マネジメント

かつて裏世界の麻雀で会社社長などの代打ちとして勝負をし、いくつもの修羅場を潜り抜けた雀士・桜井章一氏。麻雀を通して独自の人生哲学を伝え、自己啓発的指導を行っている。著書も多数出版され、テレビシネマにもなっている。桜井氏は、雀鬼会道場生と毎年、夏合宿を行ってい、日常では得られない自然の感覚を呼び覚ます修養の場となっている。文=榎本正義 Photo=佐藤元樹

1カ月の伊豆での夏合宿は厳しさの中で信頼を醸成

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さくらい・しょういち 1943年東京都生まれ。雀鬼会会長、著述家。大学時代に麻雀に触れ、昭和30年代から麻雀の裏プロの代打ちとして活躍。以降、引退するまで20年間無敗の強さを誇り、「雀鬼」の異名を取る。著者をモデルにした小説・劇画・映画などで、その名を広く知られることとなる。麻雀を通した人間形成を目的とする「雀鬼会」を主宰。『努力しない生き方』(集英社新書)、『人を見抜く技術』(講談社+α新書)、『わが遺言』(ポプラ新書)など著書多数

 私は麻雀を通して若者の人間力を鍛えることを目的とする「雀鬼会」を1991年に立ち上げた。それまで20年以上続けた代打ち稼業を引退した後、「雀鬼流漢道麻雀道場 牌の音」をオープンして2年が過ぎたころのことだった。

 雀鬼会では毎年夏になると、伊豆にある別荘で一カ月あまりの合宿を行う。去年の合宿はちょうど台風とタイミングが重なってしまい、海は大荒れだった。それでも最終日には全員で近くの岩場から海に入ることにした。ふだんは穏やかな伊豆の海だが、別荘のあたりでは毎年のように死者が出る。なぜ大荒れの海で泳ぐような危険な真似をするのかとの誹りは免れないだろう。しかし私は、厳しさの中で初めて通い合う信頼というものを道場生たちに味わわせたかったのだ。中には初めての合宿で、荒れた海に入るのを怖がる者もいる。だが、怖いからと現実から逃げるのではなく、ちょっとした勇気を持つことで楽しい思い出を持ち帰らせたいという気持ちがある。

 海上は荒れていたが、海の中は気持ちよく、私は道場生たちが近寄らない崖っぷちの、白波が立っているほうへ泳いでいった。その後、海面へ出て皆のところへ戻ってみると、岩場にいる道場生からの指示が要領を得ない。これでは全員を陸へ上げることができないので私が指示を出そうと思い、波の泡でほとんど視界が利かない状態の中を岩場へ向かって泳いだ。ようやく岩場に設けられた鉄の柵をつかんで立ち上がったところで、私は大きな波に飲み込まれ、荒波に叩きつけられて、泡で真っ白になった海底へと引きずり込まれてしまった。右足に大きな石が載り、左腕も転がってきた石に挟まれてしまったので、海の中で身動き一つできなかった。瞬間、「やられたな」と思ったが、大好きな海で死ぬのなら、ベッドの上より私らしくていいな、などと考えて不思議にパニックにはならなかった。

 その間にも2発目の大波に転がされた石ころが何発も顔面にぶつかってきた。ここでもう1発大きな石が当たれば、一巻の終わりだったに違いない。1分近くたった頃、3発目の大波によって右足を押さえつけていた石が運よく転がって、自由になった身体で感覚だけで白い泡がかすかに薄くなっているほうへと泳ぎ、どうにか助かった。やられたのも波なら、助けられたのも波。自然に助けられたわけだ。こういうときは助かりたいと願ってもかなうものではないので、自然に身を任せるしかない。

 私が助かったのは、自分の欲や損得ではなく、「仲間を助けなければ」という思いがあったからだ。仲間を助けるためなら、命を落としたって構わないと思っている。それが好運に結び付いて、死の淵から生還することができた。

 道場生も、私のためなら命を投げ出す覚悟があるはずだ。合宿所では私にできるだけ負担をかけないよう、率先して動いてくれる。1カ月の合宿は、共同生活であり、協力生活だ。共同の施設だと、自分がやらなくても構わないと考えて汚したりするが、協力関係だと自分がやらなければという意識が生まれる。そういう仲間意識を醸成するのも、この合宿の意味だ。

気配や違和感の感覚を大自然から学ぶ

 私は海へ行くと、まず水平線に厚みがあるかどうかを見る。厚みがあるということは、そこが荒れているということだからだ。次には海の色を見る。黒い時は普通の波だが、グレーだとちょっと荒れている。一番怖いのは白い時だ。海の中で回りが真っ白になると、方向感覚がすべて失われてしまう。そして次には岬の先を見る。そこにポツンと白いものがわくと、すごいエネルギーが隠されているからだ。それはいずれ大きな波となって岸辺に押し寄せてくる。だから岬の先端がどうなっているかをしっかり見る。白くなっていたら要注意。10メートル先も分からなくなる。全員の命を預かるのは私だから、真剣に自然に対峙する。こうした気構えでいるから、今までの合宿で一度の事故もなかったのだ。

 白い世界が怖いのは、雪の中でも同様で、回りが真っ白になると、500メートル先の自分の家でも帰り着けなくなる。通常の常識では、黒は見えない世界で、白のほうが見える世界だと思うかもしれないが、自然に学ぶと白いほうが怖い世界だ。太陽や風、雲、雨などの自然は実に多くのことを教えてくれる。

 私のことを、勘が鋭いと言う人は多いが、私が感じるのは勘というより違和感だ。あまり良くないことが起こる、それは嫌なもの、悪いものだと感じる。伊豆の海のときも、そうなる予感はあった。あのとき私が助かったのは、自然に学ぶことを日頃から積み重ねてきたからだろう。

 海の中の魚の群れは、危険を察知すると瞬時に身をかわす。あれは技術や運動能力で泳いでいるのではなく、本能だ。人間ももともとは生き抜くためにそうした本能が備わっていたはずだ。だが、便利な生活と引き換えに感覚が薄れてしまったのだ。

 この感覚はどこで感じるのか。例えば、手のひらや指先はものをつかんだり、日常いろいろなことに使うので敏感だが、ここではこの微妙な感覚を感じ取ることはできない。実は、通常あまり使うことのない手の甲など身体の中の日常使わないところに鋭い感覚はある。

 勝負の世界では、急に動きが早くなった、手が早くなったと感じたときは、ササっと牌を並び替えて整理し始めるから、相手にいい手が入ったということだ。逆にぐちゃぐちゃで悪い手のときは整理しない。人は欲望やそれまでに学んだことが麻雀にも出てくる。相手の手の内を読もうと思うのではなく、自然に感じることが大事なのである。何か違和感があり、それで感覚的に身体が動いて行動に移す。そうしていい結果に結び付く。運とは、そういうものだと思っている。(談)

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