マネジメント

 小笹芳央現会長をはじめとする仲間たち6人と2000年にリンクアンドモチベーションを創業した坂下英樹社長。実質的ナンバーワンである小笹を時に支え、時に自らが前面に出て、事業をけん引する役割を担っている。大きな構想を優れた現場感覚で実現してきた男は、この先どんな会社づくりを目指しているのだろうか。文=吉田 浩 Photo=佐藤元樹

トップ営業マンからコンサルタントへ

201707SAKASHITA_P01

さかした・ひでき 1967年生まれ。群馬県出身。91年リクルート入社。人材総合サービス事業部、組織人事コンサルティング室を経て、2000年小笹芳央氏らとともにリンクアンドモチベーション設立。13年同社社長に就任。

 坂下が経営者としての独立を意識したのは、家庭環境の影響が大きい。幼い頃から電設工事の会社を営む父親について現場に行き、その仕事ぶりを見てきた。

 「幼稚園児の頃から“原価”という言葉を知っていましたからね」

 そう坂下は笑う。

 新卒で就職したのはリクルートだった。既に数社から内定を得ていたが、世の中の経営者たちを直接相手にする仕事がしたかった。リクルートが何をしている会社かもよく知らなかったが、ベンチャー気質にあふれた同社は、将来の独立を視野に入れていた坂下には、願ってもない職場だった。

 入社後は、自ら志願して東京都内ではなく埼玉県の大宮に配属が決まり、就職情報誌の広告営業を担当した。当時はバブル経済の影響で都内の地価がべらぼうに高く、起業家の多くは東京周辺のドーナツ圏に拠点を構えることが多かったためだ。

 経営者を直接相手にする営業は効率が良かった。人事担当者を相手にするのと違い、多くの場合商談は即決。顧客の紹介にも恵まれ、成績は新人トップ。2年目には早くも全国でナンバーワンの実績を上げた。6年後、組織人事コンサルティング室に異動が決まり、そこで出会ったのが室長を務めていた小笹だった。

 ここから苦難の日々が始まる。営業では抜群の実績を収めた坂下だったが、未経験のコンサルタント業務を前に、しばらくは成績が全く上がらなかった。坂下は当時を振り返ってこう話す。

 「まるで、ボクサーが柔道をやるようなもので、全く違う世界でしたね。ロジカルな思考など全くできなかったので一から学び直しです。小笹からコンサルの雰囲気を経験しろと言われ、有名経営コンサルタントの波頭亮さんをコーチに付けてもらって鍛えられました。睡眠時間は2時間くらいしか取れない日々が1年間続き、本当に精神的に破綻しそうでした」

 こうした厳しい経験を通じて、坂下は「コンサルとは何か」を徹底的に学んでいった。

創業当時の事業計画書を今でも持ち歩く

 90年代半ば以降、日本経済の減速とともに、リクルートにもリストラの波が押し寄せる。

 それまでの拡大路線から一転、保有媒体の統合が進み、効率化を追求する方針に変わった。新たな市場を開拓するために、治外法権的に活動していた組織人事コンサルティング室も、会社全体の戦略の中に組み込まれ、それまで以上に「稼ぐ」ことが求められるようになったのだ。

 歪が生まれた。

 コンサル室には室長の小笹より年上の社員も次々に配属され、自由度がどんどん失われていった。それに不満を持ったリーダー格の社員たちが、次々と辞めていく。組織存亡の危機だった。個人面談の場で、この先どうしたいのかと小笹に問われた坂下は思いの丈をぶつけた。

 「当時は多くの会社が、人を削りITを導入して効率化に走る状況で、リクルートもそうでした。それによって失った面白さこそが、自分にとってのリアリティでした。自由度やワクワク感を失った会社は、自分が好きだったかつての姿ではない、こんな思いをしている会社は、世の中にたくさんあるのではないかという話をしたら、小笹は共感してくれたんです」

 小笹の反応は早かった。面談の翌日にすぐ、坂下の思いを反映させた事業計画書を持ってきたのだ。

 小笹、坂下のほか、新たな事業の構想に賛同した2人のメンバーを加え、箱根で合宿。新会社の社名や、事業構想について議論を重ねた。その翌年、人や組織の観点からアプローチする新たなコンサル会社、リンクアンドモチベーションは誕生した。

 坂下が持ち歩くカバンの中には、その時につくりあげた最初の事業計画書が18年たった今でも入っている。英語で書かれているのは、海外でも通用する会社をつくるという気概ゆえだという。

世の中に評価される会社をつくりたい

201707SAKASHITA_P02

今も坂下が持ち歩く創業当時の事業計画書

 1人で独立しようと考えたことがなかったわけではない。ただ、坂下にとってはやりたいことを実現することのほうが重要で、そのために選んだのが仲間たちとの創業だったということだ。

 トップに立つ小笹は全体の戦略を構想し、大きな目標を掲げて組織を引っ張るカリスマリーダータイプ。一方、坂下は顧客を開拓したり顧客の本音を引きだしたりと、現場で指揮を執る能力に長けている。

 小笹と意見が違うときもある。そんな場合も、掲げたプランを現実に落とし込むための解答を模索し、実行していくことがミッションだ。

 今でこそ、社員のモチベーションや組織力の向上によって業績を伸ばしていこうという発想は珍しくないが、リンクアンドモチベーションの創業当時は異色だった。創業後は顧客獲得に苦労したのではないか、という問いに坂下はこう答える。

 「当時はIT万能時代で、世の中の経営者たちが皆そちらに行きがちだったからこそ、啓蒙が必要だと思い、自分たちの考えを顧客に言い続けてきたんです。ですから、最初から潜在顧客はたくさんいて、時代の流れに違和感を抱いていた経営者たちと共に、組織の変革事例を作っていきました。その時担当していたところの多くは、今でも大きな成果を残した模範的変革事例となっています」

 リンクアンドモチベーションが標榜する、「人間観」と「組織観」をベースにした「モチベーションエンジニアリング」は、リクルート時代の顧客とのやり取り、そして自らが会社組織の一員として体感してきたことに基づいている。

 「良い会社をつくるための手段は何か。例えば、もし父の会社が人材や組織力を機能させる重要性を分かっていたら、どうだったろうといつも考えていました」と、坂下は言う。

 「世の中に認められる会社をつくる」という坂下の思いは強い。そんな気持ちに火をつけた家族とのこんなエピソードがある。

 坂下の実家では、正月に父親と兄弟全員でオートレースに出掛けるのが恒例のイベントとなっていた。だが、ある年、リクルートの社員だった坂下は翌日の出社のため東京に帰らなければならなかった。それを聞いた家族たちは怒り出し「せっかく盛り上がっているのに、だからサラリーマンはダメなんだ」と、非難したのだ。父親をはじめ、兄弟たちはみな経営者だった。

 「自分が経営者になった後も、彼らがなし遂げていないことをやりたいと思いました。その1つが、上場して世の中に認められること。ただ、上場自体が目的ではなく、上場に値する、高い評価を受ける会社をつくりたいという思いはありましたね」

自社の経験を生かす「言行一致の経営」

 2013年から小笹に代わって社長の座に就いた坂下が取り組んでいるのは、さらなる生産性の向上と、顧客との関係の深化だ。単純に売上高や規模の拡大を追うのではなく、「中身のある」成長を目指すという。

 顧客に対して説得力を持つためには、自らが人材と組織の活性化を通じて成長しなければならない。体感値としての事例を作るために、自社が格好の実験場にもなっている。そこで得られた学びを、顧客企業にフィードバックする。坂下はこれを「言行一致の経営」と呼ぶ。

 「研修などの社員教育を含めて、当社は現状否定する機会を非常に多く設けています。個人に対しても部署に対しても常に課題を与え、現状に満足しない風土をつくっているんです。評価の観点は、どれだけ成果をあげたかという“パフォーマンス”だけでなく、どれだけ成長できたかという“ストレッチ”の部分も重視しています」

 M&Aも積極的に行い、事業領域と組織を拡大させてきたリンクアンドモチベーションだが、規模が大きくなるほど社員一人一人のモチベーションにフォーカスするのは当然難しくなってくる。創業当時の事業計画書を今も持ち歩くのは、初心を忘れないという坂下の決意の表れなのだろう。(敬称略)

 
経済界 電子雑誌版のご購入はこちら!
雑誌の紙面がそのままタブレットやスマートフォンで読める!
電子雑誌版は毎月25日発売です
Amazon Kindleストア
楽天kobo
honto
MAGASTORE
ebookjapan
 

雑誌「経済界」定期購読のご案内はこちら

経済界電子版トップへ戻る

関連記事

好評連載

銀行交渉術の裏ワザ

一覧へ

融資における金利固定化(金利スワップ)の方法

[連載] 銀行交渉術の裏ワザ(第20回)

銀行交渉術の裏ワザ

[連載] 銀行交渉術の裏ワザ(第19回)

定期的に銀行と接触を持つ方法 ~円滑な融資のために~

[連載] 銀行交渉術の裏ワザ(第18回)

メインバンクとの付き合い方

[連載] 銀行交渉術の裏ワザ(第17回)

銀行融資の裏側 ~金利引き上げの口実とその対処法~

[連載] 銀行交渉術の裏ワザ(第16回)

融資は決算書と日常取引に大きく影響を受ける

元榮太一郎の企業法務教室

一覧へ

社内メールの管理方法

[連載]元榮太一郎の企業法務教室(第20回)

企業法務教室

[連載]元榮太一郎の企業法務教室(第19回)

タカタ事件とダスキン事件に学ぶ 不祥事対応の原則

[連載] 元榮太一郎の企業法務教室(第18回)

ブラック企業と労災認定

[連載] 元榮太一郎の企業法務教室(第17回)

電話等のコミュニケーション・ツールを使った取締役会の適法性

[連載] 元榮太一郎の企業法務教室(第16回)

女性の出産と雇用の問題

本郷孔洋の税務・会計心得帳

一覧へ

税務は人生のごとく「結ばれたり、離れたり」

[連載] 税務・会計心得帳(最終回)

税務・会計心得帳

[連載] 税務・会計心得帳(第18回)

グループ法人税制の勘どころ

[連載] 税務・会計心得帳(第17回)

自己信託のススメ

[連載] 税務・会計心得帳(第16回)

税務の心得 ~所得税の節税ポイント~

[連載] 税務・会計心得帳(第15回)

税務の心得 ~固定資産税の取り戻し方~

子育てに学ぶ人材育成

一覧へ

意欲不足が気になる社員の指導法

[連載] 子どもに学ぶ人材マネジメント(第20回)

子どもに学ぶ人材マネジメント

[連載] 子どもに学ぶ人材マネジメント(第19回)

子育てで重要な「言葉」とは?

[連載] 子どもに学ぶ人材マネジメント(第18回)

女性社員を上手く育成することで企業を強くする

[連載] 子どもに学ぶ人材マネジメント(第17回)

人材育成のコツ ~部下の感情とどうつきあうか~

[連載] 子どもに学ぶ人材マネジメント(第16回)

人材育成 ~“将来有望”な社員の育て方~

ビジネストレンド新着記事

注目企業

一覧へ

社員17人で41億円を売り上げた社長が語る「中国で越境ECを成功させる秘訣」―栖原徹(ピルボックスジャパン社長)

今や米国と並び、世界最大級の消費市場となった中国。その中国で爆発的なヒットを飛ばしているのが健康食品・サプリメントなどの越境ECで展開するピルボックスジャパンだ。同社を率いる栖原徹社長に、中国市場で成功するための秘訣を聞いた。(取材・文=吉田浩) 栖原徹・ピルボックスジャパン社長プロフィール…

栖原徹・ピルボックスジャパン社長

意思決定の効率化を実現しデータ活用に革命を起こす―インティメート・マージャー

総合事業プロデューサーとして顧客と共に成長する―中尾賢一郎(グランドビジョン社長)

新社長登場

一覧へ

森島寛晃・セレッソ大阪社長が目指すクラブ経営とは

前身のヤンマーディーゼルサッカー部を経て1993年に創設されたセレッソ大阪。その25周年にあたる2018年12月に社長に就任した森島寛晃氏は、ヤンマー時代も含めて通算28年間セレッソ一筋、「ミスターセレッソ」の愛称を持つ。今も多くのファンに愛される新社長が目指すクラブ経営とは。聞き手=島本哲平 Photo=藤…

森島寛晃・セレッソ大阪社長

カリスマ創業者の後任として描く「新しいマネックス証券像」― マネックス証券社長 清明祐子

「若者需要の開拓でビール市場を盛り上げていく」塩澤賢一(アサヒビール社長)

イノベーターズ

一覧へ

起業家にとって「志」が綺麗ごとではなく重要な理由―坂本憲彦(一般財団法人立志財団理事長)

 企業経営者にとって「理念」や「志」が大事とはよく言われるものの、今一つピンと来ない向きも多いのではないだろうか。成功した経営者がいくら精神面の重要性を説いても、日々の現実と格闘している経営者にとっては、ただの綺麗ごとに聞こえてしまうかもしれない。 それでも、ビジネスを成功させるために最も大切なのは「志」だと…

立志財団

勉強ノウハウと法律知識で企業の「働き方改革」を促進する―鬼頭政人(サイトビジット社長)

アスリートのセカンドキャリア問題に真正面から取り組む―中田仁之(一般社団法人S.E.A代表理事)

大学の挑戦

一覧へ

専門分野に特化した“差別化戦略”で新設大学ながら知名度・ブランド力向上を実現――了徳寺大学・了徳寺健二理事長・学長

2000年設立で、了徳寺大学が母体のグループ法人。医療法人社団了徳寺会をグループ内に持つ。大学名の「了」は悟る、了解する、「徳」は精神の修養により、その身に得た優れた品性、人格を指す。「了徳寺」は人間としての品性、道を論す館の意味を込めた大学名だ。 聞き手=本誌/榎本正義 、写真/佐々木 伸 …

大学の挑戦

創立100周年、西南学院大学・K.J.シャフナー学長「世界に貢献しインパクトを与える人材を育てる」〜国際交流・就職支援・インターネット出願〜 

「“STAND BY YOU”のスローガンの下、学生一人ひとりに寄り添う教育を」――中央学院大学・佐藤英明学長

経済界からのお知らせ

最新号のご案内

経済界2020年3月号
[特集] 令和女史のリーダー哲学
  • ・元谷芙美子(アパホテル社長)
  • ・石黒不二代(ネットイヤーグループ社長)
  • ・小巻亜矢(サンリオエンターテイメント社長)
  • ・石渡美奈(ホッピービバレッジ社長)
  • ・戸田泰子(理化電子社長)
  • ・吉本新喜劇で初の女性座長は「イキらず、驕らず、高ぶらず」の支えるリーダー
  • ・敏腕ヘッドハンターが語る リーダーに求められる力は使命感に裏付けられた勇気
  • ・本と映画に学ぶ女史たちの生き様
[Special Interview]

 橋本聖子(女性活躍・東京五輪・男女共同参画担当大臣)

 女性が輝く新時代へ 政治家もOne Team

[NEWS REPORT]

◆CESでコンセプトカーを発表 ソニーが自動車メーカーになる日

◆アマゾンと提携したライフ 新規顧客獲得は成功するのか

◆ゴーン被告逃亡の影響は? 内田誠・日産新社長の前途

◆血液によるがん診断で日本の医療費は高騰する

[特集2]

 スタートアップ!関西

 日本の起業家たちが関西に注目する理由

ページ上部へ戻る