに人工知能(AI)は入り込んでいるが、懸念されるのはAIが人の仕事を奪う時代の到来で、人間の仕事の半分は取って代わられるとの予測もあるほどだ。既に株式投資の世界では現実のものとなりつつあり、ゴールドマン・サックスでは99.7%のトレーダーがその職を失った。文=国際ジャーナリスト 戸田光太郎

残ったトレーダーはたったの2人

201707人工知能2 それは、今年1月ハーバード大学応用計算研究所主催の、経済に与えるITの影響に関するシンポジウム「2017 CSEシンポジウム」での発言だった。

 「2000年の時点でゴールドマン・サックス(GS)のニューヨーク本社では600人のトレーダーが大口顧客の注文に応じて株式売買をしておりましたが……」と、GSのCFO、最高財務責任者に就任予定のマーティン・チャベスは言ったのである。「17年現在、本社に残るトレーダーはわずか2人です」。

 598人はAI(人工知能)のトレーダーに差し替えられたというのだ。

 確かに1997年にIBMのコンピューター「ディープ・ブルー」がチェス世界チャンピオンのガルリ・カスパロフを破り、同年オセロの世界チャンピオンもコンピューターが破った。日本でも最近ではプロ棋士が将棋の世界でAIに敗北する事態が起きている。将棋電王戦でコンピューターの将棋ソフト「PONANZA」が佐藤天彦名人に勝利した。

 果たして金融界でAIはどういう役割を果たしているのだろうか?

 AIトレーダーの強みは「感情がない」ということと、「疲れない」という2点に集約される。

 まず、感情のない点。

 初歩的な株式の用語に「利食い」と「損切り」と「塩漬け」というものがある。購入した株が上がって「利食い」しようとした矢先に下がり始めて、しかし(また上がるのではないか)という淡く空しい希望から「損切り」のタイミングを逸して「塩漬け」となり、その株は二度と上がることなく、あろうことか、ジリジリと下がり続け、時に倒産となり、株は紙切れと化す。

 さすがにプロの人間トレーダーは各自「利食い」と「損切り」のルールを設けて株式売買をしているわけだが、それにつけても人間のトレーダーやファンドマネジャーの4大欠点として挙げられるのは「バイアス、感受性、意識、無意識」。こう指摘するのはセンティエント・テクノロジーズ設立者のババク・ホジャットである。「人間は間違いを犯す存在であるというのは誰でも知るところです。つまり、コンピューターによる分析よりも、人間による分析に依存するほうがリスクは高いのです」。

 彼が率いるセンティエント社は100%AIに任せるヘッジファンドの会社だ。

 AIは、株式売買で大切な、感情を殺して他人の動きに流されない、という点が前提条件的にクリアされている。そもそも感情がない。他人の動きなども視野にない。

 次に、疲れない点。

 89年、GSでは数量的な分析「クオンツ」を使った米国株式の運用を始めた。当初は株価や財務諸表などのデータ分析だったが、2008年頃からAIを使って文書情報などを分析した投資アイデアも取り入れ始めた。

 人間が日常で使う言語を理解する「自然言語処理技術」を活用して、過去のアナリストのレポートなど、人間のトレーダーでは読み込みきれない量の資料を不眠不休で分析させるわけだが、それでも当然、AIは人間のように疲れることはない。

 クオンツ運用を担当する投資戦略グループには約190人の人員を抱え、このうち数理分析の専門家が70人以上と、多くの技術者を擁していた。つまり、優秀な人間を投入、初期投資は膨大だった。

 英金融データ会社コーリション社が大手国際投資銀行12社から収集したデータによると、世界最大規模の投資銀行における営業・取引・研究部門の平均年俸は5600万円で、GSなどのM&Aバンカーの年収は8千万円を超えるというから、600人のトレーダーを2人まで減らすというのは、かなりの人件費削減につながる。

 一方で、消えた598人のトレーダーに変わって増えたのがIT技術者だ。先の次期CFOのマーティン・チャベスはこう言い添えている。

 「株式売買は自動取引プログラムによって行われており、トレーダーに代わって200人のコンピューター・エンジニアを雇用しています」

30年前に比べてリターンは2~5倍

 クオンツから30年の月日が流れた現在、AIは100万本以上のアナリストレポートをむしゃむしゃと食べつくし、29万件以上の決算説明議事録を読破し、天文学的なウェブ・アクサスを腑分けし、2600万件以上のニュース記事を24時間収集して分析し、文章の意図を見抜いたり、アナリストが強気になっているか弱気になっているかを嗅ぎ分け、買い推奨に転じる前に株価上昇の恩恵を受け、過去の詳細なデータから人間のトレーダーでは気づかない値動きのパターンをも発見している。

 例えば航空会社やホテル関連企業などのホームページのページビューの増減は売上予想に直接結び付き、決算情報より早く投資判断できるし、衛星写真からリアルタイムで得た小売店や大型店舗への駐車状況など売上高の解析に使われる。これまた決算情報より先んじているのである。

 また、決算会見では記者からの質問に答える経営者の声のトーンを解析して、神経質になっているか、偽りの強気発言か、などということまではかり、さらに先の投資判断を下すまでになっている。

 深層学習、いわゆる「ディープラーニング」など新しい技術を駆使し、画像や動画や文章などの膨大なデータをAIが学習し、疲れず、感情に流されず、粛々と投資先を選定する。 現在のAIは、1989年にスタートしたクオンツの2~5倍の平均リターンを弾き出している。

絶対収益型のファンドも登場

201707AI

日本の金融業界でもAI利用が増えてきた

 この5年間で株取引の自動化は加速しており、GSだけではなく、世界最大級のヘッジファンドであるブリッジ・ウォーター・アソシエイツが、IBMでAIワトソンを開発したデビッド・フレッチという人材を迎え入れてAI運用に着手した。JPモルガン・チェースのヘッジファンド部門も先に挙げた、「AI分析よりも人間の分析に依存するほうがリスクは高い」と喝破したババク・ホジャットのセンティエント・テクノロジーズ社とAI運用システムを共同開発し、他の米国大手ヘッジファンドではD・E・ショー、ツーシグマ、ルネサンス・テクノロジーなど多くのウォール街の企業で金融ビジネスのAIの最先端の人材を集結した自動化は進められている。

 先に挙げた金融業界の調査会社コーリションによると、現在、金融取引の49%は既に電子化されているという。

 日本の金融業界の反応はどうか。

 ゴールドマン・サックス・アセット・マネジメントは日本でもAIが運用する公募投資信託を設定した。日本を含む先進国の株式200銘柄程度をAIが膨大なデータを手掛かりに選択し、投資する。こうして日本でも「GSグローバル・ビッグデータ投資戦略」という投資に資金を呼び込んでいるのだ。

 三菱UFJ国際投信はAI投信「AI日本株式オープン」を設定し、市場動向に左右されずに収益獲得を目指す「絶対収益型」の戦略を始めた。銘柄の買い(ロング)と東証株価指数(TOPIX)先物売り(ショート)を組み合わせ、相場全体が下落する局面でも一定の利益を確保することを目指す。GSアセット・マネジメントと大きく違う点は、個別銘柄の選定だけではなく、為替や金利など約300種のデータを分析して明日の相場が上がるか下がるかという未来まで予測する点である。このAIは三菱UFJ信託銀行などが開発した。

 しかし、世の中に「絶対に儲かります」という話はない。「絶対収益型」と謳う三菱UFJ国際投信の「AI日本株式オープン」の説明書きを読んでみるとバラ色の未来の記述に続いて、「投資信託は預貯金と違います」という赤い太字に行き当たる。「運用により信託財産に生じた損益はすべて投資家の皆様に帰属します」とある。元金保証という投資は存在しないのである。続いて、価格変動リスク、信用リスク、流動性リスクなどとあらゆるリスクが掲げられていて、「絶対収益型」という言葉との整合性に隙間が生じる。そこでわれわれもいささか冷めた目で見るようになるのだ。

 さはさりながら、現在AIの平均リターンは8.59%で、人間やCTA(コモディティー・トレーディング・アドバイザー)は1.75~4.49%なのである。

 13年のFRDによる緩和縮小(テーパリング)によって市場が麻痺した米国のテーパー・タントラム、15年の中国株暴落、ギリシャ総選挙の際も、他のインデックスが損失を出したにもかかわらず、AIインデックスのリターンは最高4.33%だった。

 AIは機械学習を繰り返して賢くなる。あらゆる情報を飲み込んで、成長するのだ。

 さて、AIが人間の頭脳を越えていく「技術的特異点」を「シンギュラリティ」と名付けたレイ・カーツワイル博士はその日の到来を2045年とした。ソフトバンクの孫正義も30年以内にやってくると予言する。シンギュラリティは遅かれ早かれ、やってくる。そのとき金融業界はどうなっているのか。

 

【テクノロジー】の記事一覧はこちら

 

経済界電子版トップへ戻る

関連記事

好評連載

エネルギーフォーカス

一覧へ

緑の経済成長とエネルギー

[連載] エネルギーフォーカス

Energy Focus

[連載] エネルギーフォーカス

今後、10年後の電力業界の様相(2)

[連載] エネルギーフォーカス

発電単価から既存原発の経済性を考える

テクノロジー潮流

一覧へ

科学技術開発とチームプレー

[連載] テクノロジー潮流

テクノロジー潮流

[連載] テクノロジー潮流

エボラ出血熱と情報セキュリティー

[連載] テクノロジー潮流

21世紀の日本のかたち 農電業と漁電業

[連載] テクノロジー潮流

工学システムの安全について

[連載] テクノロジー潮流

エネルギー移行と国民の価値観の変化

ビジネストレンド新着記事

注目企業

一覧へ

不動産のノウハウや技術を生かしサステナブルインフラへ―いちご

現存の不動産に新しい価値を創造する「心築(しんちく)事業」とJ‐REIT運用、太陽光などのクリーンエネルギー事業が主力。社名の「いちご」は一期一会に由来しており、サステナブルインフラを通じて日本の社会を豊かにすることを目指している。文=榎本正義(『経済界』2019年9月号より転載) 長谷川拓…

次世代車向け先進技術を応用する日本発プラットフォーマー ―イーソル

社員に奨学金を提供―ミツバファクトリーが実践する中小企業が勝つための福利厚生とは

新社長登場

一覧へ

「若者需要の開拓でビール市場を盛り上げていく」塩澤賢一(アサヒビール社長)

アサヒグループ食品の副社長から、この3月にアサヒビールの社長に就任した塩澤賢一氏。長年、ビール営業畑を歩み、マーケティングを兼ねた繁華街歩きを趣味にしている。街の変化から世の中の流れを読む塩澤新社長が挑むのは低迷するビール市場の活性化。若者需要を伸ばしつつ、スポーツイベントを商機として攻勢をかけていく。聞き手…

「事業部門の連携を活性化させ営業利益100億円を目指す」 内藤宏治(ウシオ電機社長 )

地域に根差した証券会社が迎えた創業100周年―藍澤卓弥(アイザワ証券社長)

イノベーターズ

一覧へ

シリコンバレーへの挑戦が生んだ「起業家と投資家が待ち望んだサービス」― 戸村光・ハックジャパンCEO

起業家のスタンスとして、画期的な技術やビジネスモデルを社会で活かすことを目的としたイノベーション先行型もあれば、社会課題解決を最優先とし、そこに必要な技術やノウハウを当てはめていくやり方もある。ハックジャパンCEOの戸村光氏の場合は後者。対象となる課題は「身の周りの気付いたことすべて」だ。(取材・文=吉田浩)…

「測量美術」が起こす道路工事のイノベーション―草木茂雄・エムアールサポート社長

IT化で変革する産業廃棄物処理の世界―福田隆(トライシクルCEO)

大学の挑戦

一覧へ

専門分野に特化した“差別化戦略”で新設大学ながら知名度・ブランド力向上を実現――了徳寺大学・了徳寺健二理事長・学長

2000年設立で、了徳寺大学が母体のグループ法人。医療法人社団了徳寺会をグループ内に持つ。大学名の「了」は悟る、了解する、「徳」は精神の修養により、その身に得た優れた品性、人格を指す。「了徳寺」は人間としての品性、道を論す館の意味を込めた大学名だ。 聞き手=本誌/榎本正義 、写真/佐々木 伸 …

大学の挑戦

創立100周年、西南学院大学・K.J.シャフナー学長「世界に貢献しインパクトを与える人材を育てる」〜国際交流・就職支援・インターネット出願〜 

「“STAND BY YOU”のスローガンの下、学生一人ひとりに寄り添う教育を」――中央学院大学・佐藤英明学長

経済界からのお知らせ

最新号のご案内

経済界2019年9月号
[特集] 東京五輪以降──ニッポンの未来
  • ・2度目の東京五輪 今度はどんなレガシーが生まれるのか
  • ・高岡浩三 ネスレ日本社長兼CEO
  • ・脱CO2の切り札となる水素活用のスマートシティ
  • ・五輪契機にテレワーク普及へ「柔軟な働き方でハッピーに」
  • ・ワーケーション=仕事×余暇 地域とつながる新しい働き方
  • ・「ピッ」と一瞬で決済完了! QRしのぐタッチ決済の潜在力
  • ・東京五輪で懸念される調達リスク
  • ・フェアウッド100%使用にこだわる佐藤岳利(ワイス・ワイス社長)の挑戦
[Special Interview]

 原田義昭(環境大臣・内閣府特命担当大臣)

 世界の脱炭素化、SDGs「環境」が社会を牽引する

[NEWS REPORT]

◆フェイスブックの「リブラ」で仮想通貨も「GAFA」が支配

◆脱炭素社会へ 鉄リサイクルという光明

◆PBの扱いを巡り業界二分 ビール商戦「夏の陣」に異変あり

◆中国の次は日本に矛先? トランプに脅える自動車業界の前途

[特集2]

 北の大地の幕開け 北海道新時代

・ 鈴木直道(北海道知事)

・ 岩田圭剛(北海道商工会議所連合会会頭)

・ 安田光春(北洋銀行頭取)

・ 笹原晶博(北海道銀行頭取)

・ 佐々木康行(北海道コカ・コーラボトリング社長)

・ 會澤祥弘(會澤高圧コンクリート社長)

・ 佐藤仁志(北海道共伸特機社長)

・ 内間木義勝(ムラタ社長)

ページ上部へ戻る