政治・経済

マレーシアとシンガポール両国が共同で行う大規模な都市開発プロジェクト。その規模は、東京都の面積とほぼ同じ。その中心地区で三井物産が初のマスターデベロッパーとしてスマートシティ開発に挑む。 (本誌/古賀寛明)

壮大な国家プロジェクト「イスカンダール計画」

イスカンダール計画の中心街となるメディニ地区(完成予想図)

イスカンダール計画の中心街となるメディニ地区(完成予想図)

 アジアの金融センターとして、今や東京をしのぐ国際都市となったシンガポール。しかし、兵庫県の淡路島ほどの国土しかないため、人口の増加(過去10年で2割増え500万人に)、住宅価格の高騰など、小国ならではの問題を抱えている。

 マレーシアとの国境であるジョホール海峡を越えた目と鼻の先に、開発が行われるイスカンダール地区はある。イスカンダール地区と言われてもすぐにピンとこないかもしれないが、イランとの死闘を制し日本が1998年のサッカーワールドカップ初出場を決めたジョホールバルと言われれば、思い出す人も多いのではないだろうか。

 面積2217平方㌔㍍は、東京都とほぼ同じ大きさであり、その広大な土地をマレーシア政府がシンガポール政府と協力して開発する国家プロジェクトを2006年から始めている。

 その中で三井物産がスマートシティ開発を行うメディニ地区のあるヌサジャヤは、海峡を挟んでシンガポールと隣接しており、国境の橋を渡って通勤する人も多くいるなど経済的にも既に密接に関係している。

 今後も、公共交通機関であるMRT(18年開業予定)やクアラルンプールとシンガポールをつなぐ高速鉄道(20年開業予定)の開通も決まっており、新たなビジネス街の開発はもちろん、文字通り新たな都市が急ピッチで建設されている。行政もこの地区だけ法人税を優遇するなどしており、既に企業からも問い合わせが殺到しているそうだ。

 三井物産は、今まで再生可能エネルギーも含めた発電事業や水事業、ガスの供給などのインフラ整備、運営など数多くのプロジェクトに参画してきたが、マスターデベロッパーとして開発全体に取り組むのは初めて。今回その大役を外国企業であるにもかかわらず担う背景には、長年、病院事業をマレーシアの国策会社カザナ・ナショナル社と共同で行なってきた実績をマレーシア政府が高く評価していたことにある。

 プロジェクトの目的は、この地域を、急速な発展を遂げるシンガポールの受け皿としてではなく、国際的にも競争力のある持続可能な都市とすることだ。分かりやすく言うと「香港における中国の深セン市の位置付けですね」(三井物産 プロジェクト本部 環境・新エネルギー事業部第三営業室室長 松本誠志氏)とのこと。

 持続可能な街にするためにも、ハード面だけでなく、ソフトの充実も図らねばならない。

 特に目を引くのが学園都市(Educity)を含む教育機関の充実だ。欧米の名門校などが入る一大キャンパスシティが誕生する。

 マレーシア政府としても、教育におけるアジアのハブを狙っているといわれており、立地の良さや、人種、民族の多様性など、アジアの勢いを背景にした新たな教育拠点の誕生は、マレーシア、シンガポール両国にとっても優秀な人材を獲得するチャンスが増えるはずで、それは国力の充実に直結する。

 その1つ、既に開校した英国の名門寄宿学校マルボロカレッジ・マレーシア校が注目を集める。英国本校では、先ほどウィリアム王子と結婚されたキャサリン妃が卒業しており、費用は高いが、教育水準も超一流とあって、日本人はもとより世界各地から入学希望者が押し寄せているという。

 もちろん、快適に生活するために必要な、総合病院の充実やショッピングモールはもちろん、「007」シリーズや「ハリーポッター」シリーズなどを制作した英国の撮影所パインウッドスタジオや、テーマパークのレゴランドなども進出してきており、新たな都市は職、住、遊を徐々に拡大しつつあるようだ。

 三井物産にとっても、得るものは大きい。何より、初のマスターデベロッパーになって、大都市を一から造り上げる経験はそうそうないだろう。

 また、今世界中で行われているスマートシティ開発は、実証実験的な要素が強く、事業性については未知数な部分も多い、しかし三井物産としては、現実を見据えて、過度な先進設備よりも、経済性などを重視した街づくりを行い、新たな都市建設や再生のビジネスモデルを確立したい考えだ。そのため、短期的な利益は追わず、「次世代ビジネスの創造」に向けたイノベーション推進案件として、会社としても長期的な視野でプロジェクトに携わっていくことが決まっている。

「イスカンダール計画」に関わる両国の歴史的な懸念も払拭

 もちろん、気になる点もある。このプロジェクトを主導するシンガポールとマレーシアの反目の歴史だ。この「イスカンダール計画」も、両国初めての共同プロジェクトであるだけに関係を危惧する向きもある。

 この点について、前出の松本氏は、「現在、マレーシアのナジブ・ラザク首相とシンガポールのリー・シェンロン首相の関係は良好で、マレーシアの5月の総選挙でも与党が勝ったことで問題はありません」

 さらに「シンガポールにとって、自国の賃金が上がり続ける状況で、マレーシアの労働力や豊富な土地は魅力的。この計画にも政府系のファンドである、アセンダスやテマセクなどが相当額出資しており、お互いがメリットを享受しているだけに、逆に意欲的です」と続ける。

 「イスカンダール」とはペルシャ語で「アレキサンダー大王」のこと。彼の遠征がもたらしたヘレニズム文化のごとく、世界各地の叡智を持ち寄った未来都市の誕生に期待したい。

 

雑誌「経済界」定期購読のご案内はこちら

経済界電子版トップへ戻る

関連記事

好評連載

深読み経済ニュース

一覧へ
一般社団法人かぎろい出版マーケティング代表 西浦孝次氏

[連載] 深読み経済ニュース解説

2015年の経済見通し

[連載] 深読み経済ニュース解説

再デフレ化に突入し始めた日本経済

[連載] 深読み経済ニュース解説

消費税率引き上げ見送りの評価と影響

[連載] 深読み経済ニュース解説

安倍政権が解散総選挙を急ぐ理由

実録! 関西の勇士たち

一覧へ

水辺に都市が栄える理由と開発の事例を探る

[特集 新しい街は懐かしい]

水辺に都市が栄える理由と開発の事例を探る

[連載] 実録! 関西の勇士たち(第20回)

稀有のバンカー、大和銀行・寺尾威夫とは

[連載] 実録! 関西の勇士たち(第17回)

三和銀行の法皇・渡辺忠雄の人生

[連載] 実録! 関西の勇士たち(第14回)

住友の天皇・堀田庄三の人生

[連載] 実録! 関西の勇士たち(第11回)

商売の神様2人の友情 江崎利一と松下幸之助

ビジネストレンド新着記事

注目企業

一覧へ

総合事業プロデューサーとして顧客と共に成長する―中尾賢一郎(グランドビジョン社長)

広告やマーケティング、ブランディングを事業プロデュースという大きな枠で捉え、事業が成功するまで顧客と並走する姿勢が支持されているグランドビジョン。経営者の思いを形にしていく力で、単なる広告代理店とは一線を画している。 中尾賢一郎・グランドビジョン社長プロフィール &nb…

中尾賢一郎(グランドビジョン社長)

人材戦略を経営の核に成長する駐車場ビジネスのプロ集団―清家政彦(セイワパーク社長)

「PCのかかりつけ医」として100年企業への基盤構築を進める―黒木英隆(メディエイター社長)

新社長登場

一覧へ

森島寛晃・セレッソ大阪社長が目指すクラブ経営とは

前身のヤンマーディーゼルサッカー部を経て1993年に創設されたセレッソ大阪。その25周年にあたる2018年12月に社長に就任した森島寛晃氏は、ヤンマー時代も含めて通算28年間セレッソ一筋、「ミスターセレッソ」の愛称を持つ。今も多くのファンに愛される新社長が目指すクラブ経営とは。聞き手=島本哲平 Photo=藤…

カリスマ創業者の後任として描く「新しいマネックス証券像」― マネックス証券社長 清明祐子

「若者需要の開拓でビール市場を盛り上げていく」塩澤賢一(アサヒビール社長)

イノベーターズ

一覧へ

20歳で探検家グランドスラム達成した南谷真鈴さんの素顔

自らの手で未来をつかみ取る革新者たちは、自分の可能性をどう開花させてきたのか。今回インタビューしたのは、学生でありながら自力で資金を集め、世界最年少で探検家グランドスラムを制した南谷真鈴さんだ。文=唐島明子 Photo=山田朋和(『経済界』2020年1月号より転載)南谷真鈴さんプロフィール&nbs…

南谷真鈴

シリコンバレーへの挑戦が生んだ「起業家と投資家が待ち望んだサービス」― 戸村光・ハックジャパンCEO

「測量美術」が起こす道路工事のイノベーション―草木茂雄・エムアールサポート社長

大学の挑戦

一覧へ

専門分野に特化した“差別化戦略”で新設大学ながら知名度・ブランド力向上を実現――了徳寺大学・了徳寺健二理事長・学長

2000年設立で、了徳寺大学が母体のグループ法人。医療法人社団了徳寺会をグループ内に持つ。大学名の「了」は悟る、了解する、「徳」は精神の修養により、その身に得た優れた品性、人格を指す。「了徳寺」は人間としての品性、道を論す館の意味を込めた大学名だ。 聞き手=本誌/榎本正義 、写真/佐々木 伸 …

大学の挑戦

創立100周年、西南学院大学・K.J.シャフナー学長「世界に貢献しインパクトを与える人材を育てる」〜国際交流・就職支援・インターネット出願〜 

「“STAND BY YOU”のスローガンの下、学生一人ひとりに寄り添う教育を」――中央学院大学・佐藤英明学長

経済界からのお知らせ

最新号のご案内

経済界2020年1月号
[特集] 新しい街は懐かしい
  • ・「街の記憶」で未来をリノベーション
  • ・日本橋が「空を取り戻す」水辺と路地がつながる街へ
  • ・水辺はエンタメの宝庫だ 大阪が目指す観光客1300万人
  • ・街の誇りを取り戻せ 名古屋・堀川復活プロジェクト
  • ・なぜ水辺に都市が栄えるのか
  • ・2020以降は海と川がさらに面白くなる
  • ・「住む」と「働く」両方できるが求められている(たまプラーザ)
  • ・「土徳」が育む一流の田舎(南砺市)
  • ・音楽ファンが集う街づくり
[Special Interview]

 辻 慎吾(森ビル社長)

 東京が世界で勝ち抜くために必要なこと

[NEWS REPORT]

◆飛びたくても飛べないスペースジェットの未来

◆エンタメが街を彩る 地方創生に挑むポニーキャニオン

◆問題噴出のコンビニをドラッグストアが抜き去る日

◆始まった自動車世界再編 日本メーカーはどう動く?

[特集2]

 経済界福岡支局開設35周年記念企画

 拓く!九州 財界トップが語る2030年のかたち

ページ上部へ戻る