マネジメント

 B2BからB2C事業へのシフト、スマートフォンへの大規模な経営資源投入と、好機と見るや大きな勝負を仕掛けて成功を収めてきたサイバーエージェント社長の藤田晋。その藤田が今、社運を懸けて自ら取り組んでいるのがインターネットテレビの「AbemaTV」である。創業20年を目前に、未知の世界へのチャレンジに踏み切った思いとは。文=吉田 浩 Photo=佐藤元樹

ネットテレビは自分たちだからこそできる

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ふじた・すすむ 1973年福井県生まれ。青山学院大学卒業後、インテリジェンスを経て98年にサイバーエージェントを創業。インターネット広告事業、スマートフォンサービス「アメーバ」事業などを展開。2000年3月に東証マザーズ上場。16年、テレビ朝日と共同出資で株式会社AbemaTVを設立、インターネットテレビ事業に本格進出を果たす。

 テレビ朝日との共同出資で2016年4月にスタートしたAbemaTVは、今年3月15日時点で1500万ダウンロードを突破。これまでに類のない、ネット発のマスメディアとしての地位を確立すべく歩を進めている。

 ITベンチャーの雄として注目を集めてきたサイバーエージェントも、気が付けばもうすぐ創業20年。今や年間売上高3千億円超、従業員数約3800人を誇るが、藤田は大企業として見られることを嫌う。ネットテレビという未知の世界への挑戦は、元祖ITベンチャーの面目躍如といったところだ。

 とはいえ、こうした挑戦が可能なのは、創業以来積み上げてきた実績があればこそ。17年9月期には200億円の先行投資を見込んでおり、本格的なマネタイズはそれ以降となる。

 「技術的には同じことをやれる会社はほかにもあるかもしれませんが、これだけの赤字を許容できる会社はほとんどないでしょうね」と、藤田は言う。

 仮に上場したてのベンチャーなどが同じ事業を試みたとしても、資金面や信用面で非常に困難なことは想像に難くない。株主たちの説得も難しいだろう。これまで新規事業にいくつもチャレンジし、突破してきた実績があるからこそ、周囲からの期待も大きい。

 実際のところ、ネットの放送事業に進出した企業の多くは、苦戦を余儀なくされている。

 直近ではスマホ向け放送のNOTTVが、採算が取れずに撤退した。いわば「鬼門」のような領域で、「本当に黒字化できるかと言われれば、分からない部分はあります」と、藤田も認める。

 その一方で、「今は自分たちとの闘い。事業戦略や組織戦略も参考になる前例はないから、自分たちで考えて作り出さないといけません。でも、僕はプレッシャー慣れしているので」と、笑みを浮かべる余裕も見せる。

 アナリストなどからは、事業の先行きを不安視する声も聞こえてくる。巨額の先行投資に加え、利用者ペースの伸びに対する懸念がその理由だ。だが、そうした見方を藤田は一蹴する。

 「われわれが無料で視聴しやすいものを作ったことに対して、面白く思わない人も中にはいます。でも、利用者数はスタート以来ずっと伸びていますし、そこは間違えないでいただきたいですね。不安は当然ありますが、ネット業界に長くいるゆえの勘所は押さえています」

スマホによる視聴を「手癖」のレベルに

 藤田が狙うのは、スマホによる番組視聴を「手癖」のレベルまでもっていくこと。例えば、視聴者がフェイスブックやツイッターをチェックした後は、必ずAbemaTVを開くようになるイメージだ。

 そのために必要となるのが、何といってもコンテンツの充実だ。まずは、視聴習慣を根付かせるために、ニュースやトーク番組、スポーツなど、一定の時間帯に視聴者がアクセスしやすいラインアップを揃えていく。

 もう1つ強く意識しているのは、ネットならではの尖ったコンテンツの提供だ。「当然、倫理観を踏まえた上ではありますが、新たなメディアとして、地上波のテレビではなかなか見られない番組を流していきたい」という。

 新規事業に参入するタイミングについて、藤田は自らの感覚を信じている。

 ネットTVの場合も、どこかのタイミングでは事業としてモノになるとの確信は持っていた。だが、いつゴーサインを出すかは、麻雀好きとしても知られる藤田の「勝負師の直感」に頼る部分が大きい。

 「ネットで動画を視聴するのは技術的には可能でしたが、実際にそれほど多くの人が見ているわけではありませんでした。それがスマホの普及とWi-Fiなど通信環境の改善によって、徐々にネット動画を見る人が増えてきたという背景があります。自分もネットで麻雀の放送をよく見るようになって、体感値として必要性が高まってきたのを感じていました。参入するタイミングは、ちょっと早いくらいなら良いですが、遅過ぎたら終わりです。そういう意味で、少し早いかもしれないけれど、本格的に参入したのが今ということです」

 ネット動画でもニッチな分野を狙わず、マスメディアになることを目指しているのは、「ネットは無料で見るスタイルが一番合っており、広告モデルで収益を成り立たせる」という前提があるからだ。会社設立以来取り組んできた広告事業に関しては、マネタイズに必要な視聴者数や売り方などのノウハウを、サイバーエージェントは十分に持っている、との自負がある。

 事業の成長には、前述した視聴習慣がどれだけ根付くか、通信環境がどの程度の期間で整備されるかなど、さまざまな要因が絡んでくる。当初の予想より成長ペースが鈍ることも十分にあり得る。一朝一夕に成り立つビジネスだとは、藤田も考えていない。

 このため、思い切った挑戦はしつつも、例えば高額なコンテンツをいくつも買い付けてリスクを負うような手法は避ける考えだ。市場拡大のスピード感を読み誤ることに強い警戒心も抱いている。

社長であることが自分を最も成長させる

 ネットを中心にメディアへの露出が多いために、「サイバーエージェント=藤田晋の会社」のイメージは世間で根強い。しかし、数年前の本誌インタビューでは、トップにふさわしい人材がいれば自分はいついなくなってもいい、との考えを語っていた。それは今でも変わらないのだろうか。

 「絶対に身を引かない、というわけではありませんが、会社の規模が大きくなって、自分でないとできない仕事が増えているのが悩みのタネですね。結局のところ、サイバーエージェントの社長であることが、一番自分を成長させてくれるんです。このポジションにいるからこそ、新しい経験を積めるし、いろんな方たちから話が来るという部分があります。ですから、次に新しい人がこのポジションに着くと、相当な距離を一度バックしないといけない。それが果たして会社にとって良いのかという難しさはあります」

 現在では、ほとんどの事業を幹部以下、社員たちに任せ、自分が関わるのは全体の1%程度というスタンス。誰がやってもうまくいくような事業は、自分がやる意味がないと考えているからだ。

 必然的に藤田自らが関わるのは「超」が付くほど難易度が高い事業となってくる。

 それゆえに、自らが判断を誤ると会社全体が転覆しかねない。過去の実績があるだけに、社員が自分にモノを言えない雰囲気になる可能性もゼロではない。それでも「少なくともAbemaTVに関しては責任があるので、やりきらなければいけない」との思いを強く持つ。

 トップ自ら新規事業にチャレンジする状況だが、大企業病とは無縁なのか? そんな問いを投げ掛けると藤田はこう答えた。

 「無縁ではないですし、昔と比べたら危機感は落ちていると思います。例えば、昔は開発期間が2カ月遅れたら会社がつぶれたようなことでも、今なら納得できるまで良いものをつくるようになっているので、お金があるんだなと(笑)。ベンチャー精神を失ってはいけませんが、長距離を走れるだけの余裕を持たなければいけないとは思っています」

 創業時には、寝る間も惜しみ、とにかく働きまくって会社を成長させてきた。当然ながら、このご時勢に同じことを社員に求めることはできない。

 昨今謳われている働き方改革にせよ、コーポレートガバナンスにせよ、攻撃的なベンチャースピリットとは必ずしも相いれない価値観も受け入れていかなくてはならない。

 そんな中、今後も創業当時の精神を忘れず、会社を成長させていくミッションに藤田は直面している。次の20年は、さらに難しいチャレンジが待っているのかもしれない。(敬称略)

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