マネジメント

 日本中がバブル景気に沸いた1980年代。後に「夜の銀座の顔」となる白坂亜紀氏は女子大生ママとして世間の注目を集めた。96年、東京・銀座にクラブ「稲葉」2店舗をオープン。以後、10人以上のオーナーママを育ててきた白坂氏に、「稲葉流」リーダー育成術を聞く。文=大澤義幸 Photo=佐藤元樹

リーダの最初の壁は個人プレーを脱すること

201710GINZA_P01

しらさか・あき 1966年大分県生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。学生時代に東京・日本橋のクラブに勤務し、注目を集める。現在は銀座で、「クラブ稲葉」「ラウンジ稲葉」「日本料理 穂の花」「Bar66」の4店舗を経営。銀座社交料飲協会銀座緑化部長。銀座料飲組合理事。銀座ミツバチプロジェクト理事。銀座なでしこ会会長。

 日本有数の繁華街・社交場として、政財界の重鎮、経営者、文化人などハイステータスな人々が集う街、東京・銀座。高級接待にも利用される銀座のクラブは「第二秘書室」と例えられ、銀座の灯の明るさは日本経済の好不況を映すといわれる。

 1987年、早稲田大学在学中にクラブホステスとなった白坂亜紀氏。29歳で独立し、銀座にクラブ「稲葉」2店舗をオープン。長期経済不況の荒波に揉まれながら、21年間、銀座の街と歩みを共にしてきた。現在はクラブのほかに、バーや日本料理屋など計4店舗を経営する。

 その稲葉ではこれまでに数多のトップホステスを育て、経営者として独立するオーナーママを10人以上輩出してきた。白坂氏は「ママ」の肩書を持つリーダーの条件として、次の3つを挙げる。

 「第一に、いかに腹を括り、覚悟を決め、責任を持って仕事に取り組めるか。第二に、いかに部下やお客さまに対してフェアでいられるか。第三に、いかに品格を保てるか。ママにはママの品格や立ち居振る舞いがあります。自分の売り上げばかりを追うのではなく、時には部下の成績にしてあげることもあります。これは昼の仕事も同じですよね」

 ホステスは個人事業主として、お店とは「仕事の場を借りる」という関係になる。売掛金の回収等も自己責任で行い、実力がなければ退場を余儀なくされる。とはいえ、個人プレーや体を売る「枕営業」で売り上げを伸ばせるほど甘い世界でもない。

 「個人プレーを脱し、チームプレーへと仕事のスタイルを変えられるかがトップホステスになるための第一の壁です。特に『ママ』の肩書が付いたときに、周りの協力がなければ、お客さまの満足は得られません。リーダーとはどんな存在かを自問自答し、想像できる人でないと、どんなに頑張っても伸びません」

売り上げノルマは一切なし

 クラブには月の同伴出勤数によってペナルティが科されるなどノルマがある。特に銀座は100人のホステスがデビューしても半年後には数人しか残らないといわれる。それでも稲葉ではオープン時からノルマを設定していないという。なぜか。

 「銀座に来られるのは、政治家や成功した経営者など一流のお客さまばかりです。そんな方たちを相手に、数字だけを目指してもうまくいきません。だからこそ誰かに目標を与えられるのではなく、自分で目標を持って頑張る人を育てたい。自分の立場を超えた経営者の視点を持ち、お店を任せられるリーダーを。その一心でノルマなしでやってきました」

 90年代後半、欧米の能力・成果主義の人事評価制度が日本企業に相次いで導入された。白坂氏もノルマを試してみたこともあるが、ホステスの個性を無視して経営はできない。すぐにそう思い直したという。

 そんな稲葉では6月、4人のホステスによる「チーママ争奪戦」を開催。個人戦では重圧に4人の心が折れてしまうことを懸念し、チーム戦とした。それぞれリーダーシップを発揮し、普段以上の成果を出したという。ノルマではない仕掛けで、自ら気づかせ、自ら行動させる。これが「稲葉流」リーダー育成術だ。

 「争奪戦に敗れ、もう仕事を辞めると泣いていた子も、一晩たったらまたやると言ってくれました。人はそうやって成長していくんですよね。その子の筋力に見合った重さを少しずつ増やしていくことが大切。逆に仕事に慣れてきた子には独立を促し、腹を括るきっかけも与えます。ただ今は必ずしも独立前提ではなく、一人一人にリーダーになる力を付けてもらうことを意識しています」

 稲葉のもう一つの特徴は、素人からプロを育てていることだ。他店の経験者はある程度の売り上げは見込めても、ノルマのない環境で働いた経験がなく、チームワークでつまずくケースが多いのだという。

 ただし、素人の人材育成には配慮も求められる。現代の若者は頑張ればお金を稼げると言っても響かず、叱咤激励をすると、人格を否定されたと思い込み、仕事を辞めてしまうケースもある。真面目で責任感が強い人ほど修復が利かなくなる。

 「今の若い子は、その行動が成長につながる、社会貢献になると話すと響きやすい。稲葉では加点方式で褒めて伸ばすようにしています。叱るのは信頼関係ができた後か、ある程度の立場に就けてから。最初からリーダーの素質がある子はいませんし、いきなり叱ると潰れます。どんなに厳しい経営者の方も、お孫さんのことは叱りませんよね」

 白坂氏自身、子どものころは叱られないように先回りし、自らの目標に向かって努力してきた。グレていた高校時代、一念発起して大学進学を決めたときもそう。もっとも、その生き方を他人に強いることはない。

 「今の子は自分で目標を立てることがまず難しい。言われたことを達成したら力尽きてしまう。リーダーとして伸びる子は仕事をこなし、さらに提案ができる。何度も機会を与え続けて、リーダーとしてどこまでやれるかを見極めていきます」

 子の成長を辛抱強く見守る。これは母親の目線そのものだ。子どもは親の思いどおりにも、効率的にも動かない。「ホステスたちに安心感を与えるために、『お母さんはね』とあえて言ったりしますよ」と、その柔和な目元をさらに緩ませる。

 今や「夜の銀座の顔」、業界のトップリーダーとして生きる白坂氏は、自らの仕事の流儀をこう語る。

 「出会いはいつも大切にしています。心掛けているのは、私からは絶対に縁を切らないこと。距離感を変えず、一生付き合う。銀座は経営者でも著名人でも気軽に来られる場所ではありません。事業に失敗し、しばらく顔が見えなくなるお客さまもいます。それでも連絡を取り続けていると、いつか這い上がってきて、お店に来てくれることがある。戦友のような絆を感じる瞬間です」

 稲葉のオーナーママとして銀座で成長してきた。稲葉だけでなく、銀座の街を元気にしていくことが、この地で働くことの恩返しになる。そう語る白坂氏は、夜の世界を生き抜いてきた、しなやかな強さと凛とした美しさを兼ね備えている。

関連記事

好評連載

銀行交渉術の裏ワザ

一覧へ

金利固定化の方法を知る

[連載] 銀行交渉術の裏ワザ(第20回)

銀行交渉術の裏ワザ

[連載] 銀行交渉術の裏ワザ(第19回)

定期的に銀行と接触を持つ方法

[連載] 銀行交渉術の裏ワザ(第18回)

メーン銀行との付き合い方

[連載] 銀行交渉術の裏ワザ(第17回)

金利引き上げの口実とその対処法

[連載] 銀行交渉術の裏ワザ(第16回)

融資は決算書と日常取引に大きく影響を受ける

元榮太一郎の企業法務教室

一覧へ

社内メールの管理方法

[連載]元榮太一郎の企業法務教室(第20回)

企業法務教室

[連載]元榮太一郎の企業法務教室(第19回)

タカタ事件に学ぶ 不祥事対応

[連載] 元榮太一郎の企業法務教室(第18回)

「ブラック企業」という評価の考察

[連載] 元榮太一郎の企業法務教室(第17回)

コミュニケーション・ツールを使った取締役会の適法性

[連載] 元榮太一郎の企業法務教室(第16回)

女性の出産と雇用の問題

本郷孔洋の税務・会計心得帳

一覧へ

税務は人生のごとく「結ばれたり、離れたり」

[連載] 税務・会計心得帳(最終回)

税務・会計心得帳

[連載] 税務・会計心得帳(第18回)

グループ法人税制の勘どころ

[連載] 税務・会計心得帳(第17回)

自己信託のススメ

[連載] 税務・会計心得帳(第16回)

所得税の節税ポイント

[連載] 税務・会計心得帳(第15回)

固定資産税の取り戻し方

子育てに学ぶ人材育成

一覧へ

意欲不足が気になる社員の指導法

[連載] 子どもに学ぶ人材マネジメント(第20回)

子どもに学ぶ人材マネジメント

[連載] 子どもに学ぶ人材マネジメント(第19回)

人を育てる「言葉」とは?

[連載] 子どもに学ぶ人材マネジメント(第18回)

女性社員を上手に育成するコツ

[連載] 子どもに学ぶ人材マネジメント(第17回)

部下の感情とどうつきあうか

[連載] 子どもに学ぶ人材マネジメント(第16回)

“将来有望”な社員の育て方

ビジネストレンド新着記事

注目企業

一覧へ

ワンストップで手厚くサイトの売却をサポート――中島優太(エベレディア社長)

 昨今、事業拡大や後継者対策などを目的とした企業同士のM&Aが増加している。同様にウェブサイトのM&Aが活発化している事実をご存知だろうか。サイトの売買で売り手にはまとまったキャッシュが、買い手にはサイトからの安定収益が入るなど、双方に大きなメリットがもたらされている。大手ITグループから個人事業主まで幅広い…

201712EVEREDIA_CATCH

「日本初」にこだわる男のユニークな発想とビジネス――佐野秀光(情報通信ネットワークグループ社長)

外国人を中心に需要が高まるソーシャルレジデンスで快走―オークハウス

新社長登場

一覧へ

「技術立脚の理念の下、付加価値の高い香料を開発します」――高砂香料工業社長 桝村聡

創業から95年、海外に進出してから50年以上たつ国際派企業の高砂香料工業。合成香料では日本最大手であり、国際的にも6%以上のシェアを持つ優良企業だ。 100年弱の歴史を持つ合成香料のトップメーカー ── まず御社の特徴をお聞かせください。 桝村 1920年創業ですから、2020年に100周年を迎える…

桝村 聡

「ネット広告が変わってもクライアント本位の姿勢は変わりません」--バリューコマース社長 香川仁

「最新情報を発信、人と企業の働く環境を良くしていきます」--マンパワーグループ社長 池田匡弥

イノベーターズ

一覧へ

老舗コニャックメゾンがブランド強化で日本市場を深耕――Remy Cointreau Japan代表取締役 宮﨑俊治

フランスの大手高級酒グループ、レミー・コアントロー社の日本法人。18世紀から愛飲されてきた名門コニャックの「レミーマルタン」や世界有数のリキュール「コアントロー」をはじめ、スピリッツやウイスキーなど戦略的なラインアップを日本市場で展開している。同社の宮﨑俊治代表取締役に事業展開について聞いた。 &nbs…

20150609_INNOV_P02

デザイナーズ家具のEC販売で業界の“常識打破”に挑戦――リグナ社長 小澤良介

内装空間の総合プロデュースで想いをカタチに創り上げる――ユニオンテック社長 大川祐介

大学の挑戦

一覧へ

専門分野に特化した“差別化戦略”で新設大学ながら知名度・ブランド力向上を実現――了徳寺大学・了徳寺健二理事長・学長

2000年設立で、了徳寺大学が母体のグループ法人。医療法人社団了徳寺会をグループ内に持つ。大学名の「了」は悟る、了解する、「徳」は精神の修養により、その身に得た優れた品性、人格を指す。「了徳寺」は人間としての品性、道を論す館の意味を込めた大学名だ。 聞き手=本誌/榎本正義 、写真/佐々木 伸 教育部門と…

大学の挑戦

創立100周年を控えて「世界に貢献し、インパクトを与える人」の育成に努めます――西南学院大学・K.J.シャフナー学長

「“STAND BY YOU”のスローガンの下、学生一人ひとりに寄り添う教育を」――中央学院大学・佐藤英明学長

企業eye

一覧へ

社員の人間力を武器に5期連続増収を果たす投資用不動産会社――パートナーズ

パートナーズは全国の中古投資用不動産の売買仲介を手掛けている。2011年の創業以来、5期連続増収を達成。吉村社長は業績好調の原動力を「社員の人間力を養い、顧客満足度の向上に取り組む姿勢にある」と語る。── 数ある投資用不動産会社の中、独自の強みについて。吉村 当社では、社員の人間力を徹底的に磨きな…

企業eye

クラウドソーシングを活用した動画制作やオンライン動画制作プラットフォームを提供――Crevo

海外ビジネスの第一線で活躍した2400人のエキスパートを擁し、日本企業の海外事業を支援。

経済界からのお知らせ

最新号のご案内

経済界12月号
[特集]
東京新起動

  • ・二度目の変貌を遂げる大都市・東京
  • ・虎ノ門エリアはグローバルビジネスセンターとして進化中
  • ・東京ミッドタウン日比谷誕生で映画・演劇の街が再興
  • ・文化の発信地「渋谷」の百年に一度の大改造
  • ・泉岳寺・品川とも連携 品川新駅(仮称)のエキマチ一体開発
  • ・城北、埼玉方面への玄関口は行政が積極的
  • ・辻 慎吾(森ビル社長)
  • ・若林 久 西武鉄道社長

[Special Interview]

 稲垣精二(第一生命ホールディングス社長)

 「DNAの“第一主義”で圧倒的な未来をつくる」

[NEWS REPORT]

◆若者のクルマ離れに抵抗する豊田章男・トヨタ自動車社長の意地とプライド

◆ヤマトHDが人手不足よりも恐れる「送料無料」という意識

◆有機EL転換は避けられず 新生JDIは生き残れるか

◆シェール革命が動かす世界のパワーバランス

[特集2]今さら聞けないビットコイン

・可能性と危険性が共存するビットコインの魅力

・ビットコインだけではない! 1千種類を超える仮想通貨の世界

・ビットコインの2つの謎 ブロックチェーンとマイニング

ページ上部へ戻る