マネジメント

存亡の危機から復活を遂げた観光地として、最近メディアなどに取り上げられる機会が増えた熱海。逆転ストーリーの裏側には、故郷の可能性を信じた1人の若者の行動があった。文=吉田 浩

間近で見た観光地熱海の繁栄と衰退

201801ATAMI_P01

観光客で賑わう駅前の商店街

 取材に訪れたのは平日の午前中、天気はあいにくの雨。だが、熱海駅前の平和通り商店街は多くの観光客で賑わっていた。中高年に交じって、若い女性やカップルの姿も見える。

 1950年代には新婚旅行の定番となり、高度成長期にかけては団体旅行や企業の保養所としての需要も拡大するなど、国内有数の観光地として大いなる賑わいを見せた熱海。しかし、バブル崩壊後は観光客数が激減。90年代から2000年代にかけて厳しい冬の時代に突入する。

 「有名だが取り立てて魅力のない錆びれた温泉街」。いつの間にか、熱海にはそんなネガティブなイメージが定着した。観光客が目に見えて戻ってきたのは、ここ数年のことだ。

 熱海の繁栄と衰退を間近で見てきたのが、現在、NPO法人atamista(アタミスタ)代表理事を務める市来広一郎氏。生まれも育ちも熱海の市来氏は、実家が企業の保養所を運営していたこともあり、故郷の変遷を今でもリアルに覚えている。

 「自分が中学生ぐらいの頃までは、たくさんの人たちがやって来て宴会を開いて、とても賑やかでした。でも、みるみるうちに町が衰退して廃墟になっていく感じで、高校生ぐらいになると知り合いの家が夜逃げしたとか、誰それが自殺したとか、そんな話が耳に入るようになりました。90年代後半に入ると海岸沿いの大きなホテルも潰れて、企業が福利厚生にお金を使わなくなったため、実家の保養所も99年に閉鎖しました」

 熱海が急激に衰退していったのは「かつて成功し過ぎたことも理由」と、市来氏は言う。黙っていても客が来た時代の意識を捨てきれなかった上、バブル期の負債を抱えた宿泊施設の多くは設備投資の余力がなく、団体旅行から個人旅行へのトレンド変化に対応しきれなかった。2000年代初頭、熱海はまさにどん底の時期を迎えていた。

 そんな最悪の状況から一転、11年を底に観光客数は年々増え続けている。熱海はいかにして苦境を脱することができたのだろうか。

存亡の危機を乗り越えさせた、熱海の地元住民への取り組み

201801ATAMI_P02

atamista代表の市来広一郎氏

 東京で大学院を修了して就職する頃から、市来氏の中では将来は地元に帰って貢献したいという思いが強くなっていった。コンサルティング業に就いたのは、経験が後に生かせると考えたためだ。

 故郷の復活に取り組もうと思ったのは、地元愛はもちろんだが、熱海という地に大きな可能性を見いだしていたからだ。温泉、海、山といった豊富な観光資源に加え、東京からのアクセスの良さという立地条件。これらを生かせば、やれることはたくさんあると感じていた。

 07年に熱海に戻ってきた市来氏は、まず、熱海の魅力を発信するためのポータルサイトを仲間と立ち上げる。当時はありふれた観光情報以外の発信がなかったため、地元でユニークな取り組みをしている人々を探して取材して回った。

 「例えば、もうなくなった田んぼを復活させて小学生に農業体験をしてもらったり、ファーマーズカフェを開いて多品種の野菜を提供したり、昔ながらの商店でも新たな商品開発に取り組んだりと、面白いことをやっている人たちが思っていた以上にいました」

 次のステップとして始めたのが、「チーム里庭」というプロジェクトだ。農家と協力して農業体験のイベントを開いたり、遊休農地を外部からの移住者に提供したりといった取り組みを通じて、定期的な参加者を増やしていった。現在も活動は続いている。

 さらに、09年から体験交流型プログラム「熱海温泉玉手箱(オンたま)」をスタートさせた。地元の観光協会などのバックアップを受け、農業体験をはじめ、シーカヤック、渓流釣り、街歩きツアー、干物作り体験といった、地元の資源を活用したさまざまなイベントを1カ月に70以上も行った。

 これらの取り組みを通じて、常に意識していたのは、派手なイベントを打ち上げて観光客を呼び込むことよりも、地元住民たちにいかに楽しんでもらうかだった。意外なことに「つい最近まで、観光客を増やそうとは思っていなかった」と市来氏は言う。

 「オンたまも、そもそも地元住民のための体験ツアーでした。昔からある資源を消費するだけではやがて先細ってしまうので、新しいコンテンツをつくって、まずは地元の満足度を高めることが重要だと考えたんです」

 ターゲットにしたのは、主に外部からの移住者だった。旅館やホテルなどが潰れて観光客が減っていく一方で、00年代初めからリタイアした団塊世代などを中心に、熱海への移住者は増えていた。彼らに「熱海に住んで良かった」と思ってもらうことが必要だと市来氏らは考えた。

 長年の住民たちからは、これらの取り組みに対して冷ややかな目で見たり、反発したりする向きもあった。中には「俺のところにあいさつがない」といった、理不尽な理由で反対する声も。だが、継続的な取り組みによって理解者を少しずつ増やし、活動を地道に続けた結果、メディアなどで取り上げられる機会が増えていった。

 「熱海で何か楽しそうなことをやっている」――興味を持って訪れる人々が増え、地元住民との交流が深まり、また、外部からの評価が高まることによって、地元住民も自信を持つようになった。その結果、自分たちでも何かやろうという姿勢が生まれるという好循環が生まれた。市来氏は語る。

 「地元の熱は高まってきたので、これからは観光のほうにも目を向けていきたいと思います。観光客の増加は経済的な恩恵だけでなく、異文化交流が進むのが大きな利点。外から来る人がいるからこそ、地元民のアイデンティティ向上にもなります。これは、自分自身が海外を旅してきて実感してきたことです」

熱海の活気を取り戻すための街づくりプロジェクト

201801ATAMI_P031

ゲストハウスには若者が集う

 市来氏が現在力を入れているのが、商店街の空き物件をリノベーションし、新たに人々を呼び込む街づくりのプロジェクトだ。活動の中心となっているのは、熱海駅から歩いて10分程度の場所に位置する、熱海銀座商店街である。

 同商店街はかつて熱海で最も賑わいを見せていた場所で、歩行者天国で人と肩がぶつからないように歩くのが困難なほどだったという。それが最悪期には、他の商店街と比べても、最も人通りが少なくなってしまうほど落ちぶれてしまっていた。

 商店街にもう一度活気を取り戻すために、市来氏は11年に株式会社machimori(マチモリ)を設立。空き物件を活用して、カフェ、ゲストハウス、シェアオフィスの運営などを行うとともに、エリアマネジメントも手掛けている。

 「構想のベースにあるのは、クリエーティブな30代くらいの若者に選ばれるエリアにしたいということです。熱海市内では若い人たちが新たに商売を始めるケースが皆無だったので、お店などを始められる場をつくりたかった。今は飲食店、ファッションブランド、エネルギー関係、介護タクシーなど、さまざまな分野から熱海を拠点に事業を始める人が集まってきています」

 一時は商店街全体の3分の1が空き店舗だったが、現在は約9割が入居者で埋まるまでに改善している。

 今後の展開について市来氏はこう語る。

 「ひとつは街全体を宿に見立てて、人の流れを促すこと。2年前に始めたゲストハウスは街の中心に“泊まる”機能に特化した宿を造って、周辺の飲食店や温泉も楽しんでもらうことを目指しました。ゲストハウスだけだと客層が限られてくるので、今後は家族向けなど、通常のホテルや旅館とは違ったさまざまなスタイルの宿を提供したいと思います。もうひとつは熱海で起業する人たちを増やすこと。自治体とも協力して、創業支援に取り組んでいきます」

 まだ道半ばではあるが、着実に進む熱海の再興。地元の理解がなかなか得られなかったり、カフェの運営が軌道に乗らなかったりしたときは、途中で挫折しかけたこともある。

 「それでも、自分が何のためにやっているのかを思い出して、続けることができました」と市来氏は言う。今では、地域住民自らが、外部から来た人に街の取り組みを説明してくれるなど、周囲の協力も得られるようになった。

 将来への不安はいまだにあるという。それでも、故郷に対する熱い思いは、さらに大きなうねりを生み出そうとしている。

 

【マネジメント】の記事一覧はこちら

 
経済界 電子雑誌版のご購入はこちら!
雑誌の紙面がそのままタブレットやスマートフォンで読める!
電子雑誌版は毎月25日発売です
Amazon Kindleストア
楽天kobo
honto
MAGASTORE
ebookjapan
 

雑誌「経済界」定期購読のご案内はこちら

経済界電子版トップへ戻る

関連記事

好評連載

銀行交渉術の裏ワザ

一覧へ

融資における金利固定化(金利スワップ)の方法

[連載] 銀行交渉術の裏ワザ(第20回)

銀行交渉術の裏ワザ

[連載] 銀行交渉術の裏ワザ(第19回)

定期的に銀行と接触を持つ方法 ~円滑な融資のために~

[連載] 銀行交渉術の裏ワザ(第18回)

メインバンクとの付き合い方

[連載] 銀行交渉術の裏ワザ(第17回)

銀行融資の裏側 ~金利引き上げの口実とその対処法~

[連載] 銀行交渉術の裏ワザ(第16回)

融資は決算書と日常取引に大きく影響を受ける

元榮太一郎の企業法務教室

一覧へ

社内メールの管理方法

[連載]元榮太一郎の企業法務教室(第20回)

企業法務教室

[連載]元榮太一郎の企業法務教室(第19回)

タカタ事件とダスキン事件に学ぶ 不祥事対応の原則

[連載] 元榮太一郎の企業法務教室(第18回)

ブラック企業と労災認定

[連載] 元榮太一郎の企業法務教室(第17回)

電話等のコミュニケーション・ツールを使った取締役会の適法性

[連載] 元榮太一郎の企業法務教室(第16回)

女性の出産と雇用の問題

本郷孔洋の税務・会計心得帳

一覧へ

税務は人生のごとく「結ばれたり、離れたり」

[連載] 税務・会計心得帳(最終回)

税務・会計心得帳

[連載] 税務・会計心得帳(第18回)

グループ法人税制の勘どころ

[連載] 税務・会計心得帳(第17回)

自己信託のススメ

[連載] 税務・会計心得帳(第16回)

税務の心得 ~所得税の節税ポイント~

[連載] 税務・会計心得帳(第15回)

税務の心得 ~固定資産税の取り戻し方~

子育てに学ぶ人材育成

一覧へ

意欲不足が気になる社員の指導法

[連載] 子どもに学ぶ人材マネジメント(第20回)

子どもに学ぶ人材マネジメント

[連載] 子どもに学ぶ人材マネジメント(第19回)

子育てで重要な「言葉」とは?

[連載] 子どもに学ぶ人材マネジメント(第18回)

女性社員を上手く育成することで企業を強くする

[連載] 子どもに学ぶ人材マネジメント(第17回)

人材育成のコツ ~部下の感情とどうつきあうか~

[連載] 子どもに学ぶ人材マネジメント(第16回)

人材育成 ~“将来有望”な社員の育て方~

ビジネストレンド新着記事

注目企業

一覧へ

次なるステージを駆け上がる日本電子「70年目の転進」–日本電子

 最先端の分析機器・理科学機器の製造・販売・開発研究等を手掛ける日本電子(JEOL)は、ノーベル賞受賞者を含むトップサイエンティストや研究機関を顧客に、世界の科学技術振興を支えてきた。足元の業績は2019年3月期で連結営業利益、同経常利益、同最終利益がいずれも過去最高を更新。かつては技術偏重による「儲からない…

独自開発のホテル基幹システムで業務効率化と顧客満足度を向上–ネットシスジャパン

逆転の発想で歴史に残る食パンを 生活に新しい食文化をもたらす–乃が美ホールディングス

新社長登場

一覧へ

森島寛晃・セレッソ大阪社長が目指すクラブ経営とは

前身のヤンマーディーゼルサッカー部を経て1993年に創設されたセレッソ大阪。その25周年にあたる2018年12月に社長に就任した森島寛晃氏は、ヤンマー時代も含めて通算28年間セレッソ一筋、「ミスターセレッソ」の愛称を持つ。今も多くのファンに愛される新社長が目指すクラブ経営とは。聞き手=島本哲平 Photo=藤…

森島寛晃・セレッソ大阪社長

カリスマ創業者の後任として描く「新しいマネックス証券像」― マネックス証券社長 清明祐子

「若者需要の開拓でビール市場を盛り上げていく」塩澤賢一(アサヒビール社長)

イノベーターズ

一覧へ

非大卒就職マーケットの変革に挑む元教師の挑戦―永田謙介(スパーク社長)

日本企業の年功序列と終身雇用が崩壊に向かう中、制度を支えてきた大学生の新卒一括採用の是非もようやく議論されるようになってきた。一方、高校卒業後に就職する学生のための制度は旧態依然とし、変化の兆しがほとんど見えない。こうした現状を打ち破るべく、非大卒就職マーケットの改革に挑戦しているのがSpark(スパーク)社…

起業家にとって「志」が綺麗ごとではなく重要な理由―坂本憲彦(一般財団法人立志財団理事長)

勉強ノウハウと法律知識で企業の「働き方改革」を促進する―鬼頭政人(サイトビジット社長)

大学の挑戦

一覧へ

専門分野に特化した“差別化戦略”で新設大学ながら知名度・ブランド力向上を実現――了徳寺大学・了徳寺健二理事長・学長

2000年設立で、了徳寺大学が母体のグループ法人。医療法人社団了徳寺会をグループ内に持つ。大学名の「了」は悟る、了解する、「徳」は精神の修養により、その身に得た優れた品性、人格を指す。「了徳寺」は人間としての品性、道を論す館の意味を込めた大学名だ。 聞き手=本誌/榎本正義 、写真/佐々木 伸 …

大学の挑戦

創立100周年、西南学院大学・K.J.シャフナー学長「世界に貢献しインパクトを与える人材を育てる」〜国際交流・就職支援・インターネット出願〜 

「“STAND BY YOU”のスローガンの下、学生一人ひとりに寄り添う教育を」――中央学院大学・佐藤英明学長

経済界からのお知らせ

最新号のご案内

経済界2020年5月号
[特集] 巻き込む力
  • ・高岡浩三(ネスレ日本社長兼CEO)
  • ・唐池恒二(九州旅客鉄道会長)
  • ・河野 仁(防衛大学校教授)
  • ・入山章栄(早稲田大学大学院・ビジネススクール教授)
  • ・出口治明(立命館アジア太平洋大学学長)
  • ・中竹竜二(日本ラグビーフットボール協会理事)
  • ・時代も国境も超えた普遍のリーダーシップを学べるベストブックス
[Special Interview]

 小林喜光(三菱ケミカルホールディングス会長)

 イノベーションを起こすために「人間とは何か」を問う

[NEWS REPORT]

◆零細企業でも活用できるインターネットM&A最前線

◆業界再編はあるのか 日本製鉄、巻き返しへの一手

◆技術研究所を解体してホンダは何を目指すのか

◆新型コロナウイルス治療薬 なぜ日本企業は創れないのか

[特集2]

 経営者に贈る「イロとカネの危機管理」

ページ上部へ戻る