マネジメント

2001年に開業し、3年後には早くもクラシックを獲り、07年には牝馬ウオッカで日本ダービーに勝利し、当時は40代の若き調教師と言われた角居勝彦氏。高校卒業後に勤めた牧場で、子馬が一度の骨折で殺処分される実態を知ったことが、調教師を目指す原点だ。調教師になれたのも、強い馬に恵まれたのも、すべてが「運」と言い切る。聞き手=榎本正義

角居勝彦氏のスタイル ~チームで馬をつくり上げる~

201711SUMII_P01

すみい・かつひこ 1964年石川県生まれ。日本中央競馬会(JRA)栗東所属の調教師。一般財団法人ホースコミュニティ代表理事。2000年調教師免許を取得。05~14年にかけて「最多賞金獲得調教師賞」もしくは「最多勝利調教師賞」を幾度も獲得している。ウオッカ、ヴィクトワールピサ、シーザリオ、カネヒキリ、エピファネイアなど開業16年でJRA通算勝利は4639戦646勝(2017年9月4日現在)。JRAが主催するG1勝利23勝は歴代3位、海外も含めたG1の勝利数34は日本一。

―― 2001年の開業以来、最多勝利3回、最高賞金獲得5回など13のJRA賞を受賞しています。勝つ秘訣は何ですか。

角居 馬を壊さないことが大前提ですが、生き物相手なので、何が原因で壊れていくか分かりません。一般的には、その馬の担当者が決まると、その人がもっぱら馬をつくり上げていくのですが、1人の見立てだとひいき目が出るので、どうしても誤差が出ます。

 現在、うちの厩舎では30頭管理していますが、餌を見る人、調教する人、いろいろな世話をする人、これに担当者と、1日のうちに最低4~5人がいろんな立場から全部の馬を見るようにして情報共有しています。チームで馬をつくり上げていくスタイルに比較的早くから取り組んできたため、誤差の少ない馬づくりができたのだと思います。

―― 競馬の世界は、まさに運に左右されると思いますが。

角居 運が良かった、あるいは悪かったと思うことはしょっちゅうです。厩舎も一生懸命、調教師も一生懸命、騎手も馬主も牧場の人たちも皆、一生懸命に取り組んで最善を尽くしたはずなのに、何か目に見えないものに操作されているような仕事ですね。大きなレースで何度も2センチ差で勝っていますから。

―― 2センチ差とは!

角居 2008年の天皇賞(秋)でウオッカはダイワスカーレットと競馬史上に残る壮絶な争いをし、わずか2センチの差で勝利しました。東京競馬場の芝2千メートルを走ってきて、わずか2センチの差なんて、運が良かったとしか思えません。ウオッカは09年のジャパンカップでもオウケンブルースリに2センチ差で勝利しています。

―― 運を引き寄せられますか。

角居 負の要素をできるだけ潰すことでしょうか。毎日これだけやれば成功というのがない世界ですから。馬は言葉も話さず理解もしないのですが、私たちの一生懸命さは伝わるような気がします。人間が喜んでいることを馬も喜べるのだと思います。褒められると何度でもやりたがりますから。逆にけがをしたとかムチ打ちなど痛い思いは一生消えない動物でもあります。

 競馬で騎乗しているときのムチにはルールがあるし、叱咤激励で叩く場合は、大きな筋肉を叩くので、どこまで痛みを感じているだろうというところもあります。ところが安静時に叩かれるとすごく敏感に感じるし、心にキズを負ってしまうようです。

角野勝彦氏は語る 業界に血縁関係がないのに調教師になれたのも強運

―― 角居さんは運が強い?

角居 そもそも私が調教師になれたこと自体が強運の持ち主だと思います。高校卒業後に勤めた北海道・静内の牧場で初めてサラブレッドに触れ、その魅力に取りつかれて調教師を目指して栗東に来ました。しかし私は調教師や騎手の息子ではないので、馬主とのパイプがない。調教師を開業しても、肝心の馬を預けてくれなければ開店休業状態になってしまいます。3回目の試験で合格することができましたが、最初は足元の弱い馬や性格的に難しい馬を預かることになりました。

 それを丁寧に馬づくりしたことが評価され、結果は出ていないが何年か前に期待した牝馬だったから、ひょっとしたらよく走るかもしれないという馬たちが05年に一気に“爆発”して勝利しました。オークスのシーザリオ、マイルチャンピオンシップのハットトリック、ジャパンCダートのカネヒキリといった馬たちです。G1を7つも勝ってくれたウオッカは、私の調教師としての師匠である松田国英先生から馬主の谷水雄三さんを紹介していただき、ウオッカの母の面倒をみたことがきっかけで私のところに来ました。東日本大震災があった11年は国内の競馬が一時中止になったのですが、アラブ首長国連邦で行われたドバイワールドカップで、ヴィクトワールピサが1着になり、暗い雰囲気に包まれていた日本を勇気づけてくれたのも印象深いです。

―― 勝ち続ける方法があると。

角居 馬の完成形はないのでどれだけ精進したかでしょうか。求めるものがだんだん繊細になったし、追求する技術もより高度になってきていますし。イギリス、アイルランド、フランスやアメリカは日本より馬づくりが進んでいるので、学ぶことは多々あります。

―― 競走馬の福祉にも取り組んでいますね。

角居 日本で年間に生まれる競走馬は約7千頭、うち勝利を収める馬は1割以下。競走馬を引退した馬は乗馬用や繁殖用となりますが、馬は維持するにも多額の費用が掛かるため、数は多くありません。数年前に、引退した馬でも、馬の手入れや乗馬などを通じて障がい者などが社会復帰を図ったり、リハビリしたりする「ホースセラピー」などにも利用できることを知りました。

 馬の「第二の人生」として13年12月、栗東トレーニングセンター内に、転用プロジェクトなどを推進する一般財団法人「ホースコミュニティ」を発足させ、代表理事に就任しました。厩舎の垣根を越えて、業界全体で競走馬の未来を考えていきたいです。

 

雑誌「経済界」定期購読のご案内はこちら

経済界電子版トップへ戻る

関連記事

好評連載

銀行交渉術の裏ワザ

一覧へ

融資における金利固定化(金利スワップ)の方法

[連載] 銀行交渉術の裏ワザ(第20回)

銀行交渉術の裏ワザ

[連載] 銀行交渉術の裏ワザ(第19回)

定期的に銀行と接触を持つ方法 ~円滑な融資のために~

[連載] 銀行交渉術の裏ワザ(第18回)

メインバンクとの付き合い方

[連載] 銀行交渉術の裏ワザ(第17回)

銀行融資の裏側 ~金利引き上げの口実とその対処法~

[連載] 銀行交渉術の裏ワザ(第16回)

融資は決算書と日常取引に大きく影響を受ける

元榮太一郎の企業法務教室

一覧へ

社内メールの管理方法

[連載]元榮太一郎の企業法務教室(第20回)

企業法務教室

[連載]元榮太一郎の企業法務教室(第19回)

タカタ事件とダスキン事件に学ぶ 不祥事対応の原則

[連載] 元榮太一郎の企業法務教室(第18回)

ブラック企業と労災認定

[連載] 元榮太一郎の企業法務教室(第17回)

電話等のコミュニケーション・ツールを使った取締役会の適法性

[連載] 元榮太一郎の企業法務教室(第16回)

女性の出産と雇用の問題

本郷孔洋の税務・会計心得帳

一覧へ

税務は人生のごとく「結ばれたり、離れたり」

[連載] 税務・会計心得帳(最終回)

税務・会計心得帳

[連載] 税務・会計心得帳(第18回)

グループ法人税制の勘どころ

[連載] 税務・会計心得帳(第17回)

自己信託のススメ

[連載] 税務・会計心得帳(第16回)

税務の心得 ~所得税の節税ポイント~

[連載] 税務・会計心得帳(第15回)

税務の心得 ~固定資産税の取り戻し方~

子育てに学ぶ人材育成

一覧へ

意欲不足が気になる社員の指導法

[連載] 子どもに学ぶ人材マネジメント(第20回)

子どもに学ぶ人材マネジメント

[連載] 子どもに学ぶ人材マネジメント(第19回)

子育てで重要な「言葉」とは?

[連載] 子どもに学ぶ人材マネジメント(第18回)

女性社員を上手く育成することで企業を強くする

[連載] 子どもに学ぶ人材マネジメント(第17回)

人材育成のコツ ~部下の感情とどうつきあうか~

[連載] 子どもに学ぶ人材マネジメント(第16回)

人材育成 ~“将来有望”な社員の育て方~

ビジネストレンド新着記事

注目企業

一覧へ

売上実績トップ企業に聞く「住宅リフォームの最新トレンドと課題」―榎戸欽治・ニッカホーム会長

素人にはなかなか分かりにくい住宅リフォームの世界。最近の業界動向と事業戦略について、売り上げ規模で全国ナンバーワンを誇るニッカホーム創業者の榎戸欽治会長に聞いた。(聞き手=吉田浩)榎戸欽治氏プロフィールリフォーム業界におけるニッカホームの競争力水廻りと木工事を絡めた中型リフ…

榎戸欽治・ニッカホーム会長

家族葬のファミーユが目指す「生活者目線で故人に寄り添う」葬儀の形

不動産のノウハウや技術を生かしサステナブルインフラへ―いちご

新社長登場

一覧へ

カリスマ創業者の後任として描く「新しいマネックス証券像」― マネックス証券社長 清明祐子

2019年4月、国内インターネット専業証券で初の女性社長が誕生した。創業者であり、カリスマ社長と呼ばれた松本大前社長から後任を託されたのが清明祐子氏。清明氏は09年にマネックスグループに入社し、子会社社長やグループ役員を経て、マネックス証券の社長に就任した。清明社長はカリスマの後任としてどんな会社をつくってい…

マネックス証券社長 清明祐子

「若者需要の開拓でビール市場を盛り上げていく」塩澤賢一(アサヒビール社長)

「事業部門の連携を活性化させ営業利益100億円を目指す」 内藤宏治(ウシオ電機社長 )

イノベーターズ

一覧へ

シリコンバレーへの挑戦が生んだ「起業家と投資家が待ち望んだサービス」― 戸村光・ハックジャパンCEO

起業家のスタンスとして、画期的な技術やビジネスモデルを社会で活かすことを目的としたイノベーション先行型もあれば、社会課題解決を最優先とし、そこに必要な技術やノウハウを当てはめていくやり方もある。ハックジャパンCEOの戸村光氏の場合は後者。対象となる課題は「身の周りの気付いたことすべて」だ。(取材・文=吉田浩)…

戸村光・ハックジャパンCEO

「測量美術」が起こす道路工事のイノベーション―草木茂雄・エムアールサポート社長

IT化で変革する産業廃棄物処理の世界―福田隆(トライシクルCEO)

大学の挑戦

一覧へ

専門分野に特化した“差別化戦略”で新設大学ながら知名度・ブランド力向上を実現――了徳寺大学・了徳寺健二理事長・学長

2000年設立で、了徳寺大学が母体のグループ法人。医療法人社団了徳寺会をグループ内に持つ。大学名の「了」は悟る、了解する、「徳」は精神の修養により、その身に得た優れた品性、人格を指す。「了徳寺」は人間としての品性、道を論す館の意味を込めた大学名だ。 聞き手=本誌/榎本正義 、写真/佐々木 伸 …

大学の挑戦

創立100周年、西南学院大学・K.J.シャフナー学長「世界に貢献しインパクトを与える人材を育てる」〜国際交流・就職支援・インターネット出願〜 

「“STAND BY YOU”のスローガンの下、学生一人ひとりに寄り添う教育を」――中央学院大学・佐藤英明学長

経済界からのお知らせ

最新号のご案内

経済界2019年11月号
[特集] AIが知りたい!
  • ・IT未開の地に挑戦 産業構造をAIが変える!
  • ・AIは物理世界がまだ苦手 汎用ロボットの作り方
  • ・データ分析の起点は「何があれば経営に役立つか」
  • ・AI活用事例
  • ・ワトソン君は業務システムと連携する
  • ・米国で加熱する人工知能ブーム AIは21世紀最大のゲームチェンジャーか
[Special Interview]

 小川啓之(コマツ社長)

 「“経験知”に勝るものはない」コマツ新社長が語る未来

[NEWS REPORT]

◆SBIが島根銀行への出資の先に見据える「第4メガバンク構想」

◆家電同士がデータを共有 クックパッドが描くキッチンの未来

◆新薬の薬価がたった60万円! 日の丸創薬ベンチャーは意気消沈

◆1で久々の優勝を果たすもホンダの4輪部門は五里霧中

[総力特集]

 人材育成企業21

 SBIホールディングス/サイボウズ/メルカリ/ティーケーピー/シニアライフクリエイト/イセ食品/センチュリオン/タカミヤ/中央建設/アドバンテック/合格の天使/明泉学園/オカフーズ

ページ上部へ戻る