政治・経済

「いつかはゆかし」で派手な宣伝活動を展開していたアブラハム・プライベートバンクに行政処分が下った。同社はサービス体制の見直しと再出発を誓うが、失った信用を取り戻すのは容易ではなさそうだ。 (ジャーナリスト/木下康則)

「いつかはゆかし」アブラハム・プライベートバンク、無登録販売に加え特定顧客の優遇も

 「1億円を貯めよう。月5万円の積立で」

 1億円という庶民には夢のような巨額と、5万円という手の届く資金。これらを結び付けた巧みな広告で、会員数を急伸させていた投資助言会社、アブラハム・プライベートバンク(東京都港区)に対し、金融庁は10月11日、業務停止6カ月という行政処分を下した。

 折しも「アベノミクス」が株価を押し上げ、「NISA」(日本版ISA=少額投資非課税制度)が来年から始まるなど、リスク投資への関心が世間的にも高まっている中、高利回りを標榜し、資産を大きく増やしたい個人を強く引きつけた。今後は、顧客の資産がしっかりと保護されるかが注目される一方、この問題は多くの教訓を残したと言えそうだ。

 三井物産出身の高岡壮一郎社長が2005年に創業したアブラハムは当初、富裕層向け会員サービスを行ってきたが、約1年前から「いつかはゆかし」に注力してきた。月5万円の積み立てを30年程度続けて1億円を貯めるのは、安定的な高利回り運用が不可欠だ。

 同社は広告など過去5年間の年平均利回りとして「15・34%」と示していたが、金融庁はこれに対して、処分理由の中で「同社の顧客の選択肢となり得る投資商品の一つではあるものの、同社はその商品の取得を顧客に助言したことはなく、顧客が取得した事実もない」と指摘している。

 そして、処分理由の筆頭に挙げられたのは、「無登録販売」だ。これについては、アブラハムのビジネスモデルを理解する必要がある。

アブラハム・プライベートバンクのビジネスモデル

 関係者によると、同社は海外投信の積み立てによる長期投資を勧めていたという。このこと自体に問題はないが、金融庁に行政処分を求める勧告を行った証券取引等監視委員会は、アブラハムの隠された収益源を探しあてた。同社のすすめる商品の運用会社などから秘密裏に報酬を得ていたというのだ。間接的な販売行為に当たるが、アブラハムは投資助言会社であり、証券会社のように販売者として登録されていないため、金融商品取引法違反と認定された。少なくとも、2792の顧客に2892本の海外投信を販売していたという。

 同社は自社サービスについて「投資家目線で中立の立場で提案する」と強調してきたが、純粋なアドバイザーではなかったということだ。特定の投信の運用者らから報酬を得れば、公正なアドバイスがしにくくなるのは当然だ。

 監視委の調査では、同社の取締役が株主となって国外に設立した「Sagacious Trend International」(STI)という会社が、海外投信の発行者や運用会社と委託契約を結んでいた。STIが購入額に応じた報酬を受け取り、アブラハム・プライベートバンクの親会社、アブラハム・グループ・ホールディングスに還流させるなど、複雑なスキームをつくり、間接的な販売者であることを隠していたことも悪質さを感じさせる。

 このほか、特定の顧客に対して、約939万円の助言報酬を免除したことも金商法違反と認定された。約2年間の報酬であることから、大口の会員とみられるが、これは特定の顧客だけを優遇していたことを意味する。

 しかも、その理由について金融庁は「過去実績から想定された投資実績に遠く及ばなかったため」顧客側から依頼があったとしている。

アブラハム・プライベートバンクの再出発は前途多難

 アブラハムは処分決定を受け「厳粛に受け止め、早急にサービス提供体制の再構築を行う。法令遵守態勢を強化した改善策を責任をもって実行する」としている。

 一方で、「既に助言契約を結んでいただいているお客さまの投資資産に一切影響ございません」と、顧客に冷静な対応を呼び掛けている。AIJ投資顧問による事件のように、資金が消失したような事案とは性質が異なるのは確かだ。

 しかし、同社は、顧客との契約を解約する業務以外の金融商品取引業の全業務を来年4月10日まで停止しなければならない。サービスの根幹である投資利回りや顧客に対する姿勢について厳しい処分が下ったこともあり、再出発は前途多難だ。金融庁は行政処分とともに、運用状況の報告などを求める業務改善命令を出している。同庁は「投資した顧客の全員に万全の措置を講じてほしい」と強調。来年1月に始まるNISAを起爆剤に投資を活性化させたい考えで、これが始まる前に問題のあるアブラハムを処分したという見方もできる。

 アブラハムはインターネットや既存メディアの影響力を最大限、利用してきた。業務停止のため現在は利用できないが、自分の年齢や月々の積立金額・期間を入力すると、何歳で1億円を貯めることができるかどうかをシミュレーションするホームページなどで強くアピール。メディアについては、大手が正面から取り上げることは少なかったが、少しでも名前が出るとホームページに掲載例として転載するなど、信用力を高めるのに躍起だった。

 アブラハムが会員を増やせた背景には、日本の投資に対する関心の高まりがある。低金利で預貯金にはほとんど利息がつかない一方、年金制度の改革は進まず、将来不安は増すばかりだ。こうした中、資産の一定割合を投資にまわすのは現実的な判断と言える。

 政府が目指すデフレ脱却が実現すれば、現金で持っていても相対的な価値は目減りしていくという事情もある。しかし、個人にとっては、リスク資産への投資をする際には、業界関係者が引用する「フリーランチ(ただ飯)はない」という言葉を忘れず、高利回りをうたう商品にはリスクが伴うことに注意するべきだろう。

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