政治・経済

2007年6月29日、アメリカで初代iPhoneが発売された。以来携帯電話は、スマートフォンに取って替わり、真の意味でのユビキタス社会が到来した。あれから10年。世界の、そして日本の携帯地図が大きく変わっただけでなく、人々のライフスタイルも一変した。iPhone発売後の10年を検証する。文=ジャーナリスト/石川 温

タッチパネルのiPhoneに駆逐されたノキア、パナソニック、NEC

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 今年6月にアメリカ・カリフォルニア州で開催されたアップルの開発者向けイベント。毎年、アップルの製品開発に対する方向性が示される重要な催しだ。今年も世界中から5300人の開発者が集った。

 毎回、ティム・クックCEOが登壇する基調講演からスタートするのだが、今年はそこに一人の日本人女性がスペシャルゲストとして紹介された。若宮正子さん、御年82歳だ。

 彼女は今年からプログラムの勉強を始め、1本のアプリを開発した。目が悪く、指が思い通り動かないようなシニアに配慮したゲームだ。

 アップルは若宮さんとともにオーストラリアに住む10歳の少年も招待している。iPhoneの登場によって、プログラミングが今まで以上に一般的になり、10歳から82歳の開発者を生み出したことになるのだ。

 2007年に、当時のCEOであったスティーブ・ジョブズが「携帯電話を再定義する」と宣言して登場したiPhoneは、今年10周年を迎える。まさにこの10年で携帯電話の世界は一変したように思える。

 例えば、10年前、携帯電話業界の巨人と言えば、フィンランド企業のノキアだった。日本では、パナソニックやNECが強かった。しかし、ノキアの端末部門は急激にシェアを落とし、マイクロソフトに買収されたのち、今では見る影もない。パナソニックやNECもスマホ事業からの撤退を余儀なくされた。

 いずれも、アップル・iPhoneを代表とするスマホの台頭に影響を受けたからにほかならない。ノキアや日本メーカーはいずれもiPhoneのようなタッチパネルの操作性に否定的な立場を取っており、従来からのボタン式の操作性にこだわり続けていた。だが、ユーザーは先進的で直感的だったタッチパネルに心を奪われ、ケータイからiPhoneへ乗り換えていった。ノキアや日本メーカーはその流れを読むことができず、事業を縮小あるいは撤退することになったのだった。

 アップルが革新的だったのは、タッチパネルを指で直接触る操作性を採用したところにある。

 ソフトウエアで画面にキーボードを表示するため、例えば日本市場なら日本語、アメリカなら英語、中国なら中国語といったように、その国の言語に合わせて、表示を切り替えさえすればいいようにできている。iPhoneのOSは世界中の言語に対応しており、設定で簡単に表示を切り換えられる。

 iPhoneはハードウエア的には世界中、基本的には同じ仕様となっている(一部、対応周波数の違いなどはあるが)。中国で生産された同じ画面サイズ、同じチップセット、同じOSのiPhoneが世界中で流通し、設定を変えるだけで現地の言葉に対応できる。

 かつて、ケータイのころは、日本であれば日本語のキーが搭載されていたし、アメリカであれば英語のキーが載っている。OSも基本的には現地の言葉にしか対応していない。

 日本のケータイのことを、日本市場で独自に進化したガラパゴスなケータイ、通称「ガラケー」といっているが、まさに携帯電話はそれぞれの国で独自の進化をしてきた。

 しかし、iPhoneは世界中の人が同じ端末を手にしている。これが、この10年を振り返る上で、iPhoneの最大の功績なのだ。

iPhoneが日本市場でソフトバンクから起こした携帯キャリアの再編

 iPhoneにはアプリを配信して販売する「AppStore」が存在する。世界中にiPhoneユーザーがいるということは、日本のアプリ開発者が世界に向けて配信、販売ができるということだ。もちろん、その逆もあり、世界のアプリが日本に簡単に上陸しやすいという環境でもある。

 これによって、世界的に普及したフェイスブックやツイッターといったアプリも日本にすぐにやってきた。また、最近では「ポケモンGO」のように世界中で大ヒットしたゲームアプリも登場した。

 iPhoneは世界共通のプラットフォームであり、アプリを世界的に流通させる役割を果たしている。

 冒頭に紹介した、アップルの開発者向けイベントに世界中から人が集まるというのは、まさにアップルが提供するプラットフォームは世界規模で機能し、経済圏を確立しているからにほかならない。

 アップルはiPhoneで世界的に成功したが、必ずしも自力でここまでのポジションを築いたわけではない。iPhoneを普及させる上で、実に巧妙に通信キャリアを競わせ、彼らの営業力を利用したのがうまくいったのだった。

 例えば、日本市場においては、最初にソフトバンクと組んだことが大きかった。

 10年前といえば、ソフトバンクはボーダフォンを買収したばかり。「ホワイトプラン」というソフトバンクユーザー同士であれば通話料金が無料になるという安売りプランでNTTドコモやauを攻めていたが、競争力には限界があった。

 しかし、08年になって、ソフトバンクがiPhoneを独占的に扱うようになったことで、風向きは一気に変わる。iPhone目当てにドコモやauからユーザーが殺到したのだ。それまで、ソフトバンクには安い通話料金が目当ての、通信キャリアにとっては儲からない客ばかりが集まっていたが、iPhoneを扱い始めたことで、ドコモやauで高額な通信料金を支払ってきた優良顧客が集まってきた。

 ただ、実際のところ、今でこそ人気のiPhoneだが、日本に上陸した初期の段階では、必ずしも売れているとは言えなかった。当時はガラケー全盛時代であり、iPhoneに飛びつくのはごくごく一部のデジタル機器が好きなユーザーに限られていた。

 アップルはしばらくの間、ソフトバンクにiPhoneを独占的に扱わせていたが、2011年にはau、13年3年にはドコモといったように次第にキャリアを増やしていった。

 ここでアップルが巧みだったのが、通常、iPhoneは2年に1回、大きなモデルチェンジを行っており、それ以外の年についてはマイナーチェンジにとどまるのだが、その年にあえて取り扱いキャリアを増やしているのだ。

 マイナーチェンジのiPhoneは外観の見た目は変わらず、中身が多少、進化している程度にすぎない。そのため、話題になりにくいのだが、ここで取り扱いキャリアを増やすと、それだけでニュースになる。しかも、キャリアが増えるということは、販売競争を誘発する。

スティーブ・ジョブスがCEOだった頃の「革新性」を失いつつあるアップル

 例えば、11年にauがiPhoneの取り扱いを始めたときは、iPhoneから無線LANの電波を飛ばし、パソコンなどがネットにつなげられるようになる「テザリング」という機能を提供した。それまでソフトバンクは、同社のネットワークに混雑し、負荷がかかるからとテザリング機能の提供を拒み続けてきたが、auが始めるとあって仕方なく導入に踏み切った。

 しかも、翌年、ソフトバンクはネットワークを強化するために、第4のキャリアであったイー・モバイルを買収。当時、「孫社長はiPhoneを快適に使えるよう、周波数を確保したいためだけにイー・モバイルを買った」(業界関係者)と言われていた。まさにiPhoneによって、日本の通信会社が再編されるという事態にまで発展したのだった。

 13年、ドコモがiPhoneを取り扱うというようになったのも、マイナーチェンジの年だった。

 ドコモがiPhone販売に参入したことで、国内では大手3キャリアがすべて扱うことになった。16年に発売となったiPhone7は、前年に発売になったiPhone6sからあまり進化していなかったが、日本でも決済サービス「アップルペイ」に対応した。これにより、JR東日本のモバイルSuicaが使えるようになり、iPhoneで電車に乗れるようになった。さらに他の電子マネーも対応することで、コンビニで買い物もできるようになった。

 テレビや鉄道広告を見ていると、iPhoneの広告は通信キャリア3社が出しているだけでなく、最近はアップルペイ関連で、JR東日本やJCBなどのクレジットカード会社も出稿しているのが分かる。

 つまり、アップルとしては、iPhoneに関連する企業を巻き込み、他社に広告を出稿させることで、iPhoneの認知を高めることに成功しているのだ。

 スティーブ・ジョブズがCEOだったころ、アップルは「革新的な会社」と言われていた。iPodやiTunes、iPhone、iPadを次々と生み出していた頃はまさに革新的であった。

 しかし、今のアップルはどちらかと言えば保守的な会社だ。スマートウォッチでは、サムスン電子やLGエレクトロニクスが先行して投入し、アップルは後追いで参入した。6月に行われた開発者向けイベントでは、「HomePod」というスマートスピーカーを発表したが、これもアマゾンやグーグルがつくった市場にアップルは追随したかたちだ。

 ティム・クックCEOになって、アップルは革新性を失いつつある。しかし、ティム・クックCEOはジョブズ亡き後、「絶対に失敗できない会社」として、後追いでもきっちりと成果を残す戦略を採り続けている。

 iPhoneの成功体験により、10年でアップルの企業体質は大きく変わった。

 革新的に攻めなくても、世界中に普及するiPhoneを軸に、iPadやアップルウオッチ、HomePodなどの製品を横展開することで、ある程度の成功が見込める企業体質になっているのだ。

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