マネジメント

ラグジュアリーホテル「星のや」、温泉旅館「界」、西洋型リゾート「リゾナーレ」の3つのサブブランドを中心に国内外で37の施設を運営する星野リゾート。同社が現在の経営方針に転換したのは星野佳路代表が社長に就任してからのこと。運営特化戦略やマルチタスクの導入などの変革に取り組み、かつての軽井沢の老舗温泉旅館は、今や「ホスピタリティーイノベーター」として日本の観光産業を牽引する存在へと変貌を遂げている。文=村田晋一郎 Photo=佐藤元樹

不動産リスクを回避し早い拠点展開を可能にした星野佳路氏

201708hoshino_P01

ラグジュアリーホテル「星のや」、温泉旅館「界」、西洋型リゾート「リゾナーレ」の3つのサブブランドを中心に国内外で37の施設を運営する星野リゾート。同社が現在の経営方針に転換したのは星野佳路代表が社長に就任してからのこと。運営特化戦略やマルチタスクの導入などの変革に取り組み、かつての軽井沢の老舗温泉旅館は、今や「ホスピタリティーイノベーター」として日本の観光産業を牽引する存在へと変貌を遂げている。

 星野リゾートの起源は、1914年に軽井沢で開業した星野温泉旅館にあり、現代表の星野佳路氏は4代目社長となる。星野代表が社長に就任したのは、バブル経済崩壊直後の91年。当時は87年に施行されたリゾート法にバブル経済が追い風となり、日本全国で大規模な開発投資プロジェクトが進み、リゾート施設の供給が急増していた。

 「老舗の私たちのようなところは、古い施設を抱えて、長期の借り入れをして結構大変な状況でしたが、そういうところに大手会社がいきなり入ってくるわけですから、急激に増えた供給量、強い競合に対して、どうやって生き残っていくべきかという危機感が一番強かった」と当時の状況を星野代表は語る。

 ホテルやリゾート施設には、金融、開発、所有、運営という4つの役割がある。日本のホテルやリゾート施設は、所有と運営を一体で行っているが、本来この4つの役割はノウハウが異なるという。バブル期にリゾート施設は供給過剰になったが、大半は不動産投資であり、いずれはパフォーマンスの悪い施設が増え、運営のニーズが増えると星野代表は判断。また、施設が供給過剰になっている状況で、自社で施設を所有し投資することは大きなリスクとなった。そこで、星野代表は、翌92年に所有を本業とせず運営に特化した事業会社への移行を決断する。そして95年には社名を「星野温泉」から「星野リゾート」に変更する。

 リゾート施設の投資はハイリスク・ハイリターンで、不動産リスクを負う代わりに施設がうまくいったときは投資家が最も利益を享受する。それに対して運営はフィービジネスであり、施設のビジネスがうまくいってもいかなくても安定的にフィーが入ってくる。投資家ほどのハイリターンは得られないが、うまくいかないときの不動産リスクは負わずに済む。星野リゾートは運営ノウハウを提供し、フィービジネスで安定的に成長していく戦略に舵をきった。

 この運営特化戦略は、日本では星野リゾートが初めて取り組んだという。運営特化戦略のデメリットとしては、施設の経営がうまくいったときに最大のリターンを得られないことと、施設が自らの所有物ではなくなり、所有者である投資家とうまく付き合っていくことが必要になる。このデメリットを嫌って、日本では運営特化戦略をとる会社は少ない。

 逆に運営特化戦略のメリットとしては、不動産リスクを負わないことに加え、早い展開が可能になる。通常のリゾート施設は、投資をする際に借り入れるためバランスシートが膨らみ、投資が回収できるまでは、財務的に次の展開が難しい。それに対して、星野リゾートはバランスシートが非常にスリムで、ほとんど借金がないことから、新たなリゾート施設ヘの展開を早くできるという。

 また、現在の星野リゾートは一定以上の事業規模になったことから、良い案件だと思ったときに自ら施設を取得する力が付いている。星野リゾートが取得・開発し、収益が安定した段階で所有権を投資家に引き渡す案件も出てきている。ホテル・リゾートの役割のうち、開発リスクを投資家は取りたがらない。そこで開発リスクを星野リゾートがとることで、行きたい場所に作りたい施設を早く展開できるメリットがある。例えば、「界アルプス」は、星野リゾートが改築した案件をいったん自らが所有し、日本政策投資銀行と一緒につくったファンドを利用し大改築し、今年の12月17日に再開業する。

星野佳路氏の戦略 手待ち時間を排除し繁閑のギャップにも対応

 日本の観光産業の最大の課題は、需要創出ではなく、生産性であるという。星野代表は内部の改革にも着手。その一つがマルチタスクを実行するサービスチームの導入だ。ホテルには、フロント、ハウスキーピング、レストランサービスといった業務があるが、星野リゾートでは1人のスタッフがマルチタスクで一通りの業務をこなしている。

 これらのホテル業務は、例えばレストランサービスでは朝食時と夕食時に極端に忙しく、その他の時間は手待ち時間になるなど、中抜きシフトが生まれやすい。中抜きシフトでは若い人材がなかなか就職してくれないという問題がある。また部屋の清掃などを外部の業者に委託するケースもあるが、業務の外注は利益を外部に流出させることになる。手持ち時間が多い業務をそれぞれ分けて経営することは、自ら手待ち時間を作り込み、全体の生産性を落とすことになっている。

 マルチタスクについて、星野代表は次のように語る。

 「実際にマルチタスクをやろうと思うと大変で、今までどおりやっていれば楽だというトレードオフがあり、大変だからみんなやらないです。しかし、私にとってはやらないと解決できない問題があるので、90年代からサービスチーム、マルチタスクの方向に進んできました」

 また、日本の観光産業の特徴は繁閑の差が激しいことにある。土日祝日の繁忙日は年間100日しかなく、閑散日は残り265日もある。繁忙日に合わせてスタッフを揃えると閑散日には赤字になるため、閑散日に合わせてスタッフを揃えるが、そうなると繁忙日にはオペレーションがパンクし、クレームの原因になる。繁忙日と閑散日の差を埋めることは、日本の観光産業全体の課題でもある。この繁閑対応でもマルチタスクが生きる。「閑散日の人員がどうやったら繁忙日に良いサービスができるかを考えると、マルチタスクにせざるを得ない」(星野代表)。

 例えば、マルチタスクには調理も含まれる。調理場の中の業務を分解すると、高い技能がなければできない作業はごく一部で、大半は一定期間練習すれば習得できる業務だという。調理場の大半の作業をマルチタスクにすることで、調理長など調理のコアなメンバーが、新たなメニューの創作に労力を割けるようになり、サービス向上につながる。

 また、マルチタスクのサービスチームも全員が同じ業務だけをこなすのではなく、人によっては並行してクロスファンクションチームとしても行動する。サービスチームとして動く傍らで、例えば温浴施設のサービス向上や売店の売り上げ向上といった特定の課題解決のプロジェクトに取り組む。こうしたプロジェクトがサービスの改善だけでなく、スタッフのスキルアップやモチベーションにつながっているという。

 内部の変革を進めてきた一方で、星野代表が組織づくりで一貫して変えないことは、フラットな組織文化だという。フラットな組織になっているからこそ、スタッフが各自、現地での魅力を考え、自ら発想し行動する。そして、顧客に接する中でわずかなヒントを集客や生産性向上に生かすことができている。星野代表はこのフラットな組織文化の維持を最も重視しており、それ以外の部分は、周りの状況に合わせて柔軟に変えていくという。

星野佳路氏は語る 今後、日本旅館の海外進出も視野に

 事業展開の変化としては、現在、国内では「星のや」「リゾナーレ」「界」の3つのサブブランドで展開しているが、今後は新たに都市観光向けホテルにも進出する。日本旅館や温泉旅館の需要が、都市部のシティホテルやビジネスホテルに奪われている現状があり、星野リゾートとしても都市観光需要の取り込みは懸案事項となっていた。

 既に4月から「旭川グランドホテル」の運営を開始、また大阪でも2022年にJR新今宮駅前に都市観光ホテルの開業を予定している。都市観光については、まだ正解のパターンが見えていないという。ただし、過去の「リゾナーレトマム」や「リゾナーレ八ヶ岳」においても、「こうすればこうなる」という正解が見つかるまでに2~3年、さらに成果として現れるまで4~5年かかっており、旭川や大阪も長いスパンで取り組んでいく。

 海外展開については、今年1月にインドネシアに「星のやバリ」を開業。そして今後の試金石となるのが、昨年7月に開業した「星のや東京」だ。星のや東京は、同社の全国の施設から選りすぐりのスタッフでサービスチームを構成。富裕層向け米旅行専門誌『コンデナスト・トラベラー』において、16年に開業した最もセンセーショナルなホテルという位置付けの「Hot List 2017」に選出されるなど、海外の注目度も高い。「ホテル業界の中でインパクトを与えることができた」と星野代表は振り返る。このまま順調に行けば、3年目を迎えるころに海外の大都市に日本旅館を展開するチャンスを投資家が検討する可能性があると手応えを感じており、しっかりと実績を積み重ね、今後の海外進出につなげていく構えだ。

関連記事

好評連載

銀行交渉術の裏ワザ

一覧へ

融資における金利固定化(金利スワップ)の方法

[連載] 銀行交渉術の裏ワザ(第20回)

銀行交渉術の裏ワザ

[連載] 銀行交渉術の裏ワザ(第19回)

定期的に銀行と接触を持つ方法 ~円滑な融資のために~

[連載] 銀行交渉術の裏ワザ(第18回)

メインバンクとの付き合い方

[連載] 銀行交渉術の裏ワザ(第17回)

銀行融資の裏側 ~金利引き上げの口実とその対処法~

[連載] 銀行交渉術の裏ワザ(第16回)

融資は決算書と日常取引に大きく影響を受ける

元榮太一郎の企業法務教室

一覧へ

社内メールの管理方法

[連載]元榮太一郎の企業法務教室(第20回)

企業法務教室

[連載]元榮太一郎の企業法務教室(第19回)

タカタ事件に学ぶ 不祥事対応のプリンシプル

[連載] 元榮太一郎の企業法務教室(第18回)

「ブラック企業」という評価の考察

[連載] 元榮太一郎の企業法務教室(第17回)

電話等のコミュニケーション・ツールを使った取締役会の適法性

[連載] 元榮太一郎の企業法務教室(第16回)

女性の出産と雇用の問題

本郷孔洋の税務・会計心得帳

一覧へ

税務は人生のごとく「結ばれたり、離れたり」

[連載] 税務・会計心得帳(最終回)

税務・会計心得帳

[連載] 税務・会計心得帳(第18回)

グループ法人税制の勘どころ

[連載] 税務・会計心得帳(第17回)

自己信託のススメ

[連載] 税務・会計心得帳(第16回)

税務の心得 ~所得税の節税ポイント~

[連載] 税務・会計心得帳(第15回)

税務の心得 ~固定資産税の取り戻し方~

子育てに学ぶ人材育成

一覧へ

意欲不足が気になる社員の指導法

[連載] 子どもに学ぶ人材マネジメント(第20回)

子どもに学ぶ人材マネジメント

[連載] 子どもに学ぶ人材マネジメント(第19回)

子育てで重要な「言葉」とは?

[連載] 子どもに学ぶ人材マネジメント(第18回)

女性社員を上手く育成することで企業を強くする

[連載] 子どもに学ぶ人材マネジメント(第17回)

人材育成のコツ ~部下の感情とどうつきあうか~

[連載] 子どもに学ぶ人材マネジメント(第16回)

人材育成 ~“将来有望”な社員の育て方~

ビジネストレンド新着記事

注目企業

一覧へ

次世代の医療現場を支える病院経営の効率化を推進――保木潤一(ホギメディカル社長)

1964年にメッキンバッグを販売して以来、医療用不織布などの、医療現場の安全性を向上する製品の普及を担ってきた。国は医療費を抑える診断群分類別包括評価(DPC制度)の導入や、効率的な医療を行うため病院のさらなる機能分化を実施する方針を掲げており、病院経営も難しい時代に入っている。ホギメディカルは手術室の改善か…

刺激を浴びて徹底的に考え抜くことで自らを変革する―― 鎌田英治 グロービス 知命社中代表

ワンストップで手厚くサイトの売却をサポートするサイトマ――中島優太(エベレディア社長)

新社長登場

一覧へ

地域に根差した証券会社が迎えた創業100周年―藍澤卓弥(アイザワ証券社長)

中堅証券会社のアイザワ証券は今年7月、創業100周年を迎えた。この記念すべき年に父からバトンを受け継ぎ新社長となったのが、創業者のひ孫にあたる藍澤卓弥氏。地域密着を旗印に掲げてここまで成長してきたアイザワ証券だが、変化の激しい時代に、藍澤社長は何を引き継ぎ、何を変えていくのか。聞き手=関 慎夫 Photo:西…

メディカル事業を横串にすることでシナジーを発揮し、顧客満足度向上へ 伏見有貴(リゾートトラスト社長)

新事業の芽を伸ばすことでさらに大きな個性的な会社を目指す――日髙祥博(ヤマハ発動機社長)

イノベーターズ

一覧へ

老舗コニャックメゾンがブランド強化で日本市場を深耕――Remy Cointreau Japan代表取締役 宮﨑俊治

フランスの大手高級酒グループ、レミー・コアントロー社の日本法人。18世紀から愛飲されてきた名門コニャックの「レミーマルタン」や世界有数のリキュール「コアントロー」をはじめ、スピリッツやウイスキーなど戦略的なラインアップを日本市場で展開している。同社の宮﨑俊治代表取締役に事業展開について聞いた。 &nbs…

リグナ社長 小澤良介 家具のEC販売から様々な展開へ

内装空間の総合プロデュースで想いをカタチに創り上げる――ユニオンテック社長 大川祐介

大学の挑戦

一覧へ

専門分野に特化した“差別化戦略”で新設大学ながら知名度・ブランド力向上を実現――了徳寺大学・了徳寺健二理事長・学長

2000年設立で、了徳寺大学が母体のグループ法人。医療法人社団了徳寺会をグループ内に持つ。大学名の「了」は悟る、了解する、「徳」は精神の修養により、その身に得た優れた品性、人格を指す。「了徳寺」は人間としての品性、道を論す館の意味を込めた大学名だ。 聞き手=本誌/榎本正義 、写真/佐々木 伸教育部…

大学の挑戦

創立100周年、西南学院大学・K.J.シャフナー学長「世界に貢献しインパクトを与える人材を育てる」〜国際交流・就職支援・インターネット出願〜 

「“STAND BY YOU”のスローガンの下、学生一人ひとりに寄り添う教育を」――中央学院大学・佐藤英明学長

経済界からのお知らせ

最新号のご案内

経済界2018年12月号
[特集]
平成 ランキングで振り返る“時代”の経営者

  • ・バブル破裂で顔ぶれ一新 平成人気経営者の系譜
  • ・次の時代を創るリーダーとは?

[Special Interview]

 榊原定征(2025日本万国博覧会誘致委員会会長)

 「誘致決定まで1カ月 大阪万博を日本経済の起爆剤に」

[NEWS REPORT]

◆コンビニ軽減税率適用で激化する「外食VS中食」の戦い

◆「液晶のシャープ」が有機ELスマホを発売 初の国産パネルで攻勢をかける

◆「世界一高い」と認定された日本の携帯料金のこれから

◆チャネル政策を見直すトヨタ自動車の危機感

[特集2]

 北海道・新時代の幕開け

ページ上部へ戻る