政治・経済

 初めて小選挙区制度が導入された1996年の総選挙での初当選組の一人が自民党の下村博文氏。当時新人議員を取材する中で私が下村氏に注目したのはその生い立ちだった。

 幼少期に父親を交通事故で亡くし、母親が働きながら下村氏ら幼い三兄弟を育てた。高校、大学と進学していく中、お金がなければ行きたい学校にも行けない現実を救ったのはあしなが育英会の奨学金だった。

 「教育は誰でも享受できる権利のはず」との思いを強くして政治家を目指した下村氏の信念は「教育立国」だ。

 文科大臣として数々の教育改革を実現する一方で、現在は幹事長代行という党務のナンバー2、さらに最近では安倍首相から後継者の一人と名前も挙がった。ポスト安倍として、また今後の厳しい時代にますます必要な人材育成や教育立国の在り方を聞いた。聞き手=政治ジャーナリスト/鈴木哲夫 Photo=幸田 森

日本の次の時代を見据えた「教育アベノミクス」

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しもむら・はくぶん 1954年群馬県生まれ。早稲田大学教育学部卒業。89年東京都議会議員に初当選。自民党都連青年部長、都議会厚生文教委員会委員長などを歴任し2期7年を務める。96年第41回衆議院総選挙において東京11区より初当選。自民党青年局長、法務大臣政務官、議院運営委員会理事議事進行係(第70代目)、文部科学大臣政務官、自民党国対副委員長、第一次安倍内閣の内閣官房副長官を歴任。自由民主党シャドウ・キャビネット文部科学大臣、自民党教育再生実行本部長を経て、文部科学大臣、教育再生担当大臣、東京オリンピック、パラリンピック担当大臣、自由民主党総裁特別補佐兼特命担当副幹事長。現在は自由民主党幹事長代行。

―― 安倍首相が、後継者育成について四天王という表現で政治家の名前を挙げ、その中に下村さんの名前が入っていた。

下村 驚きましたよ(笑)。あれは、安倍総理のお父様の安倍晋太郎さんをしのぶ会で集まった当時の番記者たちとの間で『昔、晋太郎さんは派閥内に後継者を育て四天王と呼ばれた(森喜朗元首相、三塚博元蔵相、塩川正十郎元財務相、加藤六月元農相)。安倍首相もそろそろ考えなくちゃいけないね』という話になったそうです。私の名前はそのとき、マスコミの方から挙がったと総理には聞きました(笑)」。

―― 安倍総理とはどういう関係か。

下村 ずっと前から、そしてどん底の時から同じスタンスで一緒にやってきました。総理だから、権力を持ったから近づいているんじゃない。特に、第一次政権のあと安倍さんは本当に苦しかったし、政治家として再起できるかとまで言われた。権力闘争の世界ですから当然離れた人たちもいる。そんな時も一緒にやってきた盟友だと思っています。

―― 安倍総理の理念と言えば「憲法改正」。5月3日に突然総裁の立場で、「2020年施行を目標」「9条の一、二項はそのままで自衛隊を明記」「高等教育の無償化」など具体的に踏み込んで憲法改正について会合やメディアで宣言した。

下村 このことはいくつかの点で特筆すべきです。そもそも2012年の野党時代に自民党として草案を作りました。そこでは、9条について第二項は変えて国防軍を明記。集団的自衛権も含めてフルスペック、つまり軍隊とするというものです。しかし、それだと衆参で発議に必要な3分の2を得て、国民投票で過半数を得るのがかなり難しい。憲法改正を現実問題としてとらえた場合、地に足の着いた憲法改正は自民党案では行き着かないという中で総理が判断したんです。

 一項、二項をそのままにして自衛隊を書き込むという案は、リベラルな人が言えば普通だが、安倍さんは右と見られている人。その安倍さんがそこまでリベラル側に寄って言ったところが大きなポイントです。だからこそ、党内のコンセンサスが得られ、まとまりやすくなるんじゃないかという思いで、発言をしたんだと思います。

―― 9条以外に高等教育無償化にも触れた。

下村 これは自民党草案には明記されていませんが、私の政治の理念や方向とも合致している部分です。これからの時代を考えたときに安倍政権がやるべきことは『教育アベノミクス』だと思っています。大変な時代になる中で、継続性をもって人材育成に力を入れ、そのための教育環境を国が整えて行かなければならない。これを憲法に明記するという発想は先見の明と言っていい。

教育立国のために国が全面的なバックアップを

―― 憲法の中に、国が人材育成など教育の場を作ることを明記するというのは、下村さんがずっと主張してきた教育立国という政治理念にも合致している。

下村 国の果たすべき役割として19世紀の近代国家は治安、防衛、20世紀は福祉、21世紀はプラス教育立国なんです。しかもこれからの時代は教育というのは何も18歳までの若い人たちだけのことじゃない。

 技術革新が進んであと15年たったら、今の仕事の半分がなくなってしまう。すると、40歳、50歳、60歳になっても、もう一度教育を受ける場所が求められる。職業訓練的なものもそうだし、潜在能力を磨く場でもある。そういうものを国がどう作れるかが、国家の豊かさにつながっていきます。

―― 教育が政治のキーワードになると。

下村 内閣府を中心に取り組んでいる人材育成も、まだまだ問題提起の段階です。大事なのは、労働力がもっと向上するようにという、上から目線の労働生産性向上のための教育の場ではなく、あらゆる世代の一人一人が自らの人生の豊かさを共有できるようにするための教育の場を作らなければならない。

 経済的な理由で半分の人は進学を諦めてしまう。人材を育成して国を造るという教育立国のためには、国が全面的にバックアップする教育をやらないとだめなんです。

―― オリンピックまでは何とかムードも上向きだが、その後は少子化や技術革新による社会変革など、大変な時代が来る。どんな人材を育成して行かなければならないか。

下村 経済の世界でいうなら、司馬遼太郎の坂の上の雲ではないが、上を目指してみんなが頑張って行く。その中で求められたのは、指示されたことをきちんとこなす人材。でも、これからの時代は同じ業態が10年も20年も続くかというとそういう時代ではありません。人材もこれまでのようなイエスマンではなく、一人ひとりが個性的でクリエーティブでなければなりません。

教育立国の理念実現のためにやるべきこと

201708SEICHI_P01―― 文科大臣として、教育立国へ向けてどんなことを試みたのか。

下村 文科大臣を2年8カ月やりましたが、同時改革工程表には67項目を設けました。道半ばのものもまだたくさんあります。これからもしっかり進めなければならないと思っているもののひとつは「高校大学接続改革」です。

 大学入試で暗記などを中心にした問題をクリアして、指示されたことをしっかりやれる人材を育むのではなくて、入試にクリエーティブ、ホスピタリティ、マネジメントといった要素を入れた試験にして行く。同時に大学教育も変え、さらに同時にそこへつながる高校教育も変える。新しい時代に沿った大学入試改革をやりたいですね。

 それと、文科大臣時代の成果として象徴的なものは『トビタテ!留学JAPAN』という大学生の留学の仕組みを作ったことです。税金を一切投入せず、民間からファンドに協力してもらって120億円集めました。

―― どんな企業が賛同して出資してくれたか。

下村 協力して下さった民間企業には特徴があって、経営者が自ら留学した経験を持っているということです。実は私自身も、民間企業を営業して回ったんですよ。それから文科省の役人もファンドを集めて回りました。役人は補助金などを扱うばかりで、お金に対する鋭敏な感覚が足りません。でも、頭を下げて回ったのは意識改革にもなりましたね。

―― 高等教育無償化は自民党内にも反対意見は随分あると聞いているが、簡単に憲法に明記されたり政策としても実現していけるのか。

下村 大学を温存するためだけの無償化は反対という意見なんですね。しかし、大学に税金をつぎ込んで救済するのではなく、入学する生徒側に対する無償化だということです。国から援助してもらって学生自身が大学を選択するわけですから、やはり努力しない大学には生徒が集まらず潰れて行くでしょう。言い換えれば、バウチャー制度ですね。

 ただ、これをやるには1兆~2兆円の財源が必要になるので、これをどうするか。例えばオーストラリアでは、教育国債を発行して財源を確保して、学生が卒業して年収が一定以上の社会人になったら返還するというような仕組みも成功しています。

―― 下村さんの「教育立国」の理念とは。

下村 教育は義務ではなく権利だと思っています。例えばインドでオオカミ少年というのが発見されたけど、生まれてすぐオオカミに育てられると姿形は人間でもオオカミなんですね。つまり、人間はもともと実は人間ではなく、教育を受けたから人間になる。教育は人間として幸せに生きるための権利だとみんなが自覚して、自らこんな教育を受けたいと求め、国は豊かな人間や人材になって行けるように教育の場を提供する。そういう社会が私の理想です。

―― 交通遺児の経験が政治家としての柱になっている。

下村 ただ、名門大学を出て、エリートで、というだけでは通用しない時代になってきました。胆力と志とやり遂げるまで継続する力は経験の中からしか作れないと思っています。私は自分が経験してきた苦労の中で、逆境を乗り越える力は身に付けることができた。そこが政治家としての私らしさだと思っています。

 

下村氏は、初当選のインタビューで「目指すのは総理ではなく、文部大臣」と熱く語ったのを今でも覚えている。交通遺児として、貧しいと受けられないという日本の教育の現実を知り、そこから生まれた「教育改革への思い」、そして「教育立国」の理念は本物だ。そして、何一つ不自由のない中流以上の家庭で育ち政治家になるという世代が増えてきた中で、貧困や苦労と言った体験がバネとなって政策へ執念を燃やすという稀有な政治家としての存在が下村氏と言えそうだ。(鈴木哲夫)

 

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