マネジメント

存亡の危機から復活を遂げた観光地として、最近メディアなどに取り上げられる機会が増えた熱海。逆転ストーリーの裏側には、故郷の可能性を信じた1人の若者の行動があった。文=吉田 浩

間近で見た繁栄と衰退

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観光客で賑わう駅前の商店街

 取材に訪れたのは平日の午前中、天気はあいにくの雨。だが、熱海駅前の平和通り商店街は多くの観光客で賑わっていた。中高年に交じって、若い女性やカップルの姿も見える。

 1950年代には新婚旅行の定番となり、高度成長期にかけては団体旅行や企業の保養所としての需要も拡大するなど、国内有数の観光地として大いなる賑わいを見せた熱海。しかし、バブル崩壊後は観光客数が激減。90年代から2000年代にかけて厳しい冬の時代に突入する。

 「有名だが取り立てて魅力のない錆びれた温泉街」。いつの間にか、熱海にはそんなネガティブなイメージが定着した。観光客が目に見えて戻ってきたのは、ここ数年のことだ。

 熱海の繁栄と衰退を間近で見てきたのが、現在、NPO法人atamista(アタミスタ)代表理事を務める市来広一郎氏。生まれも育ちも熱海の市来氏は、実家が企業の保養所を運営していたこともあり、故郷の変遷を今でもリアルに覚えている。

 「自分が中学生ぐらいの頃までは、たくさんの人たちがやって来て宴会を開いて、とても賑やかでした。でも、みるみるうちに町が衰退して廃墟になっていく感じで、高校生ぐらいになると知り合いの家が夜逃げしたとか、誰それが自殺したとか、そんな話が耳に入るようになりました。90年代後半に入ると海岸沿いの大きなホテルも潰れて、企業が福利厚生にお金を使わなくなったため、実家の保養所も99年に閉鎖しました」

 熱海が急激に衰退していったのは「かつて成功し過ぎたことも理由」と、市来氏は言う。黙っていても客が来た時代の意識を捨てきれなかった上、バブル期の負債を抱えた宿泊施設の多くは設備投資の余力がなく、団体旅行から個人旅行へのトレンド変化に対応しきれなかった。2000年代初頭、熱海はまさにどん底の時期を迎えていた。

 そんな最悪の状況から一転、11年を底に観光客数は年々増え続けている。熱海はいかにして苦境を脱することができたのだろうか。

まずは地元の満足度を高める

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atamista代表の市来広一郎氏

 東京で大学院を修了して就職する頃から、市来氏の中では将来は地元に帰って貢献したいという思いが強くなっていった。コンサルティング業に就いたのは、経験が後に生かせると考えたためだ。

 故郷の復活に取り組もうと思ったのは、地元愛はもちろんだが、熱海という地に大きな可能性を見いだしていたからだ。温泉、海、山といった豊富な観光資源に加え、東京からのアクセスの良さという立地条件。これらを生かせば、やれることはたくさんあると感じていた。

 07年に熱海に戻ってきた市来氏は、まず、熱海の魅力を発信するためのポータルサイトを仲間と立ち上げる。当時はありふれた観光情報以外の発信がなかったため、地元でユニークな取り組みをしている人々を探して取材して回った。

 「例えば、もうなくなった田んぼを復活させて小学生に農業体験をしてもらったり、ファーマーズカフェを開いて多品種の野菜を提供したり、昔ながらの商店でも新たな商品開発に取り組んだりと、面白いことをやっている人たちが思っていた以上にいました」

 次のステップとして始めたのが、「チーム里庭」というプロジェクトだ。農家と協力して農業体験のイベントを開いたり、遊休農地を外部からの移住者に提供したりといった取り組みを通じて、定期的な参加者を増やしていった。現在も活動は続いている。

 さらに、09年から体験交流型プログラム「熱海温泉玉手箱(オンたま)」をスタートさせた。地元の観光協会などのバックアップを受け、農業体験をはじめ、シーカヤック、渓流釣り、街歩きツアー、干物作り体験といった、地元の資源を活用したさまざまなイベントを1カ月に70以上も行った。

 これらの取り組みを通じて、常に意識していたのは、派手なイベントを打ち上げて観光客を呼び込むことよりも、地元住民たちにいかに楽しんでもらうかだった。意外なことに「つい最近まで、観光客を増やそうとは思っていなかった」と市来氏は言う。

 「オンたまも、そもそも地元住民のための体験ツアーでした。昔からある資源を消費するだけではやがて先細ってしまうので、新しいコンテンツをつくって、まずは地元の満足度を高めることが重要だと考えたんです」

 ターゲットにしたのは、主に外部からの移住者だった。旅館やホテルなどが潰れて観光客が減っていく一方で、00年代初めからリタイアした団塊世代などを中心に、熱海への移住者は増えていた。彼らに「熱海に住んで良かった」と思ってもらうことが必要だと市来氏らは考えた。

 長年の住民たちからは、これらの取り組みに対して冷ややかな目で見たり、反発したりする向きもあった。中には「俺のところにあいさつがない」といった、理不尽な理由で反対する声も。だが、継続的な取り組みによって理解者を少しずつ増やし、活動を地道に続けた結果、メディアなどで取り上げられる機会が増えていった。

 「熱海で何か楽しそうなことをやっている」――興味を持って訪れる人々が増え、地元住民との交流が深まり、また、外部からの評価が高まることによって、地元住民も自信を持つようになった。その結果、自分たちでも何かやろうという姿勢が生まれるという好循環が生まれた。市来氏は語る。

 「地元の熱は高まってきたので、これからは観光のほうにも目を向けていきたいと思います。観光客の増加は経済的な恩恵だけでなく、異文化交流が進むのが大きな利点。外から来る人がいるからこそ、地元民のアイデンティティ向上にもなります。これは、自分自身が海外を旅してきて実感してきたことです」

起業の拠点として選ばれる街に

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ゲストハウスには若者が集う

 市来氏が現在力を入れているのが、商店街の空き物件をリノベーションし、新たに人々を呼び込む街づくりのプロジェクトだ。活動の中心となっているのは、熱海駅から歩いて10分程度の場所に位置する、熱海銀座商店街である。

 同商店街はかつて熱海で最も賑わいを見せていた場所で、歩行者天国で人と肩がぶつからないように歩くのが困難なほどだったという。それが最悪期には、他の商店街と比べても、最も人通りが少なくなってしまうほど落ちぶれてしまっていた。

 商店街にもう一度活気を取り戻すために、市来氏は11年に株式会社machimori(マチモリ)を設立。空き物件を活用して、カフェ、ゲストハウス、シェアオフィスの運営などを行うとともに、エリアマネジメントも手掛けている。

 「構想のベースにあるのは、クリエーティブな30代くらいの若者に選ばれるエリアにしたいということです。熱海市内では若い人たちが新たに商売を始めるケースが皆無だったので、お店などを始められる場をつくりたかった。今は飲食店、ファッションブランド、エネルギー関係、介護タクシーなど、さまざまな分野から熱海を拠点に事業を始める人が集まってきています」

 一時は商店街全体の3分の1が空き店舗だったが、現在は約9割が入居者で埋まるまでに改善している。

 今後の展開について市来氏はこう語る。

 「ひとつは街全体を宿に見立てて、人の流れを促すこと。2年前に始めたゲストハウスは街の中心に“泊まる”機能に特化した宿を造って、周辺の飲食店や温泉も楽しんでもらうことを目指しました。ゲストハウスだけだと客層が限られてくるので、今後は家族向けなど、通常のホテルや旅館とは違ったさまざまなスタイルの宿を提供したいと思います。もうひとつは熱海で起業する人たちを増やすこと。自治体とも協力して、創業支援に取り組んでいきます」

 まだ道半ばではあるが、着実に進む熱海の再興。地元の理解がなかなか得られなかったり、カフェの運営が軌道に乗らなかったりしたときは、途中で挫折しかけたこともある。

 「それでも、自分が何のためにやっているのかを思い出して、続けることができました」と市来氏は言う。今では、地域住民自らが、外部から来た人に街の取り組みを説明してくれるなど、周囲の協力も得られるようになった。

 将来への不安はいまだにあるという。それでも、故郷に対する熱い思いは、さらに大きなうねりを生み出そうとしている。

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