政治・経済

新たな中期経営計画の発表で喫緊の課題である人手不足の解消と収益力強化を図るヤマトホールディングス。大口顧客の8割ほどが値上げに同意、働き方改革に向けて多額の投資も発表した。新たな成長への道筋を示したが、一抹の不安もある。そのひとつが消費者に染みついた「送料無料」の呪縛だ。文=古賀寛明

増えていく荷物と減っていく働き手

201709JINZAIKYOUKOU_P01

サービスドライバーの負担は減るのだろうか

 2016年末にセールスドライバーの長時間労働や残業代の未払いなどが発覚し、事業の見直しを進めてきたヤマトホールディングス。幸い労働組合と会社による迅速な話し合いによって、企業イメージを損なうことは免れたが、17年3月期には、サービス残業の未払い金230億円を計上し、連結純利益が前期比54%減の180億円となった。そのため、今年度以降の経営計画の見直しも迫られていた。

 こうした事態に陥った背景にあるのは、小口貨物の想定以上の増加と深刻な人手不足にある。国交省が発表した宅配便の取り扱い個数(トラック輸送分)をみても、10年に、32億個だったものが、16年には38億個超と激増している。その要因はeコマース市場の拡大で、B2Cの市場規模は10年の7兆7千億円から、16年にはほぼ倍の15兆1千億円にまで拡大した。配送が必要な物販系分野でみても16年は8兆43億円と、1年前と比べて10%の伸びを示すなど、その勢いはとどまる気配がない。

 ヤマトホールディングスも羽田クロノゲートや厚木、中部、関西の各ゲートウェーといった物流ターミナル施設の完成で大動脈のネットワークは効率化できたが、毛細血管といえるラストワンマイルのところで再配達などの問題を解消できずに、結局はつまずいてしまったといえる。

 加えて、日本の社会全体で労働人口が減っており、とくに物流業界は深刻。そのしわ寄せは現場のドライバーにきていた。ヤマトを含め宅配便は社会インフラとなっていることもあり、その維持をしようとすればするほど、結果的にドライバーの長時間労働とサービス残業という問題につながっていったのだ。

 4月末には、デリバリー事業の構造改革を発表し、労働環境の改善、宅急便総量のコントロール、基本運賃やサービス規格の改定などを行うとした。さらに6月には、配達指定時間のいちばん遅い時間である「20~21時」に配達が集中するため、「19~21時」と、時間帯を広げることで混雑を和らげ、さらに「正午~14時」を配達しないことで、ドライバーの昼食を取りやすくするなど負担の軽減に努めた。その後、宅急便の取扱量の約9割を占める法人顧客、中でも大口顧客との出荷調整や値段交渉のめどがある程度ついたことで、9月28日に都内で新たな中期経営計画「KAIKAKU 2019 for NEXT100」の発表を行うこととなった。

深刻な人手不足は解消できるのか

 中期経営計画は、第一線のドライバーへのしわ寄せが問題になっていたことで、新たな計画の中心も、もちろん「働き方改革」というところ。健全な働き方を担保した上で、「デリバリー事業の構造改革」、「非連続成長を実現するための収益・事業構造改革」、「持続的に成長していくためのグループ経営構造改革」の3つの改革を行うというものになっている。根幹の働き方改革で注目したいのが、総労働時間の改善。例えば、フルタイマーの場合、超勤時間の50%を削減するという高い目標を掲げている。

 その解決策というのは、これまでヤマトの配送の現場は、配達や集荷だけでなく営業などの活動も行う多機能型ドライバーだけであったものを、投函商品やニーズの多かった夜間の配達を専門に行う配達特化型のドライバーを19年までに約1万人投入していく予定だ。さらに、大口顧客の商材や規格外の荷物の集荷や納品などを専門に行う部隊もつくることで、パートナー関係を結ぶ同業者を含め、分業型、複合型のラストワンマイルネットワークを整備し、これまで膨大な仕事量と残業に悩まされていたドライバーの負担を軽減していくという。

 そしてもうひとつ、AIやロボット技術などテクノロジーをフル活用し、徹底的なオペレーションの効率化を実現していく。具体的には、最近都内でもよく見掛けるようになったオープン型宅配便ロッカーの設置やコンビニエンスストアなど、自宅以外での受け取りを強化するといった施策をすすめる。既に、SNS大手のLINEと組んだことで、簡単に日時の変更や荷物の位置なども確認できるなど、再配達を減らす結果につながっている。ロボット技術でも、ディー・エヌ・エーと共にロッカーが内蔵された宅配車「ロボネコヤマト」で、指定された時間にものを届け、利用者自らがロッカーから荷物を受け取る実証実験をこの4月から神奈川県の藤沢市で始めている。いずれは自動運転でロボネコヤマトを走らせる予定であり、実現すれば人手不足も過疎地域でのインフラの維持といった問題も解消できると期待されている。

 そのため積極的な投資も行う。17年度から19年度の3カ年で、こうしたデジタルイノベーションの取り組みに500億円を投入。さらに働き方改革や外部とのアライアンスといった取り組みにも1千億円の投資を予定しており、併せて1500億円を成長への投資と見込んでいる。経常的に必要な車両や土地、建物といった投資への2千億円を加えれば、3カ年で3500億円という大規模な投資を行うことになる。

荷物が増えても儲からない理由

 もうひとつの改革の大きな柱が収益力の強化だ。普通、需要が高まれば単価も上がるものであるが、これまで規模を追い求めたことで、大口の顧客に対しては単価を下げて受けていた。これを改善すべく交渉を行い、大口法人顧客約1千社のうち約8割が値上げに同意しているという。10月からは個人向け荷物の値上げも消費増税の時以外では27年ぶりで行っている。荷物の大きさにもよるが140~180円、平均で15%程度の値上げとなっており、この動きに業界2位の佐川急便、同3位の日本郵便も続いた。国内シェア9割を占める3社が値上げを決めたことで、消費者は逃れようがなくなったというわけだ。しかし、これまで送料を安く抑えられてきたと思えば、致し方ないことなのかもしれない。

 一方、この値上げでネット通販事業者は送料を消費者に転嫁できるのだろうか。一部で既に送料分の値上げを決めた企業もあるようだが、すべての金額を消費者に付けるというのは難しいと思われる。

 それは、これまでも価格比較サイトが重宝がられてきたように消費者が価格に敏感だったこともあるが、送料が余計な出費、送料無料がどこかで当たり前といった意識が強いところにある。中計の会見でも、ヤマトホールディングスの山内雅喜社長が、「あえて言うなら、送料無料という言い方は適切ではないのではないか」と疑問を呈したが、一度感じた送料は余分な出費といった認識はそうそう変わるものではない。通販事業者にとっても商品の値引きを行うよりは送料を低く抑えたほうが、顧客の支持を得られるはずだ。

 だからこそ今後は、送料をいかに抑えるかということで、通販サイトで宅配業者を選ぶ時代になるのではないだろうか。実際、大きさや重さなど宅配業者によって値段は違う。さらにヤマトであればクロネコメンバーズだと10%の割引が受けられるように、ロイヤルカスタマー獲得の競争も始まっていくはず。ほかにも、営業所などに取りに行けば割引、再配達は割高にするなど、より多様な価格設定が求められていくのではないだろうか。ただ、料金体系が複雑化するにせよ、こうした送料をきちんと払うという意識を今浸透させなければ、日本が誇る社会インフラを維持していくのは不可能であろう。

 ヤマトホールディングスの計画では適正価格を維持しながら、16年度に18.7億個あった取り扱い個数を18年度には17.7億個まで減らし、その間に効率化で生産性を上げ、その後の成長へとつなげていこうとしている。しかし、eコマースの市場は拡大し続けており、19年には20兆円を超える規模になる見通しだ。その中で、計画どおりに取り扱い個数を減らせるのか、また、配達特化型のドライバーは本当に確保できるのかなど、不安要素は少なくない。

 19年には創業100周年を迎えるヤマトホールディングス。その時を笑顔で迎えるかどうかは今に懸かっている。

関連記事

好評連載

深読み経済ニュース

一覧へ

2015年の経済見通し

[連載] 深読み経済ニュース解説

永濱利廣

[連載] 深読み経済ニュース解説

再デフレ化に突入し始めた日本経済

[連載] 深読み経済ニュース解説

消費税率引き上げ見送りの評価と影響

[連載] 深読み経済ニュース解説

安倍政権が解散総選挙を急ぐ理由

[連載] 深読み経済ニュース解説

日銀による追加緩和決定の影響は!?

実録! 関西の勇士たち

一覧へ

ワンマンシリーズ(7)稀有のバンカー、大和銀行・寺尾威夫〈1〉

[連載] 実録! 関西の勇士たち(第20回)

実録! 関西の勇士たち

[連載] 実録! 関西の勇士たち(第19回)

ワンマンシリーズ(6)三和の法皇・渡辺忠雄〈3〉

[連載] 実録! 関西の勇士たち(第18回)

ワンマンシリーズ(5) 三和の法皇・渡辺忠雄〈2〉

[連載] 実録! 関西の勇士たち(第17回)

ワンマンシリーズ(4) 三和の法皇・渡辺忠雄〈1〉

[連載] 実録! 関西の勇士たち(第16回)

ワンマンシリーズ(3)住友銀行に残る堀田の魂魄

ビジネストレンド新着記事

注目企業

一覧へ

ワンストップで手厚くサイトの売却をサポート――中島優太(エベレディア社長)

 昨今、事業拡大や後継者対策などを目的とした企業同士のM&Aが増加している。同様にウェブサイトのM&Aが活発化している事実をご存知だろうか。サイトの売買で売り手にはまとまったキャッシュが、買い手にはサイトからの安定収益が入るなど、双方に大きなメリットがもたらされている。大手ITグループから個人事業主まで幅広い…

201712EVEREDIA_CATCH

「日本初」にこだわる男のユニークな発想とビジネス――佐野秀光(情報通信ネットワークグループ社長)

外国人を中心に需要が高まるソーシャルレジデンスで快走―オークハウス

新社長登場

一覧へ

「技術立脚の理念の下、付加価値の高い香料を開発します」――高砂香料工業社長 桝村聡

創業から95年、海外に進出してから50年以上たつ国際派企業の高砂香料工業。合成香料では日本最大手であり、国際的にも6%以上のシェアを持つ優良企業だ。 100年弱の歴史を持つ合成香料のトップメーカー ── まず御社の特徴をお聞かせください。 桝村 1920年創業ですから、2020年に100周年を迎える…

桝村 聡

「ネット広告が変わってもクライアント本位の姿勢は変わりません」--バリューコマース社長 香川仁

「最新情報を発信、人と企業の働く環境を良くしていきます」--マンパワーグループ社長 池田匡弥

イノベーターズ

一覧へ

老舗コニャックメゾンがブランド強化で日本市場を深耕――Remy Cointreau Japan代表取締役 宮﨑俊治

フランスの大手高級酒グループ、レミー・コアントロー社の日本法人。18世紀から愛飲されてきた名門コニャックの「レミーマルタン」や世界有数のリキュール「コアントロー」をはじめ、スピリッツやウイスキーなど戦略的なラインアップを日本市場で展開している。同社の宮﨑俊治代表取締役に事業展開について聞いた。 &nbs…

20150609_INNOV_P02

デザイナーズ家具のEC販売で業界の“常識打破”に挑戦――リグナ社長 小澤良介

内装空間の総合プロデュースで想いをカタチに創り上げる――ユニオンテック社長 大川祐介

大学の挑戦

一覧へ

専門分野に特化した“差別化戦略”で新設大学ながら知名度・ブランド力向上を実現――了徳寺大学・了徳寺健二理事長・学長

2000年設立で、了徳寺大学が母体のグループ法人。医療法人社団了徳寺会をグループ内に持つ。大学名の「了」は悟る、了解する、「徳」は精神の修養により、その身に得た優れた品性、人格を指す。「了徳寺」は人間としての品性、道を論す館の意味を込めた大学名だ。 聞き手=本誌/榎本正義 、写真/佐々木 伸 教育部門と…

大学の挑戦

創立100周年を控えて「世界に貢献し、インパクトを与える人」の育成に努めます――西南学院大学・K.J.シャフナー学長

「“STAND BY YOU”のスローガンの下、学生一人ひとりに寄り添う教育を」――中央学院大学・佐藤英明学長

企業eye

一覧へ

社員の人間力を武器に5期連続増収を果たす投資用不動産会社――パートナーズ

パートナーズは全国の中古投資用不動産の売買仲介を手掛けている。2011年の創業以来、5期連続増収を達成。吉村社長は業績好調の原動力を「社員の人間力を養い、顧客満足度の向上に取り組む姿勢にある」と語る。── 数ある投資用不動産会社の中、独自の強みについて。吉村 当社では、社員の人間力を徹底的に磨きな…

企業eye

クラウドソーシングを活用した動画制作やオンライン動画制作プラットフォームを提供――Crevo

海外ビジネスの第一線で活躍した2400人のエキスパートを擁し、日本企業の海外事業を支援。

経済界からのお知らせ

最新号のご案内

経済界12月号
[特集]
東京新起動

  • ・二度目の変貌を遂げる大都市・東京
  • ・虎ノ門エリアはグローバルビジネスセンターとして進化中
  • ・東京ミッドタウン日比谷誕生で映画・演劇の街が再興
  • ・文化の発信地「渋谷」の百年に一度の大改造
  • ・泉岳寺・品川とも連携 品川新駅(仮称)のエキマチ一体開発
  • ・城北、埼玉方面への玄関口は行政が積極的
  • ・辻 慎吾(森ビル社長)
  • ・若林 久 西武鉄道社長

[Special Interview]

 稲垣精二(第一生命ホールディングス社長)

 「DNAの“第一主義”で圧倒的な未来をつくる」

[NEWS REPORT]

◆若者のクルマ離れに抵抗する豊田章男・トヨタ自動車社長の意地とプライド

◆ヤマトHDが人手不足よりも恐れる「送料無料」という意識

◆有機EL転換は避けられず 新生JDIは生き残れるか

◆シェール革命が動かす世界のパワーバランス

[特集2]今さら聞けないビットコイン

・可能性と危険性が共存するビットコインの魅力

・ビットコインだけではない! 1千種類を超える仮想通貨の世界

・ビットコインの2つの謎 ブロックチェーンとマイニング

ページ上部へ戻る