文化・ライフ

2016年5月のサミットの舞台となった志摩観光ホテル。このホテルの総料理長を務める樋口宏江さんの作った料理は、G7の首脳からも絶賛を浴びました。その樋口さんを今回のゲストにお迎えし、世界をうならせた料理の原点をお聞きしました。

 

志摩観光ホテル総料理長樋口宏江が、小学生で決めた料理人の道

 

佐藤 伊勢が好きでよく来るのですが、志摩観光ホテルでランチをいただくのを楽しみにしています。2年前にカレーランチをいただいたのですが、食べた瞬間、いい意味で「変わった」って思ったんです。そこで係りの人に聞いたら、「総料理長が変わった」と。その時から、樋口さんにお会いしたかったんです。

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(ひぐち・ひろえ)1991年に志摩観光ホテルに入社し、23歳の若さでホテル志摩スペイン村のフランス料理「アルカサル」シェフに抜擢される。2008年ベイスイート開業とともにフレンチレストラン「ラ・メール」シェフに就任。14年志摩観光ホテルの総料理長に就任。今年5月の伊勢志摩サミットでは、ワーキング・ディナーの料理を取り仕切った。

樋口 ありがとうございます。

佐藤 小池百合子さんが東京都知事になるなど、活躍する女性が増えてきましたが、まだまだ女性社長は多くありません。しかも、大企業の女性社長となると、本当に少ない。でも職人の世界はそれ以上の男社会かもしれません。ところが樋口さんは、日本3大フレンチの一角である志摩観光ホテルの総料理長です。就任されたのは2年前ですが、ご自身に白羽の矢が立った時はどんな気持ちでしたか。

樋口 無事に務まるかな。そういう気持ちが強かったですね。とにかく無我夢中でした。

佐藤 樋口さんが料理に目覚めたのはいつ頃ですか。

樋口 私の母は、専業主婦でしたが、母の料理の手伝いをしているうちに、「料理って楽しい」という気持ちがどんどん大きくなってきて、小学校の時にはもう、将来は料理の世界に行くと決めていました。

佐藤 小学生で! 随分と早熟ですね。

樋口 確かに将来を決めるのは早かったかもしれません。私には中学校3年と小学校6年の2人の男の子がいるのですが、彼らに「何をしたい」と聞いても「決まってない」と言いますから。

佐藤 子どもの頃の夢をかなえたのですから素晴らしい!

樋口 結局、料理が好きだからこそ、今まで続けてこれたのだと思います。若い頃から本を読んでは、こんな料理を作ってみたいと思っていました。でも材料が手に入らない。ソースを作りたくても、それに使うお酒も近所の酒屋さんでは売っていない。でもホテルに入ると、今まで手にしたこともない食材を使うことができる。それがうれしくて。好奇心は旺盛なほうなので、手にするもの、目にするもの、すべてが新鮮で楽しかった。それは今でも変わりません。この食材をどうしたら美味しく食べていただけるのか、そういうことを考えているだけで楽しくなってきます。

 

樋口宏江の総料理長としての「年上・男性」との向き合い方

 

佐藤 でも料理長となると、料理を作るだけではすみません。樋口さんが最初に料理長になったのはまだ23歳の時です。当然、年上の男性を使うわけです。私自身も経験していますが、おだてたりお願いしたり、これがなかなか難しい。

20161220HIGUCHI_P02樋口 同じですね。料理人としては先輩ですし、今までこうしてきた、というものがあります。それを変えてもらうには、「それは素晴らしい」と認めた上で、「ですが」といった具合にお願いする。そうしたところに気を遣う部分はありました。逆に彼らにしてみても、入社間もない私が突然上司になったのですから、どう向き合ったらいいのか戸惑っていたと思います。

佐藤 今は総料理長として、料理全体を統括するとともに、樋口さん自身が、先代の宮崎英男さんや先々代の高橋忠之さんに鍛えられ、育てられたように、これからの人を育てていかなければなりませんね。

樋口 私が若い頃は、「見て倣え」と言われたものです。先輩たちの動きを見て、一つずつ覚えていきました。でも今は手取り足取り教えています。その意味では時代が変わりました。使ったことのない食材があっても、声を掛けないと見にこない若い人もいます。どんな分野でも、上を目指すには好奇心が必要です。これは何だろう、どう料理をするのだろう。その気持ちを忘れないでほしいですね。

 

樋口宏江が志摩観光ホテル総料理長になってからの新作料理

 

佐藤 樋口さんの名を有名にしたのが、2016年5月の伊勢志摩サミットでした。フランスのオランド大統領が料理を激賞するなど、首脳の方々は皆さん満足されたようですね。

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(ひぐち・ひろえ)1991年に志摩観光ホテルに入社し、23歳の若さでホテル志摩スペイン村のフランス料理「アルカサル」シェフに抜擢される。2008年ベイスイート開業とともにフレンチレストラン「ラ・メール」シェフに就任。14年志摩観光ホテルの総料理長に就任。16年5月の伊勢志摩サミットでは、ワーキング・ディナーの料理を取り仕切った。

樋口 その日を迎えるにあたり、たくさんのスタッフと準備を進めてきました。ホテルのスタッフはもちろん、外部から手伝いに来てくれた人たち、さらには食材の調達をしてくれた人たち。本当に数多くの方に携わっていただきました。この助けがあったからこそ、無事に終えることができたのだと思います。

佐藤 志摩観光ホテルのような伝統と格式のホテルでは、守り続けなければならない伝統の味があります。でもただ守るだけでなく、新しいものも必要です。樋口さんが総料理長になってから始めた料理にはどのようなものがありますか。

樋口 「鮑ステーキ」は志摩観光ホテルを代表する料理です。昭和30年代からのメニューですが、先々代の高橋忠之総料理長により現代のスタイルとなった、とても素晴らしい料理です。でもその一方でお年を召した方にも食べやすくできないかと思い、もともと海藻を食べている鮑を海藻と一緒に蒸したものを「鮑の海藻蒸し 海藻風味のソース」としてメニューに加えました。とても柔らかく、さっぱりと召し上がっていだだける料理で、一度お出ししたお客さまが、次もこのメニューを注文された時はうれしかったですね。

 

プライベートでは家族の理解と周囲のサポート

 

佐藤 プライベートではどんな料理を作っています?

樋口 家でも伊勢海老や鮑を食べていると思っているかもしれませんが、そんなことはなくて、普通にスーパーで売っているもので料理しています。

佐藤 樋口さんの仕事について、ご主人やお子さんたちは何か言っていますか。

樋口 主人は「やりたいことをやりなさい」と言ってくれています。この人がいなかったら、こうして仕事を続けてはこれなかったと思います。その意味で本当に幸せです。子どもたちも、私が働くことに反対することもなく、人の家と違っても、それを口にしたこともありません。

 子どもが小さい時は、子どもを預けて仕事に行ったこともありますし、仕事に集中していたこともあります。でもありがたいことに、周りの人が助けてくれました。今は、ほうっておいても大丈夫な年齢になりましたが、それでも近所の人が子どもの野球の送り迎えをしてくださったりしています。家族、そして周囲の助けてくれた人たちには感謝してもしきれません。

佐藤 最後に、料理上手になる秘訣を教えてください。私自身を振り返ると、義務で料理を作っていた時はあまり好きではありませんでした。でも好きな時に料理をするようになったらとっても楽しくなって、今ではストレス解消になっています。

樋口 やっぱり楽しむことだと思います。考えて何かを作るというのはものすごくエネルギーのいることです。自分の思っていたものが出来上がった時、それを召し上がった方に「おいしかった」と言っていただくと、すべてが報われて、とても楽しい作業になります。

佐藤 大事なポイントですね。自分のパートナーに料理上手になってもらいたかったら、「おいしかった」のひと言を忘れないこと。そうすれば料理を作るのが楽しくなって、料理の腕も上がっていくわけですから。


対談を終えて

素顔の樋口さんはとてもチャーミング。でも言葉の端々から、料理に対する愛情と好奇心が伝わってきます。この思いが食べる人に伝わることで、料理の味が一段と引き立つのだと思います。

 

 

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