マネジメント

 ファスナー、スナップ・ボタンのファスニング事業と窓やドア、ビルのファサードなどのAP(建材)事業を柱に、世界71の国と地域に進出しているYKKグループ(以下YKK)には、「善の巡環~他人の利益を図らずして自らの繁栄はない~」という企業精神が根付いている。周囲を利することで、結果的に自らも生かされるというのは、まさにリーダーがフォロワーに支持される形といえるが、既に半世紀以上も前から個々の社員にリーダーシップを求めていたというのは驚くしかない。カリスマ的な創業者である吉田忠雄氏が築き上げたこの精神と社風は、いかに次の世代へと受け継がれ、発展していったのか、2代目社長であり創業者の長男でもある吉田忠裕会長に話を聞いた。聞き手=古賀寛明 Photo=山内信也

どんな状況下でも自らの判断で動けるようにする

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よしだ・ただひろ 1947年富山県まれ。69年慶応義塾大学法学部卒業。72年、ノースウェスタン大学経営大学院(ケロッグ)修了、YKK株式会社(旧吉田工業株式会社)入社。90年、YKK AP株式会社代表取締役社長。93年YKK代表取締役社長。2011年、YKK/YKK AP代表取締役会長CEO、現在に至る。

―― 創業者である吉田忠雄さんのリーダーシップはどんなものだったのでしょうか。

吉田 吉田忠雄は、中小企業の経営者のように会社のあらゆる仕事に目を配り、しかも確実に把握している人でした。そして、何でも自分で効率的にやる人でしたね。

 例えば、海外に出張に行っても、ホテルで自分の着た物を洗って、ズボンにはアイロンまでかけていました。また、私が、子どもの頃に風呂からあがって、手ぬぐいを絞っていると、「その絞り方だと明日の朝までに乾かないぞ。こうやってしっかり絞りなさい」と言われたり、彼は庭いじりが好きだったのですが、鉢植えを行うにしても、作業工程を短くするにはどうすればいいかといったことを小学生の私に熱心に教えていたりしていました。それは家族だけでなく、社員でも誰に対してもそんな感じでしたので、今でもYKKでは役職者が部下を管理しているだけでは許されず、何でも自分で動くことが求められるんです。

 その原点は、創業者が富山の漁師町である魚津出身ということにあるのではないでしょうか。漁師の世界はいつ嵐になるか、天候が良くなるか分からないわけです。ですから、いつでも船を出せる、または船を港に戻す準備をしておかねばならないわけです。どんな状況になっても自らの判断で対処できるように、しっかり準備をしておくようにと言われていました。

―― 率先垂範型だったわけですね。

吉田 YKKには、「全社員が経営者である」という言葉があるんですが、吉田忠雄本人も自分は労働者であるとも思っていたでしょうし、同時に、経営者としては、自分と同じ考え方の人間が増えることによって、より大きな事業を行えると思っていました。そして、その考え方により、「良い製品を安くつくる」ことが実現できれば、その利益を顧客、取引先、自分たちの三者で分け、自分たちに配分された部分の一部をさらなる投資に充てていく、というYKK精神「善の巡環」につながっていくと考えていたのです。

―― 会長は入社前に米国で学ばれていますが、YKKの経営スタイルに戸惑いはなかったですか。

吉田 あまりなかったですね。先ほども申したように吉田忠雄は合理的な考えの人でしたから、彼の考えとビジネススクールで学んだことには多くの共通点がありました。マーケティングを学ぶためにノースウェスタン大学のビジネススクールであるケロッグ・スクール・オブ・マネジメント(以下ケロッグ)を選んだのですが、ケロッグには「現代マーケティングの父」と呼ばれるフィリップ・コトラー教授が当時からおられ、最新のマーケティングが学べると喜んでいました。

 ところが、最初の授業の後、コトラー教授に呼び止められ、「君は日本から来たんだね。なぜこのクラスを受けるのだ」と質問されました。続けて、「実践的なマーケティングなら日本のほうが優れているじゃないか」というのです。私は「体系づけられている学問として学びたいんです」というようなことを答えたのですが、日本には実践的なマーケティングがあるという言葉はとても印象的でした。また、世界の企業の経営や事業活動の課題を教材にしたケースメソッドで学生や教授と議論を重ねた2年間は、非常に有意義なものでした。

―― 米国で学ばれて、現地の企業に入社しようとは思わなかったのですか。

吉田 ケロッグでは2年間勉強したのですが、2年目には1年目の成績も出てきます。そして、優秀な学生を求めて企業のインタビューも始まるわけです。日本人の学生もいましたが、企業からの派遣で学んでいるのであれば、派遣元の企業に帰らなければなりません。でも、私の場合は親の支援で学んでいます。親元であるYKKに入社しなければという気持ちもあったのですが、にわかに米国で就職するのも悪くないな、そう思い始めました。何より私にいくらの値が付くか知りたいじゃないですか(笑)。

 というわけで、何社かのインタビューを受けて、2、3社から採用通知をもらいました。どうしたら親を説得できるか考えまして、「ケロッグでさまざまな事を学ぶことができた、その延長でこちらの企業で働いてもいい勉強になるのではないか」と提案したわけです。そうすると、「それも悪くないな」と言うわけです。しかし続けて、「でも経営という意味ではウチのほうが良いかもしれない。仮に米国の国際企業に就職してマーケティングを行うにしても一部門だろう。そして、どこかの国のプロジェクトを行うにしてもチームのひとりとして参加するだけじゃないのか」と。確かに、当時のYKKは20カ国前後に進出していて、さらに海外進出を積極的に進めていた頃でした。そして、さまざまな課題を抱えていましたから経験も積めましたし、やりがいもあったのです。そして私も、確かにYKKのほうが面白そうだな、そう思ってしまった。説得されちゃったんですね(笑)。

 吉田忠雄は、NOとは言わない人でした。「いいんじゃないか、でも……」というような話し方で、相手の興味を探っていくんです。「俺が留学の資金を出してやったんだからまかりならん」といったことは一切言いません。結局、相手のほうが一枚も二枚も上手だったということですね。

「失敗」を最高の教科書に変える

―― 入社されてからは、経営者としてリーダーとして、どのように育てられたのでしょうか。

吉田 最初の配属先が原価計算の部署だったことは大きかったと思います。米国ではマーケティングを勉強しましたが、戻ってきたら来る日も来る日もソロバンと格闘して原価計算の日々でした。そして毎月、原価計算から月次損益をまとめるわけです。さらに、セクションごとに人を集めて、問題があればその原因はどこにあるのか、といったことを多くの人とディスカッションしていくのです。

 その話し合いには工場の稼働に影響が出ない範囲で、かなりの人数が参加し、品目ごとに話し合っていました。原価計算というのはメーカーにとって最もコアな部分です。だからこそ、創業者もこの部署に配属したのだと思います。

―― なるほど。問題を洗い出していくのですね。

吉田 そうです。ファスナーを生産する機械の償却費はいくらなのか。安くつくるためには原材料も安くしていかないといけない、人件費を減らしていくにしても給料を下げるわけにはいかないから、効率を上げていかなければならない。さらに機械の使い方や仕事の仕方もからんでくる。不良品など、商品にならないものも出てくる。では、なぜ商品にならないものが出てくるのか、その元を正していくのです。汚れを例に考えれば、工場を歩き回り、白いハンカチで床を拭いてみると汚れている。この床に触れれば、ファスナーは汚れてしまい商品にならなくなってしまう。原価計算というコアな部分をしっかり理解することで、このような見えない部分の課題も探り出せるようになるわけです。さらに改善点が見つかれば、当然、皆に説明していく必要があります。当時は現場で多くの人に説明しなければなりませんでした。マイクなんか使いませんから、大声で、しかも通る声で話さなければならないのです。そのためには発声練習も必要ですし、何より話す内容をきちんと整理し、話す順番などにも気を配らねばならない。当時の経験は今でもいろいろと役に立っています。これは創業者だけではなく、いろんな先輩たちにも仕込まれたものです。

―― 創業者の子どもだからという特別扱いはなかったんですね。

吉田 吉田忠雄にとっては社員すべてが子どもでした。「あいつは子どもで、あそこにいるのは兄貴の子どもだから一族かもしれないが、私にとっては社員全員が子どもだ」と、よく言っていましたよ。だから、私だけでなく社員みんなに平等に厳しかった。先ほども言いましたが、当社は、問題が起こったら現場の全員が課題解決に挑みます。上司だけ、担当だけの「誰か」が考えるわけではないんです。「誰も」が考える組織なのです。そういった意味では一人一人がリーダーだといえるでしょうね。

 以前、お客さまから、「おたくの会社は変わっていますね。誰が社長だか分からない」って言われたことがあります。当時、社長だった私がいても、皆、我こそはと話し始める(笑)。ワンマンで有名な取引先の社長が来た時も、同じく皆が話し始めるのでビックリされていました。その社長から「吉田さん、大変ですね」と言われたのですが、「いつもこうなんで、慣れています」と答えました。そして、「私が下手なことを言えば、社員にコテンパンにやられますし、社員が間違っていれば私も言います。どんどん発言したって構わない、そう思っているんですよ」と伝えました。驚かれていましたね。

―― そういった自由闊達な風土が人を育てて行くということですか。

201710YKK_P03吉田 そうですね。よく社員教育をどうしていますか、と尋ねられますが、みんなで高め合っていると言うしかないですね。その教材は、昔から失敗を事例にしています。だから、失敗は大きいほうが教材としてはいいんです。

 吉田忠雄の叱り方というのは、みんなの前で叱るやり方でした。ある時などは、1時間も立たされてコテンパンにやられた人がいました。まわりは仕事の手は休めるなと言われるのですが、気になって聞き耳を立ててしまう。叱られた人に、私は後で「君は会社に相当な貢献をしたと思うよ」と言うワケです。「社長は、向こう10年、君のこの失敗を事例に使うよ」と。つまり、これもケーススタディなんです。ただ、叱られたほうにしてみればたまりませんから、「いつ、この失敗が使われなくなりますかね」と聞いてきます。でも、「君以上の失敗が誕生した時まで待つしかないだろうね」と言うしかない(笑)。

 ですから、創業者が亡くなってから、「吉田忠雄記念室」という展示室で企画展を9回開催したのですが、私は第1回目のテーマに「創業者に叱られたこと」を提案しました。そのテーマに決定し、叱られたエピソードを社内で集めたら、多くの社員が手を挙げて「俺の話を聞いてほしい」と言うんです。叱られたこと、失敗したことを自慢したいんですね。それは、吉田忠雄との思い出を語りたいという気持ちと同時に、失敗というのが財産だということをみんなが気付いているからでしょうね。

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