マネジメント

発展途上国で栄養失調に苦しむ人々を救うという志を抱いて起業したのが、ユーグレナの出雲充社長だ。ミドリムシ(学名:ユーグレナ)の特性に着目し、事業化を決断。強い意志で研究開発をやり遂げ、今まで誰も実現していなかったミドリムシの屋外大量培養に成功した。今やミドリムシを用いた製品は健康食品や化粧品で展開しているが、ジェット燃料としての研究が進むなど、未開拓の領域が広がっており、さらなる事業拡大が期待されている。文=村田晋一郎 Photo=佐藤元樹

頑張るための動機が起業

201707IZUMO_P01

いずも・みつる 1980年生まれ、広島県出身。2002年東京大学農学部卒業、東京三菱銀行(現・三菱東京UFJ銀行)入行。05年8月ユーグレナを創業し、代表取締役社長に就任。「日本ベンチャー大賞」内閣総理大臣賞をはじめ受賞多数。

 出雲充がユーグレナを起業する最初のきっかけは東京大学1年の夏休みにインターンで訪れたバングラデシュでの体験だった。世界で最も貧しいと言われる国で、栄養失調に苦しむ人たちを目の当たりにし、この人々の栄養の問題を解決したいと思うようになる。そして栄養の勉強をするために、当時在籍していた文科Ⅲ類から農学部に転部。同時期にユーグレナを一緒に立ち上げることになる1年後輩の鈴木健吾(ユーグレナ取締役 研究開発担当)と出会い、ミドリムシが栄養失調を解決できる可能性があることを知る。

 「ミドリムシをバングラデシュに持って行って、栄養失調の子どもたちに元気になってもらおうと決めた」と出雲はその時の決意を語る。

 当時の問題は研究費がないことだった。そこで鈴木が大学に残って研究を続け、出雲は大学卒業後、東京三菱銀行(現・三菱東京UFJ銀行)に就職する。銀行に入れば、世の中のお金の流れが分かり、資金調達に役立つかもしれないという思いがあったからだが、結局1年で銀行を辞め、起業の準備に入る。

 そして2005年8月、鈴木ら創業メンバー3人でユーグレナを起業する。この時点でミドリムシの屋外大量培養技術は完成していなかった。しかもミドリムシの屋外大量培養はそれまで世界で誰も実現しておらず、出雲も自信があって起業したわけではなかった。通常、大学発ベンチャーは、ある技術を開発・完成させ、その成果を事業化するが、出雲はその順番の起業では新しいことはできないという。この時の心境を次のように振り返る。

 「技術は完成していなかったですが、先に会社をつくると私も周囲も焦りますよ。もちろん毎日、みんな限界まで研究していたのですが、会社をつくってしまって、何もできないまま潰れるわけにはいきません。そうすると、今日はもう1回だけ実験をしたら帰宅しようという気持ちになります。ほかの人が諦めてしまうところで諦めたら新しいことはできません。あともうひと踏ん張り頑張ろうと思うための動機はいろいろあると思いますが、私の場合、バングラデシュの子どもたちの栄養失調を解決したいという思いで、会社を先につくったことでした」

 先に起業したことが「背水の陣」となり、ブレークスルーにつながったかたちだ。

 そもそもミドリムシの培養は、農芸化学であり、非常に泥臭い世界だ。地味に実験して、うまくいかなくて、また実験して、うまくいかなくて、何十回、何百回、何千回といろいろ実験しているうちに勘が働いてくる領域だという。センスではなく、何回手を動かして、トライアルをやるかが重要となる。

 何百回、何千回と実験を重ねていった結果、05年12月16日、ついに世界で初めてミドリムシの屋外大量培養に成功する。出雲と鈴木がミドリムシをやると決めたのは、東大3年次の00年で、それから5年費やしたことになる。しかし出雲らの5年の研究だけで実現できたわけではないという。日本でミドリムシの培養の研究は1980年頃から始まっていた。出雲と鈴木は、ミドリムシの研究を始めるにあたり、北海道から沖縄まで日本中の大学のミドリムシの研究室を訪ね、それまでの研究について教授たちから学んでいった。その意味では、出雲らの成功は日本中のミドリムシ研究者たちの25年の成果が結実したものといえる。

伊藤忠の採用決定を突破口に

201707IZUMO_P02 ミドリムシの屋外大量培養には成功したものの、当初は思うように売れず、実際にビジネスが軌道に乗るまでには、さらに約2年半を要した。ミドリムシは全く新しいものであったため、前例や実績を重視する日本の商慣習やベンチャーへの偏見が大きな障壁となった。

 「ミドリムシがどんなに凄くて良い物だと説明しても、なんでベンチャーがそんなすごいことができるのか。本当にすごいなら、アメリカの企業や日本でも大手企業がやっているはずだなど、実績、前例がないから駄目だと言われ続けました」と出雲はその時の苦労を語る。

 突破口になったのは、08年5月に伊藤忠商事が採用したこと。実績がない、他社が手を付けていない新しい製品だったことが、逆に伊藤忠にとってミドリムシを売り出す動機となった。伊藤忠のサポートを受けてからビジネスは順調に展開できているという。

 現在、製品としては飲料と化粧品を中心に展開しているが、ジェット燃料としての研究も進められている。その広がりを出雲は次のように語る。

 「ミドリムシが栄養学的にすごく良いことは、大学3年生の時から確信していましたし、それで一生ミドリムシをやろうと決めましたから、その思いは全く変わっていませんが、ミドリムシの最高に面白いところは、ミドリムシは分かっていないことだらけで、やればやるほど、いろんなことが分かってくることです」

 パートナー会社が、「今こういうところで困っているが、ミドリムシで解決できませんか?」といろんなテーマを与えてきて、研究すればするほど、ジェット燃料に使える、水の清浄に使える、CO2削減効果もあるということが分かってきた。ミドリムシには未開拓の分野が相当にあり、これから大発見が生まれる可能性があることを出雲は確信しているが、その到達点は出雲自身も予見できていないという。

 それだけ大きな可能性を秘めるミドリムシなら、競合環境が気になるが、出雲はあまり心配していない。

 もともと農芸化学、発酵技術は日本が進んでいる分野であり、他国と比べて研究者の層も厚い。特に微生物を発酵させる技術では、醤油のキッコーマン、乳酸菌のヤクルト、アミノ酸の味の素と、世界でも圧倒的なトップメーカーが揃っている。出雲もビジネスモデルとしてこの3社を意識し、3社のようなビジネス展開をやっていきたいと思っている。

 アメリカにも優秀な研究者はいるだろうが、ミドリムシに関して、日本はアメリカを2周引き離している状況だと出雲は見ている。アメリカは技術で周回遅れの分野があれば、企業買収などあらゆる手を駆使して追い付き追い越そうとするが、これが2周遅れになると、その分野での競争をやめ、別の勝てる分野にリソースをシフトする傾向にあるという。

 「われわれがミドリムシの技術を完成させて、約12年たちますが、12年の差を追い付いて追い越すことは容易ではありません。もちろん油断しているわけではないですが、12年間われわれも何もしていないわけではないので、2周離していれば、技術開発競争では、セーフティーゾーンだと思っています」

 むしろユーグレナの課題は、事業の成長に合わせた自らの変革だろう。17年9月期には売上高150億円を見込んでいる。5年で5倍以上の急成長となるが、それだけミドリムシの取扱量も急増、需要がひっ迫している状況だ。生産体制を整備するため、生産工場の増産工事を実施し、昨年末の年産80トンから倍増の160トン体制に移行、今年2月に本格稼働を開始した。

 往々にしてベンチャーは十分な供給能力が備わっていないため、そのコントロールを間違えると、欠品状態や品質の低下を招き、長期的には顧客の信頼を損なう。そしてブランドが確立できないまま、製品がブームで終わってしまうケースがある。ユーグレナとしても、供給体制の整備と供給量のコントロール、品質の維持が急務となっている。

 また、現在の会社の規模は出雲がすべてを把握できているが、今後事業が拡大し、それが困難な規模になっていくと、人の問題が重要になってくる。人の問題について、出雲はその人が優秀であるかどうか以上に個々の能力を十分に発揮できているかを重視している。環境に左右されて本来の実力の半分しか発揮できない人もいれば、2倍活躍できる人もいる。そこで、どうしたら2倍活躍できるか、どうしたら半分にならないかを考えて会社を運営してきた。現在の一つの結論は「あ・た・ま(明るく・楽しく・前向きにの頭文字をとってつけたユーグレナ社員の行動指針の一つ)」だと語る。

 「人は明るくて楽しくて前向きな人と一緒にいると、明るくて楽しくてやる気になります。ですから(トップである)私自身が明るくて楽しくて前向きになることが重要で、これは人数に関係なく組織運営で大切なことだと思っています」

 社員一人一人が十分に能力を発揮できる環境を整え、さらなる成長を目指していく。(敬称略)

関連記事

好評連載

銀行交渉術の裏ワザ

一覧へ

融資における金利固定化(金利スワップ)の方法

[連載] 銀行交渉術の裏ワザ(第20回)

銀行交渉術の裏ワザ

[連載] 銀行交渉術の裏ワザ(第19回)

定期的に銀行と接触を持つ方法 ~円滑な融資のために~

[連載] 銀行交渉術の裏ワザ(第18回)

メインバンクとの付き合い方

[連載] 銀行交渉術の裏ワザ(第17回)

銀行融資の裏側 ~金利引き上げの口実とその対処法~

[連載] 銀行交渉術の裏ワザ(第16回)

融資は決算書と日常取引に大きく影響を受ける

元榮太一郎の企業法務教室

一覧へ

社内メールの管理方法

[連載]元榮太一郎の企業法務教室(第20回)

企業法務教室

[連載]元榮太一郎の企業法務教室(第19回)

タカタ事件とダスキン事件に学ぶ 不祥事対応の原則

[連載] 元榮太一郎の企業法務教室(第18回)

ブラック企業と労災認定

[連載] 元榮太一郎の企業法務教室(第17回)

電話等のコミュニケーション・ツールを使った取締役会の適法性

[連載] 元榮太一郎の企業法務教室(第16回)

女性の出産と雇用の問題

本郷孔洋の税務・会計心得帳

一覧へ

税務は人生のごとく「結ばれたり、離れたり」

[連載] 税務・会計心得帳(最終回)

税務・会計心得帳

[連載] 税務・会計心得帳(第18回)

グループ法人税制の勘どころ

[連載] 税務・会計心得帳(第17回)

自己信託のススメ

[連載] 税務・会計心得帳(第16回)

税務の心得 ~所得税の節税ポイント~

[連載] 税務・会計心得帳(第15回)

税務の心得 ~固定資産税の取り戻し方~

子育てに学ぶ人材育成

一覧へ

意欲不足が気になる社員の指導法

[連載] 子どもに学ぶ人材マネジメント(第20回)

子どもに学ぶ人材マネジメント

[連載] 子どもに学ぶ人材マネジメント(第19回)

子育てで重要な「言葉」とは?

[連載] 子どもに学ぶ人材マネジメント(第18回)

女性社員を上手く育成することで企業を強くする

[連載] 子どもに学ぶ人材マネジメント(第17回)

人材育成のコツ ~部下の感情とどうつきあうか~

[連載] 子どもに学ぶ人材マネジメント(第16回)

人材育成 ~“将来有望”な社員の育て方~

ビジネストレンド新着記事

注目企業

一覧へ

葬儀業から脱皮しライフイベントのプラットフォーム運営企業へ―ライフアンドデザイン・グループ

古い体質が残り実体が見えにくい葬儀業界の中で、「パッケージ化された分かりやすいサービス」「家族葬など小規模葬儀に特化」「低価格だが高品質のおもてなし」「出店スピードの速さ」等を強みに事業拡大。人生の終末や死別後に備えた事前準備を行う。文=榎本正義 村元 康・ライフアンドデザイン・グループ社長…

人材領域で培ったテクノロジーを活用し社会課題を解決する―ビズリーチ

上場して分かったTOKYO PRO Marketのメリット―前田浩・ニッソウ社長に聞く

新社長登場

一覧へ

地域に根差した証券会社が迎えた創業100周年―藍澤卓弥(アイザワ証券社長)

中堅証券会社のアイザワ証券は今年7月、創業100周年を迎えた。この記念すべき年に父からバトンを受け継ぎ新社長となったのが、創業者のひ孫にあたる藍澤卓弥氏。地域密着を旗印に掲げてここまで成長してきたアイザワ証券だが、変化の激しい時代に、藍澤社長は何を引き継ぎ、何を変えていくのか。聞き手=関 慎夫 Photo:西…

メディカル事業を横串にすることでシナジーを発揮し、顧客満足度向上へ 伏見有貴(リゾートトラスト社長)

新事業の芽を伸ばすことでさらに大きな個性的な会社を目指す――日髙祥博(ヤマハ発動機社長)

イノベーターズ

一覧へ

「測量美術」が起こす道路工事のイノベーション―草木茂雄・エムアールサポート社長

経済界が主催するベンチャー企業支援企画「金の卵発掘プロジェクト2018」でグランプリを受賞した草木茂雄・エムアールサポート社長。建設・土木というガテン系の領域でイノベーションを起こすための挑戦を追った。(吉田浩)草木茂雄・エムアールサポート社長プロフィール 測量とアートが結び付く「測量美術」とは何…

IT化で変革する産業廃棄物処理の世界―福田隆(トライシクルCEO)

再エネ時代到来に向け、大石英司・みんな電力社長が目指す「顔の見える」世界

大学の挑戦

一覧へ

専門分野に特化した“差別化戦略”で新設大学ながら知名度・ブランド力向上を実現――了徳寺大学・了徳寺健二理事長・学長

2000年設立で、了徳寺大学が母体のグループ法人。医療法人社団了徳寺会をグループ内に持つ。大学名の「了」は悟る、了解する、「徳」は精神の修養により、その身に得た優れた品性、人格を指す。「了徳寺」は人間としての品性、道を論す館の意味を込めた大学名だ。 聞き手=本誌/榎本正義 、写真/佐々木 伸 …

大学の挑戦

創立100周年、西南学院大学・K.J.シャフナー学長「世界に貢献しインパクトを与える人材を育てる」〜国際交流・就職支援・インターネット出願〜 

「“STAND BY YOU”のスローガンの下、学生一人ひとりに寄り添う教育を」――中央学院大学・佐藤英明学長

経済界からのお知らせ

最新号のご案内

経済界2019年8月号
[特集] SDGsは江戸にある
  • ・「仁義道徳」 経済人に必要な「利益」と「倫理」
  • ・「利他」 「気候変動に具体的な対策を お金の流れが意識を変える」
  • ・「善の巡環」 高邁な理想を支える創意工夫と挑戦
  • ・「才覚、算用、始末、商人倫理」 SDGsの精神宿る江戸商人
  • ・「国利民福」 国が栄えれば人々も幸福になる
  • ・「先も立ち、我も立つ」 石田梅岩と商人道徳
  • ・「気丈」 学問は「治安」「エンタメ」「立身出世」──江戸庶民の教育事情
  • ・「心田開発」 二宮尊徳の報徳思想
[Special Interview]

 里見 治(セガサミーホールディングス会長グループCEO)

 日本初のIR事業への参入はエンターテインメント事業の集大成

[NEWS REPORT]

◆メガバンクからの陥落目前 みずほ銀行の昨日・今日・明日

◆巨大ドラッグストアチェーン誕生か 業界再編はココカラ始まる

◆カリスマ・鈴木修会長に陰り? ピンチを迎えたスズキの前途

◆G20農相会合で見えてきたスマート農業の未来像

[特集2]

 AI時代に稼げる資格

 今必要な資格、将来必要な資格はこれだ!

ページ上部へ戻る